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幻想司書 譚の語  作者: 和和和和
一冊目 桃太郎英雄伝
21/86

p14 結末を探して




「いいですか? 悪夢(ナイトメア)によって歪められているとはいえ、物語の世界が迎えるべき結末は原則として、原本に依存します。つまり、この世界のお話も大筋ではあなたの知る桃太郎の形で終わりを迎えるはずです」

「鬼を退治してめでたしめでたしってやつか」

 自分たちを捜しに来ているらしい鬼たちが廃墟の周りをうろついているのを見ながら、譚と読真は息を殺して城の周囲を移動しつつ、小さな声で言葉を交わす


 幸いにも城下町に張り巡らされた霊樹の巨大な根は、読真と譚が身を隠すには十分な場所を提供してくれており、膨大な数の鬼の目をかいくぐる手助けをしてくれている

 天羅(てら)が桃太郎達と戦っている以上、今ここにいる鬼たちはさほど強大な力を持った個体ばかり。しかし、それを補って余りあるほどの数が存在している。どう考えても戦闘技能皆無の読真と決定的な戦闘力を持たない譚が相手にできるとは思えない


「そうです。無論、歪められている以上、全く同じではありませんし、同時に必ずしもそうである必要もありません。要は、このお話が一つの結末を迎えればよいのです

 それが読者にとって、あるいはこの世界の者たちにとって良かろうと悪かろうと、この世界が終わるという結果は変わりません――そういう意味では、私たち幻想司書の仕事は悪夢(ナイトメア)の行いと近いのかもしれませんね」


 この世界が結末へと向かうということは、すなわちこの世界を歪めている悪夢(ナイトメア)が成体となって顕現することを意味している

 そして、その時こそがこの世界の歪みを正し、世界を在るべき形へと還すことを使命とする幻想司書の仕事だ――それは、形は違えどこの世界に終焉をもたらすという意味では、悪夢(ナイトメア)のそれにきわめて酷似した行いと言えるかもしれない


 世界を救うために世界を終わらせなければならないという矛盾に対し、どこか皮肉めいた口調で呟いた譚は、読真に視線を向けて静かに言葉を続ける

「つまり、このまま待っていれば、この物語はバッドエンドになるかもしれません。ですが、私たち幻想司書の仕事は悪夢(ナイトメア)を倒すこと。

 歪んだことで生み出されたこの物語は、その時に消えてしまうのですから、入れ込む必要がないといえばないのですよ」

 息をひそめながら淡々と事実を紡ぎあげる譚の声に、読真はわずかに渋い表情を浮かべて視線をそらす


 どれほどこの世界の住人のために努力しても、この世界は幻想司書か悪夢(ナイトメア)のどちらかによって滅ぼされるために存在する存在できない本の世界。

 歪められたこの世界に生み出されたものは、主人公である桃太郎でさえも例外なく滅び去る運命にある。ならば、わざわざ読真たちがその世界のために心を砕く必要がないというのも間違いない事実だ


「だとしても、俺はそういうのあんまり好きじゃないな。どっちかっていうとハッピーエンド派だし、それに、できれば桃太郎達には幸せになってもらいたいからさ」

 物陰に身を隠しながら譚と言葉を交わす読真は、自分で発した台詞に少しばかり照れながらも、胸を張って城門前の広場を覆い尽くしている桜色の天蓋へと視線を向ける


 確かに、この世界は滅び去る世界なのかもしれない、存在してはいけない世界なのかもしれない。しかしこの世界で生きる桃太郎達をはじめとする人々は、悪夢(ナイトメア)によって生み出されたある意味での犠牲者だ

 譚が言っていたように、彼らもまたこの世界で生きている存在であり、一人一人が人生を持っているならば、少しでもよい結末を迎えられるようにと願うことは決して傲慢なことではないのではないかと、読真は思っている


