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【10】

 しかし予想した衝撃は、いくら待っても訪れることはなかった。

 ――……?

 不思議に思って薄目を開いた桃河が最初に見たものは。

 彼を守るように立つ四人の後ろ姿だった。

 ……え?

 桃河はパチパチと瞬きを繰り返した。

 行く手を阻まれた虚鬼たちも突然の乱入者に動揺を示し、警戒色を滲ませていた。威嚇するように低い唸り声を上げ、距離をとってこちらの様子を窺っている。

「絶体絶命のピンチに駆けつけるなんて、ニクい演出ね。登場のタイミングとしては最高だわ」

 桃河の後ろでは胸の前で腕を組んだ少女が、なぜかいたく満足げな様子で頷いていた。

 どうやら、自分は助けられたらしい。真正面から虚鬼に立ち向かう頼もしい背中は、桃河にとってまさに救世主だった。だがそのことに安堵するよりまず先に気になることがあった。桃河は半信半疑に呟いた。

「そ……そう、た……?」

 呼びかけに振り返った姿は、やはり桃河のよく知るものだった。にっこりと満面に微笑む顔は、教室で別れたときと何ひとつ変わらない。幼さの抜けきらない丸い顔立ち。少し癖のある栗色の髪。詰襟の学生服に身を包んだ級友は、こちらを覗き込むように小首を傾げた。

「桃河、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「あ、ああって……え、あ、なん……?」

 声を聞くと、まるで長い間会っていなかったような懐かしい思いが込み上げた。だが桃河に再会を喜ぶ余裕など微塵もない。

 彼の名前は犬山走太いぬやまそうた。言わずもがな桃河のクラスメートである。走太は桃河よりもずっと前に学校を出たはずだった。にもかかわらず、なぜいま走太はここにいるのか。わざわざこんな――こんな危険な場所にやってくるなんて。どれだけおまえはトラブル体質なんだと思わずにはいられない。のほほんとした顔を見れば、走太が鬼憑きでないことはすぐに分かる。ならばどうしてこの結界の中にいるのだろう。言いたいことも聞きたいことも怒涛のように押し寄せた。しかし、その一切を吹き飛ばす視覚的インパクトを前に桃河は混乱の極みに陥っていた。

「おま、それ……、」

 桃河は震える指先で走太の手元をさした。

「ああ、これ?」

 走太が掲げて見せたのは。

 切っ先まで一分の隙もない、緩やかな曲線を描く細身の刀。幼さが多分に残った丸顔には恐ろしく不似合いなものだった。

 鏡のように磨きぬかれた鋼に、青ざめた桃河の顔が映りこむ。

「嫌だなぁ。そんな顔しないでよ、桃河。これ対人用じゃないんだから、ホラっ」

 それはもうにこやかに。走太はなんの躊躇いもなく自分の腕に刀を押しあてた。

「ばっ」

 思わぬ奇行に肝が凍りつく。息を詰めた桃河の目の前で、銀の刃は制服の袖ごと走太の細い腕に食い込んだ。だが不思議なことに血は一滴も流れない。まるで手品でも見ている気分だった。研ぎ澄まされた白刃は、傷ひとつつけずに走太の腕を通り抜けたのである。

 斬りつけた方の手をグーパーさせながら、

「えへへ。すごいでしょ?」

 ね、桃河――と、走太は自慢げに胸を張った。それはあたかも投げたボールを拾ってきた子犬が、主人に頭を撫でてもらうのを待っているかのごとき眼差しだった。

 期待に満ちてキラキラと輝く瞳。でもその手にあるのは、銀光弾ける日本刀……。

 もう……駄目かもしれん。

 くらりと、目の前が暗くなった。


「おいおい大丈夫か、タイショー?」

 失笑する第三者の声が、傾きかけた桃河の体を引き戻す。見ると、閉じた扇を片手に構えた青年が、面白そうにこちらを見やっていた。

「二人とも知り合いか? だったら話が早くていいな。俺は雉野一飛ちのかずひだ。よろしくな大将」

 一飛と名乗った青年は、桃河と目を合わせるとぱちりと片目を瞑ってみせた。切れ長の目。嫌味のない気安い笑み。モデルとしても通用しそうな長身とバランスのとれた体躯に、値の張りそうなジャケットをラフに着こなしている。首の後ろで一纏めにした長めの髪は、茶髪を通り越してほとんど金髪に近い。耳にはピアス、指にはリング、胸元には鳥の羽を模ったペンダントトップが揺れていた。押し並べて派手な風貌の男だが、持っている黒塗りの扇子が、彼に一片の品のよさを添えていた。

「あーずっるーい!」

 今度は一飛の傍らからひときわ甲高い声があがった。丸みのあるセミショートが、少女の動きに合わせて元気よく跳ねる。

「はいっはーい! あたしは猿渡杏樹さわたりあんじゅって言いまーす。で、こっちが双子の弟、志登ゆきとっていうの。よろしくね!」

 彼女は弾むように言って、隣の少年を指差した。

「何勝手に名乗ってんだよ、杏樹っ」

「あ、ごめ。自分で自己紹介したかったよねぇ」

「ちがうっ」

 きっぱりと断言すると少年は不機嫌そうに桃河を一睨みして、そっぽを向いてしまった。横で「じゃあ、なんで怒ってんのー?」と杏樹がきょとんと頭を傾ける。

 姉の杏樹と弟の志登。双子というだけあって顔の作りや背格好はよく似ていた。着ているものも制服のブレザーの下にお揃いのスクールセーターとスニーカーで揃えられている。しかし人懐こく快活そうな姉と比べて、弟は人見知りをするタイプなのか著しく無愛想でトゲトゲしい感じだ。よく見れば、二人は手の甲から肘まで覆った奇妙なグローブを装着していた。防寒用とは違う。指先が露出していて、甲の部分に銀のプレートがついた手甲のような形だ。中学生が洒落で着けているにしても、違和感がありすぎる。

「さぁて。一通り挨拶も済んだことだし、そろそろ始めるか。奴っこさん、もう待ってられないみたいだぞ」

 そう一飛が示した相手は、いまにも躍りかかってきそうなほど殺気立っていた。狩りを邪魔されたことに怒っているのか、新たな獲物に歓喜しているのか。猛獣のごとき唸り声をあげ、炯々たる赤い眼がいっそう深みを増していた。

 一飛が口端に不敵な笑みを浮かべる。そして扇を持つ手が頭上から一気に振り下ろされた。すると、ぱんっと小気味のいい音をたて青緑色の扇面が露になった。円を三等分したような形はどう見ても扇子にしか見えないが、大きさは桃河の知っている物と比べて二倍くらいはある。

 するとそれを見た杏樹が待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせた。一度だけ膝を屈伸させ、左手に右のこぶしを叩き合わせる。姉が前傾姿勢で身構えた横では、志登が静かに目標を見据え、わずかに重心を落とした。

「ちょ、おまえら何をする気だよっ!」

 ただならぬ雰囲気に桃河はようやく言葉を発することができた。

「鬼退治だよ、桃河。それが僕らに託された使命なんだから! 大丈夫。桃河のことは僕が守るよ」

 振り向きもせず走太は答えた。桃河を庇うように立って、抜き身の刀を正眼に構えている。

「んじゃ、戦闘開始だ」

「お~!」

 一飛の合図で、四人は一斉に駆け出した。

「お、おいっ」

 伸ばした手は制止の意味を成さずに虚しく空を掴んだ。取り残された桃河は、呆然とその光景を見つめた。




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