p2 鬼が来りて
「鬼……?」
突如目の前に落下してきた人物を見て、読真は訝しげに眉をひそめる
「なんで、こんな所に人間がいるんだぁ~!?」
鬼らしき風体の男は、視線だけで射殺すのではないかと思われる爛々と光る真紅の目で読真と譚に視線を向け、警戒心と鋭い視線を向けて声を発する
(でも、ちょっとイメージと違うな……)
まるで蒸気のような息を吐き出して、目を細める鬼らしき風貌を持つ目の前の存在を見て、読真は内心で首を傾げる
確かに今目の前にいる人物を見れば、「鬼」という言葉が最も適切ではある。しかし同時に、読真が抱いている鬼のイメージとは決定的にかけ離れた面も併せ持っている
まず、その身に纏っているのはトラ柄のパンツではなく、戦国時代の足軽を思わせる軽装備をしていること。そしてその髪はアフロでもパンチパーマでもなく、逆立った黒髪。そしてその手に持っている武器は、金棒ではなく身の丈ほどもある薙刀だ
(こんなこと考えてられるなんて、俺結構余裕あるな……いや、現実逃避してるのか?)
自分が意外とこの状況を冷静に分析していることに、内心で自嘲気味に笑った読真の意識を、異形の相貌をした鬼の威嚇の声が現実に引き戻す
「オイ、聞いているのか!? なんで人間がこんなところにいるのかって聞いてるんだよ!?」
「え、えっと……」
鬼の言葉に、どう答えていいのか分からず、譚に視線を向けた読真は、目も前の巨大な鬼に全く怯む事無く自分の隣にまで歩いてきた先輩司書の姿を見つめ続ける
「随分不躾な方ですね……あなたこそ何者ですか?」
(こいつ、結構肝が据わってるよな……)
微塵も臆さず、かしこまる事もへりくだる事もせず、自分よりも倍近いほど巨大な身体を持つ相手に、高圧的に接する譚の姿に、読真は内心で感嘆と驚嘆を覚える
隣で読真が肝を冷やしていることなど毛ほどにも意に介さない譚の言葉に、そのプライドを刺激されたのか、鬼は自身より小さな少女を怒りの炎を宿した爛々と光る眼で睨みつける
「貴様。我ら鬼族を知らないとはどこから来た者だ?」
(やっぱり鬼なのか……)
自らを鬼と称した大男は、自身を全く恐れていない譚の無機質で無感情な視線に苛立ったのか、その手に持っていた薙刀の切っ先を自分の半分ほどの背丈しかない少女に向ける
「ちょっ……」
「……何の真似ですか?」
突如武器を向けてきた鬼に、動揺を隠し切れない読真と対照的に、譚は眉ひとつ動かす事無く、自身に着きつけられた刃の切っ先を一瞥して冷ややかな視線で応じる
「どうやら何も知らんようだから教えてやろう。鬼に会ったら金目のものを置いて去れ。それがなければ自分を差し出せ。断れば命は無い。さあ、どうする?」
自身の圧倒的優位性を思い知らせるように、威圧的な口調で自分より矮小な存在である譚に言い放った鬼には、人間を対等の存在と見ていない勝者にして優越者の感情が宿っており、明らかに読真達を見下していることが分かる
(なるほど、この世界では鬼が人間以上の存在として君臨しているという事ですか……)
勝者の優越感に浸り、微塵の警戒も持たずにこの世界の情報を提供してくれる鬼に内心で感謝を述べながら、譚はさらにこの世界が何の世界で、どう歪んでいるのかを調べるために、質問を重ねていく
「ちなみに自分を差し出せとはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。男は肉体労働、女は色々だ……そうだな。例えばお前なら……」
譚の言葉に、その表情を下卑たものに変えた鬼は、譚を上から下までじっくりと撫で回すように見つめ、わずかに眉をひそめる
「……お前、歳はいくつだ?」
自分よりも明らかに低い背、なだらかな胸を見て、明らかに萎えた様子で問いかけた鬼に、譚はその平らに近い胸を堂々と張って言い放つ
「無粋ですね。女性に歳を聞くものではありませんよ。しかし私も子供ではありません。あなたの聞きたい事はおおよそ分かるつもりですよ。心配しなくても見た通りの大人の女性です」
(子供にしか見えない!!)
