終末のレムリアNOAH3 赤羽紅葉の後日談NOAH
終末のレムリアNOAH3 赤羽紅葉の後日談NOAH1
オレ、赤羽紅葉の朝は看守の呼び声とブザーで始まる。
ブー。
ブザーが鳴る。
そして、
「赤羽。朝だ」
「ふわぁあああ」
朝ごはんの前に簡単な身体チェックを受ける。
「赤羽。体調は?」
「特に異常なし」
「そうか」
それから朝ごはん。
これがとにかく不味い。
アメリカ軍のレーションの方が百倍マシと思えるくらいだ。
レーション食ったことないけどな。
その後、社会奉仕という名の農作業が始まる。
「オレは肉体労働が嫌いなんだ」
「赤羽。口より手を動かせ」
「へーへー。分かりましたよ」
看守にそう言いながら農作業をする。
午前が終わった。
昼飯の時間だ。
「今日はカレーか」
昼飯と晩ご飯は普通の味だ。
不味いが、食べられないほどではない。
そして、午後は自由時間だ。
大抵はピアノを弾くか、または……。
「はっ、はっ!」
「赤羽の三連勝!」
「……負けた」
囚人達による賭け試合をしている。
オレはこの賭け試合でサバットや格闘技を学んだ。
その後、晩ご飯があり、風呂がある。
「ふー、やっぱり風呂は日本人に必要不可欠だよな」
風呂に浸かり考える。
「オレの刑期はあと1258年。一生出られないよな」
ベッドに入り、眠る。
明日は今日よりいい日でありますように。
翌朝。
「看守のヤツ。今日は起こしに来ないのか?」
ブザーの音だけで目覚めたのは久しぶりだ。
看守が慌ててやって来る。
「赤羽紅葉。釈放だ」
看守に動画を見せられる。
動画には老人が映っていた。
「初めまして。赤羽紅葉」
「初めまして」
一方的な動画なのは分かっているが、つい返事をしてしまう。
「今きみは初めましてと言ったね?」
「え!? 録画だろ!?」
なんで分かるんだ。
「わたしは天才だからね。相手の思考を読むことは簡単なのさ」
「で、なんの用だ」
化け物と対話している。
そんな気がした。
「わたしには孫のような娘がいる」
「へー」
「へー、じゃない。可愛いんだぞ。見るか?」
娘の写真を見せつけられる。
「で?」
「わたしはじきに死ぬが、死ぬ前に娘に最悪なプレゼントを遺そうと思う」
「最悪なプレゼント?」
「ああ。もし娘が世界を嫌ったなら、世界を壊せるほどのプレゼントだ」
「で、オレにどうしろと?」
「娘を、見守ってくれ。300人委員会など様々な組織がわたしの娘、三和黒羽と最悪なプレゼント、終末の日を狙っている。どうか、守ってやってくれ」
「一つ聞かせろ。なぜオレなんだ?」
「君だけが、本当の意味で黒羽のことを理解できる。そう思ったからだ」
「そうかい」
「いや、もしかしたら」
「なんだ?」
「空泣空も黒羽の友達になれるかもしれない」
動画はそこで切れた。
「三和博士の遺言により、お前を釈放する」
懐かしのオレのガジェットと三和博士からの贈り物である100万ドルを受け取り、オレは刑務所を出たのだった。
赤羽紅葉の後日談2
三和黒羽を各国の主要施設へのハッキングによる調査で調べたオレは、三和が日本にいることを突き止めた。
「人工衛星を使って調べるか」
監視用の人工衛星をハッキングしようと、ピアノの鍵に似たホロキーボード(ホログラムのキーボード)をガジェットから出現させる。
ガジェットとは、スマートフォンが超絶進化したものだと思えばいい。
現代はホログラム技術によりホロキーボードやホロディスプレイや3Dなどが身近になった。
そういう時代だ。
「ヤバい。もう追われてるじゃん!」
さっきまで三和にはSPがいた。
だが、たった数分間でSPは全て制圧されていた。
「ヤバい! 三和が捕まったらまた檻の中だ!」
オレの釈放には条件が一つある。三和の護衛だ。
三和にバレてもいいが、護衛ならバレない方がやりやすい。
ともかく、もし三和が捕まるか終末の日が奪われれば、ジ・エンドだ。
「クソッタレ!」
オレは三和を追いかけている黒服の元へ向かった。
「三和黒羽。大人しく来てください」
「手荒な真似はしませんから」
「い、嫌です」
黒羽は今まさに黒服に捕まりかけていた。
オレは慌てて黒服の一人の首を締めながら三和に向かって言った。
「空泣空のところへ行け!」
検索して空泣空という男子生徒がこの街に住んでいることは分かっている。
上手くいけば黒服より早く三和を空泣空が保護するだろう。
空泣空。
会ったことはないが、あの化け物が三和の友達になれるかもと言ったのだ。
きっと、何か三和の助けになるだろう。
「ありがとうございます!」
三和は行った。
「さて、第二ラウンドをやりますか……」
オレは賭け試合の時のように黒服たちに飛びかかった。
「ふぅ……」
黒服はあらかた片付けた。
「空泣空が三和を保護したらどうするか」
考える。
警察はダメだ。
ネットで調べたが、さっきまでの騒ぎがまったくニュースになっていない。
警察内部は完全に腐敗している。
なら、
「学校の自警団か!?」
空泣空の通っている学校が組織している自警団なら腐敗や汚職はしていないだろう。
たぶん。
「だとすると、オレも学校に通う必要があるな」
市役所のデータベースをハッキングして偽の戸籍を作り、学校への転校手続きを済ませる。
「明日から中学生か……」
オレは学校の指定の寮のうち、二番目に安い寮に住むことになった。
なぜ一番安い寮、通称さくら荘に住まなかったというと、寮母さんがいなかったからだ。
オレの唯一無二の弱点は料理が出来ないことだ。
だから、寮母さんが料理を作ってくれなければ困るのだ。
「学校生活かぁ。楽しみだなぁ」
クラスは学校のシステムにハッキングして空泣空と同じにした。
三和は空泣空に出会えただろうか。
そんなことを考えながら、眠りについた。
翌朝。
「学校か……」
先生からクラスメイトに紹介される。
「転校生の赤羽紅葉さんだ。仲良くするように」
パラパラと拍手される。
「赤羽の席は……」
「空泣空のとなりがいいです」
「俺のとなり?」
そう言った男子生徒、空泣空のとなりは偶然空いていた。
担任の先生が言った。
「空泣。あとで赤羽に学校を案内するように」
「げっ!?」
「空泣。分かったな?」
「はい。分かりました」
お昼休み。
四限目の終了のチャイムが鳴る。
と、
「転校生! 行くぞ!」
手を引かれる。
向かう先は、購買!
