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幻想司書 譚の語  作者: 和和和和
二冊目 魔法少女 ワンダー☆アリス
43/86

p15 マザーグース




「お姉、ちゃん……」


 砕かれた赤い光の残滓を纏いながら落ちていく魔法乙女リリカルマリスこと、実の姉「夢宮万理」の姿に、アリスは立ちすくんだまま動くことができずにいた

 まるで血を流しながら落ちていくようなその姿に放心していたアリスは、その信じがたい事実を受け入れて声を上げる


「お姉ちゃん!」


 死んではいないだろうが、意識が朦朧としているのか、体勢を整えることもせずに落下していくマリスに、ハンプティダンプティの手が迫っていた

「くそ……っ」

 アリスが声を発するが早いか、それを見ていたバンダースナッチ――「読真」は、全力で飛翔し、落下していくマリスの身体を抱き留めて、間一髪でハンプティダンプティの手から逃れる

 抱き留めたマリスが苦悶の声で呻くのを耳で聞きながらも、読真は自分達を逃すまいと迫ってくるハンプティダンプティの手に、渾身の力を撃ち込む

「オラァ!」

 スペードの(エース)終焉魔法(アポカリプス)」を撃ち込み、その手を退けた読真は、そのまま地面へと降り立ってマリスを横たえる

「お姉ちゃん!」

 そこに翔け寄ってきていたアリスが合流すると、苦痛に顔を歪めたマリスは、薄く目を開いて白い魔女の姿となっている妹を見る

「愛理……ごめんね」

「……っ」

 なぜ姉が赤魔女王(マリス)だったのかなど、色々と聞きたいことはあったが、今のアリスには姉が生きていてくれたことが何よりも重要なことだった

《坊》

「分かってるよ」

 脳裏に響くモノスの声に、読真は懐から取り出した一枚のカードを顕現させる

 それは、虹色に輝く水をたたえた金色の砂時計。それが滞空し、極彩色に輝く水の粒子をマリスに振りかけると、その傷を瞬く間に癒していく

「これは……」

「全てを癒し、永遠の命を与える神器。――ハートの(クイーン)聖杯(アーク)〟」

 バンダースナッチの施した癒しの神器の力によって、マリスの傷がみるみる回復していく


「使えない子ね」


 マリスの――姉の傷が癒えていくその光景にアリスが安堵の息を吐いたその時、冷たく響く女性の声が戦場に響き渡る

「この声……」

「おや。おいでになられたのですか、マダム」

 それにつられて顔を向けたアリスとマリスをはじめとする面々の視線の先――空中に現れたその人物の姿に、ジェスターが微笑と共に視線を向ける


 そこにいたのは、一見すると二十代後半とも取れる若い美貌をもった女性だった

 まるで近所のスーパーに買い物に来た主婦を思わせるなんの変哲もない衣装が、この場においてはあまりにも異質であり、それが逆に底知れない不気味な存在感を感じさせる


「お母さん?」


「は!?」

 その女性を見たアリスが喉を震わせて声を絞り出すと、その言葉を聞いた読真から驚愕のあまりに声が零れる

「……っ」

 目を見開いて動揺と困惑に瞳を揺らすアリスとは対照的に、マリスは癒しの中でその顔に苦渋の色を浮かべていた

 それは、〝母〟がこうしてここに来ることを最悪の事態として想定したがゆえに生まれるもの

「あなたは……まさか」

 そして、三月兎(マーチ・ラビット)、チェシャ・キャット、大王海亀をはじめとする騎士達もまた、夢宮愛理と夢宮万理の母親を信じがたいものを見る眼差しで見つめ、息を詰まらせる


