p8 桃花美仙と三つの霊具
おぼろげながらも気づいていた。――しかし、あえて考えないようにしていたことがある
この本の世界が、悪夢によって歪められたことで生み出されたものだとしたら、そうして生み出されたはずのこの世界の住人達は、悪夢を倒したときどうなるのだろう、と。
「やっぱり、そう……なのか」
心のどこかで避けていたその問いの答えを向けられ、読真は桃太郎達に視線を向けて、悲壮感とも理解とも取れる複雑な表情を浮かべる
「えぇ」
独白した読真の言葉に、譚はその表情を微塵も変えることなく、静かにその問いに含まれたすべてを肯定する
この物語は、原型こそ「桃太郎」だが、今目の前にいる桃太郎をはじめとした登場人物たちは、悪夢の歪みによって作り出された偽りの存在に過ぎない。
彼らは、幻想司書によって悪夢が討伐されると同時に、元々の誰もが知る登場人物へと還元され、今見えている歪みの人格は完全に消え去ってしまう。
そして、彼らを救う術や、彼らを残して悪夢だけを消し去る方法などは存在しない。
確かに悪夢を倒さなければ彼らは滅びない。しかし、仮にそうしても、エンディングと共に成体となった悪夢によってこの世界は滅ぼされる。
そして、この世界を守るために来ている幻想司書にとって、そんな選択肢は存在してはならない。故に幻想司書達は、基本的に、可能な限り物語の登場人物たちと関わらず、感情移入をしないように心掛けるのだ
「……どうしようも、ないのか?」
「はい」
一抹の可能性に縋るように、小さく絞り出された読真の言葉を、譚の言葉の刃が一切の予断を許さずに切り捨てる
「そっか……」
「とう――」
容赦のない譚の言葉に、悲しそうな表情で笑みを浮かべた読真が、桃太郎達に視線を向けるのを見た譚が言葉を続けようとした瞬間、その言葉を明るい陽だまりのような声が一瞬にしてかき消す
「桃様!」
「――っ!」
その言葉に視線を向けた読真と譚の視界に、人込みをかき分けて姿を現した色鮮やかな着物をまとった女性が桃太郎に抱き着くのが見える
色鮮やかな花の刺繍が施された明るい色の着物の裾や袖、帯が空中に遊ぶ姿はどこか花に似ており、まるで桃太郎が大きな花を抱きしめているように見える
やがて、舞うように揺れていた裾が重力に引かれて地面に垂れ下がると、花に似た飾りをつけた亜麻色の髪を揺らした美少女が顔をだし、目を丸くしている桃太郎を上目づかいに見つめる
「お会いしとうございました」
恋慕の情が透けて見えるような、恥じらいと喜びに満ちた可憐な声で微笑みかけた少女の熱を帯びた眼差しを受けた桃太郎はその姿に目を丸くする
「稍姫様!?」
「はい」
稍と呼ばれた色鮮やかな着物を身にまとった少女は、桃太郎に名を呼ばれたことさえもが嬉しくてたまらないといった様子で、優しく微笑み返す
(へぇ~、可愛い子だな……)
少女のようなあどけなさと、大人の女性の色香を同時に併せ持つ稍を見て、読真は素直に感嘆の声を漏らしてその姿を見る
目鼻顔立ちが整った人形のような顔立ちに、雪のように白い肌と明鏡止水のごとく透き通った瞳。やや小柄だが、華奢な中にも女性らしい柔らかさを感じさせるを細身の体つきを着物ごしでも感じさせる
「姫様」と呼ばれていたことから、それなりに高貴な家柄の生まれであることは想像に難くなく、それに裏打ちされるような上品な存在感と内側からにじみ出る高貴な存在感は、見るものの目を奪う可憐な美しさを凝縮したような存在感を引き立て、一つの芸術品のように調和している
「……うぉ!?」
これまで見てきた中では、譚にも引けを取らない美しさを持つ稍と呼ばれた少女を見ていた読真が声を上げたのは、その様子を見ている小雉から吹き上がる怒りの怨嗟の念を幻視したからだ
「姫様、はしたないですよ」
周囲にいるもの達が凍てつくような気配を放ちながら、前に歩み出た小雉は、懸命に作り笑顔を浮かべながら、桃太郎に熱い抱擁をかわす稍に微笑みかける