人ごみの中、空泣は突進して行った。
……。
「はい。大人気の焼きそばパン」
「ありがとう」
空泣は満身創痍だった。
「いつもなら一つだけ買うんだけどさ。今日は転校生の分もだから二倍疲れた」
「そう、なんだ」
焼きそばパンを食べる。
久しぶりに食べる焼きそばパンは美味かった。
刑務所から出てからも食事の時間がなかなかとれず、サプリばかりを食べていたため、素直に美味しいと思える。
「美味しい」
はにかむ。
「そりゃ、良かった」
空泣が笑う。
少し、ほんの少し胸がときめいた気がした。
放課後。
「じゃあまたな。転校生」
「うん」
「明日からは自分で購買に行けよ」
「分かった」
ふと自分のガジェットを見る。
学校のメールに似せたコンピューターウイルスが届いていた。
赤羽紅葉の後日談3
メールの差出人は分からない。
だが、こんなことをする技術を持つ人間なら限られる。
たぶん学校の生徒で、しかもイタズラ好きな性格。
学校でも何かしらのズルをしているだろう。
「学校のシステムにアクセスしてっと」
不正に弄られたファイルがないか調べる。
と、同時に三和の行方も監視用人工衛星で調べる。
「三和はしばらくは大丈夫か」
と、弄られたファイルを見つけた。
オレのクラスの出席簿だ。
一人だけ毎日出席していることになっているが、オレは見たことのない生徒がいる。
名前は高坂龍之介。
「メールのお返しだ」
出席簿を元通りに修復する。
「転校生!」
「えっ!?」
いきなり声をかけられた。
「俺の名前は国枝。なあ、ゲームに興味はないか?」
国枝は馴れ馴れしい。
正直、ウザいタイプだ。
「まあ、人並みに」
「ソード・ワールド。面白いからやってみなよ」
無理やりソード・ワールドとやらをダウンロードさせられる。
「キャラはどんなのがいい?」
「適当で……」
「じゃあ、モミジで……出来たぞ」
オレそっくりのアバター、モミジが3Dの画面に出現する。
ゲーム内を適当に歩いていると、巨大な扉にぶつかった。
「72体目のボスモンスター部屋だ。開けるなよ」
ここまでされた仕返しに国枝に逆らってみたくなり、部屋を開けた。
「うわ! 俺知らないからな!」
国枝はそう言うとクラスから出て行った。
良く言えばムードメーカー。悪く言えばお調子者か。
「ボスモンスターか……」
初期装備でなおかつゲーム初心者のオレが勝つのは難しいだろう。
だが、
「オレには才能がある」
ホロキーボードを出現させ、ゲームをハッキングする。
「ボスモンスターのHPを1に設定っと」
ゲームに戻り、ボスモンスターに一撃を加える。
ボスモンスターがポリゴンの欠片に変わる。
突然、ファンファーレが鳴る。
『オリジナルスキル。神聖剣を手に入れました』
「神聖剣?」
近くにいたキャラクターにオリジナルスキルについて聞く。
「あの。オリジナルスキルの神聖剣って出たんですけど」
「はぁ!」
なぜか斬りつけられた。
盾でガードする。
「はぁはぁ」
連続の攻撃で相手が疲れたところを狙い、剣を振るう。
「ぐぁあああ!」
相手のHPが0になり、ポリゴンの欠片となって消えた。
「なんだったんだ?」
帰り道、オレのガジェットに匿名のメールが来ていた。
「誰からだ?」
開ける。
と、ガジェットからアラームが鳴る。
コンピューターウイルスだ。
とっさにホロキーボードを出す。
そして、ウイルスの迎撃プログラムを走らせる。
「ふぅ」
感染はしたが、ギリギリコンピューターウイルスを破壊したため、壊れないで済んだ。
出席簿を見ると、龍之介の出席がまた書き換えられていた。
「こりないな」
オレは出席簿を修復すると寮に帰った。
寮。
「届いたな」
オレは届いたリーサルウェポンを握りしめる。
「さて、そろそろ行くか」
夜。
「あぎっ!」
「ぐはっ!」
ライフル銃型のリーサルウェポンで三和を追っている黒服を撃つ。
「まったく、しつこいな」
これから毎日、オレはこの作業をするのだろう。
三和を影から守る。
「まるで、三和の騎士だな」
誰も聞いていないのを知りつつ、オレは独り言を言う。
「空泣空か……」
かっこいいと思う。
「きっと、狙っている女子は多いだろうな」
空泣空には不思議な危うさがある。
まるで……。
「まるで、とがったナイフだ」
「……」
寮に戻る。
「寝よう」
赤羽紅葉の後日談4
夜、空からチョークが降ってきた。
「な……!?」
黒服を倒し終わり、三和の安全を確認したオレは、寮に帰った。
それから数分後。
オレはなんとなく部屋を出た。
次の瞬間。
キューン。
何かが高速で動く音がした。
そして、さっきまでいた部屋に大穴が空いた。
「なんなんだ?」
確認すると、チョークくらいの大きさの合金が空から降ってきたようだった。
「なんで……」
こんな殺人に近いイタズラをするのは……。
「黒服か?」
いや、違う。
奴らにオレの存在は気付かれていない。
なら、
「高坂龍之介か」
ガジェットを取り出す。
と、
ホロディスプレイにノイズが走る。
「故障か?」
自己診断プログラムを走らせる。
その結果。
「ガジェットの妨害電波か」
ガジェットの電源を切る。
アナログな方法だが、効果的だ。
「紅葉。風呂入ろう」
クラスメイトに風呂を誘われる。
「ああ」
オレはガジェットを置いて風呂場に向かった。
「ふー、癒される」
「紅葉。露天風呂って初めて?」
「うん。そうだけど?」
「ふーん」
「そういえば君の名前は? まだ転校して日が浅いからさ。名前を覚えてなくって」
「おかえりだよ」
「は?」
一瞬訳が分からなかった。
「だから、岡が名字で下の名前が絵里だよ」
岡絵里か。
「珍しいし、覚えやすい名前だね」
「でしょ」
その日の夜。
「まだ三和は空泣空に出会わないのか」
三和がなぜかガジェットを持っていないことは知っている。
おそらく逃げている途中にでも落としたのだろう。
で、いくらなんでもそろそろ空泣に出会うべきだろう。
「いつまでこんなことをするんだろうな」
三和を追いかけている黒服を撃ちつつ、つぶやく。
「300人委員会を除いて他の組織は三和から手を引いたか……」
賢明な判断だ。
なぜなら黒服たちはオレが全て射殺するからだ。
「ふわぁあああ」
あくびをする。
「もう寝よう」
ガジェットを起動し、アラームアプリを起動させる。
刑務所にいた時の習慣で、ブザーが鳴らなければ起きられないのだ。
「あ……」
ガジェットのホロディスプレイいっぱいにデフォルメされた女の子が表示された。
女の子がしゃべる。
「赤羽紅葉。出席簿を修復した罰だ。ガジェットは破壊させてもらった」
「イタズラにしては悪質だよね」
オレはガジェットショップに行き、新しいガジェットを買った。
ICカードを入れ替え、起動する。
そして、バックアップ用のディスクからオレ専用のOSをインストールする。
「あ、やべ、間違ってソード・ワールドもインストールしてしまった!?」
まあ、いいか。
暇つぶしにはなりそうだし。
ソード・ワールドにログインする。
と、
「神聖剣のモミジさんですよね!」
チャットで話しかけられる。
「うん。そうだけど」
「良かった。僕ファンになりました。サインください」
オレ、モミジのアバターはオレそっくりに作られている。
たぶんクラスメイトに見られたらバレるだろう。
国枝のヤツ、無駄にアバター作成のスキルが高い。
「モミジ! ボスモンスターの攻略を手伝ってくれ!」
「ええっ!」
「大丈夫。神聖剣は守りに特化したスキル。前面で盾になってくれればいい」
「はあ」
「そうだ。エネに会わせよう」
赤羽紅葉の後日談5
エネという凄腕のプレイヤーがいるらしい。
たった一人でボスモンスターを10体以上倒した勇者らしい。
だが、オンラインゲームでボスモンスターを一人で倒すことは可能なのか?
