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千尋ちゃんとサバト

タッキー先輩の協力を取り付けた私と千尋ちゃんは、取り合えず今日は解散することにしました。拉致られた挙句姿を消し、3・4限をブッチした現状、このまま何事もなかったように戻るには千尋ちゃんの立場は危険過ぎます。生徒会の仕事は明日の朝、普段より2時間早く登校して誰もいないうちに二人で片付ければいいのです。番人室の使用料である新書のラベル張りなんて、図書委員の趣味的な仕事ですしね。私とタッキー先輩だけで十分です。

見送りに来た玄関で、私は千尋ちゃんに言いました。


「じゃあ、気をつけて帰ってね、千尋ちゃん。あと覚えてるだけ、そのゲームの内容書き出しといてね。明日またいつもの場所で!」

「うん、知子ちゃん。ありがとう。……知子ちゃんも、気をつけて」

「大丈夫だよ。だって千尋ちゃんがいるもん」


にこ、と笑って私は千尋ちゃんの肩を軽く小突きました。

私にとって一番辛いのは、千尋ちゃんがいなくなることです。逆を言えば、たった一人の”絶対の味方”である千尋ちゃんさえ居てくれるなら、どんな嫌がらせだって耐えれます。意味不明な罵詈雑言を黒板に名指しで書かれたり、教科書やノートを破られたりグループ分けではみ子にされたりとかの犯罪に引っかからない程度の事件なら、これまでの人生で耐性は十分付いてますし。


こそこそと校門を出て行く千尋ちゃんの背を見送って、私はぱん、と自分の顔をはたきました。

すべきことは色々在ります。まずは今所属している美術部の辞表と同好会の届出と、同好会の担当教師を捕まえなくてはなりません。あと、これからたくさん描く事になるだろう、攻略対象と千尋ちゃんが言った、数字の入ってる苗字の学内有名イケメンズも拝んでおかなくては。(その中に保険医が入ってることには色々と物申したい気もしますが)帰り道で色ペンの補強と紙も追加しておかないと。

予鈴の鐘の音を背に、私は教室へと駆け出しました。



無事に黒縁メガネ司書の稲田先生を顧問に据え、千尋ちゃんの生徒会庶務権限で同好会設立を果たして2週間。生徒会の仕事は朝の2時間で片す事でゲーム主演者たちとの接触を避け、休み時間は他クラスの私が千尋ちゃんに張り付くことで何とか平穏を保っていましたが、世界は優しく在りませんでした。


「ちょっと、これどういうことかなぁ?山越さぁん?」


体育の授業の後で、どうしても休み時間開始直後に駆けつけられなかった昼休み。廊下で水をかけられ、複数人に囲まれている千尋ちゃんが居ました。見るに五十嵐生徒会長と生徒会書記の二階堂双子、サッカー部部長の三宮先輩、剣道部エースの一文字君が光善寺春香さんを庇うように並び、千尋ちゃんのクラスの光善寺さんシンパが千尋ちゃんを包囲しています。

ひらひらと二階堂先輩が振るのは見覚えのある白い封筒。

私はタッキー先輩にあらかじめ作っておいたメールを送信すると、努めて笑顔を作り、輪の中に躍り出ました。


「あっ!光善寺様、その手紙読んでくれましたか?」

「……はぁ?」


絶対零度の視線にさらされて胃が縮こまります。冷や汗は止まりませんが、このまま空気の読めなさをフル活用して、ゲーム主演者達に私は敬礼で返しました。


「申し送れました、私、浮田知子と申します!乙女ゲーム製作同好会の会長です!かねてより光善寺様の女神度に感銘しておりまして、是非その女子力をゲームヒロインに投影させたく。僭越ながら取材願いの手紙を毎日投じさせて頂いておりました!私、文才が壊滅的でして……その、文面にご不快に思わる部分がありましたら申し訳ありません。害意があってのことではないのです。その寛大なお心で、お許しいただけるとありがたいです」


耐え切れずに最後には腰を折ってしまいましたが、私の地獄耳はかすかな光善寺さんの独り言を拾いました。知らない、原作と違う------彼女が千尋ちゃんの言う『ローズガーデン』を知る人物である証言が。

私はゴマを擦るように両手を擦り合わせ、上目遣いでイケメンズに囲まれる光善寺さんを見つめました。


「お願いいたしますぅ~美と愛の女神、光善寺様!我が同好会にリアリティを!」

「うわ何これ、きっもぉい」

「重々承知です!」

「失せろ、ゴミが」

「嫌です嫌です!光善寺さんから直接お返事いただけるまで動きませ~ん!」


振り払われてもしつこい訪問販売員のように足元にすがりつきます。しかし私の登場で場の粛清ムードは一気にコメディへと転じました。犯人が千尋ちゃんでないとわかったらしい野次馬の一部が去っていくのを目の端で捕らえます。

