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【12】

「桃河!」

 走太が急ブレーキをかけて立ち止まった。つられて桃河の足もストップがかかる。走太は強い意志の灯った瞳で桃河を見上げ、

「僕たちが囮になるから、その隙を狙って」

「おまえ、何言って、」

「大丈夫。桃河ならできるよ」

「ちょ、ちょっと待てって、走太!」

 叫んだときには、走太はもう黒鬼に向かって走り出していた。

 それに続いて、

「という訳だから、あとは頼むな、大将? あんま力入れすぎんなよ!」

 一飛が、桃河の脇を走り抜けた。間際に、何の意味があるのか軽くウィンクなんぞを残して。

「なぁんか、クライマックスって感じで盛り上がってきたねぇ。よし。あたしたちも行くよ、志登!」

 勢いよく駆け出す杏樹のあとを、志登が追いかける。すれ違いざま、

「……びびってんじゃねーぞ」

「って、おい!」

 彼らはそうすることが当然であるかのように、敵に立ち向かっていく。またひとり置いていかれた桃河は、強く唇を噛み締めた。

 胸の奥が熱い。

 チリチリと桃河の胸を焦がす熱の正体は焦りだった。狂おしいほどの焦慮。それが何に対しての焦りなのか桃河にはわからない。胸につかえる苛立ちに桃河は答えを求めて叫んだ。

「あいつら、いったいなんなんだっ? どうしてあんな……っ」

 その肩越しに見える黒鬼を瞳に捉え、少女が花唇を開く。

「あなたも知っているでしょう? 英雄は、ひとりで鬼と戦ったわけじゃないわ。その傍には、いつだって固い絆で結ばれた『とも』がいた。だから、恐ろしく強大な敵にも立ち向かっていけたの。――彼らもあなたと同じよ。特別なの。彼らには彼らの魂に刻まれた誓いがある。そのために、いま彼らはここに在るの」

 たったひとりの主のために。時を越えて、再び彼らは集ったのだと――彼女は言った。


 ――『着いて行きましょう。どこまでも――』



 黒鬼の足元を旋風がすり抜けた。走太は鬼の背後に回りこみ、勢いのままとうの刃器を走らせる。しかし手応えはまるでない。巨体が上半身を捻って走太に拳を突き出す。すかさず、無防備になった脇腹に、せんの刃器が一文字を切る。鬼はうっとおしげに出した腕を横に払うが、一飛はそれを優雅に飛び躱して着地した。反対側にできた死角を狙って杏樹と志登がそうの刃器を叩き込む。致命的なダメージはないものの、三方向から交互に繰り出される攻撃は、標的を撹乱し一時も的を絞らせなかった。仲間の呼吸を読んだ上で、わずかな隙をついて黒鬼を攻め立てる。そんな彼らの動きには、一朝一夕では築けない絆が見えた。

 息の合った連携攻撃に魅せられて、桃河の胸はいっそう熱く高鳴った。

 そんなはずはない――。

 否定の言葉を自分の心が否定する。桃河の中に出会ったばかりの彼らを慕わしく思う気持ちがこんこんと溢れていた。

 桃河は爪が食い込むほど強く握った拳をゆるゆると開放した。

「……なんだよ。なんで、どうして俺なんだよ……」

「仕方ないわよ」

 少女が、すっと桃河の隣に立った。端然と前を見据えたまま、きっぱりと桃河に告げる。

「だって、これは運命だから」

「運命?」

「そう。あなたたちが特別な魂を持ってこの世に生を受けたこと。私の家が代々桃弧の守り人であったこと。今日、あの場所で私たちが出会ったことも偶然なんかじゃない。全部、運命なんだもの」

 だから、と少女がこちらを見上げてきた。

 ――逃げることなんてできないわよ?

 口に出さずとも彼女の目が暗にそう告げていた。

 だが、桃河は抗いたかった。ここで受け入れてしまったら、もう戻れない気がする。手にした桃孤を見下ろし、桃河は呻くように呟いた。

「俺は……」

「信じる信じないはあなたの自由。――でも本当はもう、あなたもわかってるんでしょう?」

「……っ」

「危ないっ!」

 悲鳴じみた誰かの声に、俯いていた顔が勢いよく弾かれた。

 限界まで見開かれた双眸に映ったのは。

 やけに緩慢に見える動きで無造作に払われた大きな手と、横ざまに宙を舞う小柄な体躯だった。

 衝撃に歪む口元、きつく閉じられた瞳。離れた場所にいる桃河の目にも、はっきりと捉えることができた。その表情かおは、かの少年には最も不釣合いなものだと思っていた。

 ――どくんっ。

 大きく跳ねた自分の心臓の音を、桃河はどこか遠い場所で聞いたような気がした。



「くっそおぉぉぉぉっ!」

 思うより早く、桃河は弓を構えていた。

 桃孤は脈打つように淡く発光している。

 体の奥で爆ぜる血を押さえつけるように深く息を吸う。矢も番えていない弦に指をかけると、それに合わせて青白く光る矢が現れた。

 桃河は誰に教えられなくとも、すでに桃弧の使い方を心得ていた。狙いを見据える眼光に、迷いなど見当たらない。

 腕に一切の力を込めて弦を引くと弓が大きく湾曲した。番えられた矢がいっそう輝きを強くする。溜めていた息を吐き出すのと同時に、桃河は限界まで引き絞られた弓弦を解き放った。

 意を映した光の矢は、標的に向かって真っ直ぐに空を駆け抜けた。

 そして――。

 黒い巨体の頂に白く浮立つ一本のツノを射貫いた。


 フルォォォォオオオ――。


 心底を揺るがす音が鼓膜を震わす。それは未踏の洞穴に吹き荒ぶ物悲しい風音にも似ていた。悲鳴というよりは鳴き声に近いその声が、桃河には人の嘆きのように聞こえてひどく胸が痛んだ。

 ツノを失った黒鬼は頭と言わず手足と言わず、ボロボロと音もなく崩れ始め――苦しみとも、悲しみとも、怒りともつかない断末魔の叫びを残して跡形もなく掻き消えた。




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