オレはその時にハッと閃いた。
「もしかしたら……」
エネのガジェットにハッキングする。
『この端末は存在しません』
エラーが出た。
つまり、エネはガジェット以外からガジェット専用ゲーム『ソード・ワールド』にログインしていることになる。
「間違いない」
そんな腕を持つのは龍之介しかいない。
ガジェット以外からのガジェット専用ゲームの起動。
そんなことが出来るのはオレのガジェットを壊したヤツしかいない。
「ハッキングついでにソード・ワールドでのチートも見つけてゲームから追い出してやる」
龍之介のコンピューターへハッキングを開始する。
静かに、バレないように。
だが、
「このシステム。堅いし速い」
分かりやすく言えば、コンピューターが化け物なのだ。
「あり得ない。この処理能力」
まだ各国が仮説段階で実用化されてない量子コンピューターとしか思えない。
処理能力が桁違いだ。
「でも、システムは少しほころびがある」
なんとかコンピューター内に侵入する。
ただし、あと23秒でシステムに弾かれるが。
「とりあえず、エネかどうかとソード・ワールドでのチートの痕跡を調べるか」
チートを検索する。
残り10秒。
「検索結果。該当なし、か」
だが、エネだという予想は当たりだった。
つまりエネ、高坂龍之介はチートなしでボスモンスターを10体以上倒したことになる。
「化け物かよ。こいつ」
その日は早めに寝た。
翌日。
オレは風邪という仮病を使い学校を休んだ。
そして、ソード・ワールドにログインする。
ボス部屋の前にはエネがいた。
「エネ。今日はボスを倒すぞ!」
「うん」
「なんだ。今日は気分が良さそうだな」
「分かる? いや~、邪魔なヤツが消えてスッキリしたんだ」
邪魔なヤツってオレのことかよ。
「そうか。今日は神聖剣のスキル持ちと会う日だ。ボスモンスターの攻略にはオリジナルスキル持ちがいた方がいい」
「ああ、そうだね」
「紹介する。神聖剣のスキル持ち。モミジだ」
オレはネカマ、つまりネット上で性別を偽っているエネに向かって語りかけた。
高坂龍之介。
間違いなく男だろう。
「よろしく。エネ」
「よろしく。モミジ」
エネのアバターが可愛いのが余計に腹立つ。
オレからプライベートチャットの申請をする。
エネはプライベートチャットの申請を受諾した。
「気分はどうだい? 高坂龍之介?」
「……」
龍之介は驚いているのだろう。
「なぜだ?」
聞いてくる。
「オレの名前は赤羽紅葉。ハッカーだよ」
龍之介はなぜと打ち込んだ。
「なぜゲームをしている? ガジェットは完全に破壊したはずだが?」
あはははは。
龍之介はバカだな。
「ガジェットはまた買い換えればいいだけの話だよ。OSのディスクさえあればいつでもシステムは復元できる」
「名前はどうやって知った?」
実はボスモンスター倒したのがチート使ったからだと考えて、同じくらいのハッキングの腕を持つ龍之介だと気付いたのだが、
「オレがハッキングしたんだよ」
見栄をはった。
「軍事人工衛星からの攻撃はどうした?」
あの合金の棒のことか。
「ああ。あれ。大変だったんだよ。空からチョークサイズの合金が降ってきて。おかげで部屋に大穴が空いたよ」
龍之介は淡々と聞く。
「ガジェットを狂わせる電波は?」
「ガジェットの電源を切った」
「そんな……」
「ガジェットなしの生活はキツいな。おかげで電源入れた瞬間にウイルスに感染したけど」
プライベートチャット中にチャットが入る。
「おーい! ボスモンスター攻略を始めるぞ」
「じゃあ、よろしくお願いします。先輩」
先輩とはゲームで、という意味だ。
「ボスモンスターはキツいよ。後輩」
ボスモンスターの部屋の扉が開く。
「行くか」
オレは足を踏み入れた。
30人がボス部屋に入る。
後ろで扉が閉まる音がした。
ボスモンスターが動き出す。
「ミノタウロスか」
ボスモンスターはミノタウロスの姿をしている。
「モミジ。オトリ役の出番だ」
オレは前線で盾を構える。
ミノタウロスが斧を振り上げる。
「避けろ! モミジ!」
エネがチャットで忠告する。
「言われなくても……」
離れる。
斧がかする。
HPのゲージが半分以上削られた。
「マジかよ!?」
「だから避けろって言ったのに」
ミノタウロスが次の攻撃をする。
オレはそれを盾を使って防いだ。
今度は直撃だったが、ダメージは前回に比べて少ない。
「流石はオリジナルスキル神聖剣、か」
「どうすればいい?」
エネに聞く。
「盾を使って斧を防げ!」
「了解」
斧による攻撃を盾を使って防ぐ。
一回。
二回。
三回。
ミシリ。
嫌な音がした。
「盾が壊れそうなんだけど」
「じゃあ逃げろ」
「そうする」
盾が破壊される。
「じゃあ、あとは……」
ミノタウロスの斧がかする。
オレはポリゴンの欠片になって砕け散った。
数十分後。
プライベートチャットでエネと話す。
「赤羽。ボスモンスターに倒されて良かったな」
「皮肉のつもりか?」
確かにオレはゲームは苦手だ。
だからって言い方というものがあるだろう。
「いや、もし他のアバターに倒されていたら、神聖剣のスキル、奪われていたぞ」
え!?
「え!? マジで!?」
「だからオリジナルスキル持ちはオリジナルスキルを秘匿するんだ」
だから、最初にオリジナルスキルについて聞いた時、プレイヤーが斬りかかってきたのか。
「知らなかった。そうだ。龍之介、今から龍之介の家に行くんで手取り足取り教えてよ」
ついでに謎のコンピューターのことも調べたいし。
「断わる」
「じゃ、そういうことで」
オレはゲームをログアウトした。
「さて、行くか」
メールが届いた。
龍之介からだ。
内容はホログラムやホログラムの服のアプリ、ホログラムアバターを使わないでほしいということだった。
ホログラムアバターはオレも嫌いだ。
さくら荘は歩いて数十分の所に建っている。
だが、さくら荘の近くにはガジェットを狂わせる謎のバリアが張ってあり、実際にはさくら荘に着くまで数時間かかった。
チャイムを鳴らす。
と、ジャージ姿の可愛らしい女の子が出てきた。
「高坂龍之介だ。よろしく」
「女の子!?」
太陽の逆光でこちらはよく見えないらしく、龍之介は聞いてくる。
「もしかして、赤羽って女の子?」
「うん。そうだよ」
高坂龍之介が女の子とは思わなかった。
だが、相手も同じだったとは。
「メール見たからホログラム・アバターは使ってないよ」
「そう」
「にしても龍之介が女の子とは思わなかった。龍之介って普通男の名前だよね」
「文句は両親に言ってくれ」
オレの姿はモミジのアバターそっくりで明るいオレンジ色のショートカットの髪に、Tシャツと左右で長さの違うジーパン。
「僕は……」
「ん?」
龍之介が何か言いかける。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。で、本当は何しに来たの?」
オレはビクッとして固まる。
「ゲームを教えてもらおうと……」
「建前はいい」
嘘はつけないか。
オレは目を輝かせて言った。
「オレのガジェットを破壊したコンピューターを見せてくれ」
「やはり、か」
龍之介はあっさり了解した。
「見ても無駄だぞ」
「なぜ?」
「見れば分かる」
龍之介はオレを龍之介の部屋に案内する。
「うわー」
ドアを開けると冷気が流れ込んできた。
そして、
コンピューターを発見した。
オレはコンピューターに駆け寄ると、自分のガジェットを取り出した。
「まさかとは思うけど、この寮の中まであの変なバリア張ってないよね?」
ガジェットを狂わせるバリア。
「ああ、流石にな」
オレはガジェットのスキャン機能などを使いコンピューターの技術を盗もうとする。
だが、
「あれれ、全然分からないや」
エラーが出る。
龍之介は言った。
「だから言っただろう。無駄だと」
まるで完全なブラックボックスだ。
「そうだ。ゲーム教えてよ」
ゲームに話題を変えた。
「量子コンピューターについて諦めはついたか?」
ああ、そうだね。
「負けを認めるよ。だけど、出席簿は改ざんし直したから」
「なっ……」
寮を出る前に再度修正し直したのだ。
「龍之介が登校するまで何度でも改ざんするから」
宣言した。
「意地でも僕を登校させるつもりか」
龍之介はぐぬぬという顔をした。
「うん。同じ女の子同士、仲良くしようね」
「くっ……」
オレは友好の証に手を差し出す。
「分かったよ! 出席すればいいんだろ!」
オレたちは握手をした。
「で、ゲームのことなんだけど」
「分かってる。とりあえずキーボードとディスプレイ」
「ホログラムは使わないの?」
龍之介はオレを一瞬、睨みつけた。
「ホログラムは体質的に受け付けないんだ」
「ふーん」
「じゃあ、始めるぞ」
オレたちはソード・ワールドにログインした。
数時間後。
「じゃあ帰るわ」
龍之介にバレないように盗聴器を仕掛け終わり、帰ろうとする。
「ああ」
「ゲーム、上手くなったかな?」
「ああ」
ピピピ!
ガジェットからアラームが鳴る。
まさか!?
オレはさくら荘を走って出た。
「三和がヤバいのか」
三和に黒服が近付くとアラームが鳴るシステムを作っておいてよかった。
「バイク。借ります」
近くにあるバイクのスマートキーをハッキングして解除する。
「警察に捕まりませんように」
三和の所に行く前にオレが捕まったんじゃ話にならない。
「バイクの免許、とっておくんだった」
オレはバイクで走り出した。
赤羽紅葉の後日談6
オレが黒服たちに追いついた時、すでに三和は黒服に囲まれていた。
と、バイクがオレのとなりを走り抜けた。
「待て!」
バイクの男が言った。
いや、この男は……。
「空泣空……?」
空泣だった。
空泣はバイクの速度を上げ、三和と黒服の間に入る。
黒服がポケットから何かを出そうとする。
「ドミネーター!」
空泣空は拳銃型ガジェットで黒服が出そうとしているものを撃つ。
ホログラムの弾丸が命中する。
「スゴい」
ホログラムの弾。
おそらくコンピューターウイルスを弾丸の形にしたものだろう。
合計で12発。
全弾命中した。
これが、本当の空泣。
学校では見せたことのない、危うさを通り越して危険な存在。
「あぁ……」
オレはそんな空泣に一目惚れした。
かっこいい。
そう思う。
惚れたぜ。
黒服が言う。
「ただのホログラムの弾か。驚かせやがって」
「それはどうかな?」
「ふっ。これはおもちゃじゃないぞ」
リーサルウェポン。
古い言い方をすれば拳銃を黒服たちは取り出した。
「悪いけど、この女の子に用があるのは俺なんだ。下がってくれる?」
「撃て!」
引き金に指が掛かる。
そして、
バンッ!
