第12話:挑む者
ギィッという音を立てて、扉が開いていく。
アンリニアに存在する冒険者ギルドを新たに訪れたのは三人の男女──玲治とテナ、そしてオーレインだ。
冒険者ギルドには受付職員の他に数人の冒険者が居たが、目を引く者達の姿にいずれも振り返って注目した。
この世界では珍しい黒髪黒目である玲治も比較的目立つ容姿であるといえるが、それ以上に他の二人の少女の容姿が美しく、非常に目立った。
麗しい少女二人を一人の青年が連れているように見えるため、通常であればやっかみを受けて絡まれたりしてもおかしくない。
玲治もそれは自覚していたため、ギルドの中を警戒気味に見回したが、どうもそのような気配はない。
それどころか、何人か居る冒険者達は好奇の様子は見せながらも目が合うと逸らしてしまう。
予想と異なる反応に首を傾げる玲治だが、これについては同行者の二人に原因がある。
まずテナだが、彼女は元々この国で崇められているアンリの代行として、その声を伝える巫女の役目にあった少女だ。引き籠りで直接信徒達に接することが殆どないアンリよりも露出は高く、活動していた経緯がある。
今はその立場からも離れて公的な権力は保持していないが、国の上層部からの厳命で丁重に接するように周知されている。
それを抜きにしても、信徒達からしてみればその信仰を捧げる対象であることには変わりがなく、この国で彼女に危害を加えるような者が居れば集団で袋叩きに遭うだろう。
一方のオーレインについては公的な権力や信仰の対象などではない。彼女が敬遠されているのはもっと直接的な理由だ。
彼女はその活動からわりと頻繁に冒険者ギルドを訪れる。当初はその容姿から彼女に声を掛ける男が後を絶たず、中には強引な口説き方をする者も居た。
しかし彼女は勇者、儚げに見えても人族の中ではトップクラスの強者である。弓使いで後衛である彼女だが、高レベル冒険者でもある彼女は身体能力のみでもその辺の冒険者を圧倒出来るだけの力がある。
不埒な行為に及ぼうとした二メートル近い巨漢が軽々とあしらわれ、男性としての象徴に蹴りを喰らって泡をふいて気絶した上に容赦なく扉から外に放り出される姿に、その場に居た他の者達は怒らせてはいけない人物であることを震えながら理解した。
その後、噂が広まり過ぎて彼女が数十人の男性を不能に陥れたことになっているのだが、オーレイン自身はそんなことは知る由もなかった。
敬遠され過ぎて婚期を逃し掛けているという致命的な問題が生じているのだが、当人は焦りつつも原因を知らないため解消の見込みは立っていない。
「珍しく男と連れ立っているかと思えば、随分と訳ありのようだな」
そんなオーレインに、話し掛けてきた男が居た。
一瞬、ギルド内が騒然としかかるが、彼女に話し掛けてきた男を見てすぐに収まった。
話し掛けてきたのは、銀色の短い髪をし鎧の上に黒いマントを羽織った壮年の男だった。紅い眼光は強い自信と信念に裏付けられ、力強く輝いている。
背負われた大剣も使い込まれており、彼の戦歴を物語っていた。
「エリゴールさん!?」
声を掛けられたオーレインはそちらを振り向くと、驚きの声を上げる。
「知っている人ですか?」
「はい、ええと……『冒険者』のエリゴールさんです」
周囲に警戒していた玲治がオーレインに尋ねるが、オーレインは一瞬言いよどんで「冒険者」の部分を強調して紹介する。
その様子に違和感を覚えた玲治は、改めてその男──エリゴールの姿を眺めた。
歴戦の剣士と呼ぶべきその様相以外に気になったのは、彼の耳だ。他の者達とは異なり長く尖ったその耳は、彼が周囲の者達とは別の種族であることを意味していた。
その種族に、玲治は一つだけ心当たりがある。この世界に存在する人族以外の人型の種族。
「まさか……魔族なのか?」
「ええ、そうです。ただし、ただの魔族ではありません。
彼は……」
そこまで言うと、オーレインは玲治の耳元に顔を寄せる。甘い体臭に慌てる玲治の耳元で、彼女は周囲に聞こえないように囁いた。
……彼は先代の魔王です、と。
◆ ◆ ◆
「何故先代の魔王がこんなところに?」
冒険者登録を済ませた玲治は、ギルドのテーブルの一つに着いて対面に座るエリゴールと話をしていた。玲治の右側にはテナが、左側にはオーレインがそれぞれ座っている。
玲治の目的は元の世界に帰ることだが、そのためには邪神の出した三つの課題をクリアする必要がある。
その最初の一つとして出されているのが「この世界の魔王に実力を認めさせること」だ。
