p2 スクールライフ
足柄市にある「市立足柄高等学校」。そこにある一年B組では、毎日の日課であるホームルームに、新鮮な驚きが奔っていた
「はい、じゃあ今日から君たちと勉強をすることになった新入生を紹介しま~す」
一年B組担任。野暮ったい黒縁の眼鏡をかけた気だるげな中年男性の言葉に、その隣に立っていた少年が前に進み出る
「本屋読真です。よろしくお願いします」
二度目の経験ということもあって、比較的自然に自己紹介をした読真はさりげなく教室内に視線を巡らせ、窓際の一番後ろにいる目的の人物を見止める
「……あ」
それと同時、窓際最後尾の席についていた少年――「坂田金時」も読真の存在に気づき、二人の視線が交錯する
「じゃあ、本屋は後ろの空いている席に座ってくれ」
「はい」
担任教師の言葉に従って教室の後ろにある空いている席に着いた読真は、偶然にも隣の席となった金時に向けて挨拶する
「よろしく」
「こっちこそ」
互いに簡単に挨拶を交わした読真が視線を反対側に向けると、その隣に座っていた可憐な美少女が微笑みかける
「私は学級委員長をしている『小山鈴鹿』です。よろしくね、本屋君」
「あ、どうも」
肩にかかるほどの長さで切りそろえられた艶のある黒髪。大きな目と鼻梁の通った顔立ちを持つ清楚な印象の少女――「鈴鹿」に微笑みかけられた読真は、不覚にも胸をときめかせてしまう
(か、可愛い……)
「なにか困ったことがあれば言ってね?」
「は、はい」
可憐な花を思わせる鈴鹿の笑みを向けられた読真が若干上ずった声で答えると、担任教諭が声をかけてホームルームを終了させる
◆◆◆
「まさか、転校生だったとは思わなかったよ」
「いや、偶然ですね」
ホームルームが終了するなり、席を乗り出して話しかけてきた金時に、読真も事前に準備していた言葉で応じる
何しろ、こうして学校で接触を図るにあたり、譚に平静な態度を取るようにと厳重に釘を刺されている。ある程度のパターンでの受け答えは事前に練習済みだ
「なんだ、お前知り合いだったのか?」
「ああ。一昨日道でぶつかっちゃったんだよ」
そのやり取りを聞いていた金時の前の席の少年が振り向いて、興味深げに尋ねてくる
薄く茶色の混じった髪に、一目で男性だと分かるが中性的に寄った整った容姿。制服の上からでも分かる引き締まった肉体を持つその少年は、いわゆるイケメンと呼ばれるものであり、大層女性受けしそうな雰囲気を感じさせる
「また何してるんだ」
そんなイケメンは、道でぶつかったという金時の言葉に嘆息して呆れたように言う
言葉を交わす二人のやり取りは初対面の読真から見ても気の置けない間柄といった印象を受ける物であり、二人が親密な関係にあることを容易に想像させる
「仕方ないだろ? バイトの帰りで遅刻寸前だったんだよ」
「バイト?」
屈託なく話す金時の言葉に読真が怪訝な声を発すると、イケメンの少年は爽やかな笑みを浮かべて説明する
「ああ、コイツん家貧乏で、バイトをいくつも掛け持ちして家計を助けてるんだ」
「なるほど……大変なんだな」
「オイ。勝手に人ん家の経済事情話すなよ」
イケメンから仕入れた金時に関する情報を読真が心の中で書き留めている間も、二人の他愛ない会話は続けられている
「おっと、そういえば自己紹介もしてなかったな。俺は『熊山空麻』コイツとはガキの頃からの腐れ縁ってやつだ。気軽に空麻って呼んでくれ」
(熊山……熊ってことか? ってことは金太郎の登場人物なのか? ――ま、どっちでもいいか。とりあえず仲良くしておいて損はないだろうし)
そこでふと思い出したかのように自己紹介をしたイケメン――「空麻」の言葉に、読真も快く応じる
「よろしく。じゃあ俺の事も読真って呼んでくれ」
「了解、読真」
幻想司書になるまで、読真はどちらかと言えば友達が少ない部類の人間だった。いわゆる陰キャというやつで、一人で過ごしていることが多かった記憶がある
しかし、その一方でクラス内や部活で意気投合し、仲良くしている同級生たちに憧れも抱いていた。そして、今それに一歩近づいていることを実感し、読真の心中に感慨の情が湧き上がってくる
「それにしても、こんな時期に転校なんて珍しいな?」
「あ、あぁ。ちょっと家庭の事情で妹と二人で越してきたんだ」