しかし、その笑みはかなりぎこちなく、その目は全くと言っていいほど笑っていない。おそらく身分が上である稍に対して相当感情を抑え込もうとしているのが容易に見て取れるものだった
「あら、久しぶりの再会なのですから問題はありません。そんなことより、あなたこそ、旅の道中私の桃様といかがわしい関係になっていないでしょうね」
しかし、そんな小雉の仮面笑を受けた当の本人である稍は、そんなことなど知る由もないと言った様子で、小雉に視線を返す
「なっ!? 別に、桃はあなたのものではないですよ?」
「この戦いが終わったら、私と桃様は一緒になるのだから、私のものです」
はたで見ている読真たちのところまで歯軋りが聞こえてきそうなほど唇を噛みしめつつ、怒りの作り笑いを浮かべる小雉に、稍は微塵も怯んだ様子を見せず、桃太郎の首に回した細腕に力を込めて抱擁を強くする
「そんなこと決まってません!」
抱擁を強調し、挑発するような視線を向けてくる稍を腹に据えかねたのか、小雉は色鮮やかな着物をまとった少女に詰めるようにして抗議する
「ま、まあまあ二人とも、ここは落ち着いて……」
「桃は黙ってて!」
「桃様は黙っていてください!」
「……はい」
案の定止めに入った桃太郎も、敵愾心を募らせる二人の乙女の前に完全に撃沈し、視線の火花を散らせる稍と小雉の板挟みに、小さくなっている
(修羅場だ……)
(さすがは主人公、定番の両手に花ですね)
初めて見る実物の修羅場に興味津々の様子の読真と、その様子を淡々と見つめる譚の隣に、二人の乙女の戦場から一早く退散してきた戌彦が言葉を発する
「あの人は、五十狭稍様といって、芹武公のご息女だ。見ての通り桃太郎に好意を寄せておられて……まあ、小雉の最大の敵といったところだな」
「なるほど」
戌彦の言葉によて、目の前で行われている女の戦いの理由を説明された読真は、ふと桃太郎の首に手を回している稍姫の父親――五十狭芹武に視線を向ける
「ってか、この修羅場にお父さんの方は何して……って、楽しんでるな」
自分の娘が桃太郎に積極的に迫る様子を、まるで劇を見るように面白そうに見ている芹武を見て、読真は呆れたような、感心したような視線を送る
「期待しても、あなたにあの役得は回ってきませんよ?」
その様子を見ていた譚から、冗談とも本気とも取れる言葉を向けられた読真は、桃太郎と小雉、稍の三つ巴の戦いを見ながら、自嘲混じりの笑みを浮かべる
「そんな心配はしてないから安心してくれ」
結局、二人の乙女による桃太郎争奪戦は、そのあとしばらく続き、結局芹彦が、他の国の代表たちとの話し合いをするべく離れる際に、稍が同伴するために離れたことがことで一応の決着をみることとなった
「ふう、それで、君たちはどうするんだい? 親方様も言っていたけど、無理に船に乗る必要はないんだよ?」
稍から解放されたことか、小雉の冷たい視線に居心地の悪さを感じているのか、あるいは二人の乙女のやり取りに辟易しているのかはわからないが、とりあえず疲れきったため息をついた桃太郎は、読真と譚に優しい声で尋ねかける
船に乗るということは、鬼ヶ島の周囲に張り巡らされた試練の道に入るということを意味する。そのあたりを尋ねないのは、それが誰もが知っている事実だからなのか、あるいは、二人の雰囲気でそれを理解していることを察しているからなのかもしれない。
いずれにしても、試練の道に挑むということは、限りなく分の悪い、命を懸けた行為だ。桃太郎の口調は、意図しているのか、それを拒否してほしいという願いが読真にもうっすらと感じられるものだった
「俺たちは……」
「もちろん参加させていただきます。少し不安ですが、私たちの力が少しでも役に立つのでしたら、やれることをやりたいです」
言いよどんだ読真が何か言うよりも早く、譚がそれを制して普段からは想像もできない健気な少女を演じて応じる
それは、物語の登場人物達に情を移している読真をけん制するのと同時に、現実を否応なく突きつけるという意味もあったのかもしれない
(心にもないことを……)
