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幻想司書 譚の語  作者: 和和和和
二冊目 魔法少女 ワンダー☆アリス
46/86

p18 母と娘




赤魔女王(マクスウェル)白魔女王(ラプラス)が一つに……!?」


 白と赤の光を纏い、神の言語(ジャバウォック)の王冠を携えた新たな、そして最初の魔女王「アマリリス」の姿に、マザーグースは戦慄に目を見開く

「こんな、馬鹿なことが……っ」

(これが……これが、あなたが望んだ未来だというの?)


 五十四番目のトランピアにして運命を変える切り札。ジェスターこと、ワイルド・ジョーカー「融合(ユナイト)」の奇跡によってアリスとマリスが一つになった姿に、マザーグースはかつて自分に勝利して魔女王となった赤魔女王(マクスウェル)の姿を幻視する

 赤と白の魔女王が殺し合う運命を変えたいと願った、彼女は未来に赤と白が一つとなって生まれる魔女王を託したのだ



(やっぱ、人の姿をしてるのはキツイな……)

 アリスとマリスを新しい魔女王へと導いた読真は、かすかに震えそうになる大剣を持った手を反対の手で抑え込む

 ここにいるのが物語の住人だとしても、それは人間となんら遜色のない存在。その命を奪うこと――特に人型をしたものを殺めることは、読真の心を強く苛む


「読真君」


 そのため、読真は声をかけられるまで自身の傍らに舞い降りた赤と白の女王の存在に気付くことができなかった

「あ――」

 その声に努めて平静を装った読真の顔を、柔らかな手が左右から包み込むと、次いで柔らかな温もりと感触が左の頬に落ちる

 それがアリスにしてマリスである「魔女王・アマリリス」の優しい口づけだということに気付くのに、かなりの時間を要した

「っ!?」

 頬にとはいえ、突然の口づけを受けた読真は、顔を真っ赤にして目を丸くする

 驚愕を露にした読真の反応に、アマリリスは恥じらいに頬を朱に染めながら、わずかに身を引いて微笑みかける

「ありがとう」

 心のからの感謝を言葉にしたアマリリスは、その表情を凛と引き締める

「見てて。読真君が作ってくれたこの奇跡。絶対無駄にはしないから」

 迷いも曇りもない力強く包み込むような優しさと安らぎを感じさせるアマリリスの言葉に、読真は矛盾形態オルタナティヴフォームを解除して言う

「ああ。頼んだ」

 その言葉に一つ頷いたアマリリスは、赤と白の光を纏って天空へと飛翔し、マザーグースと相対する

「お母さん。私達は、お母さんの願いを叶えさせるわけにはいかない。だから……ここで終わりです、お母さん」

 空中へと浮かび上がったアマリリスは、アリスとマリス――愛理と万理の声で、一つの願いを訴えかける

 その言葉と共に、白兎(ラビー・ラビット)赤兎(リエブル・ラビット)が出現し、二つの光となって折り重なり、一つの杖となってアマリリスの手の中に納まる

「こんなことがあっていいはずがない!」

 魔女王から迸る隔絶した赤白の魔力が巻き起こす防風にその身を打たれたマザーグースは、眼前の現実を打ち消すように声を張り上げる

 同時にその身から放たれたハンプティダンプティに由来する虚無の魔力が、無数の光となってアマリリスへと向けて解放される

「――剣よ」

 アマリリスの声に従い、赤白の杖の飾りが一振りの剣へと変じ、一閃を以って虚無の波動を断絶してみせる

「っ! あれは、スペードのA(ヴォーパルソード)!? いえ、それだけじゃない! スペードのQ(終絶魔法)クローバーのQ(天理魔法)も併用している!?」

 ただの一振りで全ての虚無をかき消したアマリリスの力を見出したマザーグースは、驚愕と戦慄を露にする

(魔女王はトランピアの主。その力を全て使えるのは当然ということね)

 赤白の魔女王(アマリリス)の力を目の当たりにしたマザーグースは、その隔絶した力に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる

