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幻想司書 譚の語  作者: 和和和和
プロローグ
3/86

p3 幻想司書





「さて、それでは本題に入りますが、私達幻想司書は、この本の世界を守り、心と理を守るのが仕事なのです」

 本の世界とよばれるこの世界こそが、全ての根本たる世界であると静かに言い放った譚は、その視線を読真に向けて淡々とした口調で説明を始める

「大変なんですね」

「なぜいきなり敬語なのですか?」

 これまでの口調から一転し、突如敬語で応じた読真に訝しげに眉をひそめる譚は、その冷ややかな瞳の中に少年を映しながら、その光を鋭くして説明を要求する

「いや、その……なんとなく」


 読真としては、先ほど譚がみせた一面に内心で驚きを禁じ得ず、反射的に敬語を使ってしまったのだ。これまで傍若無人、唯我独尊といった振る舞いを見せながらも、淡々と言葉を紡いでいた譚が、感情を露にして力説した姿は、知り合って間もない読真には思わず半歩退いてしまうほど衝撃的なものだった

 だが同時に、これまで淡々と言葉を紡ぎ、感情を感じさせなかった人形のような譚が見せた一面は、読真にとってとても親近感がわく者であり、同時に「本当に本が好きなんだな」という好意をも抱かせていた


「ならば、ひれ伏して話しなさい」

「それは嫌だ」

 この毒舌さえなければいいのにと内心で思いつつ、譚の言葉に思い切り拒絶の色を示した読真に、当の本人は話を仕切り直すために、一拍の間を置いて逸れた話題を本筋に戻す

「ここまで話せば分かったと思いますが、今現在この本の世界は大きく歪められ、危機的な状態に陥っているのです」

「……!」

 機械のように淡々と発せられる声の中に、鋭さを宿した色を孕ませた譚の危機感を感じさせる言葉に、読真はわずかに目を瞠り、次の言葉を待つ

 いつの間にか、理不尽に殺された事に対する怒りはなりを潜め、譚の語りに聞き入っている読真に、幻想司書の少女は抑制された声で言葉を紡いでいく

「この世界には、物語りを歪め、破壊しようとする存在――現象というものが存在します」

 表があれば裏があるように、光ある所に闇が指すように、世界の情報、そして人の意識と心の根幹であるこの世界にも、それを乱すものが存在している

「それが、『悪夢(ナイトメア)』。これによって世界が破壊されてしまえば、本の世界は歪み、人の心を形作る常識や主観が破壊されてしまいます」

「ナイト、メア……」

 譚の口から発せられた言葉を、まるで自分の脳に刻みつけるように反芻した読真に、「そうです」と答えた小さな幻想司書は、その目に悪夢(ナイトメア)に対する敵意と嫌悪の光を宿して言葉を続ける

悪夢(ナイトメア)は、現実世界で言うところの悪。正義がある限り存在し、光の影で育ち続ける世界の反面。天があり、地があり、海がある限り天災があるように、この世界が存在する限り消える事のない『現象』そのものといっても過言ではありません」


 悪夢は生命体でありながら、この意識世界にある負の一面と言っても過言ではない存在。正義を成すためには悪が必要になるように、富豪になるためには貧困がなければならないように、平和を愛するために戦乱が必要になるように、世界の善を輝かせる闇。

 そして地球に生きている限り何らかの天災にみまわれるように、この世界に現象、事象として存在する世界の側面。


悪夢(ナイトメア)は、世界を歪め、世界を異質に改変してしまう力を持っています。そしてそうなれば、人の思考は悪質に編纂された本の世界の影響を受けて大きく変化をきたすのです。――例えば、『人間は殺さなくてはならない』と常識が書き換えられればどうなるか分かりますね?」