自信満々に譚が言い放ったこの瞬間、読真と鬼の心は一つになったのだが、そんな事を本人たちが知る由はない
幻想司書は、この世界に生きる意識的生命体であり、限りなく不老不死に近い。故に外見と年齢が比例する事は決してないのだが、それを知らない人物が譚の外見から抱く心象は、精々「将来は美女になる」という程度だろう
「……お前、家事は得意か?」
明らかにやる気が失せている鬼の問いかけに、譚はその仮面のような表情を崩す事無く、自信に満ちた声音で言い放つ
「家事は、食べるのと汚すのが専門です」
「…………」
(それは家事じゃない)
譚の言葉に内心で反論の言葉を述べた読真だが、そんな事を言えば、何十倍にもされて返される事を身に染みて知っているため、無言で先輩司書と鬼のやり取りと、その成り行きを見守る
「お前、色気なし、家事できないで女としての価値があるのか?」
「ぷっ」
しばらくの沈黙の後に、鬼が呟いた鬼の痛烈な一言に読真は思わず噴き出す。
(グッジョブ! 鬼さん!!)
それは決して鬼の言葉に共感したからでも、同意している訳でも無く、散々言われた毒舌の恨みによるものだ。
(坊……メッチャ喜んどるな)
譚を馬鹿にする鬼に内心で最大級の拍手を送り、それを表に出さないように必死で抑える読真と、それとは対照的に無表情なまま、額に青筋を浮かべている譚を交互に見て、モノスは内心で盛大にため息を衝く
「……いいでしょう」
その無表情な目元に不機嫌と怒り、殺意を浮かび上がらせた譚は、一瞬で懐からその体格には不釣り合いな拳銃を抜いて、何のためらいもなく鬼に向かって発砲する
「うおっ!?」
渇いた銃声と共に銃口から弾丸が飛び出した瞬間、鬼は驚愕の声を上げつつも、反射的に身体を捻って譚の攻撃をかわす。
「その喧嘩買って差し上げましょう」
不意打ちで放たれた銃弾をなんなく躱して距離を取った鬼に、譚は怒りの篭った冷淡な声を向けて冷ややかに言い放つ
「小娘。少し腕に覚えがある程度でいきがると痛い目を見るぞ」
完全に目の据わった譚の敵意を鼻で笑った鬼は、薙刀を構えて向かい合い、戦闘態勢に突入する
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ……」
その雰囲気に危険を察した読真が制止する暇もなく、譚は妖しい銀色の光を放つ銃を手に、鬼に向かって風のように走りだしていた
「譚!」
(くそ、あいつ、あれが地雷なのか!?)
どうやら未発達な体型と小さな身体をコンプレックスにしているらしい譚に内心で舌打ちをして、読真はこの状況を打破するための思案を巡らせる
(っていうか、まさかいきなり発砲して戦闘に入るとは思ってなかったぞ? あいつ結構気が短いな……ってか、どうする? どうするよ、俺!?)