「さすがに、あなた達は気付いたようね。騎士たち。――そうよ。私は先代(・・)白の魔女王。赤魔女王(マクスウェル)に魔女王の座を奪われ、消えていくだけだったもの」


 そして、そんな騎士達の視線に気づいた女性は、穏やかな笑みを浮かべて自らの出自を語る

「な……っ!?」

「お母さんが……前の白魔女王(ラプラス)……!?」

 その口から告げられた事実に、読真は驚愕に息を詰まらせ、アリスは愕然とした面持ちで呟く

《そんな馬鹿なことがあるはずない! 王の選定で敗れた方の意識が今も生き残っているなんてあり得るはずないんだ!》

 思わずその事実を反芻する声を零してしまったアリスの中で、その事実を否定するように白兎(ラビー)が声を上げる

「普通はそうね。当代の魔女王のために生まれたあなたが先代である私のことを知らないのも無理はないでしょうけれど、それが事実なのよ」

《――!》

 しかし、そんなラビーの咆哮に対して、アリスとマリスの母親たる女性は穏やかな声音で微小混じりに応じる

「ラビーちゃんの声が、聞こえてる?」

「信じてくれたかしら? 私が白魔女王(ラプラス)だって」

 杖の形状となった白兎(ラビー・ラビット)の声は、本来白の魔女王たるアリス――夢宮愛理の心の中にしか聞こえない

 その声が聞こえているという時点で、アリスとマリスの母に白い魔女としての何らかの力があることは確実だった

「赤と白の魔女王は、最後の戦いに敗れた時点で杖であり、使い魔であるものを勝者に魔力と資質と共に取り込まれて、魔女王へと昇華させる――赤と白の使い魔は代々魔女王から生まれる新しい存在

 けれど、魔力――命と力のすべてを失った私が今日、今ここに生きていられる理由はこれよ」

 一般人の主婦とは到底思えない威厳と存在の深みを感じさせる厳かな声音で静かに言葉を紡いだ瞬間――虚空に生じた亀裂からあふれ出た力が、アリスとマリスの母親たる女性へと流れ込んでいく

「これは、まさか……」

「ハンプティダンプティを……」

「取り込んでいるだと!?」

 眼前で起きているその信じがたい事象に、魔女王の騎士たちは驚愕に目を見開く


 そして、空間からあふれ出した虚無――「ハンプティダンプティ」の力を取り込んだアリスとマリスの母親たる女性は、その姿を現す


 その身にまとうのは白いドレスのような衣。人でありながら人という存在を超越したことを感じさせる要望と化したその背には、羽衣を思わせる半透明の翼が広がっていた

 ゆっくりと閉じていた瞼を開き、∞とも0ともとれる紋様のような瞳で世界を睥睨し、その口を開く


「私の名は〝マザーグース〟――無色の魔女王。新たな世界の創造主」


「ハンプティダンプティの力で自らの存在を維持していたというのか……!?」

 自らを「マザーグース」と名乗ったアリスとマリスの母の姿に、三月兎(マーチ・ラビット)は戦慄した面持ちで言う

 その視線の先で、マザーグースの背から生える翼が広げられ、そこから極彩色の輝きを帯びた光が漏れ出す

「――っ!」

 そこから発せられた虚無の力の波動が、一切の行動を起こす暇も与えることなく四人の騎士を打ち据え、周囲一帯を灰塵へと変える

「く……ッ」

「う、うゥ」

 最強の戦力を持つ三月兎(マーチ・ラビット)も、最大の巨躯と防御力を持つ大王海亀も、最大の速度と神出鬼没性を持つチェシャ・キャットも、そして最強の魔法と神器を持つバンダースナッチさえ何もできないまま、その超然たる力の前に倒れ伏す

 そこに広がるすべてが崩壊した街と、何かをすることも、させることもできずに倒れた四人の騎士を揺れ動く瞳に映したアリスは、唇を引き結んでマザーグースをにらみつける

「なんで……お母さん!」

 理解の追い付かない状況、信じがたい現実に混乱を極めながらも、アリスは母に強い声音でその行動の真意を問いかける

 言葉としては足りないその叫びを聞いたマザーグースは、しかしアリスの言わんとしていることを正しく理解して口を開く


「私の世界を取り戻すためよ」


「私の、世界……?」

 母――マザーグースから告げられた目的の意味するところが理解できず、アリスは怪訝に声を漏らす

「先代の赤魔女王(マクスウェル)との最後の戦いに挑む前、私は自分の死を恐れたわ。だから、ハートの(クイーン)創造魔法(ジェネシス)』の力で私自身を創造した(・・・・・・・・)のよ」