 性格の問題なのだろうが、読真はあまり強い言葉を使わない。他者の意見に耳を貸す寛容さも、それに一定の理解と同調を示す懐の深さも持っている

 しかしだからといって他者の意見に必要以上に流されることなく、その心に一つ、まっすぐな願いを持っている読真を一瞥した譚は、静かに目を伏せてわずかに目元を綻ばせる

「奇遇ですね、私もです」

「珍しく、意見が合ったな」


 一言で言い表すならば、「意思は強くとも押しが弱い」というのが読真の性格だ。常に他人の顔色を窺っていながらも、どこか心の中で譲れない一線を持っている。

 表面上は序列や規則に従い、長い物に巻かれていながらも、心の奥ではそれを良しとしない意思を有しているのは人間だれしも同じようなものだろう。

 そういう意味ではありふれた性格だが、ただ終わりを迎えるだけの歪んだ物語に心を寄せようとする読真の在り方は、譚の中で一定の評価を獲得していた


「そうですね。私としては不本意ですが」

「どういう意味だ、それ」

「そのままの意味ですよ。言葉がわからないのなら聞き流しておきなさい」

 読真の幻想司書としての生き方に一定の評価を与えているとはいえ、譚がそれを口にするはずもなく、同時に評価していることが正しいと思っているわけでもないのも事実。

 淡々のいつものように読真をあしらった譚は、周囲への警戒を怠ることなく霊樹の根や瓦礫に身を隠しながら移動を始める

「さっさと行きますよ」

「ヘイヘイ」

 自分たちを探しているであろう鬼たちに見つからないように身を隠しつつ、譚の後に続きく読真はそこから見える巨大な樹を見上げて感嘆の声を漏らす

「にしても、でっかい樹だな」

 この島の象徴にして神が宿るとされる霊樹「桃楼樹」。その根元にいる今の状態では全体を視界に収めることができないほどの巨大さを誇る大樹の幹の直径は、数キロから数十キロにもなろうかと思われるほどもある。

 天を衝かんばかりの高さと、空を掴むように広がる枝の広さもそれに比例したものとなっており、まるでこの樹だけが別の世界のものなのではないかと思えるほどの存在感を示している

「いてっ」

 高くそびえる樹に意識を向けていた読真は、前方で足を止めた譚に気付くことができず、その小さな身体にぶつかって、軽くよろめく

「ちゃんと前を見て歩きなさい」

「悪い」

 背後からぶつかられて軽くよろめいた譚の避難の声に、読真は軽く謝罪をして不快げにコートを手ではたいている小さな先輩に視線を向ける

「どうしたんだよ? いきなり止まって」

 読真の言葉を受けた譚は、白を基調とした幻想司書の制服を正すと、それに答えるように視線で誘導する

「あれを見なさい」

「?」

 譚が視線を向けたのは、天を衝いてそそり立つ巨大な霊樹の根本。地面に近いところで無数に分かれて広がっている根と根の間にある幹の部分だ

「ん……?」

 譚に促されて巨大な樹の根本に視線を向けた読真は、そこに何かがあることに気付いて目を細めてそれに意識を集中させる

「……扉?」

「そうです」

 大樹の根元に作られたそれ――限りなく、幹に近い色合いでできているためにわかりにくくなっているが、まるで神棚の扉を彷彿とさせる木製の扉を見止めて訝しげに呟いた読真の言葉を譚の抑揚のない声が肯定する

「なんであんなところに……?」

「おそらくこの根の下にも何かの空間があるのでしょうが、気になりませんか?」

 いわばこの世界そのものの御神木である桃楼樹の根元に作られた扉。それがどこへ通じているのか、あるいはその中に何があるのか気にならないのかと言われれば当然嘘になる

「まあ、それなりに」

 その問いかけに言葉を濁しながら読真が応じたのとほぼ同時に、譚はその進路を大樹の根本にある扉へと変えて歩き出す

「行ってみましょう」

「え? あ、ああ」

 譚の言葉に、そんなことをしている暇があるのかという考えが一瞬よぎった読真だったが、これが譚の言っていた「解決の糸口」になる可能性もあるかもしれないと思い直し、そのあとに続く

