出会
甘いケーキ、七面鳥、食べきれないほどのご馳走に、赤と緑の装飾、眩いばかりに輝くイルミネーション、そして大好きなパパの笑顔
――あたしが一番大好きだった日
ピンポーン。
震える指先で、少年はその家のチャイムを押した。緊張のためか顔はゆでダコのように真っ赤で、腕に抱えたピンクローズより赤いほどだ。
インターホンからは、女性の声で儀礼的な応答が返ってくる。
「はい。どちら様でございますか?」
「あっ…え〜と、オレ、僕、品崎蔆です。サッ、サラさんのお見舞いに伺いました!」
蔆はやりきった安堵感に思わずため息をついた。いや、グダグタすぎてやりきったのには程遠いが……。
「サラお嬢様の?」
女性は一瞬驚きを露にしたが、直ぐに元の冷淡な口調に戻った。
「かしこまりました。確認を取って来ますので、少々お待ち下さいませ」
蔆は返事をしようとしたが、受話器の切られる音の方が先に響いた。
一方受話器を切ったメイドは、主人の御子女に当たるサラの部屋へと急いでいた。
「お嬢様、お見舞いの方がみられてますが、どうなさいますか?」
「だぁれ?またおばさま?それなら今日は会いたくないわ」
サラはその紅色の唇をつんと尖らせた。
「尚子様はあれでも悪気はないんですよ。それに、お見舞いの方は品崎様という方です」
サラは少し考えるそぶりをみせたが、すぐに返答した。考え事をするときに自身の長いブロンドヘアを指で弄ぶのは、どうやら癖らしい。
「知らないわ。誰だろう?」
「それではお引き取り願いますね」
メイドは部屋を出ようとしたが、小さな掌が彼女の服の裾を掴んだため引き留められた。
「あたし、会ってみたい!」
「いけません!もしお嬢様に何かあったら……私」
メイドは狼狽して声を荒げた。サラは彼女をなだめるように、両手でメイドの手を握りしめる。その様子からは、到底まだ十歳の少女には思われなかった。
「大丈夫。ずっと見張っていてくれたっていいから、あたしを信じて?お願い!」
「お嬢様……」
メイドが決断するのに、そう長くはかからなかった。
大きなシャンデリアに大理石の床。其処だけで十畳はありそうな玄関ホールには、まるで結婚式場のような赤いカーペットが敷かれ、中央の階段まで延びていた。
蔆は目前に繰り広げられる別世界に、ただただ唖然とし、マヌケに口をあけていた。
階段は中段辺りで左右に分かれているもので、蔆を外国映画の中にでも入ってしまったような気にさせた。
「こちらへどうぞ」
さっきインターホンに出たメイドは、階段の左側を手で指し示しながら言葉を発した。彼女はありきたりで地味な配色のメイド服を着込んでいて、見た目には21・2歳といったところでまだ若い。
蔆は落ち着きなくキョロキョロと辺りを見渡しながら、メイドの後を慎重に歩いた。なんだか、堂々と歩いていい場所には思われなかったのだ。
階段を上がりきると、長い通路があり、幾つもの扉が並んでいた。シャンデリアは下から見上げた時より近く、更に大きく豪華に見えた。
メイドは振り返る事なく、真っ直ぐにサラの部屋へと進んでいく。少し立ち止まっていた蔆は遅れをとり、慌ててメイドの後を追った。
「お嬢様、失礼致します」
「ええ、どうぞ」
中から聞こえた細く美しい声に、蔆は思わずドキリとする。
メイドがドアノブに手を掛け、其れをそっと回す。
キィ……と、鈍い音が響いた。
「いらっしゃいませ。初めましてと言ったほうがいいのかしら?」
ドアの先には、蔆が長い間憧れていた少女が微笑んでいた。名前すら、最近怪しいオジサンによって知らされた想い人が……。
「初め…まして。僕は、品崎蔆といいます。えと…あ、よろしくお願いします」
「ふふっ、よろしくお願いします」
サラの微笑みに、再び頬を赤く染める蔆。こんな拙い出会いでも、蔆にとっては夢のようで、すごく幸福な時間だった。
キミは知らないだろうけど、あたしにとってキミだけが本当の友達なの。それは今までも、これからも、決して変わらない真実――