「っ」

 母らしく、娘に乞われた疑問に答えるマザーグースは、まずは自身の出自を丁寧に説明することで話をか分かりやすく伝える


 ハートの(クイーン)――創造魔法は、世界すらも創造できる魔法。その力を使えば、命を作りだすことも不可能ではなかった

 そうして作り出されたのが、今ここにいる「マザーグース」――アリスの前の白魔女王(ラプラス)にしてそうではない存在。

 だから、赤魔女王(マクスウェル)に吸収されることなく、今日までその存在を生かすことができたのだ


「輪廻に逃がした私の魂を、魔女王になった彼女が捕まえられるか分からなかったけれど、私は賭けに勝った

 そしてこの身体――あなた達の母『夢宮(ゆめみや)理歌子(りかこ)』の身体に、もう一つの人格として宿っていたの」

「っ」

 自身の胸に手を当てながら告げられたマザーグースの言葉に、アリスは言葉を詰まらせる

 アリスの瞳に一縷の可能性の灯が宿ったのを見たマザーグースは、その希望を打ち砕くべく口を開く

「ああ。勘違いしないように言っておくけれど、あなたが知っている私は〝私〟よ。もう一つの人格とは言っても、私と理歌子は別人ではないから」


 マザーグースは、愛理と万理の母――「夢宮理歌子」のもう一つの人格だが、全く異なる人格というわけでもない

 コインの表と裏のように、あるいは人と影のように、等しく寄り添い合って共に存在する一つで二つの心というべきものだ


「理歌子の人生はごく平凡な幸せに満ちていたわ。愛情を注いでくれる両親、恵まれた友や恋人、豊かではなくとも貧しくもない生活。

 無論悲しいこともあったりはしたけれど、それはどこでもある普通のものでしかなかった。そして彼女は結婚し、二人の子供を授かって幸せの最中にあった」

 マザーグースの口からつげられるのは、愛理と万理の母である理歌子の半生。特別ではなくとも、理歌子だけの特別な人生だった


「けれど、彼女を不幸が襲った」


 しかし、マザーグースが抑揚を落とした重い声音で言葉を続けると、マリスは青ざめた表情で声を零す

「やめて……」

 それは、この先の話を知っているからこその反応。その口から伝えられてしまう残酷な事実を隠しておきたいがために出る切な願いの言葉だった


「夢宮理歌子は、事故で愛する夫と、愛するの二人の愛娘――〝万理〟と〝愛理〟を失ってしまった」



「……え?」

 マリスは、一瞬マザーグースが何を言っているのか分からなかった

 その言葉の意味は理解できたのだが、それを今の現実と結び付けることができなかったのだ

「最初に死んだのは、幼い妹の〝愛理〟だった。理歌子の不注意で車に轢かれて死んでしまったの」

 だが、そんなアリスの動揺になど気にも留めず、マザーグースは子供に絵本を読み聞かせる母親のような口調で悲哀を謳う

「理歌子は自分を責め、呪い、やがてなにもできない、考えられない状態になってしまった。だから、理歌子の夫が万理の世話と家のことをしていたの」

 何を言っているのか分からず、困惑に瞳を揺らすアリスとは異なり、青ざめた表情をみせるマリスの耳にマザーグースの声が届く

「よくある話よね? 〝お前には万理がいるじゃないか〟と励ます夫に、理歌子は〝愛理はもういない〟と泣いて叫ぶ。万理はそんな両親を見て涙を零すの」

 唇を引き結び、拳を握りしめるマリスを一瞥したマザーグースは、口端を吊り上げて不敵に笑うと、一拍分の間を置いてから声を発する


「そして、その日が来た」


 先程までの口調とは違う、宣告に等しい言葉を発したマザーグースは、自分自身への憐憫に彩られ声で言う

「仕事と家事、万理の世話――彼は頑張ったわ。けれど、頑張り過ぎて疲れてしまったのね。万理を車に乗せて学校へ行く途中、居眠り運転で事故を起こしてしまった

 二人とも帰らぬ人となって、理歌子ははじめて自分が本当に(・・・)全てを失ってしまったことを知って絶望した」

 喪失の絶望をうかがわせる身振り手振りを加えて語るマザーグースは、アリスとマリス――二人の娘を睥睨して言う


「だから、そこに私が呼びかけたのよ。〝家族を生き返らせたくはない?〟ってね」 


「……っ」

 言葉を失い、ただ耳を傾けていることしかできなかったアリスは、マザーグースの言葉に息を呑む

「そんなことできないと思っているでしょう? けれどできるのよ。魔女王の――神の言語(ジャバウォック)の力を使えば」