内心ではそう思いながらも、読真は幻想司書としての自分がするべきこと、一人の人間としての自分がしたいと思っていること、心と理性の狭間で葛藤し、行くべき道にわずかな迷いを覚えていた
軽々しく言葉を発することを戸惑う読真とは裏腹に、静かに粛々と自らの使命をこなしている譚に、小雉が心配そうな表情を浮かべて、その瞳を覗き込むようにする
「そんな、譚ちゃんみたいな小さな子が無理しなくていいんだよ?」
「大丈夫です。それに――この戦いで負けてしまっては、結局同じ事ですから」
小柄な譚に視線を合わせ、諭すように語り掛ける小雉はその言葉に、喉元まで出かかっていた声を飲み込む
譚の言うように、ここで危険を避けたとしても、桃太郎達が失敗すれば、そのあとに待っているのは鬼たちにあらがう術がなくなった人間たちの全滅という構図だけ。
この世界に生きる者にとっては、間違いなくこれが絶好の好機にして、最初で最後の戦いとなることは間違いがないことなのだ
「……確かにな。なら、明日の作戦を簡単に説明してやる」
その言葉に耳を傾けていた戌彦は、反論する言葉を発することができずにいる小雉を見かねたようにゆっくりと言葉を発する
「はい」
小さく頷いた譚と読真を見た戌彦は、この広場からでもはっきりと見える、漆黒の大樹を抱く洋上の島――鬼ヶ島に視線を向けて言葉を紡ぐ
「俺たちの目的は、鬼を倒すことじゃない」
譚と読真に視線を戻した戌彦は、神妙な面持ちでそう語り掛けると、厳かな声音で自分たち、そして共に戦う者たちがなすべきことを口にする
「囚われた桃花美仙の解放。そして、三大霊具の一つ、日幟の確保だ」
「三大霊具? 日幟?」
聞きなれない単語に読真がいぶかしげに眉をひそめると、その話を聞いていた桃太郎がゆっくりと前に歩み出て、腰にさしていた刀に手をかける
「破邪の力を持つ霊刀『黍団子』。あらゆる災いから身を守る『吉備津』。そして桃桜樹の守り神である鬼を従える力を持つ『日幟』。この三つをさして、三大霊具というんだ
これらは、この霊樹・桃楼樹がその巫女である桃花美仙様に与えられたもので、その内の二つ、黍団子と吉備津は、すでにこちらが奪還している」
「ちなみに、あらゆる災いから人々を守る護りの宝珠――『吉備津』は、この街を支配するのに使われていて、今はさっき会った稍姫様が持っているわ」
桃太郎の言葉を小雉が補完した説明に、読真と譚は各々の反応を返し、理解を示す
三大霊具は、桃源郷の象徴だった霊樹・桃楼樹からその巫女である桃花美仙に授けられた神の力を宿す三つの道具のことだ。
そのうち二つはすでに人間側が奪還しており、一つは桃太郎が持つ、破邪の刀「黍団子」。そしてもう一つは鬼の支配下にあったこの美世夜の街を守る結界の要として使われていた守護の宝珠「吉備津」。そして最後の一つが、今だ鬼たちの手にある「日幟」だ
「鬼たちが持っている最後の霊具――『日幟』には、鬼たちを操る力があるんだ」
「そんな武器があるんですか?」
自身の持つ刀――黍団子の柄を握り締めて、神妙な面持ちで言葉を発した桃太郎に、読真は驚きを隠せない様子で問い返す
「うん。鬼は元々霊樹・桃桜樹が、巫女である桃花美仙、そして桃桜樹と桃源郷を守護するために生み出した精霊に近い守護者なんだ。
鬼達の存在意義は、桃桜樹と桃花美仙を守る事にある。そして日幟は万が一戦争などになった時に鬼を操り、統率し、意のままに御すための霊具なんだよ」
読真の言葉を肯定した桃太郎の言葉には嘘はない。「鬼」とは、元々霊樹・桃楼樹が、自身とその巫女である桃花美仙を守護するために生み出した霊樹の化身ともいえる存在。
故に三大霊具の一つである日幟に、その鬼を従える力があるのは必然と言ってもよいものだ。つまり、すべての鬼を従える日幟を手に入れるということは――
「だから、日幟さえ手に入れれば、この戦いは勝ったも同然なの」
自分たちにある絶対の勝機を強調するかのように力強く言い放った小雉の言葉を聞いた譚は、わずかに眉をひそめる
