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一枚のコインを

作者: 三菱 榧

彼はお金が好きだった。とっても好き。

彼は幼馴染の彼女が好きだった。とっても好き。

幼馴染はお金持ちのお嬢さんだった。


さぁ、問題だ。彼はお金と彼女とどちらが好きなんだろう。




「ずっと悩み続けていたが、答えが出ないんだ」

 真剣に苦悩した顔でいうことだろうか、それは。

「それを本人にいってくるのはどうかと思うんだけど、あたし間違ってるかしら?」

「それは間違っていないと否定してあげたい所だけれど、俺は本当に悩んでるんだ」

 真顔で言わないで欲しい。


「お金の大事さはお前だってわかっているだろう?金がなければ何も出来ないんだ。うちは平均的に言えば裕福な部類なのはわかっている。しかし、働かざるもの食うべからずという家訓ゆえに、小さい頃から小遣いなどロクにもらえなかった。ほしい物があれば自分で金を稼いで手に入れなければならない環境だった」

「あたしは娘に甘い親がいたから、金銭面に不自由を感じる必要は感じないはずだったけれど、おばあちゃん子だから厳しくしつけられて、お陰様で、ええ、よく知っているわ」


 お金は沸いて出てこないという事を。彼女の環境では一歩間違えればそう信じ込んでもおかしくなかった。

 しかし、祖母の教育のお陰で無駄使いはいけないことは飲み込んでいる。

 仕事で忙しい両親の変わりに、彼女はおばあちゃんに育てられていた。もう彼女の祖母はなくなって久しいが、幼い頃のしつけは今も尚彼女の中で生きていた。

 何でも買ってやろうという両親の甘い言葉を彼女は

<< 無駄遣いするよりも、もっと素敵なことに使って頂戴 >>

の一言で切り捨てた。

 いつか来るべき「素敵なこと」の為に彼女の両親は貯金を続けているらしい。その金額は大分膨れ上がっているとか。


「ところで、いきなりそれを告白してきた意味は何よ」

 やぶからぼうに。

 流石に面食らわなかったといったら嘘になる。


「俺はお前の事が好きだ」

「あら、ありがとう。それで?」

「お前はどうなんだ?」

「大好きよ、それで?」

 神妙な面持ちの彼の言葉に、返事を付け加えながらサラリと流したのは、照れ隠しだ。

 好きだというのはさっき聞いたけど、と言わなかったのは微妙な乙女心がなせるワザ。

 好きな相手から『好き』の二文字を聞くのは何度目であっても嬉しい。


「結婚したいんだ」

「お金と?」

「いや、お前と」

「まぁ、ありがとう、それで?」

 本題ではない気がしたのでちゃっちゃと流した。

 今度も流されて少し不満そうな彼の顔に満足する。


(あら、あたしってばサドっけあるのかしら)


 彼女の反応に唸るような声を上げた彼だったが、気を取り直したように首を振ると、声を潜めて告げた。

「結婚するにはお金がかかる」

 愛さえあればいいという訳には行かないのは、どこのカップルでも一緒だ。現実は甘くない。


「まぁ、それなりの式にしようと思ったらね。それで?」

「お金がもったいないけど、お前とは結婚したい」

「悩ましい所ね、それで?」

「お前ん家は裕福だし、一人娘のお前が結婚するとなったら、家は俺が継ぐ事になるだろう」

「そうね、あんた次男だし」

 彼には上にお兄さんが一人、お姉さんが一人いる。ちなみに彼女は一人っ子。

 もう『それで』と流されても、彼は反応しなくなって、少しつまらなかったけれど、彼の話の先が気になるのも本当だった。

 いったい彼が何をいいたいのか、まだつかめない。

「多分、お前と結婚したら、将来は金持ちだ」

「否定しないわ」

 家が急に傾いたりしなければ、だが。


「俺はお金が好きなんだ。でも、お前と結婚したら、お前がすきなのか、お金の為に結婚したのかわからないなって。結婚はするにも分かれるにもお金がかかる事でもあるし、安易に決める事はできない。でも将来、お前がこの件で別れたくなったらお金をかけてまで結婚した意味がない。お金が目一杯絡むことなんだよ、お前と結婚するという事は」

「――それで、悩んでたの?」

 漸く本題までたどり着いた感触がした。少しここまでが長かったというのが正直な所。


「よくあるだろ!あたしが好きなの?それとも逆タマに乗りたくて結婚したの!?ってヤツが」

 彼の場合は家は裕福だから、逆タマというほどのことはないのだが、次男だから家は継がない。

「あんた、どんなドラマ見たのよ・・・」

 安っぽい三流ドラマか、それは。

 人の呆れたような声など耳にはいっていないのか、彼は泣きそうな顔で続ける。

「それでさー。お前が将来苦悩するまえに答えを出しておこうと悩んでたんだけど、今をもっても答えが出ないんだ」

 何しろ、物心付く頃には隣に住む可愛い女の子の家はお金持ちだと知っていたのだ。

 物心突く前の頃など思いだせるはずもないし、卵が先かニワトリが先かの水かけ論のようなものである。

 どちらがどちら、と切り分ける事が出来なかったのだという。


「そんなに悩む事?」

「悩む事だろう。将来そう言われてお前に詰め寄られても、答えが出せずに即離縁なんて事態にはなってほしくない」

「あんたって、馬鹿なのね」

 そもそも、だ。まずそれを悩むより先に。

 

「婚姻年齢に達してない内からそれを悩むあんたがわからないわ」


 彼女と彼は現在御年14歳。

 男女どちらも婚姻年齢に達していない。

 そんな問題に悩む前に、彼女と彼は現在お付き合いもしていない。

 そういえば、先ほどのあれは告白だったのだろうか。彼が好きだといって、自分も好きだと答えたのだから。


「まず付き合って、それから数年後に考えればいいじゃない。どうして悩むのかしら、そんなこと」

 気が早いにも程がある。

 そういうと、彼は気まずそうな表情をして。


「俺はお前も好きだけど、俺はお金も好きだからさ。これって二股っていうのかと思って」

 彼女に浮気をせめられる前に、予めシュミレートしていたら思考の迷路に嵌ってしまったらしい。

 彼女は呆れて、

「お金に焼きもち妬かれるのはかんべんよ」とだけ答えたのだった。


  + + +


彼と彼女のその後の話。


「ねぇ。あんたは、”お金持ち”の”あたし”が好きなんでしょう」

「うん、どちらがどちらとは切り離せない」

「将来、”貧乏になった”時はどうする?」

 予想外の事を聞かれた、といった表情で彼が瞬きした。

「その時、考えるのでもいいけれど。できれば”貧乏になった”あたしでも好きになってくれると嬉しいわ、あたし」

「貧乏になったお前か・・・考えた事なかったな」

「考えた事ないの?」

「貧乏なお前が想像できない」

「想像もできないの?でも、例えば、の話よ。例えば」

「うーん、そうだな。例えばお前が貧乏だったら、ね。思うんだが、お前が俺と結婚している時、”貧乏”なら、俺も貧乏だろう。」

「確かにそうね」

「逆に言えば、お前が例え一円でも俺より金持ちならば、俺より”金持ち”のお前が好きというのは続くってわけだから」

「一応、理論上は」

「お前が俺より一円でも多く持っていれば問題ないな」

 そういいながら嬉しそうに彼は微笑んだ。


「結局、あたしがすきってことでいいんじゃないの?」

「そうなのかなぁ・・・そうかもなぁ」

 腕組みしながら悩む彼にあたしは呆れたように呟いた。


「一生考えてなさい」



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