 最後の戦いに敗れ、全ての力と命を奪われたために知る由もなかった魔女王の力は、ハンプティダンプティと融合したマザーグースにさえ戦慄を与えていた

「けれど、それがなに!?」

 マザーグースの背から生み出された虚無の力を濃縮した光翼が魔法陣のような形を作り出し、その中から無数のハンプティダンプティの手が出現してアマリリスへと襲い掛かる

 だがアマリリスはそれを前にしても微動だにすることはなく、どこか憐れむような悲しげな視線を送っていた

「無駄です。神の言語(ジャバウォック)を手にした私にとって、虚無(ハンプティダンプティ)は支配し、力とするもの。あなたが勝てる道理はありません」

 虚無の力が具現した触れるもの全てを無に帰すおびただしい数の腕が怒涛のうねりとなって迸るが、虚無を束ねて万象を成す魔女王の力がそれらを一瞬にして灰燼へと帰す

「どうして邪魔をするの!? 私はこの世界からあらゆる痛みと悲しみと苦痛を取り除こうとしているだけなのよ!?

 失った愛する人を取り戻せる世界を! 大切なものを失うことのない世界を! 今まで諦めるしかなかった――諦めさせられるだけの世界の理を変えることができるというのに、あなたはそれを許さないというの!?」

 虚無の力を取り込んだ無数の(かいな)を消滅させられてもマザーグースは怯まない

 自身を突き動かす衝動のままに慟哭し、虚無の力をあらゆる形で魔女王アマリリス――自ら育てた偽りの二人の娘へと向ける


「お母さんの理想はとても素敵だと思います」


「なら!」

 極太の波動、数え切れないほどの閃光、天を両断するほどに巨大な刃――考えられる限りの攻撃として撃ち込まれた全ての攻撃が今までと同じく霧散して無力化される中、マザーグースはアマリリスに向けて声を張り上げる


 マザーグース――夢宮理歌子の願いは、夫と本物の愛理と万理を生き返らせること。そして二度と大切な人を喪うことのない世界を作ること

 それは人として誰もが共感し、誰もが願うであろう願い。だがそれは、同時に人が叶えてはならない願いなのかもしれない


「でも、お母さんの願いは叶えてあげられない。だってそれは今生きている人を否定することだから

 お母さんは悲しみや苦しみをこの世界の所為にしているだけ。お母さんが口にしたその願いは、きっとそんな気持ちの上に叶ってはいけないものだから」

 静かな声音で自分の願いを否定したアマリリスに、マザーグースは忌々しげに歯噛みする


 今でも忘れることのできない娘を失った喪失感、夫を亡くした絶望。自分が生きながらにして死んでしまったような、暗黒の冷たさを知らない娘のもっともらしい言葉が、今はどうしようもなく憎く感じられ、腹立たしい

 自分が知った絶望とは縁遠い偽物の娘の言葉に、整った美貌に怒りを露にしたマザーグースは、その身体から虚無の力を解き放つ


「あなたはまだ知らないだけ! 愛するものを失う痛みを! その悲しみと絶望を! あなたも大切な人を失えば、私の願いを理解できるわ!」

 そう言って放った虚無の矢は、変身を解いてこの戦いを見守っていた読真へと向かって一直線に向かっていく


「っ!」


 空を貫き、自身へと迫る虚無の矢に読真が息を呑んだ次の瞬間、空中に出現した魔力の障壁がそれを軽々と阻む

 その障壁を生みだした張本人であるアマリリスは、赤白の杖を携えて肩ごしに読真に一瞥を向けて微笑むと、凛とした表情で母を見据える


「あなたに奇跡は起こせない」


「どうして……どうして邪魔をするの!? どうして!」

 自身の力のことごとくが通じず、隙の見えない強さを見せつけるアマリリスに打ちのめされたマザーグースは、嗚咽のように声を震わせる

 魔女王を決める戦いに敗れて全てを失い、夢宮理歌子として生まれて得た幸福を失った。それらの全てを取り戻そうとしたマザーグースは、目前でその願いを打ち砕かれ悲嘆にくれていた


「私の守りたいものがあなたの夢と違うからです」


 そんな母に憐れみの死線を送りながらも、アマリリスは揺らぐことのない意志を以って刃を消した赤白の杖の先端を向けて静かに言う

 その言葉を聞いて意味が分からないと言わんばかりの表情を浮かべた母に、アマリリスはその思いを言葉にしてぶつける


「分からないの? 私が守りたいのは〝今〟と〝今まで〟なの。私達とお母さんで作ってきた全部なの!」


 マザーグースこと、夢宮理歌子が取り戻そうとしたのは失ったもの。しかしアマリリスが――夢宮愛理と夢宮万理が守りたいと願うのは、母の願いの成就によって失われてしまうものなのだ