リーサルウェポンは暴発した。
「電子制御ブロックを破壊させてもらった。そのリーサルウェポンはもう使い物にならないよ」
オレは静かに黒服たちに近付く。
「この人数相手に勝てると思っているのか?」
「いいや」
空泣は何かしようとしている。
「アプリ。びっくりパーティー。起動」
空泣の周辺1メートルにホログラムの花火やクラッカーが大量になり響く。
さながら即席のフラッシュグレネードだ。
「じゃあね」
一瞬のうちに三和を乗せ、バイクで逃げる。
「追え!」
黒服の頭をつかむ。
「それは出来ない相談だ」
「な!?」
オレは黒服たちを次々に気絶させる。
「悪いが、オレは一目惚れしちゃったんでね」
「……」
最後の黒服を倒す。
「恋する乙女は強いのさ」
さくら荘に仕掛けた盗聴器によると、空泣たちはさくら荘で三和を匿うらしい。
「まあ、作戦通りかな」
オレは風呂に入り、寝た。
翌日。
「あれ?」
「高坂が学校来てる!?」
「12月だし、雪が降るかも」
龍之介が学校に登校したことにより、クラスメイトたちがざわめく。
「龍之介ってそこまで引きこもりだったのか……」
朝礼の際に黒羽が紹介された。
「今日からこの学校に転校する三和黒羽さんだ。みんな仲良くするように」
「よろしくお願いします」
龍之介がオレに向かって叫ぶ。
「学校来てやったぞ! これでどうだ? 満足か!」
カルシウムが足りないのかな?
龍之介が怒りっぽい。
「やあ。龍之介。龍之介がホログラム嫌いみたいだから、ホログラム・アバターは使ってないよ」
「そう」
意外そうな顔をされる。
「そう言えば、オレの釈放の条件って知ってる?」
「さあ?」
当然、オレについて調べたであろう龍之介は、オレが一週間ほど前に釈放された囚人であることを知っているはすだ。
なら、釈放条件についても知りたいはず。
三和にバレなければいい。
だからオレは話すことにした。
「実は……」
担任の先生がパンパンと手を叩く。
「今日はもう一人転校生を紹介します」
「「えっ!?」」
龍之介と空泣が同時に驚く。
龍之介から聞いたが、流石幼馴染みといったところか。
「入りなさい」
教室のドアがガラガラと音を立てて開く。
「ハロー。龍之介。空泣」
そこにいたのはポニーテールの美少女だった。
綺麗だ。
まるで作り物のような、そんな完璧な女の子だ。
カラーコンタクトをつけているのか目が赤い。
「小鳥遊飛鳥です。よろしくっ!」
放課後。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
小鳥遊に声をかけられた。
「なに?」
「三和博士についてなんだけど……」
小鳥遊はしゃべり始めた。
一週間ほど前の三和博士との会話を。
一週間ほど前。
わたし、小鳥遊飛鳥はサイコロサイズの量子コンピューターの設計をしていた。
量子コンピューターを現在保有している国はない
世界中でも、わたしが龍之介に作ったさくら荘の地下の大部分を占める大型量子コンピューターだけしか存在しない。
龍之介は量子コンピューターがデスクトップパソコンサイズになっていると思っているが、本体は地下にあるのだ。
そして、わたしは大学で講義をする傍ら、その量子コンピューターをサイコロサイズにしようとしていた。
完成すれば、世界中のコンピューターの大半を同時にハッキング出来るだけの処理能力を持つことになる。
まあ、まだ机上の空論だが。
「アスカ。至急来てくれ」
大学の先生に呼ばれる。
「どこへ?」
「病院だ」
病院。
「はあ、疲れた。5時間以上車で移動って、飛行機使った方が早いんじゃ」
「アスカ。急げ!」
「急いでるって!」
案内されたのは一つの病室だった。
名前は『MIWA』となっている。
「おお、来たかね」
病室のベッドは一つ。
老人が寝ていた。
「わたしの名前は三和だ」
「小鳥遊飛鳥です」
「知っているよ。空泣くんと共に昔会ったことがある」
空泣とわたしは幼馴染だ。
だけど、
「わたしの記憶にはありませんけど」
「まあ、いいさ。これを渡そうと思ってな」
渡されたのは、わたしが今設計しているサイコロサイズの量子コンピューターの設計図だった。
まったく同じ物をわたしは設計しようとしていたのだ。
「スゴい……」
まだ改良しなくてはいけないが、この設計図でほとんどの問題点は解決出来る。
「なぜこれをわたしに?」
「君は今から二週間ほど未来でドミネーターの改良版であるドミネーター2を作る。だが、ドミネーター2では300人委員会を倒せない」
妄言、なのだろうか?
まるで見てきたような口ぶりだ。
300人委員会とはなんだ?
それに、ドミネーター2って。
「だから小鳥遊飛鳥。君に量子コンピューター搭載型のガジェット、エリミネーターを作ってほしい」
「自分で作れば?」
「あいにくわたしには時間がない」
寿命。
確かにこの老人はしゃべるのも辛そうだ。
「最後に聞かせて。300人委員会ってなに?」
「わたしの可愛い娘。三和黒羽を狙うガジェット反対派の組織だ」
三和黒羽。
なにか重要な鍵のような気がする。
「そう」
「他にも黒羽を狙う組織はあるだろうが、それは赤羽紅葉がなんとかしてくれるだろう」
赤羽紅葉。
誰だ?
まあ、わたしが詮索する内容ではないか。
「そう」
「君に、世界の未来を託すぞ」
確かに、量子コンピューターは世界を左右しかねない。
それを受け取ったのだ。
「ええ、確かに託されたわ」
わたしは大学を辞め、日本へ向かった。
「……ということがあったのよ」
「なるほど」
オレの他にもいくつか予防線を張っていたわけだ。
三和博士。まったく食えないジジイだ。
赤羽紅葉の後日談7
寮に戻ったオレに絵里がしゃべりかけてきた。
「紅葉は誰かにプレゼントを贈るの?」
「プレゼント?」
思わず聞き返す。
「そう。クリスマスプレゼント」
絵里は誰かに贈るのか?