頭を抱えるようにして、自身の普段滅多に使わない頭をフル回転させて思案を巡らせた読真は、大きく息を吐き出して、表情を引きしめる
「……よし、これしかないな」
その頃、譚は鬼の動向に気を配りながら、風のような速さで地を駆け、走りながら銀色の銃の引き金を引く
火薬が炸裂する乾いた銃声と共に、銃口から放たれた弾丸は、空気を切り裂いて風穴を開けるべく鬼の眉間へと向かって奔る
「ふん。馬鹿正直に真正面からか!?」
しかし、鬼は全く動じた様子もなく、譚と銃弾の動きを容易く読み切り、銃弾を回避すると譚に突進するように距離を詰めて薙刀を一閃させる。
「ムゥンっ!」
「っ!」
天から落ちる稲妻のような斬撃に眉をひそめた譚は、その場で身を翻し、地面にたたきつけられた斬撃によって巻き上げられた土埃と共に上空へと跳躍する
「っ、ちょこまかと……!」
自分の攻撃を軽々と回避して跳躍した譚を一瞥して舌打ちをした鬼の視界に、自分と相対する少女が、空中で引き金を三度引いたのが映る
空中で放たれた譚の銃弾は、頭、胸、脚を確実に狙って放たれており、その一撃を防がれない事を目的としていることは明らかだ。武器を大上段から振り下ろした後の鬼には、その全てを捌ききる事はできない――はずだった
「餓鬼が!」
しかし、譚の思惑は激昂の咆哮と共に、鬼の身体から吹き上がった煉獄の炎によって阻まれる
「っ!」
鬼の巨躯を守るように吹き上がった煉獄の炎が、弾丸を阻み、一瞬にして蒸発させるのを見た譚は、小さく目を瞠り、降り立った地を蹴って自分に向かって襲いかかった灼熱の渦を回避する
「鬼術を見るのは初めてか!?」
まるで意志を持っているように鬼によって操られ、自分に向かってくる煉獄の炎が大地を舐めるように蒸発するのを見て、譚はその形の整った眉をわずかにひそめる
「厄介ですね」
「今更謝っても遅いぞ! 言っただろう? 鬼族の恐ろしさたっぷりと味わわせてやると!!」
炎を操る力を見せつけ、自身の優位性に酔いしれる鬼は、舞うように後ずさりながら放たれる譚の銃弾を軽々と無力化し、煉獄の炎を纏わせた薙刀を手に譚に肉迫する
「っ!」
単純な体捌きや速さならば、譚は鬼にも引けを取らない。しかし、煉獄の炎に動きを制限された状態の譚と、炎を纏って一直線に突っ込んでくる鬼とでは勝負になるはずもなく、瞬く間に二人の距離は限りなくゼロに近くなる
「消し飛べ」
炎を噴き上げる鬼の薙刀の一閃が大気に真紅の軌跡を刻みつけ、放たれる熱風が斬撃を軽やかに回避して見せた譚の柔肌を炙る
「っ!」
灼熱の軌跡を宙に描く斬撃を回避して、正確無比な射撃をみせつける譚だが、その弾丸は全て鬼に届く前に煉獄の力によって無力化されてしまう
「――っ!」
自身の攻撃が全く効かない事を見て苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた譚は、鬼の攻撃の一瞬の隙をついて後方へ移動して距離を稼ぐ
「口ほどにも無いな、小娘!!」
自分から逃げるように距離をとった鬼が、その身に炎を纏いながら勝利を確信した声で言い放つと、譚は空になった薬莢を棄てて、新しい弾を補充する
「……これからですよ」
抑揚のない声音で静かに言い放った譚の言葉に、鬼が獲物をいたぶるようにその口角を上げた瞬間、対峙していた小柄な少女が横から走ってきた男に抱えられて連れ去られていく
「すみ、ませんでしたぁあああああっ!」
一瞬の隙をつき、譚を抱えた読真が走り去っていくのを見て、鬼は爛々と光る眼で呆けたようにその姿を見送る
「なん、だと……?」
一方その頃、譚を脇に抱えて走る読真には、腕に抱えた小さな幻想司書からの、冷ややかで淡々とした言葉が向けられていた