「……っ」

 得意気に語ったマザーグースは、四人の騎士たちへと視線を向けて不敵に笑う

 それに対する四人の沈黙は、マザーグースの言葉が嘘ではないことを暗に肯定しているものだった

神の言語(ジャバウォック)は虚無を束ねて世界を形作る力。なら、生と死の概念も作り直すことができる(・・・・・・・・・・)でしょう?」

 それによって現実をアリスへと見せつけたマザーグースは、そのその目を細めて慈しむように笑って言う

「そして彼女は手を取った。私と――ワイルドジョーカーである〝彼〟の手を」

「ワイルド、ジョーカー……?」

 彼女――すなわち、夢宮理歌子のことを指して己の胸に手を当てたマザーグースは、その視線を空中に佇むジェスターへと向けて言う

《オイ。これ、どうなってるんだよ》

《どうもこうも、これが歪められたこの『不思議の国のアリス』のストーリーなんや》

 突然の事態に理解が追い付かず、生贄羊(スケープゴート)の中で混乱をきたす読真に、モノスが要約して応じる


 今明かされたのは、歪められたこの物語における中核と呼べる設定であるのは間違いない。アリス(主人公)の姉が敵であり、母が黒幕だった――そして、白と赤の魔女王たる姉妹は、どこからか連れてこられた偽りの姉妹だったという〝設定〟。


 不思議の国のアリスは、元々作者ルイス・キャロルが知人の娘のために作った物語だったとされている

 そのテーマの根幹にあるのは「家族」。そして、それが歪められた結果、このような形の物語になったのかもしれない


(物語が終盤に向かって一気に加速しとる。もうこれは、実質この物語の最終局面や)


「もう分かったでしょう? あなた達は理歌子()神の言語(ジャバウォック)を手に入れるために見つけだした当代の候補者。夢宮理歌子とは、血も繋がっていない偽りの娘なのよ」

「っ」

 マザーグースから告げられた事実に、アリスは言葉を失って瞳を見開き、マリスは己の無力に歯噛みする

「ごめんなさいね、隠していて。万理があなたには秘密にしてほしいっていうから……けど、私の言うことを聞けないなら、もう仕方がないわよね」

「お姉ちゃん……」

 微笑を浮かべて言うマザーグースの言葉に、アリスが縋るような視線を向けるが、マリスは肩を落として俯いたたまま口を開く

「ごめんなさい。あなたには……言えなかったの」

「――っ」

 力のない声で紡がれた弱々しいその言葉は、マザーグースの言葉が全て真実であることの証。そして、アリスが――夢宮愛理が信じていた家族が虚像だったことを肯定する決定的な反応だった


「想定外の事態もあって計画は大幅に前倒しにできた。あとは――あなた達を倒して(・・・・・・・・)新しい魔女王を誕生させるだけ」


 自らの目的を語り、その実現を眼前に迎えたマザーグース――夢宮理歌子が視線を向けた先には、漆黒のタキシードを靡かせた男と、杖を持ち仮面をつけた魔導士、透き通る水晶を思わせる身体を持つ彫刻のような女性がいた

「あれは……」

帽死屋(マッドハッター)とクローバーとダイヤの(キング)や》

 その姿をバンダースナッチの仮面の下から見た読真の脳裏にモノスの声が響く


「――そのようなこと、させるわけにはいきませんね」


 マザーグースの視線を受けた帽死屋(マッドハッター)は、切れ長の目を細めて応じる

「あら。あなた達が私達に勝てると思っているの?」

 しかし、その言葉に対してマザーグースは無駄な抵抗をあざ笑うようにして言う

 それは驕りでもなんでもなく、厳然たる事実でしかないのは、帽死屋(マッドハッター)達には痛いほどに理解できているはずだった

「無理でしょうね。ハンプティダンプティの力を得たあなたを倒しうるのは、真の魔女王をおいてほかにありません」

 それを肯定した帽死屋(マッドハッター)は、一瞬の逡巡を思わせる一拍の間を置いてから、意を決した口を開く


赤魔女王(マクスウェル)様、白魔女王(ラプラス)様。ご決断を」


 確固たる意志に裏打ちされた帽死屋(マッドハッター)の声が空に響きアリスとマリスの耳朶を打つ



「今ここで、あなた方のどちらかを真の魔女王とします」






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