こんなにも親密に話しかけられた経験がほとんどなく、新鮮な気持ちを味わっていた読真は、空麻の質問にあらかじめ用意していた答えを返す
この程度の質問は想定の範囲内。抜かりなく予習通りの答えを返した読真だったが、やはりその内容には驚きを禁じ得ない同級生も多かった
「妹……!?」
「二人で!?」
「もしかして、凄く訳アリ?」
「いや、そんなんじゃないよ。両親が仕事で海外に行くことになったんだけど、俺達はこっちに残ったってだけ
親戚がやってるアパートがあって、そこの部屋を貸してもらえることになってるんだ」
さすがに成人していない学生が妹と二人きりで転校となれば、様々な憶測を呼んでしまうのは仕方がないが、そこも事前に譚と示し合わせた話でカバーする
多少強引でも、ある程度筋が通っていれば、物語の世界はその改変を許容することができる。幻想司書だけが使える裏技とでもいうべきものだ
「あー。あの時の子は妹だったのか」
「そうなんだよ」
その話を聞いて納得した金時が先日の事を思い出して言うと、読真は何とか話を乗り切れたことに心の名で安堵しつつ答える
「読真、その妹さんの話をちょっと詳しく」
「?」
その時、突如真剣な話で譚について尋ねてきた空麻の態度に、さしもの読真も疑問を抱く
「空麻には気を付けろよ? 空麻は女とみれば見境なく手を出すからな。何しろ、ハーレムを実現させるなんて阿保なことを公言してる奴だ」
その様子を見て、「またか」とばかりに嘆息した金時が言うと、読真はさすがに面喰ってそのイケメンを凝視してしまう
無論それは、譚を狙う蛮勇――ではなく、女性の好みに対する驚きではない。
確かにそれもほんの一欠片ほどはあるが、今の読真の思考を占めるのは、改変されたこの金太郎の世界の構造についてだ
空麻ほど見た目のよい男ならば、たしかに作品次第ではハーレムを作ることはできるだろうが、この話が金太郎ならば、空麻は主人公ではない。だとすれば、その言はあくまでキャラ設定の一環と判断するべきなのだろうかと、思考が巡る
「オイ、読真が固まってるじゃないか。誤解を招くようなこと吹き込むんじゃねえよ。俺は二十歳越えるまでは同年代以上の女子にしか興味を持たないって決めてるんだぜ?
読真の妹ってことは年下だろ? さすがに手を出したりはしねぇよ。――ところで、その妹さんは将来有望か?」
しかし、そんな読真の反応を誤解した空麻は、語気を強めて否定の意思を示す
「早速言ってること食い違ってるじゃねぇか」
「唾つけておくだけだろ?」
年齢を重ねれば別だが、今は同年代以上を恋愛対象としているという空麻の言葉に、読真は苦笑を浮かべる
「ハハ……まあ、顔立ちは整ってる方だと思うけど」
「おお」
好みは分かれるだろうが、譚の容姿は読真の目から見ても整っていると認めざるを得ないものだ
そんな読真の――兄としての観点だと思っている――寸評を聞いた空麻は、目に見えて瞳を期待に輝かせている
確かに、兄弟姉妹に対する容姿の評価は辛辣なものになりがちだ。その上で整っていると評するのなら、期待をできると判断した空麻の考えは理解できる
「ただ、性格は……」
しかし、読真には譚を素直に褒められない理由がある。あの口の悪さと自分に対する態度を踏まえれば、言葉を濁らせるしかない
「良いじゃないか、女の子はそういうのも魅力だ」
言葉を濁したことでおおよそ言わんとしていることを察しただろうが、空麻はそれでも全く動じることはない
どころか、誇らしさすら滲みだす口調で胸を張るものだから、読真には返す言葉もなく、ただその様子を見守っていることしかできない
「気を付けろよ、読真」
「そうするよ」
空麻という男に危機感を抱く金時の忠告を聞いた読真は、その真剣な顔を見て思わず顔を綻ばせる
「オイオイ、そりゃねぇだろ」
そんな他愛もない話をしていると、すぐに時間は過ぎ去り、すぐに授業が始まる。
一限目の科目を担当する教師が部屋へ入ってくると、生徒たちは自分の席に戻っていき、ごく普通の――なんの変哲もない授業が始まる
それから一限目、二限目、三限目と授業があったものの、特に目立ったことが起きるということはない
精々、個性豊かなクラスメイト達が、授業中や休み時間に何やら話をしているのを目にするくらいだった