そう聞きたかったが、口から出たのは別の言葉だった。
「まだ考えてないな」
「誰か好きな人いないの?」
そうだ。
好きな人ならいる。
「好きな人……」
とっさに空泣の姿を思い浮かべた。
「いるかも……」
「ならプレゼントしちゃいなYO!」
絵里は外へオレを連れ出した。
「うん、でも何をプレゼントすれば?」
「誰にプレゼントするの?」
聞かれ、一瞬沈黙する。
そして、言った。
「空泣空に……プレゼントしようかと」
好きな人を告白するのはかなり恥ずかしい。
「なら龍之介に聞けば?」
絵里はあっさりと言った。
「なぜ?」
「空泣の幼馴染だから、たぶん空泣の好みとかも知っていると思うよ」
「絵里。ありがとう!」
オレは寮を出た。
さくら荘に着く。
「龍之介。居るかな?」
玄関から中に向かって言った。
すると服を着崩した龍之介が出てきた。
「なんだ。僕は学校へ行ってHPが限りなく0に近いんだが」
「付き合ってくれ!」
「はあ?」
商店街。
龍之介は言った。
「クリスマスプレゼントの買い物に付き合うという意味なら最初からそう言えばいいのに」
オレは当たり前のことのように言った。
「だから、付き合ってくれって言っただろ」
「で、誰に贈るんだ?」
それは……えっと、空泣、だよ。
「なに? 聞こえない?」
龍之介が聞き返してくる。
「泣……空泣空だよ……」
龍之介はびっくり、というか唖然とした顔をする。
「本気か?」
「うん。オレ、たぶん一目惚れしたかも」
三和を救った時に一目惚れしたのだ。
龍之介が反論する。
「だけど、空泣はあれだぞ」
「あれって?」
「いや……」
龍之介は話題を変えた。
「いつ、告白するんだ?」
「クリスマスイブ当日。プレゼントを渡して告白する」
龍之介はうつむく。
「そうか……」
龍之介が黙る。
しばらくして、何かに気付いたように顔を上げた。
「そうか、そうだったのか」
「龍之介?」
龍之介は悩みが吹っ切れたような顔をして言った。
「僕も空泣に告白する」
「は?」
今度はオレが唖然とする番だった。
「僕はやっと自分の気持ちに気付けた。ありがとう。僕も空泣が好きだ。だから赤羽の手伝いは出来ない」
龍之介は宣戦布告した。
オレは一応確認する。
「龍之介。幼馴染だから、友達として好き、じゃないよな?」
「ああ、一人の男性として好きだ」
言い切った。
「赤羽。僕たちはライバルだ」
「そうみたいだね」
なら、龍之介がオレに協力する義理はない。
「だから、僕は赤羽のプレゼント選びを手伝うことが出来ない」
「分かった」
これが後に空泣の運命を変える瞬間になることを、オレはまだ知らない。
「じゃあ、また明日。学校で」
「うん」
龍之介と別れる。
「結局聞きそびれたな。空泣の好きなもの」
そうだ。
空泣の幼馴染ならもう一人いる。
オレはガジェットを取り出すと小鳥遊に電話をかける。
「もしもし」
『もしもし、小鳥遊飛鳥ですけど』
「オレだ。赤羽紅葉だ。空泣にクリスマスプレゼントを渡したいんだが、何がいいと思う?」
『うーん。教えてもいいけど、条件があるわ。わたしに協力してくれたら教えてあげる』
「分かった。で、何を協力すればいい?」
『エリミネーターのOS開発』
「……分かった」
『じゃあ、二時間後に駅前のファミレスで会いましょう』
切れた。
二時間後か。
「ソード・ワールドでもして待つか」
二時間後。
ファミレス。
小鳥遊が来た。
オレと小鳥遊はジュースを注文する。
「来たわね」
「ああ」
「これを見て」
小鳥遊がカバンから拳銃型ガジェットを取り出す。
「エリミネータープロトタイプ。略してEP」
ガジェットにはepisodeと刻印されている。
「エピソード?」
「EPだからエピソード。EPじゃ味気ないでしょ」
「分かった」
とりあえず納得する。
「で、オレはこのガジェットのOSを作ればいいんだな」
「うん。まあ何度も改良するからその都度OSを作り直してもらうことになるわね」
そんな話はいい。
「で、」
小鳥遊はジュースを飲みながら言った。
「分かっているわよ。空泣が好きなのは武器よ。それも前時代的な電子機器に頼らない武器」
意外かと言われるとそうでもない気がする。
空泣はナイフのような、生きた武器のような鋭さがある。
だが、
「そんなもの。まだ売っているのか?」
小鳥遊はジュースを飲む。
「さあね。たぶん売ってないから自作することをオススメするわ」
自作か。
技術なら少しはある。
だが、
「オレにはそんな技術も場所もない」
それじゃあ、と小鳥遊は当たり前のように言った。
「じゃあ、さくら荘で作ってみる?」
赤羽紅葉の後日談8
さくら荘。
小鳥遊が言った。
「今日からしばらく一緒に住む、赤羽紅葉さんです」
「よろしくお願いします」
頭を下げる。
さくら荘の地下には巨大なラボがあるらしい。
その施設を使ってオレは空泣にクリスマスプレゼントを作るのだ。
そのために、こうしてさくら荘に一時的にだが引っ越して来た。
「龍之介は?」
「帰ったきり部屋に引きこもっているぞ」
「じゃあ、紅葉。ついて来て」
小鳥遊について地下に降りる。
「じゃじゃーん。地下のラボです」
「スゴい……」
もっとこじんまりとしているかと思ったら、違った。
巨大な工場並みの広さと機材がある。
と、
ゴミ箱に捨てられているガジェットを見つけた。
「これは、空泣の……」
「うん。空泣のガジェット、ドミネーターよ」
中古みたいだし、そろそろ寿命だったのだろう。
でも、空泣が大事にしていたこいつを捨てていいのか?
いいわけない。
「決めた」
「何を?」
「オレはこいつを改造して空泣にプレゼントする」
「勝手にすれば。あ、設計図ならわたしが描くわよ」
「お願いします」
改造するといっても知識のないオレじゃあクリスマスイブまでに間に合わない。
だから、小鳥遊に協力してもらうことにした。
「ちゃんとEPのOSも開発してね」
「ああ、分かった」
朝。
「もう、朝か……」
徹夜でOSを開発していたので時間感覚がおかしくなっている。
「学校行かなきゃ」
学校。
オレが登校してから一時間後。
龍之介たちが登校してきた。
「おはよう。龍之介」
龍之介はげっそりとしている。
「おはよう。赤羽。元気そうだな」
元気に見えるのか。
これでも徹夜したんだけどな。
「オレはこれでも疲れているんだぜ」
「そうか」
龍之介は何をプレゼントするつもりなのだろう?
そんなことを考えてその日は過ごした。
それから約二週間が経った。
オレはさくら荘に帰るとEPのOSの開発とドミネーターの改造を徹夜でするという日程を繰り返した。
睡眠時間はエリミネーターを開発している小鳥遊も同じはずなのに、それでも元気な小鳥遊が羨ましい。
それでも頑張った結果、やっと昨日ドミネーターの改造が終わったのだ。
「なあ、転校生」
空泣はまだオレのことを転校生と呼ぶ。
いい加減名前を覚えてほしい。
「なに、空泣」
空泣は心配そうに聞いてくる。
「お前、最近痩せてないか?」
「そうかな?」
気付かなかった。
確かに痩せているのかもしれない。
空泣は続けて言う。
「体調悪いなら学校を早退するか?」
「ううん。大丈夫」
龍之介はいつもこんな幼馴染がいたのか。
妬けるな。
そして、日常は崩れ去る。
三時限目が終わり、休憩時間。
突然。教室のドアが開かなくなった。
クラスメイトが言った。
「は、なんなのこれ?」
「龍之介!」
空泣が叫ぶ!
龍之介がハッと息を飲む。
「ウイルステロだ。10年前と同じ!」
「ウイルステロ?」
他の生徒が群がってきた。
龍之介はガジェットを取り出して何かをし始めた。
空泣は語り始める。
十年前の事件のことを。
そして、語り終える。
「……そして、教室の廊下に仕掛けられた爆弾が爆発した」
「両親は俺を庇って死んだ。犯人はまだ捕まっていない」
クラスメイトがざわつき始める。
「それじゃあ俺たちも……」
「ああ、爆発により死ぬな」
「落ち着いている場合じゃねーぞ!」
「分かっているよ」
龍之介が空泣に聞く。
「10年前の爆弾はいつ爆破されたっけ?」
「12時だ」
「後一時間もない、か……」
龍之介に話しかける。
「龍之介。最悪の事態になっちまったな」
「ああ」
龍之介はスマートフォン型ガジェットで入力しているが、たぶん、それじゃ間に合わない。
「ホロキーボード無しでこの事態を乗り越えるのは不可能だ」
「分かっている」
「じゃあ……」
なんでホロキーボードを使わないんだよ!
人の命がかかっているんだぞ!
言いかけた言葉は龍之介の流した涙で消え去った。
龍之介は泣いていた。
「だけど、触れないんだ。身体が動かないんだ」
「龍之介!」
大声を出す。
多少卑怯でも切り札を使わせてもらう。
「空泣にクリスマスプレゼントを贈るんだろ?」
「……ああ」
龍之介は頷いた。
「じゃあ、こんなところで死んでいいのか」
「……やだ」
再度聞く。
「ん?」
龍之介は何かが吹っ切れたように言った。
「嫌だ!」
「じゃあ、ホロキーボード、使えるな?」
もしかしたらダメなのかもしれない。
やっぱり龍之介にはホログラムは無理かもしれない。
けれど、空泣に思いを伝えないまま死ぬのだけは嫌だ。
だから龍之介。
力を貸してくれ。
龍之介は頷いた。
龍之介が宣言する。
「ウイルスは僕たち二人がクラッキングしてでも破壊する。空泣は
爆弾の解除をしてくれ」
空泣は驚く。
龍之介が言う。
「お前は天才だよ。ただ爪を隠しているだけのな」
「龍之介。クラッキング開始するぞ」
「ああ」
龍之介がホロキーボードとホロディスプレイを出現させる。
「龍之介がホログラムを使っている……」
それは誰の言葉だったのだろう。
龍之介はキーボードに指を走らせる。
一方、オレといえば、
「楽器?」
ピアノの鍵に似たキーボードでさながら曲を弾くようにキーを打つ。
キーを打つたび、音が辺りに鳴り響く。
それはラプソディー。
儚い恋の曲。
だが間に合わない。
こんな時、さくら荘のハイスペックなコンピューターがあれば……。
そうだ!
