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千尋ちゃんの予言

「……あの子って?」

「髪留めにアイアンメイデンのストラップ付いてた子」

「え、誰それ!?」

「……善寺春香さんよ」


疲れた声で、千尋ちゃんはタッキー先輩の質問に答えました。図書委員長様は、続きを促すように千尋ちゃんに視線を移します。


「零磨虚、貴方が光善寺春香と恋に落ちるのは運命だから」


厨二病を患う図書委員長様はわずかに頬を染め、タッキー先輩は芝居がかった千尋ちゃんの台詞と親友の様子にドン引きで頬を引きつらせています。

まあ確かに美少女の髪留めのストラップが有名な拷問器具をあしらったものとか夢が壊れますよね。千尋ちゃん曰くあの呪いっぽい髪留めは『ローズガーデン』の零磨攻略ルートに必須アイテムで、本来ならば逆ハールート攻略達成時にのみ学校の中庭から掘り出され、死体となったヒロインが手に入れる品なのだとかなんとか聞いたので、夢とか何とかの前にプルプルする話なのですが。まあでも中庭のどこかに埋まっているならと、探し回ったのは何を隠そうこの私です。中庭の中心、気持ち悪いほど赤黒い薔薇の根元に埋められていたあの年代物の呪いじみたストラップは、確かに図書委員長様の好みどんぴしゃで思わず乾いた哂いが漏れましたもの。

今日が見つけてこっそり光善寺さんの鞄に仕込んで様子を伺いだして2日目です。もっと穏便な接触になればと願っていましたが、もう逆ハールートに入ってしまっている彼女の周りは鉄壁で、彼女自身でもどうにも出来ない域まで来ているのかもしれません。それでもわずかな望みをかけて、彼女があのストラップを髪留めに使ってくれたのなら……?

私は言葉巧みに図書委員長様の恋心と厨二病を煽る千尋ちゃんの隣から離れ、ちょっとエクストプラズマ抜けかかってるタッキー先輩の側に寄りました。


「タッキー先輩、助太刀ありがとうございました。すっごく格好良かったです!9巻のガミイ様並に輝いてました!」

「……お、おーう。どーいたしまして?と言うかお下げメガネ、お前らはいったいどんな理由であんな状況に陥ってんの?そーいや詳しく聞いてなかったよな」

「私も良く解ってません。千尋ちゃん曰く”せかいのきょうせいりょく”とかそんな理由だそうです」

「……はあ?」

「意味不明ですよね。厨二ど真ん中設定でちょっと口にするのもアレなんで、いままできちんと言えなくてごめんなさい。でも、千尋ちゃんの言う理由くらいしか、理由になるものなんて何にもないんです。私も信じきっていないから、どうにも上手く説明出来ないんですけど。かゆい台詞の羅列でしんどいとは思うんですが、『ローズガーデン』を読んで下さい、としか。千尋ちゃんの言葉を信じるなら、その脚本は一種の預言書ですから」

「……えーと?」

「『ローズガーデン』に出てくる悪役が千尋ちゃんで、ヒロインが光善寺さんです。図書委員長様、零磨先輩は隠しキャラに当たります。千尋ちゃんが集団リンチを受けるのも、図書委員長様が光善寺さんに恋に落ちるのも、『ローズガーデン』の脚本のうちにあります」


3日で全てのルートとイベント、台詞全てを書き出してくれた千尋ちゃんの『ローズガーデン』の脚本は、ゲームとしては十分に面白いと同時に(私のためにHな18禁部分は丸ごと黒塗りでしたが)現実ならば空恐ろしい展開が盛りだくさんで吐き気を催したのは真新しい記憶です。 ヒロイン光善寺さんに与えられているのは、重過ぎる愛ゆえの拉致監禁、ホルマリン漬けにカニバリズム、溺死圧死刺殺心中エンドととんでもない未来ばかり。そしてその選択肢に、少しでも救いを求めるとそれこそ眠るような毒殺エンドの逆ハーエンドか、隠しルートでしか辿り着けない図書室の妖精ルートしかない物語です。そして図書室の妖精ルートは他と比べれば驚くほど穏やかで、病んでいると言えどせいぜい彼女のその人生全てを監視し書物に写される程度で(十分に気持ち悪いくらいみっちり人生を記録されてますが)拉致も監禁も無く穏やかな仲良し夫婦人生を送れる描写でした。

顔面いっぱいに?マークを浮かべているタッキー先輩にとても申し訳ない気持ちでいっぱいになります。本来ならタッキー先輩は完璧に無関係です。ただの善意で付き合っていただいているのにろくな説明も出来ないのですから。私はせめて、めいいっぱいの感謝と、誠意を込めた決意が伝わるように、目に力を入れて先輩を見上げました。