「読真、昼めしはどうするんだ?」
「一応、かた――妹が持たせてくれたから……とはいっても、コンビニの弁当だけど」
昼休みになったところで、解放されたとばかりに大きくのびをした金時に尋ねられた読真は、鞄の中から譚に渡された弁当入りのビニール袋を取り出す
「お。じゃあ俺達と一緒に食おうぜ」
「ああ」
それを聞いた金時とその前の席の空麻が揃って弁当を取り出すのを見た読真は、弁当を持って二人と合流する
「よし、飯だ」
「なん、だと……」
嬉々とした表情で金太郎が取り出した弁当箱――その中身を見た読真は、思わず顔を強張らせてしまう
それは巨大な袋に入ったパンの耳、耳、耳。そして、重箱のごとき箱にこれでもかと詰め込まれた白いライスだった
「今日はパンの耳をおかずに白飯だ」
「炭水化物に炭水化物じゃねぇか! しかも、両方主食!」
得意気に言い放つ金時に対し、思わず読真はツッコミを入れてしまうが、当の本人は慣れているのか、感覚が麻痺して当然のことだと思っているのか、平然とした表情で応じる
「ラーメンライスみたいなもんだろ?」
「え~?」
金時の言い分を聞いた読真は、一理ある様なないような言い分に、首を傾げる
「言ったろ? こいつん家貧乏だって。しかもこいつ人の三倍は食うからな
そんな読真の反応を見て苦笑した空麻は、喉を軽く鳴らしながら楽しげに言う
「うるせー。カロリーが足りてねぇんだよ。最近は物価も上がって米を買うだけでも家計が苦しいからな」
主食と主食の取り合わせよりも、人の三倍は食べるというところに不満を覚える金時は、そう言ってパンの耳と白米を同時に口に入れる
「いや、でも久しぶりにそういう反応のやつみたよ。最初は驚くやつも多かったけど、今はみんな慣れちまっているからな」
その様子を見ていた空麻は、新鮮な読真の反応を楽しみながら、自分の弁当から野菜――おそらく嫌いなだけ――を金時の弁当箱へ入れる
「ほれ」
「お。サンキュー」
そのやり取りを見ていた読真は、自身の弁当へと視線を落とし、意を決してそれを差し出す
「よ、よかったら、なんかおかず食うか?」
「いいのか?」
その言葉に嬉々とした表情を見せた金時は、空麻に向けてにやけた笑みを浮かべる
「オイ読真の方が友達甲斐があるみたいだぞ? お前俺に嫌いなもんだけ食わせるからなぁ?」
「うるせ」
「…………」
そんな微笑ましいやり取りを遠巻きに見ていた少女――「鈴鹿」は鞄の中に入っているもう一つの弁当箱を見て小さく嘆息する
(今日もお弁当渡せなかった)
(なんか、この生活楽しいな)
友人と他愛もない馬鹿な話をして盛り上がり、なんの変哲もない日常を過ごす――懐かしくも憧れていた生活に、読真は幻想司書としてではなく、一人の人間として居心地のよさを感じていた
◆◆◆
「あの間抜け面、随分と楽しんでいるようですが、まさか仕事を忘れているんじゃないでしょうね?」
読真のその様子を離れた場所から観察している譚は、完全にクラスに溶け込んでいる姿を見て不満気に呟く
「いやいや、お嬢。坊ももう立派な幻想司書や。ちゃぁんと仕事はしとるやろ?」
はるか遠方の光景をその目で見て空間に映し出す形で提供しているモノスは、教室の窓越しにみえる読真の姿を見て答えるが、譚から返されたのは小さな嘲笑だった
「立派」
読真と双子という設定で学校に潜りこむ計画を立てたにも関わらず、またしても世界に阻まれて侵入できなかった譚の八つ当たりのようにも感じられた、賢明なモノスはそれを口にはしない
「今んとこ、これといった動きはないみたいやなぁ。変なことも事件も起きへんし」
「そうですね」
代わりに別の話題を提供したモノスの言葉に、譚はその目を剣呑に細めて神妙な面持ちで呟く
偶然か奇跡か、金時とあらかじめ面識を持っていたことで、自然と親しい関係を作れたことは願ってもないことだった
しかし、悪夢を倒すために物語にエンディングを迎えさせなければならないというのに、現状全容が全く見えてこないのは問題だった
「……これは、少々まずいかもしれませんね」
モノスの目が映し出している読真の金時の姿を見据え、思案を巡らせた譚は脳裏をよぎった可能性に重々しい雰囲気で口を開く
「この世界は私達にとって、最も相性が悪い世界かもしれません」




