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依頼

 ここは東京都、のはずれもはずれ。都心とはほど遠いこの場所に男は住んでいた。

 名は野宮 夢斗ムト。薄くなりかけた髪の毛と飛び出たお腹を持つ、典型的な日本のオジサンだ。

 さびれた住宅地に馴染むボロアパート、ユメミ荘の一室に夢斗は住んでいた。側面にはびっしりと苔が生え、長年手入れされていないのが一目で分かる。

 こんな冴えない彼が、ある一日だけは誰もに愛される存在になれるなんて、おそらく信じられないだろう。しかしこれは紛れもない真実で、夢斗はその名の通り人に夢を与える、サンタクロースその人なのだ!






サンタが街にやって来た!






 午後十二時、夢斗は重い体を何とか起こす。

 一人息子で、唯一の家族である夢太郎ムタロウは、無論とっくに家を出ていて、食卓には丁寧に朝食まで用意されていた。

 傍らには、高校生にしては達筆すぎる文字で、暖めて食べて下さい、とあった。

 夢斗は寒さに身震いを一つし、無造作に置かれていたカーディガンを羽織った。

 そうして、

「あ、これうま〜〜」

 夢斗は暖め直した完璧すぎる朝食(すでに昼食だが)に舌鼓をうつのだった。

 

 

 

 

 話は変わるが、現代の子供の夢問題についてご存じだろうか?

 子供達が夢を持つ気持ちは、現在低下の一途を辿っている。これは近年、幼稚園児ですらサンタクロースを全く信じていない子がいることからも分かるだろう。そもそもの問題は保護者のほうにあるのだが、この際それは忘れておこう。

 世間的にはあまり知られていないが、ことサンタの世界に置いては、常識的かつ深刻な問題。それが子供の夢問題なのだ。

 

 例外なく夢斗も苦しんでいた。

 ここ十年ほど、夢斗の“サンタクロース事務所(株)”には、一件の依頼も入っていない。実質、収入はゼロ。パートタイムの僅かな給料で生計を立てていた。

 サンタクロースの報酬については、子供の夢を壊すとアレなので控えておこう。

 

 朝食を食べ終えた夢斗は、慣れた手つきでパソコンを起動し、自分のホムペの更新やチャットにいそしんでいた。息子の使うスペースだけが片づけられた、野宮家の異様な半汚部屋には、マウスを叩く軽やかな音だけが鳴っていた。

 もうすぐクリスマスだというのに、夢斗が準備をする気配は微塵もない。

 −−その時だった。

 夢斗のスウェットのポケットが振動し、軽快なメロディーが部屋に響いた。着うたは浜○ あゆみ。映画の主題歌にもなったアレだ。知らない番号でも、夢斗は躊躇わず通話ボタンを押す。

「もしもし」

「あ、そちらはサンタクロース事務所さん、ですか?」

 夢斗は思わず姿勢を正した。

「はいっ!ご依頼でしょうか?」

「ええ。その、娘に、プレゼントを届けて欲しいんです。僕は仕事の関係で留守にする事になりそうなので……」

 男は疑心暗疑と言った様子で、その声はすこし頼りなげに聞こえた。

「かしこまりました。二十四日の夜でよろしかったですか?」

「はい」

「それでは、えー、お嬢さんのお名前と、ご住所を教えていただけますか?」

 男は住所と名前を告げると、よろしくお願いしますと言い残し電話を切った。

 夢斗の両手には拳が握られ、しっかりとガッツポーズ。久方ぶりの依頼が舞い込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

.・。゜。○・。.゜○。.

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされて、その美しい躯が浮かび上がる。

 白い肌、細く滑らかな手足、綺麗な金色の髪と瞳。……なんて可愛らしいのかしら。

 野宮家の洗面所にフワフワと漂う召使い妖精は、そう思っているに違いない。

 なにせ先程から、軽く一時間は鏡の前で自分の姿に見惚れているのだ。

 「ブランカ、早く行ってくれないか?君が娘さんの手紙を取りに行ってくれない限り、なにも始まらないんだ」

 ブランカは、夢斗にむかって舌をつきだした。

 彼女にとって、召使い妖精はサンタクロースの命令に忠実であるべし、という妖精の掟は皆無らしい。

「あぁ。あぁ、分かった。まだ身支度が済んでいないんだね。ゆっくりすればいいさ」

 夢斗はあきらめたようなため息をつき、投げやりに言ってその場に座った。

 それを見たブランカは、満足そうに微笑んで消えた。

 確認すると、夢斗はすぐさま布団に潜り込んだ。



 夢の中で、ベットの上の儚げな少女が、夢斗に助けを求めていた……。

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