「千尋ちゃんの書いた『ローズガーデン』の情報を元に、光善寺さんにあのアイアンメイデンのストラップを贈ったのは私です。光善寺さんが、図書委員長様と恋仲になってくれたら、千尋ちゃんは悪役から、『ローズガーデン』のメインキャストから外れます。そうしたら千尋ちゃんは理不尽なリンチを受けなくて済むようになるし、もちろん図書委員長様も光善寺さんもラブラブカッポーで万事平和解決の予定なのです。……信じることは出来ないかもしれないですけど、私も千尋ちゃんも、ただただ、皆で平穏に楽しく高校生活を楽しみたいだけなんです。誰かを不幸にしようとなんて絶対にしてないって誓います。……それでも今後もお手伝い願うのは、無理、ですか?」


どんなに勢い込んで話し出しても、最後に弱腰になるのは私の悪い癖です。おどおどしだした私に、タッキー先輩は少し悩むように眉根を寄せた後、そっぽを向いて言いました。


「お前の知るタッキーはそんなに薄情かね?」

「いいえ!爆発するかもしれないくらい友情に厚いオタク様です!」

「うむ、解っているならよろしい」


即答した私にキリッとメガネをかけなおしてタッキー先輩は笑いました。こんなに気さくでカッコイイのに、めったに笑わない図書委員長様のほうがモテモテとか世の中不思議で満ちていると思います。


「まー、その説明じゃちっとも解らんかったが、お下げメガネはパンダのストーカーどもと違って攻撃力ゼロだからな。見捨てた瞬間不登校になりそうだから、ちゃんと最後まで付き合ってやるよ。パンダに特定のカノジョが出来るなら俺へのしょーもない変化球攻撃も減るだろーし」

「え!同姓の先輩にまで飛び火するほど図書委員長様はモテ男なので……!?」

「おーよ。と言うか俺はあのパンダを見て一瞬でも見惚れなかった女子をお前以外見たことがない。お前一回メガネ新調してみ?絶対度合ってねーよ」

「ええー?それはさすがに言い過ぎですよう。ちゃんと文庫本読めますもん!」


ぷう、と頬を膨らませて抗議します。それに本人の前ではとても言えませんが、私からすれば愛想のない図書委員長様よりも、私のようなキノコ女子の頼みも聞いてくれるタッキー先輩のほうがずっとイケメンです。タッキー先輩は私がどう言っても信用しないでしょうが、先輩だって普通に顔の造作も悪くなく、ニキビもあばたも無い小麦色の健康的な肌をしています。目がちょっと細くて顔が縦長気味だというくらいで、髪の色を黄色くしてピアスでもあけてチャラくしたら十分漫画のメインキャストに潜り込めるくらい顔面偏差値は高いのです。……タッキー先輩がそんなリア充になってしまったら、私は声も掛けられないので今の黒髪ださメガネタッキー先輩で居続けて欲しいところですが。先輩に本命カノジョが出来たら全力で応援してお手伝いして、恩を返すぞ!と密かに決意するくらいには天上人判定を下しています。


「知子ちゃん、悪いけど体操服明日返すね」

「あ、千尋ちゃんごめんね。汗臭いでしょう?制服で戻らなくて大丈夫?」

「大丈夫よ。基本的にイベント時以外は誰も私のことなんて先生も含めて視界にも入れないから」


程よく図書委員長様のやる気ゲージを上げられたのか、予鈴のなりそうな時計を見ながら千尋ちゃんが側に来ました。タッキー先輩のほうに向き直ると千尋ちゃんは折り目正しくお辞儀します。


「今回も助けていただきありがとうございました。お昼、食べ損ねたんじゃないですか?」

「いーよ、お下げメガネに怪我が無くてよかった。昼飯なら2限休みに既に食べたし気にすんな」

「そう言っていただけると心が軽くなりますわ」


にこ、と千尋ちゃんが笑ったのと予鈴がなったのは同時でした。また放課後集合することを確認して教室に向かいます。


「千尋ちゃん、光善寺さんは図書委員長様ルートに入るかな?」

「あのストラップをつけてた以上、その可能性は高いと思うわ。起こるべきイベントの期間はずれ込んでしまったけれど、夏休みまでに手を打てれば間に合うと思うの。……知子ちゃん、ごめんね。痛くなかった?」


心配そうに覗き込まれて、そういえば軽くとは言えサッカー部部長に蹴られたんだったと思い出しました。蹴られた背中をパンパンと払い、安心させるように私はにへへと笑います。