そろそろ本気の三宮先輩の蹴りがくるか、と身構えたそのとき、待ち望んだ声が聞こえました。


「おうおうおう、ちょ、何の騒ぎだよジュンジュン。なんでおめー、俺の後輩を足蹴にしてんの?そんな趣味だったっけ?」

「……岡島と零磨か。後輩?」


勢いを失った三宮先輩の足の下から、薄らと目を開ければ駆けつけてくれたタッキー先輩と図書委員長様を見つけます。私はほっと息をつきました。


「タッキーと呼べ、ジュンジュン。そうだぞ、そこのお下げメガネは俺とゼロの所属する同好会の会長だ。ひ弱なんだから足をどけろよ」

「純司……女子を甚振りたいならコレあげる」

「っておい、そこの腐れ厨二!ドサクサに紛れて黒魔術本を純朴なジュンジュンに渡すなよ!?」

「大丈夫、害がでても証拠は残らない。完璧」

「その分対価もひでーだろうが!遠回り過ぎて俺以外通じねえよ!?」

「えー?」

「えー、じゃねーよ。ジュンジュンもとっとと足どけろ。カノジョにドン引きされてるぜ?」


くい、とタッキー先輩の顎に示された先にいる光善寺さんが呆然としているのを確認したらしい三宮先輩は、慌てて私から足をどけました。駆け寄ってきてくれた千尋ちゃんの手を借りて起き上がった私は、しょんぼりとタッキー先輩に頭を下げました。


「すいません、先輩。手を煩わせまして。ターゲットと直接交渉したかったのですが、思った以上に周りが鉄壁の防御で歯が立ちませんでした」

「え?手紙でお願いしてるって言ってなかったか?」

「書き方がまずかったみたいで、嫌がらせと思われたみたいで。千尋ちゃんがつるし上げられかけたものだから、焦ってこうなりました」

「はぁ?あのビジネス文書コピペ編集ラブレターが嫌がらせ?宛名も差出人もは山越じゃなくてお前が書いたやつで、お前が投函してたやつだろ?なんでそれで山越がつるし上げられかけんの?ちょ、ジュンジュン説明プリーズ」

「……その手紙、本当にそのメガネが書いたんだな?」

「正しくは俺とゼロとお下げメガネの合作な。最近作ったんだよ、乙女ゲーム製作同好会。結構本格的なの作る予定だから噂になってる一年の女神をモデルにしようと言う話になってな。あ、ちなみにお前攻略対象に入れるからありがたく思え★」

「ちょっと待て、突っ込みが追いつかん」

「なら突っ込むな。あの手紙がこのサバトの原因でおK?中身確認したの誰よ?」

「------申し訳ありません、私の早とちりでした」

「「「「ハルちゃん!」」」」


だんまりを決め込んでいた光善寺さんがすっと前へ出て頭を下げました。


「ハルちゃんが謝ることなんて何もないよ!」

「ありがとう、二階堂先輩。でも、差出人も中身も確認せずに気持ち悪いと言って、山越さんだと決め付けたのは悪いことだと思うの。だから謝らせて?」

「……ハルちゃんがそう言うなら」


二階堂先輩が憎憎しげに千尋ちゃんを睨むので、思わず背中に庇います。本当に、千尋ちゃんが何をやったと言うのでしょうか。こんな大人数相手に喧嘩を仕掛けられるほど、千尋ちゃんは気の強いほうでもないのに。


「浮田さん、でしたっけ」

「っ、はい!気分を害してしまい誠に申し訳ありません!」


がばっと勢い良く頭を下げます。突き刺さるたくさんの視線にカタカタ震える私の頬に、白くてやわらかい手が添えられて目を見開きました。


「こちらこそ、せっかくのラブレターを確かめもせずに気持ち悪いだなんて言ってごめんなさい。私ちょっと今まで色々あったものだから」

「いえっ!!光善寺様ほどの美人ならそれも致し方ないことです!」

「ふふ、そう言ってくださるとありがたいわ。謝罪代わり、といっては何だけれど、今度その同好会活動、覗きに行ってもいいかしら?」

「あ、ありがとうございます!是非に!是非に!放課後図書室で活動してますので!嬉しいです、ありがとうございます!」


きゃー、と喜びをジャンプで表します。突き刺さる視線に殺意的な何かが混じりだした気がしますが、結果オーライ、十分合格点が出せるファーストコンタクトです。

しかし私へと向けられる殺伐とした何かは、女神光善寺さんの微笑によって封殺され、千尋ちゃんへの謝罪もない代わりにその場はお開きになりました。攻略対象メンバーズ様と新派の皆様の背をニコニコと見送って、私たちはびしょぬれの千尋ちゃんを連れて図書管理室へと向かいます。千尋ちゃんにさっきまで私が着ていた汗臭いけど乾いている体操服を着てもらってひとまず落ち着くと、珍しく口火を切ったのは普段ほとんど話さない図書委員長様でした。


「タッキー、俺、あの娘と仲良くなりたい」



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