魔王についての情報が欲しい玲治としては、先代の魔王だという男性の素性を聞いて、そのまま別れるという選択肢は無かった。
幸いなことに、エリゴールの方も勇者であるオーレインと連れ立っていた玲治に興味を持ち、話をしたいという申し出に快く応じた。
「既に政からは離れた身だ。
今は一介の剣士として、以前は踏破がかなわなかった迷宮に挑んでいる」
「あはは、まだ諦められていないんですね……」
かつてエリゴールはまだ魔王の位にあったとき、闇神の命を受けてこのアンリニアのダンジョン「邪神の聖域」に挑んだ時があった。
その時は三十階層で強敵の前に倒れたため、踏破には至っていない。
その時にはそれ以上のことは出来なかったが、王位を譲って一人の剣士となったことによって、その時の無念を晴らすために冒険者となり単身ダンジョンに挑戦しているという話だ。
ちなみに、三十階層まで到達していた時に一緒にダンジョンに挑戦したパーティメンバーの中にオーレインも居たため、それを契機に本来相容れない筈の魔王と勇者が顔見知りという状態となっていた。
なお、黙っているテナは挑まれるダンジョン側に居たため、密かに苦笑いを浮かべていた。
「今代の魔王について、聞いても良いですか?」
自己紹介の際に玲治の事情については軽く話しているため、玲治はその話に切り込んだ。
通常であれば自国の内情を探るようなこのような質問は黙殺されるだけであるが、魔族が信仰している闇神が関与しているということもあり、無碍にされることはなかった。
「ふむ、私の娘レオノーラが今代の魔王を務めている」
「え? 娘?」
まさか魔王が女性であるとは思っていなかった玲治は、思わず疑問の声を上げた。
「とても綺麗な方ですよ」
「あれ? テナも知っているのか?」
「はい、アンリ様のご友人でもありますし、一時期は黒薔薇邸に滞在されてました」
「カァー」
テナの言葉に、驚いた玲治は彼女の方を見詰めた。
それならば事前に話してくれれば良いのに、という思いからだ。
実際、彼女達が今代の魔王のことを知っているのであれば、わざわざエリゴールを呼び止めて話をする必要はなかった。
「あ、べ、別に隠してたわけではないんです!
魔族領に向かうのは相応の実力を付けてからというお話だったので、もう少し先にお話すれば良いかと……」
「まぁ、確かに今知ったところで何か出来るわけでもないか」
故意に隠していたわけではないというテナの説明に、玲治は納得して矛を収めた。
その玲治に対して、今度はエリゴールの方から質問が投げ掛けられる。
「それで、そなたらはこれから迷宮に挑むのか?」
「あ、はい。
取り敢えず、十階層までクリアしないとアンリ様から旅の許可が頂けないんです」
「十階層か……、そなた達だけでは少々厳しいようにも思うがな」
「それは……」
エリゴールの言葉に、かつてダンジョンに挑んだ経験があるオーレインも言葉に詰まった。
ダンジョン「邪神の聖域」は地下三十一階層までの深さを有しているが、そのうち三十一階層は居住区となっており、迷宮区画は実質三十階層までだ。
十階層、二十階層、三十階層にはそれぞれボスとして強力な魔物が配備されており、ダンジョンに挑む者にとっても大きな壁の一つとなっている。
オーレインの見立てでは、仮に彼女が全面的に協力したとしても、玲治とテナでは十階層のボスを倒すことは出来そうになかった。
「ふむ、ならば迷宮の攻略まで私も付き合おう」
「良いのですか?」
顔を曇らせるオーレインや、彼女の様子を見て不安を覚えた玲治やテナの表情を見て、エリゴールは一つの提案をしてきた。
先代魔王である彼の実力は相当のものがあるだろう。願ってもない話に、玲治は縋り付いた。
「こうして知り合ったのも何かの縁だ。
それに、そなた達が娘に挑むに値する者であるか見極めたい。
剣については心得もあるゆえ、手ほどきは任せるがよい」
「確かに、弓使いの私よりもエリゴールさんの方が適任ですね」
「分かりました。
それじゃ、よろしくお願いします」
こうして、玲治パーティに一時的とはいえ新たなメンバーが加入した。
異世界からの来訪者、邪神の元巫女に勇者、先代魔王、ついでに変な鴉という一癖も二癖もあるメンバーばかり集まった色物集団になりつつあることに、彼らは気付いていなかった。
<登場人物から一言>
冒険者「目を合わせるな! 潰されるぞ!」
<作者からお知らせ>
そろそろストックが……。