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第二話 嘘だらけのカミングアウト

「これから本宅に案内したいと思います」


 ルーティに案内され、地下室から外にでる。階段を上り一階に着くと、窓から差し込む朝日に目を細めた。朝日……ということは、時間軸はそれほどずれていないのか。仮に一日が二十四時間なら時計が役に立つかもしれない。アナログの腕時計は七時二十分を指していた。それを見ると、不思議と気持ちが落ち着くのを感じた。呼吸をすると、日本よりも明らかに乾燥している空気が肺に入ってきた。


 部屋は十分に広い。ところどころに壺や食器などきれいな調度品が置かれていた。ルーティは玄関を開け、外に出る。


 ついて行くと、扉の先にはやたらと広い庭。その先にはもはや屋敷といっていいだろう、レンガで作られた巨大な建造物が目に入った。その建造物に向かって進む。どうやら地下室のあった建物は別宅になっているようだ。通る庭には色とりどりの草花が植えられ、しかもそれが見る人を意識して配置されているのがわかる。


 別宅から歩いて五分、途中ルーティが庭を簡単に案内してくれたため退屈せず、いよいよ屋敷の玄関に着いた。

 入口には明らかに日本人ではない、ブロンドの髪をしたメイドが玄関の掃除をしていた。


 メイドがこちらに気付き、こちらに来た。


「ルーティさま、おはようございます。今日もいい天気ですね。あら、後ろの方は?」

「こちらは――」

「――ルーティさまの友人で、アキトと申します」

「ああ、なるほど。わかりました。ではお茶をお出しします。どちらにお持ちすればよろしいでしょうか」

「応接間にお願いするわ」


 ルーティが不思議な顔をこちらに向けるも、先を促す。後々面倒な話になるのはごめんだからだ。それにしても、何がなるほどなのだろうか。アキトは疑問に思うも、ルーティの後を追っていった。


 屋敷に入ると、広い玄関へ出た。目を見張るのは、重厚な赤い絨毯。壁に飾られたいくつもの絵画や壺などの芸術品。どれも美術館でガラスケースに入れられているような一品だった。しかもそれらが自己主張せず、落ち着いた雰囲気を出していた。


 玄関の入り口から見て右側にある扉を開けると、応接間に入った。部屋には革でできたソファと木製のテーブル。調度品はあまり置かれていない。しかし四季のある世界なのだろうか、暖炉があった。


 席を促され、座る。身体を包み込むようなソファの座り心地に、思わず感嘆の息を漏らす。


「アキトさま、いくつかご説明したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 メイドが紅茶を出す傍らで、ルーティが話を切り出す。地下室での印象とはかわり、いかにも貴族のご令嬢ですといった上品さを感じる。


「構わないが、どこまで期待に応えられるかわからない」

「……? と言いますと」

「記憶がない。自らの名前と日本という地名以外、思い出せない」

「えええ!? ちょっと待て!」


 大人しい印象のあったルーティが、険を立てて身を乗り出す。カップに注がれた紅茶が大きく揺れ、いくばくかがテーブルにこぼれる。


 それ見て我に返ったのか、ルーティはこほんと咳をし、上品に座りなおした。カップを一すすり。その間、アキトは横目で壁側にいるメイドを見ると、わずかに何かを堪えている様子がみてとれた。どうやらルーティはお転婆姫というものらしい。


「えーと、すみません。思い出せないとのことですが、何か思い出せることはありませんか?」

「頭に思い浮かぶことはあるんだが、すまない。霞がかかったかのようにぼやけている。すまないが、あまり戦力になれそうもない」


 そういうことにした。ただの一般人だということを言うのも、立場を悪くするだけだろう。かといって何の力もないのに勇者扱いは厳しい。アキトにとってギリギリの選択だった。アキトの魔力量は高く、それはルーティも感じているようだ。ある程度の説得力は持たせられるだろうと判断した。


「どどど、どうしよう。災いはもう始まっているし。契約は解除できないし。新しく召喚もできないし……」


 どっと疲れたかのようにソファの背に身を預けるルーティを見て、アキトは少し気の毒に思ってしまった。困っているのはアキトも一緒だが。


 気持ちを落ち着けようと、少しかさの減った紅茶を飲む。


(ダージリンに近いかな。しかし味が少し薄い)


 匂いも少し物足りない。おそらく硬水で淹れられているのだろう。


「それで、一応話を聞かせてもらえるか。先ほど災いって言っていたが」


 うつむいていたルーティはようやく顔を上げ、語りだした。


「三年前、私の十三歳の誕生日。預言者マーサさまが告げました」


――三年後、大いなる災いがフローリアを襲います。あなたはこれから神想界の住人を召喚なさい。それが世界を救うしるべになります。


「それから私は召喚のために霊媒を集めること、そして剣と魔法の修行に明け暮れました」

「三年間……」


 自分は三年前何をしていただろう。国の危機を知らされ、目の前の少女がなんとかしようと立ち上がった時、自分は何をしていたのか。


「その預言はルーティだけがもらったのか?」

「いいえ、他にも五人ほど預言が与えられたようです。ただ、それが誰かは教えていただけませんでした。ただ大いなる災いについては一般に知られています」

「召喚について他に知っているのは?」

「私の周りにはいません。秘密に、と言われたので。ただ預言者さまの方は知りませんが」

「逆に言えば、召喚に関わる預言についてはある程度秘匿されているということか」

「はい、ですのでアキトさまが不特定多数の方から注目を集めるということはないと思います」


 そこまで言い、ルーティは黙ってしまう。カップをいじり、揺れる液面を眺めている。瞳が少しだけうるんでいるように思えた。自分が一番辛いだろうに、アキトの身を案じてくれた。地下室で見たときよりも、ずっと小さく見えた。

 そんな様子を見て、アキトはつい、つい衝動的に、


「よし。その大いなる災いとやらを調べてみようじゃないか!」


 そう、言ってしまった。

 冷静になってみるとやってしまったと思ったけれど、目を大きく開いて、少しだけ嬉しそうな顔をした少女を見れば、とにかくやってやろうと思えた。



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