エピローグ
この部分のみ、わざと一人称で執筆してあります。読みづらいかとは思いますが、ご辛抱下さいませ。
白い粉雪が舞い降りて、地面に落ちては消えて行く。ひんやりした感触を足裏に感じながら、あたしは歩みを進めた。
今年もあの忌まわしい季節がやって来た……。あたしが取り返しのつかない罪を犯した白い季節が。
「サラ、おはよう!」
背中から、大好きな落ち着いた声音が聞こえた。あの頃とは違う、声変わりを済ませた大人の声。
あたしは今年、十五歳になった。
来るはずの無かった、十五年目の冬。
「おはよう、蔆。今日も寒いね」
「あぁ。そうだな。…もう体調は全然大丈夫なのか?」
蔆が優しく気遣ってくれるのは嬉しい。だけど、あたしにそんな資格はない。大事に扱われるような女の子じゃないんだよ……。
「大丈夫。あの時から……、発作も病気も何ともないよ」
心配をかけない様に、表情だけで笑うのにも慣れてしまった。
感情を、押し殺す事にも。
蔆は、安心したようにあたしに微笑みかけてくれた。
どうしてそんなに優しいの?
どうしてあたしを大切に扱ってくれるの?
どうして?
どうしてこんな酷い娘……。サンタさんの命と引き替えに生かされた様な女の子に……。
いっそ、嘲り中傷しズタズタに引き裂いて欲しい……!こんな体、本当はもう存在すらしない筈だったのに!!
サンタさん、何故あたしなんかを助けたりしたのよ……!!あたしは貴方のことも、愛していたわ……。こんなに辛いなら、死んでしまった方が楽だった。
「…サラ?どうかした?」
蔆の問いかけに、あたしは一瞬にして現実に引き戻された。
「ううん!何でもない。少しボーッとしちゃって」
蔆と並んで歩いていても、あんなに望んでいた学校に通えるようになっても、あたしの胸にかかった靄は、一向に晴れる気配はない。
――五年の月日が、あたしを変えた。無垢で無知だったあの頃のあたしは、もうどこにもいない。
あたしは一日を何事もなく平穏に過ごすと、いつも真っ直ぐに家へと帰る。だけど今日は、派手な装飾が施された街の中心を通りたくなくて、わざと遠回りして帰った。
クリスマスなんて、この世で一番嫌い。
だってもう、サンタクロースはいないんだもの。
そう考えただけで、あたしは目頭が熱く濡れるのを感じた。この苦しみは、貴方を殺してしまったあたしに課せられた罰なんだわ。
ふと、見慣れない看板を目にした。薄汚れた小さなもので、じっくり見ないと何が書いてあるのか読むことはできないだろう。それには、サンタクロース事務所(株)と記されてあった。あたしはいつも下を向いて歩いてたから、気付く筈もなかったんだ。
「何これ……」
もちろんそんな看板信じる訳もなく、あたしは前を素通りした。いや、しようとしたのだ。
実際には、角を曲がって直ぐに立ち止まる事になった。
「じゃーな。おっちゃんも元気で!あと、そろそろ掃除した方がいいと思うぞ」
あはは、と楽しげに笑うその声は――蔆。
「うるせぇよ。いつかやるからほっとけ」
何故此処に蔆がいるの?
それに、何だか懐かしい気持ち……。あなたは、誰?
「おっちゃん…、サラのことなんだけど」
「その話はもう時効だろう。今の俺に何が出来る?」
あたしのこと……?
「何だって出来るさ!おっちゃんのせいで、あいつがどれだけ苦しんでると思う!?あんなサラ見てんの、もう、耐えられないんだよ……オレ」
蔆、気付いてたの?ずっと心配をかけてしまっていた……?
「あいつの事が好きだから……。辛そうにしてんのが辛いんだ。心から笑ってて欲しいんだ…頼むよ」
蔆が、あたしをそんな風に思っていてくれたなんて、ちっとも気付かなかった。
知らず、目から涙が零れていた。
「……だめだ。会えない」
「何でだよ!」
「こんなみっともない姿をサラに見せられる訳がないだろう!ガッカリするに決まってる。俺はもうサンタクロースなんかじゃないんだ」
あぁ……そうだ。
「妖精も、クリスマスの魔法も、トナカイも、もう何一つない……」
サンタさん……!
「そんなことない!!」
あたしは思わず曲がり角から飛び出していた。瞳に映ったのは、飛び出たお腹と薄くなりかけた頭を持つ、典型的な日本のオジサン。だけど、あたしにとってはたった1人のサンタクロース。
「……サラ!」
「あたしがどれだけ貴方に感謝してるか……。言葉に出来ないくらい。ずっと、会いたかった」
あたしはちょうどあの日の夜のように、サンタさんに抱きついた。見た目が変わったって、ぬくもりも、優しさも、あの日と同じ。
「サンタさん、大好きよ。ありがとう」
あたしは涙に濡れて霞む両眼を、しっかりサンタさんと合わせた。彼は少し動揺している風に見えた。
「約束、忘れちゃったの?五年間も、ずっと待ってたんだから」
あたしはわざと困らせるように唇を尖らせた。
「あぁ、ごめんよ。忘れてた訳じゃないんだ。ただ……」
「醜い中年オヤジだって知られたくなかったんだよな?」
「お前は黙ってろ!!」
サンタさんが蔆の頭をぐしゃぐしゃにする。見てると自然と笑顔になってしまう。
「そうだ!蔆、あたしに何か言いたいことがあるみたいだけど?」
「えっ?何……もしかして聞いてた?」
「ちゃんと聞かせてほしいな」
あたしはにっこりと微笑む。
「ここで?あ〜、えっと……」
「蔆〜がんばれ〜」
「うっせぇ!」
サンタさんの冷やかしで真っ赤になった蔆が、一つ咳払いをする。あたしは内心ドキドキしながら言葉を待った。
返事はもう、決まってる。
「五年前から、ずっとサラのことが好きでした!」
「あたしも、蔆の事が大好き!」
こんな幸せな日は、もう一生訪れない。
哀しい白は、今七色に輝いた――。
The・END……
今まで読んで下さっていた数少ない読者様、感謝です。私の拙い文章で、少しでも楽しんで頂けたなら尚更です。ほんとうに、ありがとうございました。