「どさくさにまぎれて、堂々とセクハラですか? 変態ですね」
「アホ、どう考えても助けたんだろ!? 逃げるぞ!」
この状況でも平常運転で自分に冷ややかな言葉を向けてくる譚に反論した読真だが、その腕に抱えられた小さな司書は、小さくため息をついて後方を一瞥する
「……逃げても無駄だと思いますよ?」
「あん?」
その言葉に一目散に走っていた読真が背後に視線を向けると、先ほどの鬼が燃え盛る炎の塊となって殺意と怒りに瞳をぎらつかせて向かってくる
「待てぇエエエエエッ!」
「待てと言われて待つ奴がいるか! どうやら幻想司書になったことで身体能力も上がっているみたいだからな、このまま逃げ切ってやるぜ!!」
いくら小柄とはいえ、百四十センチ、三十キロ程度の譚を抱えて全力疾走など、人間だった頃には不可能だっただろう。
しかし、幻想司書になったからなのか、或いは自分が意識体だからなのかは分からないが、今の読真には語り一人を抱えて全力疾走する事がさして苦のある事ではなくなっていた
「逃げ足が上がっても役に立ちませんがね」
逃げながら得意満面に言い放つ読真に、腕に抱えられた譚が辛辣な言葉を向けるが、当の本人はこんなところで命がけの戦いをしてやる義理は無いとばかりに、荒くなった息で言い捨てる
「三十六計逃げるにしかずっていうだろうが!」
「意外と難しい言葉を話せるのですね。びっくりです」
「本当に捨ててくぞ? お前!!」
読真の言葉を聞きながら、脇に抱えられた譚は、お世辞にもだ彼心地がいいとは言えないこの状況でその人形のような表情に、小さな微笑を浮かべる
「そう言いながら、私を見捨てずに助けてくれるなんて、なかなか格好をつけるじゃないですか。さすがは男の子ですね」
「余計な事言ってる場合かよ」
譚の言葉に、読真は不満気に唇を尖らせる
確かに読真には、譚を置いて逃げるという選択肢もあった。しかしそれをしなかったのは、自分よりも小さな少女を残して逃げる事に負い目があったからだ
自分よりも譚の方がはるかに幻想司書としての経験も、能力も高いはず。きっと大丈夫だと高をくくって逃げる事もできたのに、その可能性を否定したのは読真にあるちっぽけな男のプライドだ
「……褒めてあげますよ。読真」
「?」
脇に抱えられた譚からの言葉に、読真はその意味をつかめず首を傾げる
「ちっぽけでくだらない安い男の見栄でも、この命懸けの場面で張れるなら上等です」
「……それ、褒めてるのか?」
自分の心情を見通しているかのような譚の言葉に、読真はばつが悪そうな表情を浮かべながら、不満気に言う
読真は、ついさっきまでどこにでもいる高校生だった少年だ。格闘技を倣っていた訳でも、喧嘩に明け暮れていた訳でもない
そんな自分が仮に援護に入っても、譚の足を引っ張る事しかできないと判断したからこそ、読真は隙を見て譚と共に逃げるという手段を選択した――否、それしか選択できなかったのだ
本心では、そんな不甲斐ない自分にわずかに自己嫌悪を覚えていた読真は、譚から向けられたお世辞ともとれる言葉に、予想外に動揺している自分に気づいていた
「ええ、もちろんですよ」
本当は戦って守れるような人間になりたい――そんな、小さな願望を感じ取っている譚は、己の無力を知ってる読真に、優しく先輩として激励の言葉を述べる
「そりゃどうも」
今は逃げる事しかできなくても、徐々に強くなっていけばいい――そんな意味が込められた激励の言葉を正しく理解したのかは分からないが、読真はぶっきらぼうに、しかしどこか照れくさそうに小さな先輩司書に応じる
「逃げられると思うなよ?」
先輩と後輩の司書がそんなやり取りをしている中、完全に蚊帳の外に置かれた鬼は、そんなことなど知る由もなく、一目散に逃げていく読真の後ろ姿を見て歯ぎしりをすると、懐から大きなホラ貝を取り出して、重低音の音を響かせる