「龍之介!」
龍之介の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「僕らのガジェットの処理能力だけじゃ、このコンピューターウイルスは駆除出来ない」
龍之介は一瞬驚いて、頷いた。
龍之介が言う。
「みんな、聞いてくれ。この学校のシステムを一旦僕の持っているコンピューターウイルスで完全に破壊する」
みんなは黙ったままだ。
「そうして、システムを再構築する」
「なら、さっさとしろよ!」
「そうよ!」
クラスメイトから非難を浴びる。
龍之介は息を吸い、吐いた。
大丈夫。
みんな理解してくれる。
信じようぜ。クラスメイトを。
「この作戦には僕の量子コンピューターが必要なんだ。そして、量子コンピューターとの通信の処理にはこのクラス全員のガジェットが必要だ」
ガジェットの処理能力は単体では微々たるものだが、集まれば強力になる。
クラスメイトが沈黙する。
失敗だ。
「赤羽。僕らだけで……」
龍之介が全てを諦めかけた時、
「いいぜ。俺のガジェットを使ってくれ」
「わたしのガジェット、あなたに託しますわ」
続々とクラスメイトがガジェットを差し出してくる。
「みんな……」
龍之介の頬をさっきとは別の涙が伝う。
「やるぞ。赤羽!」
「ああ、龍之介!」
龍之介は椅子に座る。そして、両手両足を使い、四つのホロキーボードでキーを叩き始めた。
コンピューターウイルスを駆除し、学校のシステムを再構築したところで、みんなのガジェットは負荷に耐えられず壊れた。
大丈夫なのは使ってない空泣のガジェットだけだ。
空泣には爆弾を解除してもらうという役割がある。
爆弾を解除するために空泣のガジェットが必要なのだ。
龍之介が空泣に向かって叫ぶ!
「爆弾はたぶん前回と同じで全部で三つだ! 解除しろ!」
空泣は廊下を走り去っていった。
龍之介はクラスメイトに向かって頭を下げた。
「みんな、ガジェットを貸してくれてありがとう」
オレも頭を下げる。
「オレからも礼を言わせてくれ。こんな事態は避けたかった。実際こんな事態になるなんて思わなかった。みんな。本当に、ガジェットを貸してくれてありがとう!」
「なんで謝るんだよ!」
スパパン!
龍之介とオレは国枝に手刀で頭を叩かれる。
「お前ら二人ともアホか! クラス、いや学校全体の危機を救っておいて謝られたら俺らがどんな顔をすればいいのか分からないだろ!」
「そうよ! あなたたちを信頼してガジェットを渡したのよ」
「まったく。クラスメイトとしての自覚がないな。このクラスは特別なクラス、だろ?」
そうだな。
確かに、他のクラスとは違うクラスメイトたちだ。
「赤羽」
龍之介が言う。
「なんだよ?」
「ありがとう」
「礼はクリスマスイブが過ぎてからな」
「ふふ。そうだな」
爆弾は空泣が解除してくれるだろう。
なんの根拠もなく、オレは信じていた。
だって、空泣は……オレが一目惚れした相手だから。
空泣となぜか三和もクラスに戻ってきた。
三和が死にそうな顔をしている。
まさか……終末の日を奪われたのか?
オレの予想は悪い時ほど当たりやすい。
バン!
空泣が教壇を叩く。
「みんな、黒羽から重大な発表がある!」
みんなが三和の方を向く。
三和は大きく息を吸い、
「今まで隠したり、嘘をついたりしてすみませんでした!」
謝った。
ああ、終わったな。
オレはまた檻の中だ。
せめて最後に空泣に告白するか。
「私、300人委員会という組織のジョン・スミスという人に追われてて、警察も、たぶん、さっきのテロの人もグルで……」
「黒羽……」
誰かがつぶやく。
300人委員会か。
やっぱり、か。
「私が持っていてスミスに奪われたのは、終末の日という世界中のガジェットを同時にクラッキングして破壊してしまう最悪のコンピューターウイルスで、私、父の形見だから捨てれなくて……ごめんなさい」
「そうか……」
国枝がつぶやく。
「皆さんの力を借りたいんです」
それは、最後の足掻きかもしれない。
いや、事実そうだ。
しかし、
「大丈夫だよ」
龍之介が教壇に立つ。
「そうだろ! みんな!」
「「「ああ」」」
龍之介が声高に宣言する。
このクラスの異常性を。
「この元天才、天才、変態の問題児のみを合わせたクラス。通称『アブノーマル』に不可能はない!」
言いきった。
「みんな、世界の危機なんてとっとと救って、合コン行こうぜ!」
国枝も賛成する。
その他のクラスメイトも、
「そうよ。私なんてガジェット工場の社長令嬢なんだから、ガジェットの部品ならいくらでも提供できるわ」
「俺はガジェット開発理論を読み、理解している。微力ながら力添えしよう」
「私は犯人のプロファイリングのプロで警察にも協力したことがあるわ。汚職した警官共々爆弾を設置した犯人を見つけてみせる」
「みんな……」
「中二病展開キター! 私、この時のために世界中の怪しい場所の情報を集めているの。エリア51とかCERNとか」
「とりあえず、みんなのガジェットが壊れたままじゃ何も出来ない。どこかで新品を調達しなきゃな」
「それなら……」
空泣は手を上げた。
チラッと龍之介を見る。
龍之介は頷いた。
「さくら荘に飛鳥の作った試作ガジェットが大量にあるんだけど……」
国枝が言った。
「行こうぜ! さくら荘に!」
さくら荘前。
「本当にここなのか?」
国枝はつぶやく。
「うん、まあ地下に行ってから話をしようか」
空泣がみんなをさくら荘の地下に案内する。
エレベーターで地下に向かう途中。
クラスメイトが驚く。
「うわー。もしかしてCIAより設備がいいかも?!」
地下のラボに着くと小鳥遊がエリミネーターを作っていた。
完成間近だ。
「え!? みんなどうしたの? 学校は?」
空泣が小鳥遊に学校であったことを伝えた。
「ふーん」
「感想それだけかよ!」
空泣がツッコミを入れた。
「試作ガジェットはその箱の中よ。Dチャットにはわたしも参加するからみんな、このドミネーター、いやエリミネーターを開発するのを手伝って! 話が本当なら絶対にエリミネーターが必要になるから」
空泣が言う。
「いや、今すぐ動かないと……」
「大丈夫です!」
凛とした声が響く。
声の主は黒羽だった。
「父は終末の日にロックをかけています。多分一週間は持ちこたえるかと思います」
「よし、じゃあ作戦を考えよう!」
国枝を中心に円形に座る。
クラスメイトたちがささやく。
「俺たち、円卓の騎士みたいだな」
「みたいじゃなくて、実際に騎士なんだよ。世界を救う騎士」
国枝が言う。
「作戦を説明するぞ! まず班に分かれる。エリミネーター開発班。300人委員会の居場所を特定する班。爆弾魔を探す班。そして終末の日のワクチンソフトを作る班と様々な資材の調達班だ!」
解散!
