千尋ちゃんはゲームオタク
場所を体育館倉庫から使われていなかった美術室に移し、授業をサボタージュして千尋ちゃんから聞きだしたこと。 要約すると、
千尋ちゃんは前世を覚えていて、
その世界でも千尋ちゃんはオタクで、
死ぬ直前にやっていた乙女ゲーム『ローズガーデン』が登場人物そのままに今この学園で再現されていて、
千尋ちゃんは悪役であり、
ヒロインである光善寺春香さんの選択肢によっては千尋ちゃんは彼女の取り巻きによって殺される運命にあって、
接触の回避を試みたけれど無理で、
何も言葉にしたり行動にしていなくても『悪役』として扱われてしまっていること。
そして今ゲームヒロインである光善寺春香さんは千尋ちゃん虐殺エンドの逆ハーエンドルートをひた走っていること。
信じられないけれど、解るような気もする話です。昨日も今日も、私は漫画のような後先考えない事件を目の当たりにしました。光善寺春香さん、が昨日見たゆるふわ狡猾女子だというのですから、千尋ちゃんの話を妄想の一言で一刀両断するには妙な信憑性があってできません。
「……千尋ちゃんが死なないルートってあるの?」
「……あるにはあるけど、1週目で逆ハーエンドを迎えないと攻略できない隠しキャラルートだから……」
「それって誰?」
「図書室の妖精」
図書委員長様ですか!?確かにあの「女子よ滅せよ!」と言わんばかりに冷徹オーラを発しているあの先輩を落とすには何らかの小細工が必要な気はします。
ううーん、と考え込んでふと、私は一つ千尋ちゃんに尋ねました。
「光善寺春香さんは、千尋ちゃんの言う乙女ゲームをプレイしたことのある子だと思う?」
「まず間違いなく」
即答した千尋ちゃんは憎悪に目を光らせました。理由をアレコレ挙げてくれましたが、つまり。
「光善寺春香さんも重度のゲームオタクだったってこと?」
「……そう、なるかしら」
千尋ちゃんは、今気が付いた、と言わんばかりに目を見開きました。今ヒロイン役をしている光善寺さんはどう見てもリア充です。2次元何それキモいと言い出しかねない雰囲気のお嬢さんですが、ゲームをやりこんだ結果の演技なら……?
私は希望を持って確認することにしました。
「千尋ちゃん、図書室の妖精ルートは、逆ハーエンドより"現実的に”美味しい展開だった?」
「……どういう意味?」
「ゲームが終わった後でも安心していられるエンドだったかってこと。2次元だから許される、でなくて3次元でこんな彼氏だったら……ばら色?的な展開だったか?ってことを知りたいの。だって一生逆ハーで過ごすのは無理あるよ?この国は一夫一妻制なんだから。何が何でも一人に絞るなら、同じくそのゲームをやりこんだ千尋ちゃんから見て、図書室の妖精エンドはどう思う?」
図書委員長様は顔はきれいですが厨二です。そして親友はオタク道を極めたタッキー先輩です。なので会話したことなどないですが、きっと図書委員長様もオタクです。 そして光善寺さんは推定隠れオタク。複数の愛をキープするためにオタクである自分を隠し続ける人生と、それを受け入れて愛してくれる彼氏のいる人生なら、どっちが幸せでしょうか。私としては千尋ちゃんのためにも仲良しオタクカップル成立を望みたいところです。
「……ゲームキャラとしては薄いけど、一番平穏な未来のあるルートだった気がする。微ヤン止まりだったし。と言うか心中とか監禁とか3次元的にバッドエンドにならないのは妖精ルートだけだったから」
「それはそれでどんなゲームなの!?」
「だって18禁ゲームだし」
「高校舞台なのに、爛れている……!!」
「発禁に入るのは夏休みからだから、そこまで震えなくても」
ちょっとまさかのカミングアウトに私は身体を震わせました。不純異性交遊ダメ絶対!と唱えて思考を切り替えます。しかしてそんな愛がなきゃ救いようのないバッドエンドを光善寺さんは本気で願って選択しているのでしょうか。
私は脳裏にタッキー先輩を思い浮かべました。難しい人間関係に疲れた人が集う図書室で、いつも陽気なあの先輩が口にしていること。
「アニメと漫画とゲームで世界は繋がれる。つまり全世界の住民がオタクになったら戦争は無くなる!」
暴論で極論ですが、漫画の話で少ないながらも友達を増やした自分と、オタク道を極めて広い交友関係を得ているタッキー先輩。
私に運命は見えません。戦って勝てる力もありません。
だから。
「……千尋ちゃん、同好会をつくろうよ。乙女ゲーム製作同好会。作って、光善寺さんを誘おうよ」
「……えっと、知子ちゃん?」
困った顔になった千尋ちゃんに私は安心させるように微笑みました。ガミィ様だって言ってます、「昨日の敵は今日の友」と。完全無欠の男子ハンター女子であったらまるで手も足もでませんが、ただの隠れ腐女子なら私だって会話できます。オタク魂は転生しても萌え続けるものなのは、千尋ちゃんが証明してくれていますし。
「図書室の妖精は、私がなんとか引き入れるから。光善寺さんにはルートを変更してもらって、図書委員長様とラブラブカッポーになってもらおうよ。邪魔者じゃなくてキューピットをやったら、光善寺さんだって千尋ちゃんを『死んでいい悪役』だなんて思い続けはしないと思うんだ」
人手がいるなら声をかけて、と言ってくれたタッキー先輩の胸を借りましょう。図書室の妖精たる図書委員長様だってオタクなのです、好きな話題であれば食いついてくれるはず。
トン、と私は自分の平らな胸を叩きました。自分に言い聞かせるように口にします。
「大丈夫だよ、千尋ちゃん。千尋ちゃんだって、最初私を嫌いだったのに。あの日から今日までずっと私の味方でいてくれたもの。なんとかなるよ、皆楽しい高校生活にしようよ」
ぽかんとした顔で千尋ちゃんは首を傾げましたが、私はそうっと窓の外に目を移しました。
いつの間にか嵐は去って、うすらと光が校庭にさしています。学園中が、世界中が千尋ちゃんの敵だとしても。私から千尋ちゃんを取り上げさせたりなんてしてなるものか、と私は深く決意しました。
さあ、光善寺さんとお友達になろう作戦開始、です!