 遠近感が狂ってしまいそうなほど巨大な桃楼樹は、近づくにつれてまるで巨大な壁のように読真たちの視界を埋め尽くし、その扉の前に立つ頃には視線を巡らせてもそれが樹であることもわからないほどの大きさになっていた


 大樹の根元に作られた扉は、高さ約二メートル、木製で作られた重厚な観音開きになっており、丁度平均的な鬼が一人通り抜けられるような作りになっている

 神棚を彷彿とさせるどこか厳かな造りは、それだけでこの扉の先にある空間が重要な施設であることを如実に物語っている


「さて、何があるのでしょうね」

 作られてどれほどの年月が経っているのかは想像もできないが、おそらく霊樹の力によって劣化を免れているのであろう扉を前にした譚は、その扉へとゆっくり手を伸ばす

「――っ!」

 しかし、譚が扉に触れたその瞬間、扉の取っ手にその細い指先が火花とともに弾かれる

「譚!」

 侵入を拒まれ、その時の衝撃で軽く煙が立ち上っている指先を一瞥した譚は、読真を軽く手で制して剣呑な光を宿した目でその扉を見据える

「なるほど、結界ですか……」

「どないする、お嬢?」

 頭上からその様子を見ていたモノスの問いかけに、譚はその人形のように整った表情を崩すことなく淡々とした言葉で応じる

「決まっているではありませんか」

 その言葉とともに譚の視線を受けた読真は、その言わんとしていることを察して渋い表情を浮かべる

「お前、今すっげぇ腹黒そうな顔してるぞ?」

「失礼ですね。事態を打破するかもしれない可能性の扉を前に、思慮を巡らせていると言ってください」

 自分の言葉など意にも介さず、飄々と受け流す譚の言葉にため息をついた読真は、手甲に収めていた短剣を取り出して、扉の前に立つ

「ま、いいけど」

 独白した読真は、手にした短剣――正常な異常レギュラーズイレギュラーを大きく振りかぶって、その刀身を結界で守られた扉に突き立てるように振り下ろす

 読真の心が具現化された幻想心器(ミソロギア)の刃が突き立てられると、結界に守られた扉が大きく歪み、それが一瞬にしてその刀身の中へと吸い込まれる

「開いた!」

「ってか、壊れたんやろ?」

 扉そのものが喰い尽くされ、巨大な穴を穿ったのを見て発せられた読真の言葉に、譚の頭上にいるモノスが呆れたように声を発する

 お世辞にも「開いた」という表現が不適切ではない穴を見た譚は、そのまま出現した巨大な穴の中に見える地下へと続く階段へ足を踏み入れる

「急ぎましょう。鬼たちに見つかると面倒です」

「ああ」

 念のために幻想心器(ミソロギア)を出したままにして、短剣を左手の手甲へ戻す読真を背中越しに見た譚は、その水晶のような目にわずかに剣呑な光を灯す

(あの剣の宝玉、明らかに輝きを増していますね。つまり、読真の幻想心器(ミソロギア)は――)

 短剣の柄に嵌められた宝玉が、最初に見た時よりも確実に強い光を放っているのを見た譚は、ある可能性を脳裏に思い描きながら、ゆっくりと階段を下っていく



 大樹の根元に作られた扉の向こうにあったのは、地下へと続く階段。その行く先はかなり深く、階段の先はまるで奈落への入り口と見紛うばかりの無明の闇が広がっている

「真っ暗だな……」

「モノス、明かりを」

「はいな」

 瞬間、モノスの目から車のハイビームのような光が放たれ、闇に覆われた地下へと続く道を明るく照らし出す

(コイツ、こんな能力があったのか!)

