第100話:エピローグ
「世界の秩序を守護せし三柱の管理者よ。
今こそ、我らは希う。
願わくは御力を貸し与えたまえ──」
神聖アンリ教国首都アンリニアの近郊にひっそりと建つ屋敷、黒薔薇邸の庭園の一角に魔法陣が描かれていた。
その円周上には四人の女性が立ち、祈りを捧げている。
聖弓の勇者オーレイン、魔族の四天王ミリエス、聖女フィーリナ、そして邪神の巫女テナ。
方向性の差こそあれどいずれも美しい容姿をしている四人の女性。
立ち場も種族もバラバラな彼女達ではあるが、しかし一つの共通点を持ち、それゆえに今こうして心を一つにしてとある儀式へと臨んでいた。
「異界の地に扉を開き、
かつて我らと共に歩みし者を今一度この地に誘いたまえ」
彼女達が唱えているのは、召喚魔法の詠唱だ。
それも、汎用性を一切持たない特定の目的にのみ作用するものである。
それは、祈りの先に座す三柱の神族達と直接交わした約定により、確実な成功が約束されていた。
それでも、必死に願いを籠めてしまうのは彼女達──特に中心となっている金髪の女性の心情を考えれば無理もないものだろう。
詠唱に従い魔法陣から眩い光が放たれ、中央に膨大な力が集中して空間が歪んでゆく。
「──帰ってきてください、レージさん!」
冒険を共にした時から二年の歳月を経て少女から女性へと成長した巫女は、万感の想いを籠めて叫ぶ。
その声に呼応するように、魔法陣の中心に一人の青年が姿を現した。
◆ ◆ ◆
「三年……いや、二年だけ待ってほしい」
最終決戦の後、望みを叶えてくれると約束した邪神から問い掛けられた玲治が最初に口にした言葉がそれだった。
彼が真剣な面持ちで訴え掛けている相手は、勿論かの邪神ではない。
互いに心を通わせつつあった金髪の少女テナの両肩に手を添え、彼は思いの丈を言い募る。
「二年、ですか?」
間近で見詰め合っているため、少しだけ顔を赤らめさせながらテナは彼に問い返した。
「俺は元の世界に帰るつもりだった。
いや、それ自体は今だって変わっていない。
突然この世界に呼び出されて何もかも放り投げて来てしまったから、
このまま戻らないわけにはいかないんだ」
「そう、ですよね……」
元の世界に帰ることを目標として数々の冒険を乗り越えてきた玲治。
その旅程のほとんどを共に過ごしたテナも、そのことは当然のように知っている。
しかし、次第に親しくなって彼に帰ってほしくないという気持ちを抱いていた彼女は、それを期待していた部分があることは否めない。
その願いが叶わないと知り、テナは寂しそうに俯いた。
「でも」
「え?」
続いた言葉に、少女は驚きに俯いていた顔を上げて彼の方へと目を向ける。
「テナ、俺は君と一緒に居たい。
だから……だから、一度元の世界に戻って色々なことを片付けてくる。
そして、もう一度この世界に帰ってきたら、一緒に暮らして欲しい」
「そ、それって──ッ!?」
プロポーズにも等しい言葉に、テナは胸の前で手を組んで顔を紅潮させた。
しかし、そんな二人の世界によい思いを抱いていない者が一人居る。
言わずと知れたテナの主、仮面の女性アンリだ。
「そんなの認めな……もがっ!」
「ハイハイ、アンリさん。
今いいところなので、邪魔しないようにしましょうね」
割って入ろうとしたアンリだったが、背後から口を押さえられて取り押さえられた。
彼女を止めたのは、薄紫髪の女勇者オーレイン。
テナと同じように玲治を想っていた彼女だが、二人の邪魔をしようという意思はないようだ。
取り押さえられたアンリは、その不満を彼女へと向ける。
元はと言えば、アンリが自身の従者を取られまいとオーレインの抱く玲治への想いを自覚させて炊き付けたのだ。
そんな彼女がまるで二人の関係を認めるかのような行動をしている事実に、アンリは不服だった。
「貴女はそれでいいの?
何のために応援したと思っているの」
「私だって、まだ完全に諦めたわけではありませんよ。
でも、今は我慢します。
ちょっと悔しいですけど、レージさんに私達の住む世界に居て貰う為には、
テナさんの存在が必要だと思いますから」
「だからって……」
二人の女性がこそこそと言い合っている間も玲治とテナは二人の世界を作って見詰め合っていたが、そこに横合いから声が掛けられる。
横槍を入れた神物には目を瞑りアンリが思わずガッツポーズを取ったことは、見なかったことにされた。
「さっきから聞いていたら、元の世界に帰ってからもう一度あの世界に戻ろうとしているみたいだけど、
流石に二つの世界を自由に行き来するなんてことは認められないよ?
