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千尋ちゃんの告白

放課後に降り出した嵐は翌日まで続き、窓にたたきつけられた雨粒はじわりと室内に進入しはじめました。湿気に重く淀む体育館倉庫は、まるでお化け屋敷のように雷光で照らし出されます。

千尋ちゃんは、怯えた顔をして言いました。


「私、殺されるかもしれない」


そんなリスキーなこと誰もしないよ、とはとても返せません。


こっそりと千尋ちゃんの様子を窺いに行った昨日の放課後、生徒会室は一種異様な雰囲気でした。少女マンガでよくある光景というのでしょうか、一人の女の子を巡って複数の男の子が張り合う、いわゆる逆ハーレムが形成されていました。

取り合いされている女の子はゆるふわガールと言うか、私を隅っこのキノコとするなら戦闘系きらきら星、千尋ちゃんをバリキャリ怜悧系美女とするなら彼女はドジっ娘愛玩系美少女と称すべきでしょう。ものすごく男の子受けの良さそうな、千尋ちゃんとは別方向に頭良いお嬢さんです。

お茶くみに失敗して「きゃっ」「だいじょうぶか?(おててぺろぺろ)」「おまっ!?触るな変態が」「そうだそうだ、彼女に触って良いのは俺だけだ!」の流れバトルがナチュラルに展開されて、世界は広かったと打ちのめされましたもの。しかしその流れ弾が千尋ちゃんに飛ぶならば、打ちのめされっぱなしでいる訳にもいきません。

そのまま私が呆然と会話を追えば、「そもそもなんでハルが火傷しかかってんだよ」「だって、皆忙しいのにハルだけ何も出来ないんだもの……お茶くらいはって思って」「は?そんなん下っ端の山越の仕事だろ」「そうだよお、ハルちゃんはここにいるだけでいいんだよ?」「山越、お前何様のつもりだよ、ハルに仕事させるなんて」「さいてーい。死ねば?」「罰としてこの仕事全部お前がやれよ」「さ、ハルちゃん保健室行こー?」「あっ抜け駆けすんな!」「皆、大げさだよ。あっちょっと!」そして生徒会長様にお姫様抱っこで連行される「ハル」さんを目撃した私の心境をどう言い表すべきでしょうか。

私からはどう見ても、千尋ちゃんは何も悪くないように感じました。遊んでいる彼らを視界に入れもせず、身体をちぢこませても黙々と粛々と仕事をしていただけです。だと言うのに愛され彼女が火傷しかかった理由にされるわ、仕事を押し付けられるわ、暴言吐かれるわ、まるで体育祭で負けた理由として罵倒され5ヶ月間クラスの掃除を押し付けられる私のような扱いです。私は運動神経が死滅してるのでその扱いには納得をしたのですが、ハルさんが火傷(たぶん未遂)事件に関しては千尋ちゃんは冤罪にしか見えません。

がらんどうになった生徒会室に残された千尋ちゃんは蒼白で、すぐにでも駆け寄りたいほど哀れでした。(結局昨日は状態の悪化と、千尋ちゃんのプライドを傷つけるかもしれないと思いぐっと我慢しましたが)あまりのエマージェンシーに眩暈を覚えたのは無理からぬことでしょう。

結局それでも文句も言わず一人で仕事を片付けた千尋ちゃんは、いつもの時間に玄関で、平気そうな顔で私と待ち合わせてくれましたが。


千尋ちゃんのために何が出来るか、一晩うんうん悩んで、結局今朝もいつも通りの千尋ちゃんとの漫画トークの通学路を終えた一限目の10分休み。今日こそ光善寺さんを拝むぞ!と意気込んで廊下に繰り出した私の視界に、万引きに繰り出す前のような雰囲気の男子の塊が千尋ちゃんのクラスの前にたむろしているのが映りました。


