千尋ちゃんと同好会
お昼休みを告げる鐘の音とともに、私は千尋ちゃんの鞄を購買に走る人の間を縫ってこっそり回収し、ついでに自分のお弁当を手に千尋ちゃんと図書室へ向かいました。
「お?お下げメガネ今日は早いな?」
「タッキー先輩こんにちは!お昼まだなので控え室で一緒させてもらっていいですか?」
「いいぞー。そんかし放課後ラベル張り手伝え」
「わあーい、先輩太っ腹!と言うかラベル張りってことは新刊入ったってことですか!?」
「ドラグールの番外編集も来たぞ。良かったなー」
さらっと図書室番人室の使用許可をくれた先輩は、にやりと笑ってワゴンの上を指します。確かに積みあがっている本の中に愛読シリーズの新刊があり、私は思わずぴょんと跳ねてしまいました。
「やったー!待ってたぁー!嬉しいなー!!」
「まあ取りあえず入って昼飯食え」
「はあい!ほら、千尋ちゃんも早く!」
「う、うん。知子ちゃん、先生の許可は?」
普段は昼休みも生徒会の仕事に追われてる千尋ちゃんはちょっと不安げに控え室を見回します。処理の終わってない新刊とあまりに古くなった本、貴重な資料だけが集められた図書室のカウンター奥の控え室は、真面目な図書委員以外はそう入ることはない場所でしょう。
「大丈夫!タッキー先輩の許可は先生の許可と同義だから。タッキー先輩のほうが司書の先生より図書室を知り尽くしてるもん」
「そうとも!伊達に図書室の番人をやってないからな、俺は。ちなみに今あの黒縁メガネ司書は新書案内をコピーしに席をはずしたところだ」
「あーそれで今居ないんですね」
頷いて、机の空いた場所にお弁当を広げます。
先生が席をはずしているのなら今がチャンスでしょう。
私はまだ白い顔のままの千尋ちゃんを確認し、世間話もそこそこに切り出しました。
「先輩、昨日のお言葉はまだ有効でしょうか?」
「うん?」
「同好会を作ろうと、思うんです。私、絵は描けるけどパソコンが弱くて。タッキー先輩はパソコンお得意でしたよね?」
「まー、得意と言うか、お友達ですが?」
「お願いします、私と一緒に乙女ゲーム作って下さい!」
ばっと頭を下げて懇願すると、タッキー先輩は目を白黒させました。
「へ?……え?ちょっと待てお下げメガネ。何がどうしてそういう結論になった?あれだよな、昨日友達が困ってる云々言ってて、その友達が今隣に座ってる美人でとりあえずおk?」
「そうです。山越千尋ちゃんです。先輩、私はゲームの力で世界平和を目指そうと思うのです」
「いやいやいや、お下げメガネ、ちょっとおちつこう、な?俺ちょっと付いてってないからな?ゲームに世界平和を託すのは大賛成だがとりま順を追って説明してくれ、な?」
「千尋ちゃんをこのところ敵視している一派の親玉が隠れ乙女ゲームオタクであるという情報を入手したんです。彼女と話し合いたくても、現状では私は無関係過ぎて、千尋ちゃんは嫌われ過ぎて、取り付く島がないんです。だから、乙女ゲーム製作同好会を作って彼女のオタク心をつつけたら、お友達になるきっかけにならないかな、と思いまして。先輩、力を貸していただけませんか?」
ぎゅっと目頭に力を込めて頭をあげました。美人の上目遣いが破壊力抜群だと言う話ですが、残念ながら私はやせぎすそばかすメガネの不細工です。せめて真剣さをアピールできれば、と一生懸命困り顔のタッキー先輩を見つめました。
「……えーと、つまり?そこの美人さんは今ちょっと大人数からにらまれてて困ってて?」
「はい」
「そこの親玉が乙女ゲームオタクだから、それを外交カードとして使いたくて、同好会を作ろうと?」
「はい」
「んで、思い立ったはいいけどけど、ゲームの作り方が解らなくて俺のところに来た、と?」
「そうです。シナリオは千尋ちゃんが書きますし、絵は私が描きます。……無理、ですか?」
「や、無理ではないが……市販の乙女ゲーム片手に突撃じゃダメなのか?」
「隠れオタのリア充さんなので、オープンオタは嫌悪されそうで……製作を理由に、リア充観察と言う名目で近づいたほうが警戒もゆるいかな、と」
それに作る乙女ゲームは彼女も良く知っているだろう、千尋ちゃんの記憶を基にして描く『ローズガーデン』です。彼女の気を引けるのは間違いありません。彼女の"リア充”設定を汚しさえしなければ双方安全に接触を図れると私は踏んでいます。美しい人にとって、外面の持つ重さは地味子な私とは比べ物になりません。
先輩は眉根の下がった私を見て、しばらくあごに手を当て話の内容を吟味しています。がしがしと頭をかくと、千尋ちゃんに視線を移しました。
「えーと、山越さん、だっけ?お下げメガネの提案、あんたはどう思ってる?」
「……私が一人で考えてた選択肢にはなかった発想です。それで、上手くいくかは解らないけれど……私にはもう、知子ちゃん以外にすがりつける手が無いですから。ご面倒を承知でお願い申し上げます。お力をお貸し下さい」
そう言って千尋ちゃんは頭を下げます。先輩は複雑そうに溜息をついた後、からりと笑って明るい声を出しました。
「なんか他に手はありそうな気がするけど、しょーがないな。人手がいるなら声掛けろと言ったのは確かだし、男に二言はない!ただしお下げメガネ、やるからには半端なものは許さんぞ!」
「もちろんです師匠!ありがとうございます!」
「うむ、くるしゅうない。旅は道連れだ、あのパンダもパソコンは友達だから引き入れといてやろう。ふはは、あの残念なモテ男は一つでも多く汚点を欲しているからな!喜ぶだろう」
「わあーい、先輩ガミィ様並みに友情に熱い男ですね!かっくいー!」
ぱちぱちと手を叩いてタッキー先輩を褒め称えます。
お弁当はすっかり乾いてしまいましたが、私はほっと息をつきました。隣の千尋ちゃんの手をそっと握り、にこっと笑いかけます。
「千尋ちゃん、一緒に頑張ろうね」
「ありがとう、知子ちゃん」
第一関門、突破です!