 譚の頭上で爛々と二つの目を輝かせているモノスを見て、内心で驚きを禁じ得ない様子の読真を横目に、譚ははるか深くまで続いている階段を進んでいく

 細く長い階段は二人の足音を反響させ、ただ不気味な静寂の中に響くその音は不思議と緊張感を高め、読真は思わず息を呑む

 そうして不気味な静寂の中に反響する自分たちの足音を聞きながらしばらく階段を降りていくと、譚の頭上にいるモノスが放つ光が、その行く先に重厚な金属製の扉を照らし出す

「また扉か」

 それを見た読真が手甲に嵌められた短剣に手をかけた瞬間、懐から銀色の銃を抜き取った譚が、その扉につけられた鍵を打ち抜く

 この扉には結界が施されていないらしく、譚が放った弾丸は扉を止めていた金属製の鍵を破壊して、不気味な音とともにゆっくりと開く

「開きました」

「お、お前な……」

 地下道内に反響した銃声に耳を押さえながら、読真はさらりと言い放った譚に抗議の声を向ける

「さ、行きますよ」

 読真の言わんとしていることなど百も承知で、鍵を銃弾で破壊した譚は、半開きになった扉を開いてその中へと足を踏み入れる

「これは……」

 それに続いて金属の扉の向こうへ足を踏み入れた読真は、その先に広がっていた空間を見て、言葉を失う


 そこに広がっているのは、先ほどまでとは比較にならないほど広大な空間。高さ十メートルはあろうかという位置にある天上には桃楼樹のものと思しき巨大な根が張り巡らされており、室内にある壁には、木製の檻が無数に埋め込まれている


「牢屋?」

 広大な空間に、壁に埋め込まれた無数の檻。それはまさに監獄と呼ぶにふさわしく、光の差さない地中の重苦しい雰囲気はそれだけで体におもりをつけられているような感覚に支配される

 地下監獄と思しきその空間に存在する檻の中は空になっており、耳を澄ましても囚人のものらしき声は聞こえてこない。

「そのようですね」

 静寂に包まれていることによって、一層監獄という異質なこの空間の不気味さが増大されており、読真の言葉に小さく同意した譚も無意識の内に険しい表情を浮かべて、モノスの光ではすべて照らし出すことができないほど深い闇に視線を巡らせる


「あら珍しいですね、ここに人が来るなどいつ以来でしょうか」


「――っ!」

 その時、闇の中から読真と譚の耳に、澄んだ清流のような声が届く

「おい、譚」

「ええ」

 監獄の中で聞いているとは思えないほど、穏やかで慈愛に満ちたその声を聞いて表情を引きつらせる読真の声に、譚も普段はほとんど変化を見せない表情に驚愕を張り付けてその声の方へ視線を向ける

(この、声……)

 読真の意識を支配するのは、闇の静寂に響いた静かな声。譚もそれい気付いているらしく、その声がした方――監獄の奥へと緊張した面持ちで歩を進めていく

「そんなに警戒しないでください。危害を加えるつもりはございませんので」

 そんな読真と譚の様子を見透かしているかのように、闇の中から優しく穏やかな声が二人の耳を心地よく撫でていく

「――っ」

 やがて、監獄の最奥部へとたどり着いた読真たちの目の前には、壁に埋め込まれていたそれとは比べ物にならないほど巨大な檻が鎮座していた。

 その前で足を止めモノスの光で、暗黒に包まれた監獄を切り裂いた瞬間、二人の目の前にその声の主が姿を現す


 モノスの光に照らし出された監獄の中にいたのは、白を基調とする着物に身を包み、腰まで届く艶やかな漆黒の髪を揺らした一人の女性。

 さながら神の造形のごとく整った顔は、慈愛にあふれ、花のように儚げながらも力強く、触れがたいほどに神々しい雰囲気をまとっている


 闇に浮かぶ雪のように白い肌に、薄く紅で飾られた艶やかな唇に微笑を浮かべて牢の中にしとやかに正座していたその人物は、二人がよく知る――先ほどまで、対峙していたはずの人物だった


「桃花、美仙……!」






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