【13】
「終わった……の、か?」
そう呟くと疲労感からなのか安堵からなのか、体から力がすとんと抜け落ちる。ずるずると体が沈み、桃河はその場に膝をついた。
「とぉーがぁー」
さらに脱力を誘う馴染み声が耳に届く。
のろのろと首を向けると、パタパタと走太がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。その後ろについて歩いてくる三つの人影も。
「やったね、桃河。お疲れさまっ」
傍らに立った走太が両膝に手をついて、こちらを覗き込んできた。制服のあちこちが砂埃にまみれて白くなっている。擦り剥いたのか走太の頬は少し赤くなっていた。どこに置いてきたのか日本刀を模した刃器はもう持っていない。
にこにこと機嫌のいい笑顔を向けられて、桃河の強張っていた頬も自然と緩みかけた。
「――って、ちょっと待て。走太、おまえ体は? さっき盛大に吹っ飛ばされてなかったか?」
「うん。でも大丈夫。一飛さんが受け止めてくれたからあんまり痛くなかったよ? 痣くらいできちゃったかもだけど。ほらっ」
あっけらかんとした調子で、走太はぴょんとその場で一回転して見せた。
「……あぁ、そぉかい」
重力に負けたかのように、桃河はがっくりと肩を落とした。なんとなく腑に落ちない。そんな気がしなくもなかったが、桃河はそれ以上考えることを放棄した。走太の能天気な顔を見ていると、何もかもが面倒になった。
なんにせよもう終わったのだ。これで家にも帰れる。帰って寝て、今日のことは悪い夢と思って忘れてしまおう。
桃河は地面に両手をついたまま長々と息を吐き出した。
すると、その様子を傍で見ていた志登が、
「なあ。たった一ぴき倒しただけでこのざまって、ホントに大丈夫なのか? これから仇敵の気配を嗅ぎ取った鬼どもが、みんなコイツのところに集まってくるんだろ?」
へたり込んだ桃河を顎で指し不服そうに目を細めた。
「大丈夫、ダイジョーブ。大将が不慣れな分は俺たちがフォローしてやればいいんだし。なんにも問題ねぇよ。そのために俺たちがいるんだからさ」
「わお。一飛さんて大人ぁ~」
「そりゃあ、一応この中では年長者だしな。敬っていいぞ?」
胸を反らせる一飛に、杏樹が手を叩いて賞賛した。無邪気な姉の姿を志登は苦虫を噛み砕いたような顔で見やった。
頭の上で交わされる会話に引っかかりを覚えて、桃河は顔を上げた。なんとなく嫌な予感がして、顔が引き攣る。
「これからってなんだよ。終わったんじゃないのか? だって、もう鬼は倒しただろ……?」
彼らは一瞬きょとんと桃河を見やって、互いの顔を見合わせた。そしてまた桃河を見て意味深な表情をつくる。
「終わってなんかないわよ」
その場の全員の視線を受けとめて少女が嫣然と桃河に微笑みかけた。
「鬼は人が抱える闇の数だけ存在しているわ。そして器を自由に操れるほどに力をつけた鬼は、かつて自分を滅ぼした宿敵を仇なすために、おのずとこの地へ惹かれてやってくる」
彼女の黒い瞳は有無を言わせなかった。
「戦いはこれから始まるのよ」
――。
思考を根こそぎ吹き飛ばされて、桃河の頭の中に空白が生じる。パクパクと口を動かしてみるが、喉からはなんの音も出てこない。
「心配しないで、桃河。桃河のことは絶対僕が守るから」
と、走太は元気よく両手でガッツポーズをつくった。
「こらこら。独り占めするつもりかよ。俺たちが、だろ? まあ、そういうわけだから、んな顔すんなよ大将。サポート役はばっちりやってやるからさ」
一飛は真顔で冗談みたいなことを言ったあと、桃河を見てまたにやりと笑ってみせた。
「ねね、そんでさ、そろそろあたしたちにもちゃんと名前教えてよぉ」
撫すくれたままの志登をおいて、杏樹が好奇の眼差しでぴょこんと前に乗り出す。それに乗じて、「そういえば」と少女がぽんと手を打ち合わせた。
「私もまだちゃんと挨拶をしていなかったわね。私は、美頼。姫崎美頼よ。桃弧の守り人として、あなたの戦いを最後まで見届けさせてもらうわ。長い付き合いになると思うけど、これからよろしくね」
そう言って、彼女――姫崎美頼は、桃河に手を差し伸べた。
目を見開き、桃河は完全に硬化した。
「……マジかよ」
ただ一言。口から零れた呟きが、ひゅるりと吹いた風にさらわれ空へと消えていく。気がつけば頭上を覆っていたはずの暗雲もどこかへ遠ざかっていた。薄い千切れ雲の向こう側には綺麗な茜色の空が広がっている。夕日に映える池の上で、水鳥がくあっと鳴いた。
柴原桃河一七才。
彼の戦いは、まだ、始まったばかり――。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
文章書き修行中なので、日本語のおかしいところや誤字脱字などありましたらこそっと教えていただけると嬉しいです(^^)
えっと、いかにも「To Be Continued...」という感じで終わっていますが、このお話の続きは最初から考えておりません。もともと漫画の読み切りをイメージしたネタなので。後半の詰め込み感が否めないのですが、あくまで読み切りサイズにこだわりました。
そんなわけで続きはないですが、主人公(桃河)以外を主軸にした短いサイドストーリーはあったりします。ただ蛇足っぽい気がしなくもないので、公開するかしないかちょっと悩んでます。ご要望があったら……とも思うのですが、でも読んでみたいという方って、いてくださったりするでしょうかね;