その言葉と同時にクラスメイトは一斉に動き出した。
「みんな……」
「世界を救うぞ!」
「「「おう!」」」
「すごいな」
龍之介は驚いていた。
「世界中から、僕らに支援がきている」
世界の危機なのだ。
だからオレは世界中のハッカーたちに終末の日のことを伝えた。
そして、ハッカーたちがそれぞれの国でそれを研究者に伝えた結果がこれだ。
今、世界は一つになっている。
龍之介が言う。
「僕らはこの戦い。絶対に勝つぞ」
「ああ、そうだな」
そう言うとオレはさくら荘を出た。
それを見計らうように、黒服の男たちがやって来た。
三和を守れなかったオレをまた刑務所に連れ戻すために。
「分かっているよ。オレをまた刑務所に戻してくれ」
「……大統領からお電話です」
ガジェットを手渡される。
「もしもし」
「大統領のジョン・バックスだ」
「何の用ですか?」
「終末の日について、今さっき聞かされたところだ」
「そうですか」
終わりだな。
チェックメイトだ。
大統領は言った。
意外なセリフを、
「……頼む。世界を救ってくれ!」
「……え!?」
「我が国も君たちに出来る限りの援助をする。もちろん非公式にだが、300人委員会を分断し、ジョン・スミスを孤立させることは可能だ。頼む。世界を救ってくれ」
「分かりました」
言いきった。
大統領は少し笑ってから言った。
「無事に世界を救えたらディナーを奢らせてくれ。赤羽くん」
「喜んで」
オレは電話を切った。
赤羽紅葉の後日談9
オレがラボに戻ると、空泣と小鳥遊が言い争いをしていた。
「だから無理だって」
「頼む! お願いだ」
「何を話しているの?」
小鳥遊がしゃべる。
「このバカがエリミネーターに実弾撃てる機能をつけろってうるさくて」
オレが改造したドミネーターなら実弾が撃てる。
だが、オレのドミネーターはまだ発射テストをしていない。
それに今渡すわけにはいかない。
クリスマスプレゼントなのだから。
つまらない意地だが、世界を天秤にかけても意地の方が重い。
「一発。一発だけでいいから」
「だ~か~ら~、その一発が無理だって」
オレは考える。
あの化け物、三和博士はドミネーター2のことも予想し、かつ録画で会話するという人間離れした天才だ。
当然のように、この事態を予測していた可能性すらある。
なら、
「小鳥遊。三和博士からもらったものを全部出して」
「うん。いいけど」
小鳥遊は量子コンピューターの設計図を出す。
「これだけ?」
「これだけ」
設計図を触る。
紙の質が悪く、表面がデコボコしている。
ん?
もしかして?!
「まさか!?」
ガジェットで表面の凹凸をスキャンする。
「やっぱり」
凹凸から二枚目の設計図が現れた。
小鳥遊がその設計図を読む。
「そうか。滑空式にしてライフリングを刻めばいいのか」
カンプピストルのような構造か?
それにしても、三和博士。つくづく食えないジジイだ。
死んでからも、あいつの手のひらで踊らされている気がする。
「小鳥遊。なんとか出来そう?」
「うん。紅葉、ありがとね」
爆弾魔解析班。
「龍之介はいる?」
クラスメイトが答える。
「龍之介ならエリミネーター開発班のところに行ったよ」
エリミネーター開発班。
「龍之介いる?」
「どうした。赤羽?」
カバンをゴソゴソとあさり、とあるルートで手に入れたものを出した。
「ちょっと渡す物があってね」
龍之介に水筒を渡す。
「中身はお茶?」
「いや、液体窒素。爆弾魔がアナログな時限爆弾を使おうとしたら爆弾にぶっかけろ。爆発しにくくなる」
「サンキュー」
本当なら龍之介は空泣と一緒に300人委員会のリーダーのところに行きたいはずだ。
だが、爆弾についての知識があるのは爆弾魔解析班と龍之介だけだ。
龍之介は爆弾魔のところに行き、空泣は残りの人数から考えて一人で300人委員会のところへ行くことになる。
「危険なのは誰も同じか……」
数日後。
エリミネーター開発班。
「みんな。寝ているな」
当たり前か。
あの日からぶっ続けで作業をしていたのだから。
オレが出来ることはないだろうか?
ふと、ボツになった企画書の一枚に目がとまった。
「コンポーザーモード?」
内容は電子機器には必ず搭載されている身分証明書のようなマイクロチップ『ICカード』をハッキングし、周囲の電子機器を強制的に支配下に置くというものだった。
「見つけた。オレにしか出来ないこと」
数日後。
ドミネーターの改造、試射も終わり、とうとう空泣が飛行機に乗る寸前、コンポーザーモードが完成した。
「空泣。生きて帰って来い」
「分かった。紅葉」
「はっ!?」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。
好きな人に名前を呼ばれるのがこんなに恥ずかしいとは。
「オレも出来る限りのバックアップはする。じゃあな」
足早にその場を去る。
「良かったの?」
小鳥遊が聞く。
「何が?」
淡々と答える。
動揺を見抜かれないように。
「ドミネーター改造版。完成したんでしょ。渡せば良かったのに」
クスクスと笑われる。
「これはクリスマスプレゼントだから」
「そう」
小鳥遊は真顔で言った。
「空泣を信じましょう」
赤羽紅葉の後日談10
空泣を見送ってから、オレたち『居残り組』は動き出した。
まずは、世界中の通信衛星へハッキングをして開発班が必死に開発した対『終末の日』のワクチンソフト『ロンギヌス』のインストールをした。
「これで、とりあえずみんながドミネーター2を使うことが出来る」
計算では、ドミネーター2だけでは処理能力的に終末の日には勝てないことが分かっている。
「だから、世界中の通信衛星をハッキングして、通信衛星経由で二台の量子コンピューターを使って演算処理を代用させる」
そう。
地下にある巨大な量子コンピューターと、小鳥遊が開発し、エリミネーターに搭載されているサイコロサイズの量子コンピューターだ。
小鳥遊が言う。
「ね? エリミネーターが必要になったでしょ」
「まさか三和博士はここまで予測していたのか」
背筋がうすら寒くなる。
まるで、誰かに行動を先読みされているかのようだ。
「そろそろ。時間ね」
「通信衛星をジャックしてくれ」
クラスメイトがジャックする。
オレのハッキング技術を徹夜で教えたのだ。
失敗するなよ。
「分かった」
通信衛星がジャックされる。
映し出されたのは全世界に散らばっているクラスメイトたち。
ドミネーター2を構える。
「頼む」
世界を救ってくれ!
「終末の日。世界中の人工衛星にばらまかれました。通信衛星はロンギヌスのインストールがギリギリ間に合い。無事です」
世界中が一つになっている。
きっと、今もどこかで誰かが不幸になったり、幸せになっていたりするのだろう。
だから、今なら三和博士が三和に終末の日を託した理由が分かる。
「人類を試したかったんだ……」
小鳥遊はオレのセリフに驚く。
「え?」
「三和博士は人類の総意が善か悪か。それを確かめたかったんだ」
「紅葉?」
小鳥遊が何かを言っているが、耳に入らない。
「三和博士。……人類の総意は善です」
画面の向こうで、クラスメイトたちが持つドミネーター2から弾丸が発射される。
これを中継しているのは名前も知らない人々だ。
けれど、今、人類の総意を世界中に示すため、中継し続けている。
そして、小鳥遊が言った。
「終わったわね」
世界中に広まった終末の日は世界中の善意で駆逐された。
「ふぅ……」
「お疲れ様」と小鳥遊は言った。
突然アラームが鳴る。
「どうしたの?」
「ミーミルの泉、エリミネーターの反応をロストしました」
小鳥遊が驚く。
オレは言った。
「まさか、終末の日で……」
いえ。と小鳥遊は否定する。
「確かにロンギヌスはエリミネーターにインストールしたわ」
じゃあ、
まさか、
そんな……。
「じゃあ、ガジェット内の本体の終末の日が自己進化したのか!?」
クソッタレ!
こんな結末かよ。
世界の危機を救った代償がこれか?
あんまりだ。
ミーミルの泉が無ければ後数十分で空泣は廃人になる。
「まだ希望はある」
小鳥遊はガジェットを取り出す。
それはドミネーター2だった。
「小鳥遊?」
「ミーミルの泉を強制的に再起動させる。そうしたら全てのデータが破棄されるから赤羽。あなたが即興でOSを書き込みなさい」
「無理だ」
即答する。
間に合わない。
OSを即興で書き込むなんて前代未聞だ。
オレは天才だが、だからこそ無理なことが分かってしまう。
「OSを起動させたまま書き込めば間に合うわ」
小鳥遊はすでにミーミルの泉の再起動に入っている。
「やるしか、ないのか」
見よう見まねだが、やるしかない。
ホロキーボードを四つ出す。
椅子に座り、靴と靴下を脱いだ。
小鳥遊が言う。
「ミーミルの泉、再起動!」
「……」
キーを弾く。
それは曲だった。
恋愛ものの曲のようでもあり、悲しいバラードのようでもあった。
「綺麗……」
キーを弾くたびに音が鳴る。
遊びでつけた機能だが、案外悪くない。
「ミーミルの泉、稼働率20パーセント」
まだ、足りない。
奏でろ!
