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千尋ちゃんと悪意


「山越さんってムカつくよね」


そんな台詞を聞いたのは、本当に偶然でした。女子トイレは魔窟ですから誰のどんな悪口が飛んでも不思議ではないのです。が、その対象に千尋ちゃんが選ばれたことに本当に驚いて私は息を詰めました。だって、美しくて賢くて優しい、千尋ちゃんです。主席合格で生徒会書記に入学早々引っこ抜かれた才女です。気遣い抜群で喧嘩の仲裁だってお手のもの、の千尋ちゃんに憧れる子がいても嫌う子がいるなんて、私は今まで会ったことがありませんでした。


「男侍らして何様って感じ?嫌みだよね」

「五十嵐会長も三宮部長も二階堂ツインズもだもんね。ブスのくせにあれは無いよねー。光善寺さんならわかるけど」

「ねー。山越さんってホント身の程しらずって言うかさー」

「ひっこめ!てっカンジ?いつか光善寺さん天誅下してくれないかな」

「ホントホント」


きゃはは、と声を上げながらドア向こうの彼女たちはトイレから去っていきました。止めていた息を吐き出し、ふらふらと洗面台へと向かって先ほど上がった名前を反芻します。三宮部長は知りませんが、五十嵐生徒会長と二階堂ツインズ、は生徒会の人たちであまり三次元に興味の無い私も見たことがあります。女子受けのしそうな顔立ちの整った方々だったのをうすらぼんやりと思い出しました。

どうやら千尋ちゃんは持ち前の犯罪級美貌で人気男子ズを落とし、そのせいで女の子たちから反感を買ってしまったようです。千尋ちゃんは私以外の子の前では二次元オタクであるのを隠しているので、お高くとまって見えてしまったのでしょうか。


「光善寺さん、ってどんな子だろう……?」


気になったのは、千尋ちゃんに許されなくて光善寺さんなら許される行為であることらしい点です。彼女と千尋ちゃんの違いはなんなのか、なんだかもやもやした疑問が浮かんで来ます。次の昼休みに光善寺さんとやらを拝みに行こうと決め、私は乱暴に手を洗ってその場を後にしました。



待ちに待ったお昼休み、お弁当を大急ぎでかき込んだ私は、嵐の近い薄暗くなってきた廊下をこそこそと進み、千尋ちゃんのクラスのロッカー室の前にいました。他クラスに突撃をかます前の下調べです。同じ学校に通っていると言えど、まだまだ入ったことのない場所はたくさんあって、他クラスのこのロッカー室もその一つです。ロッカーの名前を追っていくと、一際かわいくデコレートされた蓋に「光善寺春香」の名前を見つけました。とても女子らしい、攻撃力抜群のロッカーです。こっそりマンガ付録のガミィ様シールを蓋裏に張っている私とは違います。

噂の彼女が予想通り千尋ちゃんと同じクラスであることに不安を覚え、ついでに千尋ちゃんのロッカーも確認することにしました。あいうえお順なので端っこに寄ってみると、一際白っぽくなっている蓋を見つけました。

名札が剥がれ、その一つ手前のロッカーには「森洋子」、奥のロッカーには「米田浩一」とあるので、たぶんこれが山越千尋ちゃんのロッカーでしょう。

私はあまりの事実にめまいを覚えました。

このロッカーの白さは、嫌がらせ受けマスターの私から見れば一目瞭然、漂白による白さです。油性マーカーを落とす溶剤は量が増えればロッカーの塗装すら剥がします。

私は「光善寺春香」を拝みに行く勇気をばっさりと削がれ、ふらふらと、しかし素早くその場を離れました。


とりあえずボッチ属性の憩いの場である図書室に逃げ込むと、私は小さくため息をつきました。寂しさから目尻に涙が浮かんできます。本もとらずにしゅん、とうなだれて図書室の端のほうに陣取りました。


「お下げメガネ、えらいしょげてるなー?どうした?ドラグールの録画失敗したのか?」

「……タッキー先輩」


見上げると、図書室の自主的番人兼図書副委員長先輩が心配げに私を覗き込んでいました。普段の昼休みは一緒にガミィ様が出てくるドラグール物語について熱く語り合うオタ仲間です。同姓の友達が片手に満たない私とは違い、沢山の人と仲良くできる社交的で頼れる先輩の顔を見て、私はぽそぽそと相談することにしました。