 夢宮理歌子にとっては、ただ願いを叶えるための駒でしかなかった二人。その運命を見い出し、本来の親から奪って自分の娘と偽って育てた二人の魔女王が、今娘として理歌子に本当の親であることを求めていた


「お母さんにとっては偽りでも、私達にとっては全部が本物です。だから、あなたにはいなくなった万理と愛理じゃなくて、今ここにいる万理と愛理の母親でいてもらいます!」

 偽りの愛情だったとしても、愛理と万理にとっては理歌子と過ごした時間こそが人生であり、母と娘の絆。

 それを守るため母の願いを打ち砕かんとするアマリリスは、その身体から赤と白の入り混じった魔力を放出する


「とても勝手でしょう? でも、それが私なんです。だって……あなたの娘ですから!」


 アマリリスが言葉を紡いだ次の瞬間、天空に赤と白の光によって描かれた巨大な魔法陣が出現し、その力が世界に広がっていく

「こ、これは!?」

 それに危険を感じ、咄嗟に身を守る結界を展開したマザーグースは、魔法陣から降り注ぐ光が触れた瞬間に分解されていく虚無の力に目を瞠る

 本来なら触れるものを無に帰し、無効化する虚無の結界は魔女王の光の前にその力を発揮できず、さらにその輝きに触れたマザーグースの身体からは、淡く光る透明な光が立ち上っていた

(力が抜ける……!?)

 赤白の光に照らされる自分の身体から、ハンプティダンプティの力が抜けていくのを感じたマザーグースは、それが意味するところを瞬時に理解して目を見開く

(まさか、私の力を奪っているの!?)

「言いましたよね。全ての虚無(ハンプティダンプティ)魔女王()のもの。今の私なら、お母さんからその力を剥ぎ取るなんて造作もないことです」

 神の言語(ジャバウォック)によって、世界を構築する原初要素である虚無を制するアマリリスによって、取り込んだ虚無(ハンプティダンプティ)の力が奪われていく喪失感に戦慄していたマザーグースは、すぐに自らの身に起きたさらなる絶望に気付く


「消えていく……私の中から、記憶(・・)が……」


 夢宮理歌子の心を占めていた本当の愛理と万理、そして愛する夫の記憶がまるでデータを消去するように消えていく

 それは、理歌子にとって自らの存在意義を失うに等しいこと。そして何よりも残酷な仕打ちだった

「はい。私の力でハンプティダンプティの力と一緒に、あなたの中から失った家族の記憶を消しています。あとはあなたの記憶を補完すれば、あなたにとっての本物の娘は私達だけになる」

「どうして!? どうしてなの!?」

 娘と夫の記憶を奪い、自身が偽りにしていたものを本物に変えようとするアマリリスの冷たい声に、マザーグースは涙を流しながら慟哭する


「戦う理由がなくなれば、お母さんは私達にとって本物のお母さんになってくれるでしょう?」


 失った夫と娘のことを忘れてしまえば、同時に叶えたい理想が消えて夢宮理歌子がマザーグースである理由も失われる

 それは、理歌子が理歌子でなくなることにも等しく、世界を天秤にかけて尚足りない大切なものが奪われていく恐怖がその心身を満たしていた


「そんなの嫌! お願い! 私から! この世界から! あの人と娘を奪わないで!」


 当然のように告げられたアマリリスの言葉に、マザーグースは顔を青褪めさせて涙ながら懇願するが、アマリリスの光から逃れることは叶わない

 マザーグースだったその身体からはすでに大半の虚無(ハンプティダンプティ)を失い、ただの人間に過ぎない夢宮理歌子となりつつあった


「その痛みと共に、生きてください。――私も一緒だから」


 そんな母の慟哭を眉一つ動かすことなく聞くアマリリスは、静かに言葉を紡ぐ

「あ、あああああああっ」

 全てを奪うはずだった偽りの娘に全てを奪われる事実にその美貌を絶望で染め上げたマザーグースは、赤と白の光に呑まれる


「終わりです。お母さん――夢から覚める時間ですよ」


 その光の中から、全てを失った母の姿が現れると、アマリリスはまるで母親が子供に物語を読み聞かせるような優しい声音で語りかける

 意識を失っているために聞こえていないであろう母を映していた瞳を静かに伏せられたアマリリスの眦からは、一筋の涙が流れて頬を伝っていった





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