「……!」

 射抜くように鋭い譚の言葉を受けた読真は、否応なくそれを想像し、背筋を冷たいものが下りていくのを感じていた


 本の世界は意識を司る世界。それが改変されてしまえば、その影響は全ての人間の意識に変調をきたしてしまう

 「人殺し=悪」という自覚があるからこそ、人は人を殺す事を躊躇う。しかしその思考が「人殺し=善」と変えられてしまえば、人が人を殺すことを躊躇うはずがない。そしてそうなった世界に訪れる悲劇は想像に難くない


「そんな事にはならないと思いますか? なりますよ。なぜならば、人は当然である事、当たり前と考える事に疑問を抱けないのですから」

「どういう、意味だよ……!?」

 読真の意識を揺らし、思考を動かすように話を導きながら、譚は淡々とした口調で話を続ける

「例えば『人間が空気を吸って生きる』のは当然の事です。しかし、それを『何故?』と考える事ができても、『空気を吸って生きるのはおかしい』という発想へは変換されません。しようという発想自体が生まれないからです。

 同様にナイトメアによって本の世界が変化すれば、それと全く同じ事が起こります。『人殺しは当然』と考えれば『何故人を殺すのか?』まで思考できても『人殺しはすべきではない』という発想へ至る事はありません」

「……!」

 引き込まれるような話術で語りかけてくる譚の言葉に、目を瞠った読真は、強い意志を宿して佇む少女に視線を交錯させて息を呑む

 機械のように淡々と話し、人形のように整った顔立ちをした譚が、己の意志で話す言葉は読真の心に届き、その意識に直接語りかけてくるかのように響く

「わかりますか? 悪夢(ナイトメア)とは、即ちこの世界を悪質に改竄する事で、人間の意識そのものを編纂してしまう存在なのです。

 そして、私達幻想司書は、その悪夢(ナイトメア)を倒す事で、本の世界――引いては人の意識と常識の秩序を守る事を使命としているのです」

 静かに、しかしまるで金剛石のような輝く強い意志を宿した譚からは、幻想司書という職業に使命感と誇りを持っていることがありありと伝わってくる

 そこまで言いきった譚は、そこで一旦話を切って場を仕切り直すと、一抹の憂いを感じさせる静かな視線で読真を見据える

「しかし、最近この悪夢(ナイトメア)が私達の処理の限界を超えて異常発生してしまっています。このままでは、私達の浄化能力を超えてこの本の世界が悪夢(ナイトメア)によって滅ぼされ、現実世界もがあらゆる秩序の崩壊した終末世界へと変貌してしまうでしょう」

 その譚の言葉に、これまで沈黙を守っていた帽子――モノスが、耳のような手で読真を指して力強く言い放つ

「そこで、坊の出番や!」

「俺?」

「不本意ながら、あなたには強い幻想司書としての適性があります。通常は死後この世界に迎えられるのですが、今回は非常事態につき、強制的に連れてこさせていただきました」

 自分を指して目を丸くする読真を見上げながら、譚は「不本意」の部分に若干の力を込めて淡々とした口調で言い放つ

(不本意……)


 本来幻想司書になる者は、死後この世界に召喚される事になっている。しかし現在本の世界を襲っている事態はのっぴきならないところまで進行してしまっていた。

 故に本の世界を管理する幻想図書館(ビブリオリウム)は、非常事態に対処するため、まだ生きている読真を強制的に殺害し、この世界へと誘う決断を下したのだ。同時にそれは、それほど幻想司書としての資質を持つ者が希有な存在である事の証明でもある


「言いたい事はあるでしょう。不満も納得のいかない事もあるとは思います。ですが、私はそんなあなたにこう問いかけます」

 この世界を守るために殺されたと聞かされた読真だが、これまでの譚の話を考えればそこまで間違っている事だとは思えない。

 かといって自身が殺された事も容認できず、複雑な表情を浮かべる読真の心を見透かしたように語りかけた譚は、静かに、そして鋭い口調で問いかける



「あなた一人の命と、世界に生きる何十億という人の命、どちらが大切ですか?」



「俺の命」

(って言いてぇ~。けどなぁ~……)