「なんだ……?」
遥か彼方まで響く様な重低音の音に読真が訝しげに眉をひそめた瞬間、その音に引き寄せられたらしい鬼の軍勢があらゆる場所から姿を見せる
「嘘おおおおッ!?」
ホラ貝の音によって集められた鬼の軍勢を見て目を見張る読真の声に、その腕に抱えられた譚が辟易とした様子でため息をつく
「……こうなるのが分かっていたから、不意打ちで仕留めようとしていたというのに。余計な事を」
譚は決して体型や家事能力の低さで、女性としての価値を貶められた事に激昂して鬼に戦いを挑んだ訳ではない。――たしかに、その理由も半分ほどはあるが、譚が鬼に戦いを挑んだ最大の理由はこの最悪の状況を防ぐためだ
譚は鬼が何の脈絡もなく出現した訳ではない事を見抜き、周囲にいるであろう不特定多数の増援を見越した上で、早々にその危険を回避しようとしたのだ――もっとも、その目論見はそんな思惑に気づかなかった読真によっ見事に水泡に帰してしまったが
「すみません」
無数に出現した鬼達を前に、暗い表情で応じた読真を見た譚は、その人形のように整った相貌に、深い思慮の色を浮かべる
「一つ、手段があるにはあるのですが……」
「本当か!?」
脇に抱えた譚の言葉に、読真が藁にもすがる思いで訊ねると、小さな先輩司書は神妙な面持ちでその問いかけに答える
「ええ。あなたが彼らを引きつけている間に私が逃げる、というのはどうでしょう?」
「ああ、なるほど~なんて、言うと思うなよ? 俺を囮にする気だろ?」
譚の目論見を一瞬で看破して見せた読真は、その非道な行いを糾弾する声を脇に抱えた小さな先輩司書に向ける
「囮ではなく、捨て駒です。もしくは生贄」
「ふざけんな!」
「か弱い女の子を助けようという気にならないのですか?」
「ならないね。百歩譲ってか弱い女の子を助けようという気になったとしても、お前だけは助けない」
譚の咎めるような冷ややかな言葉に、見捨てられそうになっている読真は、皮肉と怒りを込めた声で憎々しげに言い放つ
このような状況でするやり取りではないと思う者もいるかも知れないが、譚が割と真剣に自分を捨てて逃げる事を考えていることを察している読真は、是が非でもそんな事にならないように食い下がる
「照れなくても良いですよ。ほら、『ここは俺に任せて先に行け』というあの名台詞を言う絶好の機会じゃないですか」
「死亡フラグだろ!?」
「そうとは限りませんよ?」
「いや、この場合は絶対そうだって!」
危機感があるのかないのか分からない状況に、半ばパニックに陥って論戦を繰り広げる読真と、それに冷静に対応する譚を取り囲む鬼の輪はそうしている間にも容赦なく徐々に狭まってくる
「へへへ……さぁて、どうしてくれようか?」
最初に出会った鬼が舌舐めずりをするのを見て足を止めた読真は、到着してそうそう訪れた絶対絶命の危機に、力なく項垂れる
「もう駄目だぁ」
「……まったく、無様な男ですね」
読真の腕から下りた譚は、この世の終わりといった様子で頭を抱える後輩司書に辟易した様子で視線を向ける
「けど、お嬢……」
「ええ。絶体絶命というやつですね」
読真を嘲笑いながらも、自分達を包囲する数十人規模の鬼に囲まれた危機的状況は変わらない。頭上のモノスからの言葉に譚がその目に剣呑な光を宿した次の瞬間、大気を震わせる凛とした声が響く
「伏せて」
「……!?」
透き通った女性の声が響いた次の瞬間、上空からまるで自身の意志をもっているかのように、無数の閃光が降り注ぎ、次々に鬼達に炸裂する
「ガッ……!」
天空から降り注いだ光は、鬼の鎧を貫いてその身体を穿ち、また頭部を射抜いてその命を奪っていく
(矢……?)