「なぜ、そんなものがあるのに桃花美仙という方は、鬼に捕えられたのですか? 反乱など、その日幟とやらの力を使えば簡単に鎮圧できたはずでしょう?」
「あ、そういえばそうだな」
譚のもっともな言葉に、読真もその意図を理解して説明を求める視線を桃太郎達に向ける
桃太郎達の話によれば、現在のこの状況は桃楼樹の巫女である桃花美仙が、鬼たちの反乱によって捉えられたことに端を発しているはず。
しかし、鬼を操る力を持つ「日幟」という霊具を持ちながら、桃花美仙がその鬼に捕らえられた事は見過ごせない事実だ。
「桃花美仙様は鬼をまるで友人のように対等の存在として扱い、日幟の力で支配する事は一度もなかったの。霊具の管理も鬼たちに任せていたって。――だから、鬼たちは何らかの方法で桃花美仙様が戦えないように無力化したはずなの」
「?」
神妙な面持ちでいう小雉の言葉の真意を掴みあぐね、読真は怪訝そうな表情を浮かべる。表情には出さずとも譚も同じ考えなのか、先を求めるように視線を巫女服の少女に向ける
「だって、桃楼樹の巫女である桃花美仙様は、その霊樹の力を自由に行使することができる世界最強の存在なんだよ?
天羅とか、仙人の最強級ならそれなりに相手になるかもしれないけど、鬼と仙人はその力の源である桃花美仙様を攻撃できないもの。
三大霊具も桃楼樹が霊樹の巫女のために作り出したものだから、桃花美仙様以外にその力を使えないしね」
小雉の説明を聞いた読真は、疑問に彩られた視線を桃太郎に向ける
「え? でも桃太郎って……」
霊具が桃花美仙にしか使えないというのなら、桃太郎がその一つである黍団子を行使していることは不自然だ
そんな読真の疑問を正しく理解している桃太郎は、どこか観念したような表情を浮かべてわずかに目を伏せる
「桃花美仙は、僕の母なんだよ」
「……!」
まるで隠しておきたかった秘密を話してしまったような表情を浮かべた桃太郎は、小さく目を瞠った読真を見て、わざとらしい笑みを浮かべる
「もっとも、記憶にはないんだけどね。僕が生まれてすぐ鬼たちの反乱がおきたから……」
母に対する憧れと、囚われのその身を案じる息子としての感情。まだ見ぬ母に対する複雑な感情を見え隠れさせる桃太郎に、読真は込み入った事情を尋ねてしまったことに返す言葉に戸惑う
「そうだったんだ」
「気にしないで。母も、この世界も僕たちが助ける――そのために、今日まで戦ってきたんだから」
そんな読真の心情を見透かしているかのように、桃太郎は苦笑を浮かべつつも、母を救い出すという強い決意を込めた瞳で応じる
読真と桃太郎のやり取りを見ていた譚はわずかに渋い表情を浮かべると、珍しく一瞬逡巡したように視線を上下させ、やがて意を決したように口を開く
「これは、失礼な質問にあたってしまうかもしれませんが、鬼たちを桃花美仙が操っているということは考えられないのですか?」
読真との会話によって、桃太郎と桃花美仙の血縁関係が証明されてしまった今となっては切り出しにくい話題だが、譚は先ほどから覚えている違和感を解消しておく必要があった――この物語を正しくエンディングに導くために
話を聞いている限り桃花美仙という人物には、おおよそ鬼たちに害を及ぼされる――仮に不意をついたしても、ここのまで事態を悪化させる要因が見当たらない。
鬼や仙人には害をなされず、世界最強の力と、霊樹から授かった三つの霊具を携える人物。そんな人物が鬼たちに囚われたというのが今一つ腑に落ちない。むしろ、鬼たちを操っているといわれたほうが自然に思える
「それは考えにくい」
しかし、その問いかけを受けた戌彦は、特に気分を害した様子も見せることなく、譚の言葉を即座に否定してみせる
「桃花美仙は争いを好まない性格で、その力を一度も人間に対して行使したことがないんだ。彼女を知っている重鎮たちも、そんなことをするはずがないって口を揃えている」
直訳すれば、「あなたの母親がこの事態を招いた現況なのではないのですか?」という趣旨の問いかけを受けた桃太郎もまた、身贔屓を抜きにして母親を微塵も疑っていないという声音で応じる