 譚の言葉に、そう答えたくなる読真だが、さすがにそれを断言するのは憚られ、理性と本能の間で葛藤し、悶絶する


 死にたくないかと聞かれれば、当然イエスだ。未来や将来に漠然とした不安や恐怖はあるが、生きる事を諦められるほど、まだ絶望はしていない。

 かといって、お前の命は世界全ての人間より重いのか、と聞かれればそれを肯定することは出来ない。自分のために他者の全てを否定できるほど、読真は自分に自信は無い


「良いのではないですか?」

 そんな読真の姿を一瞥し、譚はその表情をわずかに綻ばせて語りかける

「?」

 珍しく自分に嘲笑以外の笑みを向けてきた譚に、目を丸くしている読真に、純白の衣に身を包んだ幻想司書の少女は軽く一瞥を送ってその身を翻す

「簡単に自分の命を諦められるような人間より、他者よりも自分が大事と言い切る人より、どちらも選べず苦悩する人間のほうが私は好きですよ」


 譚にとって先ほどの問いかけに即答できるような人間は評価に値しない。自分の命を軽んじる者も、他者の命を軽視する者も、どちらも好意を向けるべき価値は無い。

 他者のために自分を投げ捨てられる博愛な人間より、自分のために他者を度外視できる偉大な人間より、どちらも選べずに苦悩する凡庸な人間の方が好感を向けるに値する人格だ


「……譚」

 初めて譚から称賛の言葉を送られ――たのか、どうかはわからないが――、目を丸くする読真に背を向けた幻想司書の少女は、肩越しに視線を向けてその眼前にそびえ立つ巨大な城を彷彿とさせる建造物に向かって歩を進める

「さ、とりあえず行きましょう。これ以上館長達を待たせる訳にはいきません」

「あ、あぁ……で、どこに行くんだよ?」

 背後から付いてくる読真を肩越しに一瞥した譚は、見ればわかる事をわざわざ説明するのも面倒だとばかりにため息をつき、しかし、これ以上時間を取られるのも御免だと指先で眼前にそびえ立っている巨大な城の如き建造物を指し示す

「『幻想図書館(ビブリオリウム)』。この世界の中心にして、私達幻想司書の本拠地です。あなたにはこれから私達幻想司書の長に会っていただきます。まあ、そうしないと正式に幻想司書になれませんからね」

「……あ、あぁ!」

 背を向けて歩きだした譚の後に、読真は置いて行かれないように付いていく

(坊、素直な性格なんやな……)

 その姿を見て、譚の頭上にいる耳帽子――モノスは、内心でほろりと涙をこぼす

 先程までの怒りを全てどこかに忘れ、話をはぐらかされ、おだてられて乗せられた事にも気づいていない読真に、モノスは心の中で静かに合掌するのだった

「あ、それと読真」

「ん?」

 ふと足を止め、譚は首だけで振りかえり、その表情に微笑を浮かべる

「私の事は譚様と呼びなさい」

「絶っ対にいやだ」

 微笑と共に発せられた譚の言葉に、読真はその顔を憎々しげに歪めて、心の底から偽りのない本心を苦々しげに吐き捨てるのだった





 そんな二人の様子をカーテンの隙間から窓越しに見ていた一人の男性が、静かに目を伏せて自身の背後に視線を向ける

「……どうやら、ようやくこっちに来るようですよ、館長(・・)

 男の言葉に、室内に置かれた一際豪勢な机に座り、湯気と共に芳醇な香りを漂わせる紅茶を一口含んだ女性が、微笑とともに静かに応じる

「そうですか。譚ちゃんがこんなにも長話をしているなんて、早速仲良くなってくれたんですね」

 本人たちが聞けば、「不本意だ」という言葉と共に、これでもかと顔をしかめそうな内容の言葉を発した女性は、そんな事など知る由もなく満足気な微笑を浮かべたままカップを下ろして目を伏せる


「彼が、この現状を打破する力になってくれる事を期待しましょう」





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