鬼の体に突き刺さる閃光の正体――真紅の矢を見止め、その瞳に剣呑な光を宿した譚とは対照的に、鬼達はこの攻撃の主が誰であるのかを分かっているかのように、周囲に視線を向ける
「こ、この攻撃は……!」
「くそ、どこにいる!?」
「ウオオオオオオッ!!」
突如降り注いだ矢の奇襲に混乱を極める鬼達の背後から、巨大な影が疾風のように肉迫し、その鍛え抜かれた腕が鬼の首を刈り取る
「ぐあっ!!」
いわゆるラリアットによって、鬼の意識を刈り取った人物――見上げるような長身に、筋骨隆々とした肉体を併せ持ち、山伏のそれに似た衣を纏った壮年の男性が、精悍な顔立ちで読真と譚に視線を向ける
「怪我はありませんか?」
「は、はい……」
寡黙だが、心優しき大男は、読真が呆けたように頷いたのを見てわずかに目元を綻ばせると、その巨体を盾にするかのように鬼達の前に立ちはだかる
「き、貴様は……!」
その姿を見て驚愕に目を瞠り、鬼達がわずかに後ずさった瞬間、一筋の閃光が煌めき、鬼の身体を一刀の元に両断する
「ガハッ……!」
「……気を抜きすぎだぜ」
無数の鬼達を、一刀の下に切り捨てたのは、野武士風の出で立ちをした男性。その手には、自身の身の丈をはるかに超える長さを持つ斬馬刀を携え、しかしそれをまるで棒きれか何かを扱うように軽々と操って、周囲にいる鬼達に牽制と警告の意志を宿した鋭い視線を向ける
「……誰?」
突如現れた二人の男たちが、次々に鬼達を斬り伏せて行くのを見ながら、読真は呆けた様子で隣にいる譚に問いかける
「私に聞かないでください」
しかし、いかに譚と言えど、歪んでしまった物語の中に登場する人物の事までは分からない。それを確かめるべく、今自分達のめのまえで何が起きているのかを注視する譚と茫然とその光景を見る読真の耳に、鋭い声が届く
「二人とも!離れるんだ!」
「!?」
その瞬間、響き渡った声を合図に、筋骨隆々とした山伏風の大男が読真と譚を太い両腕で脇に抱きかかえ、野武士風の男と共にその場を離れる
「貴様は……!」
鬼達の視線につられるように、そちらへ顔を向けた読真と譚は、その視線の先に佇んでいた人物――黒い髪を風になびかせ、腰に一振りの日本刀を携えた中性的な顔立ちの美青年が、白い陣羽織をはためかせているのを見止める
「あれは……」
譚が小さく声を発したのとほぼ同時、黒髪の青年は地を蹴って走り出すと同時に、腰に差した刀の柄に手をかける
「桃太郎!!」
「桃太郎ぉ!?」
恐怖に引き攣った声を上げた鬼の声に、山伏風の大男に抱えられた読真は、驚愕に目を見開く
「祓え――」
地を蹴り、一陣の風となって鬼に肉迫した黒髪の青年――鬼から、桃太郎と呼ばれた青年は、腰に下げらた刀を抜き放つ
鞘から抜かれた刀の刀身は、青白い燐光を帯びており、それが桃太郎の声に応えるように、一際その輝きを強くする
「霊刀・黍団子!!!!」
裂帛の気合が込められた声と共に、青年が燐光を帯びた刀を一閃させると、その刃の軌道に合わせて神々しい光の波動が放たれ、一瞬にして鬼の群れを呑み込んで消滅させる
「ぐあああああっ!」
刃の一戦によって、屈強な鬼達が青白い燐光の中に呑み込まれ、その身体を完全に消滅させられていく様を見ていた読真の口から、驚嘆と畏怖が込められた声がこぼれる
「すげぇ……」
茫然とした様子で呟いた読真とは対照的に、山伏風の大男の腕に抱えられた譚は、その人形のように整った美貌に、理解と思慮の宿った表情を浮かべる
「なるほど、ここは桃太郎の世界ですか……」