それは、そっちの三柱だってそうだろう」
「チッ、まぁその通りだな」
「当然」
「私達の要求はこちらの世界に対しての不干渉ですからね。
二つの世界を繋ぐなどというのは論外です」
横槍を入れてきたのは、そもそもの問い掛けをした邪神だった。
彼の言い分に管理者達も頷かざるを得ない。
アンバール達が邪神への反抗を決めたのは、これ以上面白半分に世界に介入されることを防ぐためだ。
それを考えれば、二つの世界を自由に行き来することが出来るようにするなど、認めることはあり得ない。
「そ、そんな……」
「それが出来るなら一番ありがたいけど、流石にそれは無理ということは俺にも分かる。
でも、自由に行き来するのではなく、ここで一度元の世界に戻して貰って、
時間を置いてからもう一度召喚してもらうというのなら可能なんじゃないか?」
「まぁ、それなら出来ないこともないけれど。
その場合、再召喚後にもう一度元の世界に戻りたいと言っても聞く気はないよ?」
「……構わない」
「ふーん、まぁいいや。
それなら僕もそれで構わないけれど……ああ、でも僕はあの世界に関わるなって話だっけ?
だとすれば、再召喚については彼らと交渉してよ」
決意を表する玲治に気の無い様子で頷いた邪神は、管理者達の方へと水を向ける。
それに釣られるように玲治が三柱の方を見ると、彼らは頷いて返す。
「まぁ、それくらいなら構わねぇよ。
借りも作っちまったしな」
「私も構いません。
頼みごとも聞いてもらいましたし、それくらいはさせて頂きます」
「私はイヤ。テナはあげない」
「──って、オイ!」
訂正、頷いたのは三柱のうち二柱だけだった。
神族のアンリも人族のアンリと同様に従者であるテナを大事にしており、嫁になどやるものかと膨れている。
彼女の空気を読まない反応に、アンバールが思わずツッコミを入れる。
「ハァ、貴女が反対に回っても二対一です。
多数決で彼の再召喚は認めます」
「おーぼー」
未だ納得のいっていない様子のアンリだったが、ソフィアとアンバールが抑え込むことで何とか話が付きそうだった。
一時はどうなることかと思った玲治だったが、ホッと安堵してテナの方へと向き直る。
「さっき言った通り、二年で色々片付けてくるよ。
だから、二年後に召喚の儀を行って呼び戻してくれないか」
「はい! 必ず!」
玲治の頼みに、テナは一も二もなく頷いた。
その表情は僅かな寂しさと、それ以上に大切な相手とまた会えると言う期待に満ちている。
彼女の眩しい笑顔に少し照れたような顔をした玲治は、後ろに立つ三人の仲間へと顔を向けた。
「オーレインさん、ミリエス、フィーリナもよろしく頼む」
「ええ、確かに承りました」
「陛下の命次第ではあるが……まぁ、あの方も拒むことはないだろう」
「勇者召喚の儀式は私が覚えてますし、補助出来ます。
安心してください」
「ありがとう」
共に冒険を乗り越えた仲間達との絆を再確認し、玲治は改めてテナの方へと向き直る。
「それじゃ、テナ。
さよならと言うのは、やめておくよ。
二年後にまた会おう」
「ええ、また会いましょう。二年後に」
そうして、玲治は邪神の力によって元の世界へと送り返されていった。
「二年ねぇ……どちらの世界で二年なのかな」
彼を見送る者達の耳に邪神の不穏な呟きは届かなかった。
◆ ◆ ◆
光が消えるのと同時に魔法陣の中央に降り立ったのは、間違いなく二年もの期間、想いを募らせていた相手だった。
その姿は元の世界に帰っていった時と、ほとんど変わっていない。
テナは再会の喜びに、思わず彼の元へと駆け寄って抱き付いた。
「レージさん! よかった、また……また会えました!」
「わぷっ!? テ、テナ?