「大丈夫!どこも折れてないし、青たんも出来てないよ。ドラグール物語設定集は仕込んでなかったけどね」

「アレはさすがに仕込むには厚いし大き過ぎるよ。ハードカバーだから見た目カクカクになっちゃう」

「ロマンなんだけどなー。マイバイブルで攻撃無効化」

「それに近い事件がたぶん近日起こるから、その時は知子ちゃん、お願いだから隠れててね。ゲーム通りなら、大変なことになっても全員無事のはずだから。携帯と防犯ブザーは絶対身につけてて。今日みたいに出てきて、知子ちゃんがそのせいで大怪我負ったら私、自分を許せなくなる」


ぐ、と唇を噛んで千尋ちゃんはうつむきました。


「知子ちゃん、前世の私はね、知子ちゃんの何百分の一も勇気も善意も持ってない、本当、屑みたいな子だったの。何一つ大事に出来なくて、いろんなものを壊した挙句、最後には汚部屋に引きこもってゲームばっかりして、親に何もかもを与えられながら勝手に絶望して首吊って死んだ女の子だったのよ。生まれ変わって山越千尋になって、色々なことを学びなおして、ちょっとはましな人間に成れたように思うけど、それでも私、今の状況は前世の行いの報いなんじゃないかなって思ってる。だからね、知子ちゃん、危ない時は隠れて。ううん、いっそ逃げて。私のことは置いてってくれて良いから。知子ちゃんはキャストじゃないから見つかりさえしなければ巻き込まれない」

「千尋ちゃん、でも、」

「お願い。……私、今日本当に怖かったの。知子ちゃんが蹴られてるのに。私、目の前に居て一歩も動けなかった。最低だよ、知子ちゃんはこんな自己保身でいっぱいの私のために駆けつけてくれたのに。私、またこんなことが起こったら、きっと知子ちゃんを身代わりにして逃げようとか、そんな選択をしちゃうかもしれない。私、わたし、そんな、前世の私みたいに成りたくない。だから、だから……」


千尋ちゃんは震える喉を沈めるように、ごくりと空気を飲みます。私は続きを千尋ちゃんが口にする前に、スカートを握り締めている千尋ちゃんの手を上からそっと撫でました。たぶん、私の耳は今、真っ赤です。


「私、千尋ちゃんの友達になれて良かったな」

「とも、こ、ちゃん」

「気持ちが嬉しいって、こういうときに使うんだね。私、千尋ちゃんほど優しい子、他に知らないよ」


そう、私の長くも短くも無い人生で、それでも数え切れないくらい教え込まされてきた当たり前の小さな裏切りとスケープゴートの法則。不細工でのろまな私はいつだって、口先の約束を信じてはその姿を哂われてきました。先生に私たちいじめなんてしてません、知子ちゃんとは仲良しですと言ったその口で、知子ちゃんって気持ち悪いから嫌いと言われた回数なんて数え切れないほどありました。朝初めて会った子が仲良くしてね、と微笑んでくれても、昼休みにはばい菌扱いの私を見て無関心を決め込むのは当たり前のこと。

千尋ちゃんだけです。

私のアトピーでぼろぼろの手を気持ち悪がらなかったのも、そばかすの散る顔に目を細めなかったのも。

勉強が不得意な私を哂わずに、一生懸命噛み砕いて教えてくれたのも。

友達になって、と言ってくれて、それを裏切りたくないと告白してくれたのも。


私はにへらっと、締りの無い顔で千尋ちゃんを見上げました。


「大丈夫だよ、千尋ちゃん。千尋ちゃんが背負うべき罪なんて何にも無い。前世の千尋ちゃんがどうでも今の千尋ちゃんには関係ないよ。私、頑張るから、皆全員楽しく過ごせるように一生懸命考えよう?せっかく、乙女ゲームの脚本という名の預言書だって千尋ちゃんは書いたんだから。私も千尋ちゃんも、光善寺さんにだって安全な回避の手がかりはきっとあるよ」

「でも、」

「怖がってるだけじゃ前に進めないって、6巻のガミイ様も言ってるもん!……私、頼りないとは思うけど、頼れるようにこれから成るから。ね!」


うろうろと、千尋ちゃんの目は悩むように泳ぎます。

私は祈るように千尋ちゃんの手をきゅっと握りました。白くてすべすべした、私の赤く腫れてる手とは正反対の、触るのにちょっと勇気の要るきれいな手です。

涙目になって、どうにも言葉を発しにくくなっている千尋ちゃんは、それでも最後にはこくん、と頷いてくれました。


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