桃楼樹の巫女である桃花美仙は、霊樹の天変地異を凌駕するほどの絶大な力を自在に操ることができ、それに限りなく近い力を持っていたのは、天羅を筆頭とする鬼の最強級と、桃楼樹の加護を得た仙人の最強級の存在だけ。
しかし、鬼も仙人もその力の源である霊樹の巫女である桃花美仙を傷つけることができないという絶対の盟約をその魂に刻み込まれている
つまり、今日の状態が作り出されるためには、鬼たちが何らかの方法で桃花美仙を無力化し、その力を封じ込めていなければならない。故に、この世界の人間たちが桃花美仙が鬼たちを操っている可能性を考えなかったはずはない
しかし、その考えを誰もが否定した。霊樹が黒く穢れたのは約二十年前。当然、今の国々には桃花美仙を知る者も多く、霊樹の巫女である桃花美仙が、その力を一度たりとも私利私欲のために使ったことがないことや、その穏やかで争いを好まない慈悲深い性格を知っていたからだ
「そうですか……」
何度か浮上したとはいえ、即座に否定されてきた疑問故に、桃太郎達も慣れたもので気にも留めた風もなく応じ、それを受けた譚も嘘をついているようには見えないその答えに思案を巡らせる
「確かに、どうやって桃花美仙様を封じ込めたのかが、俺たちにとっての唯一の懸念だな」
鬼たちが攻撃できないはずの桃花美仙をいかにして無力化したのかは疑問だが、今はそれを考えても埒が明かない
「いずれにしても、桃花美仙様か、日幟。この二つかどちらかを手に入れれば、我らの勝利だ」
(喋った……)
これまで終始沈黙を貫いていた大男――申彦がその重い口を開いたことに、読真がわずかに驚きを覚えながら見ていると、そんなことは意に介していない譚が静かに口を開く
「だとしても、日幟の力は鬼もよく知っているはず。とうに破壊してしまっているのではないですか?」
「確かに。自分達を操れる道具なんて普通壊すよな」
譚が発した疑問に、読真も便乗するように応じる
桃花美仙が鬼たちを操っていないということを信じるとしても、自分たちを意のままに操る力を持っている霊具「日幟」などという鬼達にとってリスクでしかないものをそのままにしておくとは思えない。
桃花美仙と、その子供である桃太郎以外に使えないらしい道具など無用の長物なのだから、万が一を考えるならば破壊したほうが得策なのは誰の目にも明らかだ
「それはないよ」
しかし、読真と譚の疑問は、小雉の明るい声によって否定され、その理由を桃太郎が引き継いで説明する
「三つの霊具は桃桜樹から生み出されたもの。だから、鬼たちは桃花美仙に対してそうであるように、それを破壊するような行動をとることができないんだ。
加えて、霊具には霊樹がある限り何度壊れても再生する力を持っている。――だから、日幟も桃花美仙様も無傷で鬼ヶ島にいる」
まだ見ぬ母と、求めてやまない争いの終焉を確信している桃太郎は、それを掴みとる決意の込められた鋭い視線で洋上に浮かぶ鬼ヶ島を見据え、力強く言い放つ
「あの……」
「おーい、桃太郎! そろそろ出発前の宴が始まるぞ」
それを見ていた譚が口を開こうとした瞬間、広場の奥から現れた一般兵らしき人物が、桃太郎達を見止めて声をかける
「わかった」
知人なのか、単純にそういう扱いなのかはわからないが、友人に接するような一般兵の言葉に気さくに応じた桃太郎は、読真と譚に視線を向けて優しく語り掛ける
「最終決戦の前に、みんなで士気を高める宴があるんだ。じゃあ、行こうか、みんな」
「ったく、ダルいなぁ」
桃太郎の言葉に戌彦が渋い表情を浮かべ、それを申彦がなだめながら歩いていく中、小雉は読真と譚の手を取って引っ張っていく
「ほら、読真さんも譚ちゃんも」
「あ、はい」
その心が桃太郎にあると分かっていても、美少女に手を掴まれて頬を紅潮させる読真に冷ややかな視線を向けた譚は、前方を仲間たちに囲まれて笑顔で歩く桃太郎に視線を向けてその瞳に剣呑な光を宿す
(――まだ一つ、大きな疑問があるのですがね)