ど、どうして……」
「え?」
てっきり彼の方も再会を喜んでくれると思ったのに、何やら戸惑ったような表情を浮かべている。
まさか元の世界で二年間を過ごす間に自分への想いを無くしてしまったのだろうか、と不安を抱くテナだったが、続く予想外の言葉に思わずぽかんと口を開いたまま固まった。
「どうしてたった半年で呼び戻したんだ?」
「ええ!? は、半年?」
責めると言うよりは単純に疑問を抱いている様子の玲治の姿に、テナはパニックに陥る。
そんな二人の下に、儀式に関わっていた他の女性達が近寄ってきた。
「あの、レージさん?
あれから確かに二年が経っているのですが……」
「オーレインさん?
いや、まだ半年しか……」
久々の再会も中途半端なまま、噛み合わない会話に混乱する彼らだったが、ふと目の前の相手の様子が目に留まる。
テナ達は二年が経過したわりにはそれほど変わっていない玲治の姿に。
玲治は半年しか経っていないにも関わらず少女から魅力的な女性へと成長した彼女達の姿に。
そしてついでに、抱き着かれたことで当たっている以前よりも更に成長した二つの膨らみの感触に。
薄々と事態に気付いた彼らは冷や汗を流す。
「「「「「ま、まさか──ッ!?」」」」」
そんな彼らの脳裏に一つの声が響いた。
この世界への干渉を禁じられている筈の、邪神の声が。
『二つの世界に流れる時間が全く同じなんて、僕は一言も言ってないよね』
数秒後、彼らは地面に突っ伏していた。
要するに、テナ達の今居るこの世界と玲治が戻った元の世界では時間の流れるスピードが異なっていたのだろう。
こちら側で過ごした二年が、あちら側の世界では半年……約四倍の差があることになる。
テナ達は二年が経過したと思って再召喚を行ったが、玲治の世界ではまだ半年しか経っていなかったのだ。
思わぬ落とし穴に、落ち込む玲治達。
「ええと、これからどうすればよいでしょうか?」
「それは……」
何とか立ち上がるも、途方に暮れることしかできない。
フィーリナの問い掛けにも、テナは玲治の方を気遣わしげに見遣る。
視線を感じたのか、玲治は若干言い難そうにしながらも口を開く。
「半年しかなかったから、片付けることも全然済んでないよ。
何とかもう一度戻らないと……。
それと、こんな大事なことを黙ってたあの邪神をもう一度殴らないと気が済まない」
「そう、ですよね」
テナからしてみれば、二年待ったにも関わらずまだ駄目だという結論。
二つの世界の時間の流れを考慮すれば、合計で八年間、残り六年間待たないといけないことになる。
それはあまりにも長い。
しかし、非はないとはいえ彼の予定の四分の一の期間で呼び戻してしまった引け目もまた存在する。
そのせいで、帰らないでほしいとも言えなかった。
「でも、あの時もそうだったけれど俺だけじゃあの邪神のところに辿り着くことも出来ない。
だから、一緒に来てほしい」
「あ……。はい!」
それでも彼女が彼の誘いに頷いたのは、またあの時のように共に冒険をしたいという想いもあったためだろう。
そして、それは周囲に立つ三人も同じだった。
「勿論、私も同行させてもらいます」
「仕方ないな、どうしてもというなら私も力を貸してやろう」
「私もです」
アイテムボックスから取り出した装備品を身に付け、玲治はパーティメンバーの女性達に向き直って軽く頭を下げた。
「『アトランダム』パーティ、再結成だな。
また、よろしく頼む」
「はい!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「陛下からもお前を魔族に引き込めと言われているからな、やむを得ん」
「ふふ、またあの時のように冒険が出来るのですね」
かの邪神は既にこの世界への干渉をやめているため、彼らが「彼」のもとへと辿り着くことは至難。いや、実質的に不可能だ。
それは玲治も女性達も理解している。
しかし、彼らにとっては掛け替えの無い仲間達と過ごす時こそが大事であり、目標が困難であろうとも関係がなかった。
「さぁ、いこう。テナ」
「はい、レージさん」
同年代にまで成長した美しい想い人の手を握りながら、彼は終わりなき冒険の旅へと出るのだった。
以上を持ちまして、「召喚アトランダム」完結となります。
前作「邪神アベレージ」の続編として展開させて頂いた本作。
色々と実験的な要素を盛り込んだりもしてみましたが、
楽しんで頂けておりましたら幸いです。
なお、一つの作品が完結したことに伴い、
年始に活動報告で述べていた新作を投稿開始させて頂きます。
「異世界、人外転生、水属性」をコンセプトとした完全新作です。
深海のフィリエス~転生人魚は水底で詠う~
http://ncode.syosetu.com/n8769ea/
よろしければこちらについてもお楽しみください。