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2・頼れるキャプテン

「――はい! OKでーす! おつかれさまでした!」


 ADの浦木さんの声で、みんなの緊張は一気に解ける。今日の撮影はこれで終了。みんな、「おつかれさまでしたー」「おつかれー」と、挨拶をかわす。時計を見ると、夕方の5時を回ったところだ。あたしは挨拶もそこそこに荷物をまとめ、足早にスタジオを出ようとした。


 しかし。


「――あ、香織ちゃん」


 扉の前で呼び止められた。


 遅かったか。泣きそうになるのをガマンし、笑顔で振り返る。にこにこ笑う秋津さんがいた。


「あ……秋津さん……その……お疲れ様です」ぺこり、と頭を下げる。


「香織ちゃん、今日の演技も、なかなか良かったよ? とても、ドラマ初主演とは思えない。これからが楽しみだ」


「あ……はい……ありがとうございます」


「でも、まだまだ未熟な部分もあったね」そう言って、秋津さんが近づいてきた。距離を取ろうとしたけど、ムダだった。秋津さんの右手があたしの肩に回り、グイッと引き寄せられる。「今晩、2人で飲みに行こうよ。演技の指導、してあげるから」


「あ……えっと……その……」回された手を何とかどけてもらおうと身をよじるけど、ガッチリつかんで放さない。


「じゃ、決まりだね。僕はこの後、10時からニュース番組に出ないといけないから……それが終わってからになるけど、いいよね?」勝手に話しを進める。


「ゴメンなさい。あたしも、この後夜遅くまでお仕事があって……」


「ええ? 今日も? この前もそんなこと言ったじゃない」


「ホントに、ゴメンなさい。でも、お仕事なんで……」


 秋津さんは、息が届くくらいの距離まで顔を寄せてきた。「しょうがないな。でも、今度は絶対、付き合ってよ?」


 肩に回された手が外れた。ホッとしたのもつかの間、その手が、あたしのおしりに伸びてきた。ぽんぽん、と、叩く。全身をナメクジが這い回るような悪寒。


「じゃあ、また明日。お疲れさん」


 秋津さんは満面の笑みで言うと、スタジオ奥の女性スタッフに声をかけた。


 あたしは、逃げるようにスタジオを後にした。




『オヤジ刑事』の撮影が始まって10日。


 初日にお尻を触られたと思ったのは、間違いではなかった。


 そう。


 秋津さんは、この業界では有名な、セクハラ俳優だったのである!


 あれからというもの、何かあるたびに、あたしはおしりを触られ、肩に手を回され、ヒドイ時には胸まで触り、キスでもするかの勢いで顔を近づけてきて、飲みに行こうと誘われる。このようなセクハラ行為が、撮影前や終了後、撮影の合間に行われる。


 それだけにとどまらず、なんと、撮影中にも行われているから性質たちが悪い。


 この前、満員電車にあたしと秋津さんの2人が乗り込み、犯人を尾行するというシーンがあったんだけど。


 電車に乗った瞬間、秋津さんは、必要以上にあたしに身体を密着させてきた。


 そして、カメラに映らないようにあたしの手を取り。


 …………。


 まあ、何と言うか。


 その、あの、何だ。


 いわゆるひとつの、あれよ。


 言いにくいんだけど。


 えーっと。


 ハッキリ言ってしまうと。


 その、早い話が。


 んと、全然早くない? 悪かったわね。


 だからね。


 あたしの手を。


 秋津さんの。


 股……間、に。


 押し付けたのである!


 …………。


 本番中にだよ!? 信じられる!?


 動揺したあたしは、それからNGを連発。監督にひどく怒られ、共演者や他のスタッフからも、白い目で見られた。


 被害は、あたしだけではない。あたし以外の若い女優さんはもちろん、ベテランの女優さんや、スタッフさんも、同じような被害に遭っている。


 ガツンと言ってやろうか。そういう気持ちは、もちろんある。


 でも、相手はこの業界では超大物の俳優だ。あたしみたいなペーペーの新人が何か言ったところで、どうなるものでもないだろう。ヘタに機嫌を損ねると、役を降板、業界から干されかねない。実際にそうなった人も少なくない、と、風のウワサで聞いた。せっかく掴んだ夢へのチャンスを、そんなことで棒に振りたくない。このままガマンするしかないのだろうか? 撮影はまだ第2話が終わったところだ。『オヤジ刑事』は1クール全13話を予定している。まだまだ撮影は続く。これからもずっとこんな調子なのかと思うと、気が重い。もう、消えてなくなってしまいたい、とすら思う。


 スタジオを出て、局内の廊下をトボトボと歩いていたら。


「……あれ? 香織?」


 ふいに、後ろから呼ばれた。顔を上げ、振り返ると。


「やっぱり香織だ! 久しぶり!」


 笑顔で駆けてくる女の娘。


 その姿を見て、あたしの暗い気分も吹っ飛び、思わず笑顔になる。


「由香里! 久しぶり!」


 あたしたちはお互い手を取り、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。


 彼女は、橘由香里。3年前あたしが卒業したアイドルグループ・アイドル・ヴァルキリーズのメンバーだ。


「ホントに久しぶりだね。1人?」あたしは周りを見回す。アイドル・ヴァルキリーズは、現在、全48名の大型グループだ。しかし、他の娘の姿は無い。


「うん。今日はソロの仕事」由香里は、パチッとウィンクをした。「香織は、ひょっとして、ドラマの撮影? オヤジ刑事、だっけ? 主演なんでしょ?」


「そうだけど、よく知ってるね?」


「当然でしょ? 卒業した仲間の様子くらい、チェックしてるよ。そっか。順調に夢の階段を駆け上がってる、って、感じだね」


「……そう、だね」


 それは。


 自分では、全くそんなつもりではなかったんだけど。


 そう言った瞬間、由香里は。


「……何かあった?」


 心配そうな表情で、あたしの顔を覗き込む。


「へ? な……なんで?」


「いや、なんか、元気ないから」


 ……スゴイな由香里。由香里と会えたことは本当に嬉しくて、喜んでいたんだけど、「順調に夢の階段を駆け上がってる」と言われた時、ほんの一瞬だけ、秋津さんの事を考えてしまった。それを表情に出したつもりはないけど、由香里の目はごまかせなかったようだ。あたしがヴァルキリーズにいるときからそうだった。


 由香里は、アイドル・ヴァルキリーズではキャプテンを務めていて、高いリーダシップでみんなから慕われている。メンバーの異変に敏感で、少しでも悩んでいたりすると。「どうしたの?」と、声をかけてくれるのだ。それはみんなから『由香里センサー』と呼ばれている。その精度は極めて高く、今でも衰えていないようだ。


 優しく微笑む由香里。「――あたし、今日はもう仕事終わったから、良かったら、話、聞くよ?」


「え? でも、あたしもうメンバーじゃないから、悪いよ」


「何言ってんの! 卒業したって、仲間には変わりないよ! 何でも相談して。力になるから。それに、いろいろ話したいこともあるし。ほら、行こう」


 そう言って手を取る。


 由香里、全然変わってないな。昔から、誰よりも仲間のことを気にかけ、心配してくれる。涙が出そうだ。


 あたしたちはテレビ局を出て、少し離れた場所にある喫茶店に入った。







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