「------だな、じゃあ体育館倉庫で」

「山越ってアイツ?うわ、マジでけーおっぱい」

「抜け駆けなしな」

「できねーし。決行2限終了すぐだろ?」


突撃できずに仕方なく階段に行く振りをしてそっと通り抜けようとした私は、聞いた瞬間走り出しました。休み時間は残り7分。出来ることは限られています。私は千尋ちゃんに伝えることも考えましたが、伝えたところで大人数の男子相手に私と千尋ちゃんで何が出来るというのでしょう。まだ起こってない事件で先生に頼っても、事態は悪化するだけ。ならば。


一人駆け回って、怯えながら迎えた2限と3限の間の15分休み。

2限の終わる5分前に腹痛を訴えて教室を抜け出した私は、保健室に行ったフリをして体育館倉庫に通じる渡り廊下のロッカーに隠れました。誰にも見られずに潜伏していると、信じがたいことに予測どおり、千尋ちゃんが男の子たちに倉庫に連れ込まれていくのを確認してしまいました。学内で集団暴行だなんて、被害者もですが加害者だってとんでもないリスクを負います。無制限の放課後どころか30分ある昼休みまでさえ待たず、すぐさま他人に見つかりかねない短い時間を選んでの犯行です。正気の沙汰とはいえません。

私はどたどたと千尋ちゃんを連行した彼らが倉庫に入った瞬間に、勇気を振り絞り甲高い悲鳴をあげました。ついでにガンガンと盛大にスチール製掃除用ロッカーを、箒とバケツで打ち鳴らして人を呼びます。言い訳はGのつく黒い虫で十分でしょう----結局教師は来ませんでしたが、注目を恐れた男子たちは千尋ちゃんを倉庫に閉じ込めて落ちつかなげに視線をさまよわせながら、見えぬGと戦う気のおかしい女子を無視して教室へと帰ってくれました。Gと戦う女子を放置というところは物申したい気にもなりますが、これは今回に限れば予想以上の僥倖でしょう。犯罪者達が皆逃げ去ったのを確認してから、先ほどの休み時間を使って前もって空けていた窓から、すぐさま倉庫の中ににじり入って千尋ちゃんの無事を確かめます。


「ちひろちゃん」


口と手に巻かれていたガムテープをはがすと、千尋ちゃんは肩を震わせて抱きついてきました。とても、とても怖かったでしょう。千尋ちゃんの肩口に出来たしみを見て、私は自分自身も怖くて泣いていたのだという事に気がつきました。

------びたん、どたん、と天井を叩く雨音は時折建物自体を軋ませるので、私はきゅっと身をすくませます。


「どうして?千尋ちゃんは私みたいにブスでも、馬鹿でも、根暗でもないのに。何があってこんなことになったの?」


解りませんでした。

なぜ、千尋ちゃんがここまで憎まれなくてはならないのか。

何故、こんなにも踏みにじられなければならないのか。

対象が私ならわかります。

醜い見た目は悪感情を、気弱な態度は嗜虐心を、低い学力は優越感を相手に抱かせます。

千尋ちゃんはそのどれにも当てはまりません。男に媚を売っている、と言う説も昨日の生徒会室を思い返せば事実無根。そもそも千尋ちゃんの片思いの相手はこの学園と無関係の塾の先生ですし、何故ここまで事態が悪化したのか私はわからなくて頭を傾げました。


「……頭おかしいって、言わないでね」


普段より格段に硬い声が千尋ちゃんの緊張を伝えます。私は少しでも信頼して欲しくて、ぽんぽんと千尋ちゃんの背中を撫でました。


「私、この世界の------乙女ゲームの悪役なの」


聞きなれた鐘の音が、休み時間の終了を告げました。 空を走った雷光が、千尋ちゃんの真剣な表情を浮き上がらせます。


「私、山越千尋は、前世の記憶がある転生者なのよ」


そんな電波な告白に、動揺を表現しなかった私はえらいと思います。


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