「先輩、どうやったらガミィ様のように頼れるイケメンになれるでしょうか」

「おっおーう?予想外の返答が来たぞー?」

「大好きな子が困ってるのに、困ったことを隠された私はどうしたらいいでしょうか……」


考えると落ち込みます。愚図でのろまで頭の悪い私では、千尋ちゃんの力になることは出来ないと思われているのでしょうか。

盛大にへこんでいる私に先輩はちょっと眉根を寄せて考えた後、ぽりぽりと頬掻きました。


「……頼ってもらえなくても、我等のガミィは仲間のために動くだろ?おせっかいでも動いた奴がカッコイイと俺は思うねと7巻77Pに書いてあるぞ、同志よ」


貰った言葉は何度も何度も読み返した名台詞で、私は張り詰めていた背中の緊張を解きました。さすがオタク道を極めんとし、自ら本名と一字もかぶらない「タッキー」をお気に入りの二つ名に掲げる漢です。


「……ページ数まで覚えてるタッキー先輩は名に恥じぬオタっキーですね。引用ありがとうございます、おかげでちょっと元気でました」

「いいってことよ!仲間のためならいくらでも、だぜ★お下げメガネは数少ない正規利用者だからなー。あのパンダ狙いばっかになった図書室の癒し要員が、ここで本も読まずにしょげてるのは番人の名折れってもんよ」


苦笑した私にタッキー先輩はぐっと親指を突き出して言いました。パンダ狙い、とは図書室の妖精とも呼ばれている色素の薄いハーフ系の顔をした図書委員長様のストーカーの皆様のことでしょう。確かに図書室利用者の8割を占めるあの人たちは図書室に来ても本を物色することさえもせず、図書委員長様の半径3メートルの席に座ってじっと鑑賞なさっています。図書委員長様のその姿が千尋ちゃんとかぶり、美しいが罪とはよく言い得た格言だとはじめてこの図書室に来たときに深く頷いたものです。


「パンダって。一応タッキー先輩のお友達でしょう?」

「いーや、あれはパンダで十分だ。図書室を香水臭くする害獣だ。顔以外は俺と変わらぬ変態だというのにあの人気ぶりは解せぬ」

「あの人きれいな顔して読んでる本、毒とか拷問器具全集とか黒魔術とか厨二ばっかりですもんね」

「しかも自宅から持ち込みな。くっ、イケメン爆発しろ」

「ガミィ様まで爆発しちゃいそうなので呪わないで下さい……あ、予鈴だ」


呪いのポーズをとった先輩に笑っていたら慣れた鐘の音が流れたので、私は目の端の残りかすをしっかり拭うとタッキー先輩にお辞儀しました。


「相談乗ってくださってありがとうございました、タッキー先輩」

「うむ、明日は元気に来るのだぞ、お下げメガネ。人手が要るようなら声をかけてくれたまえ。パンダと一緒に手伝ってしんぜよう」

「あはは、先輩いっけめーん!爆発しちゃっても知りませんよー?」

「はっはっは。この俺をイケメンと称するとはさすがお下げメガネ。度が狂ってるな!では俺もあのパンダを救出して帰るわ」

「はい、先輩さようならー」


背を向けた先輩はひらひらと手を振って応えてくれました。少し心の軽くなった私はぎゅっと目を閉じて軽く顔をはたきます。

そうです、我等のガミィ様はこうも言っていました。今日頼ってもらえないなら明日頼ってもらえるようになればいい、と。

まずは正しい情報の入手です。ちょっと怖いですが光善寺さんが誰なのか、光善寺さんの友達がどれくらいいるのか、まずはそこから調べるべきでしょう。千尋ちゃんへの嫌がらせが杞憂かどうかの確認もなんとか取りたいところです。今日トイレ魔窟で聞いた言葉を反芻すると、かなり望み薄ですが。


「待っててね、千尋ちゃん」


学校でも塾でも一人ぼっちだった私の、唯一の味方で在り続けてきてくれた大切なともだちです。私が愚図でのろまでも、千尋ちゃんは優しいから助けたいと思うくらいは許してもらえるでしょう。


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