空泣への思いを。
空泣。
空泣。
空泣。
「……オレはお前が大好きだ」
弾き続ける。
指が痛い。
初めて四つのキーボードを操るのだ、打ち間違いをしかねない。
だが、これしか方法はない。
オレは昨日のオレを超える。
だから、
「だから、死ぬな!」
「ミーミルの泉、稼働率50パーセント」
「……空泣!」
ラストスパート。
激しい恋の曲を弾き続ける。
手足が熱い。
ホロキーボードが霞んで見える。
まだだ。
まだ、オレは空泣に思いを伝えていない。
だから、死ぬな!
「ミーミルの泉、稼働率、安定領域に達しました」
オレは最後まで曲を奏で続けた。
赤羽紅葉の後日談11
クリスマスイブ当日。
国枝が世界中から帰ってきたクラスメイトと共に祝杯をあげかけていた。
「世界を救ったぞパーティーをここ、さくら荘で開始します」
「「イエーイ!」」
「さて、まずはこの作戦の要だった空泣空を歓迎したいと思い……空泣は?」
さくら荘の入り口のドアが開く。
「疲れた~、ガジェットなしで外国はキツかった~」
空泣が帰ってくる。
「じゃあ、主役が帰ってきたところで、パーティーを始めますか!」
「「「おー!」」」
盛り上がるクラスメイトを遠巻きに眺めていると、空泣の元に三和がやって来た。
「空泣。おかえり」
「ただいま。黒羽。クリスマスプレゼントだよ」
空泣は三和に終末の日のガジェットを渡した。
「空泣!」
龍之介が大声を出す。
「なんだ?」
龍之介はクリスマスケーキを差し出して言った。
「好きです。付き合ってください」
……。
「えっ!?」
空泣は一瞬思考が止まったらしい。
そんな顔をしている。
オレはすかさず空泣と龍之介の間に入り込んだ。
「龍之介の告白はひとまず置いといて、オレからのプレゼントだ。実弾を撃てるドミネーターだ。だけど演算処理機能はもうないぞ。ただの銃だ」
空泣に渡す。
空泣とオレの絆を。
「ありがとう」
空泣がドミネーターを愛おしそうに触る。それを見てオレは決心した。
「それとオレ、空泣のことが好きだ。付き合ってくれ!」
その時、別のテーブルでは。
「あれれ、あれっていわゆる三角関係?」
岡絵里は小鳥遊飛鳥と空泣たちを見て言った。
小鳥遊がネコのように目を細め、岡絵里に問いかける。
「岡絵里。龍之介はともかく紅葉はあなたがちょっかいをかけたでしょ」
岡絵里は否定する。
「何の話か分からないな」
小鳥遊飛鳥は切り札を出した。
「岡絵里。それとも旧姓の方で呼びましょうか? 三和絵里」
岡絵里は首を振った。
「岡絵里って名前が気に入っているんだ」
小鳥遊は若干語尾を荒げながら言った。
「そう。で、空泣のロンギヌスにワザとセキュリティホールを開けたのは何故?」
岡絵里はあざ笑う。
「ありゃりゃ、そこまで知っているんなら、聞かなくてもいいんじゃない?」
小鳥遊飛鳥はパイを手に取りながら言った。
「確かに。何故か知らないけど、
あなたは空泣をどうしても殺したかった。合ってる?」
岡絵里もパイを手に取った。
「正解。空泣空は未来で世界を滅亡させる。そういう運命なんだよ。だから空泣が300人委員会のスミスに終末の日でミーミルの泉を破壊してもらって、スミスが死んだ後で空泣を廃人にしたかった。失敗したけどね」
小鳥遊飛鳥は追求する。
まるで、これが最初から仕組まれていたかのような岡絵里のセリフに。
「さっきから、まるで未来が視えてるような言い方ね」
パイを食べ、ジュースを飲みながら、岡絵里はあっさりと答える。
「実際に視えているんだよ。まあ、断片的にだけどね。三和家の特権だよ」
小鳥遊飛鳥は聞く。
「黒羽も?」
岡絵里は否定する。
完全に、完璧に。
「いや、彼女は養女だよ。血縁者じゃない」
小鳥遊飛鳥はドミネーター2をパラライザーモードにして聞く。
パラライザーとは麻酔銃という意味だ。
「で、どうするの? 今ここで空泣を殺す?」
岡絵里は次の料理に手を伸ばしながら言った。
「やめとく。今の空泣は世界を救った英雄だからね。空気を読むさ」
小鳥遊飛鳥はドミネーター2を通常モードに戻す。
「そう。わたしも未来が視える人とは戦いたくないわ」
岡絵里はジュースを小鳥遊飛鳥に注ぐ。
「じゃあ、パーティーを楽しもうか」
「ええ、そうしましょう」
再び三和、空泣、高坂、赤羽のテーブル。
「とりあえず、だ! 告白は一旦、全て断わる。考える時間をくれ」
龍之介がケーキを切り分ける。
「じゃあみんな、僕の作ったケーキでも食べよう」
「そうだな」
オレは龍之介の作ったケーキを食べた。
悔しいが美味しい。
「美味いな。龍之介ってケーキ苦手だったろ?」
そうなのか?
初耳だった。
「恋の力さ」
オレは龍之介を押しのける。
「待てよ! オレも恋の力なら負けてないぜ。ドミネーターを改造して実弾が撃てるようにしたんだからな」
空泣ははにかんだ笑みを浮かべた。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
と、
さっきまで黙っていた三和が小さな箱を取り出した。
「クリスマスプレゼント……開けて……」
「ん?」
空泣が開ける。
中身は、
「懐中時計?」
「何かの記念には懐中時計を贈りなさいって父が言っていたので……安物ですけど……使ってください」
三和黒羽。
まさか、クリスマスプレゼントを用意していたなんて。
侮れないな。
「ありがとう。丁度腕時計が壊れたところだったんだ」
「それと……」
三和が何かを言いかける。
空泣は聞く。
「なに?」
「いや、やっぱりいいです」
それからの記憶はない。
酒を飲まされた気もするし、飲まされなかった気もする。
とりあえず言えることは。
「楽しかった」
岡絵里のエピローグとプロローグ。またはNOAHについて。
300人委員会とはガジェットによる世界征服をした三和博士から人類を解放するために組織された秘密結社である。
ガジェットは現在、その便利さで人類を支配しているといってもいい。
ガジェット無しでは人は何も出来ない。
そのガジェットを破壊することで人類を解放する。
300人委員会とはそういう組織だった。
だが、何時の間にかガジェット反対派のテロ組織に変わり果てていた。
ガジェットは人類の生活を豊かにした。
飢餓や貧困はほとんどなくなり、金はほとんど価値を失った。
だが、反面、人間らしさが失われたと言うことも出来る。
ヴァーチャルとリアルが混在した世界で、一体何を信じればいいのか?
奇跡は何度も起きた。
三和が空泣に出会ったこと。
紅葉が龍之介と出会ったこと。
最後の爆弾魔の爆弾が何故か時限式で電池を使っていたため、液体窒素が効果を発揮したこと。
おそらく、爆弾魔は人類を選別した業として、死ぬ気だったのだろう。
そして、紅葉が初めての四つのホロキーボードを使いこなし、空泣を救ったこと。
空泣空は未来で終末の日を使い、ガジェットに依存しきった人類を破滅させる。
これから、人類はもっとガジェットに依存していくことになる。
それは約数ヶ月後から一年後。
空泣は人類を滅ぼした大罪人となるのだ。
止めようと、殺そうとした。
だが、世界がそれを許さない。
紅葉のリーサルウェポンで空泣を撃ったこともあった。
弾は外れた。
三和の終末の日のガジェットを奪おうとした。
結果的には間違えて黒羽のガジェットを奪ったが。
そして、この世界は岡絵里が本来予知していた未来と少し違う。
いわばNOAHルートとでも言えばいいのか?
空泣は爆弾の解除が出来ず、放り投げることで危機を脱したし、赤羽紅葉は最初から音楽を奏でるガジェットを使っていた。
最初にいた300人委員会は大統領の極秘チームによりジョン・スミスのみになった。
これは誤差なのだろうか?
それとも、予知を覆した空泣たちの力なのか?
分からない。
けど、一つだけ分かることがある。
空泣は世界の滅亡なんて望まないと。
例え、将来世界を滅ぼすことになっても、今の空泣は世界が好きなんだと信じている。
以上。
岡絵里のエピローグとプロローグ終了。