私を斬った王太子との婚約が解消されました。ずっと好きだった人から求婚されています。
王立学園の卒業パーティで、前代未聞の事件が起きた。
ジュディア・バルデ公爵令嬢が、ライト王太子に斬りつけられたのだ。
「お前のせいで、どれだけマリーが怖がっていたか。お前のせいで」
周りの男性達がライト王太子を取り押さえなければ、ジュディアは殺されていた。
斬りつけられる前に、兄に引っ張られ背後に一歩下がったので、命は助かった。
だが左肩から左胸までざっくり斬られたので、傷跡が残ってしまった。
ジュディア・バルデ公爵令嬢とライト王太子は、三年前に婚約を結んだ。
互いに15歳の時である。
ライト王太子は金髪碧眼の美男で、ジュディアも同じく金髪碧眼の美女だ。
お似合いのカップルと言われていた。
だがライト王太子はこの婚約が気に食わなかった。
「お前は私の大嫌いな王妃に似ている。だからお前なんて大嫌いだ」
「そうですの。でも王妃様はわたくしの伯母ですから、似ていて当然ですわ」
ライト王太子は側妃の息子だ。
国王陛下には、王女は三人生まれたが、王子はライト王太子しか恵まれなかった。
正妃である王妃には子が生まれず、皆、側妃の子達だ。
国王は王妃との子に恵まれなかったから、側妃を一人娶った。
それがライト王太子や王女たちの母である。
ライト王太子は、母である側妃に当たりが強いリディア王妃の事を嫌っていた。
リディア王妃に似ているジュディアの事が気に食わないのであろう。
ジュディアだってつい、ライト王太子に注意してしまうのだ。
「もっと、王族らしく交流を広げなければなりません。そのための王立学園ですわ」
「煩い。私の交流関係に口出しするな」
ライト王太子は下位貴族の令息達と交流することを好み、高位貴族の令息達の事を嫌っていた。
ジュディアはそれではいけないと思い、兄ベルドを学園に呼び、放課後、共にライト王太子に、
「今度、高位貴族達を招いて、我が公爵家で茶会を、王太子殿下も是非、参加して下さいませ」
ベルドも、
「王太子殿下にご参加いただけましたら、皆、喜ぶと。交流も広げられますので、ですから是非」
ライト王太子は、
「堅苦しい場はいやだ。私はマリーの家で遊ぶ約束をしているんだ」
最近、可愛らしい小柄なマリー・デル男爵令嬢を気に入って、ライト王太子は傍に置いていた。
今日もマリーはライト王太子の傍にいて、にこやかに、
「マリー・デルです。身分関係なく交流を広げるのが大事だと思っております。男爵家の令息令嬢が集まって、王太子殿下と楽しくお茶をする会を」
「ああ、マリー。本当にマリーは気が利くな」
ジュディアはため息をついた。
下位貴族の令息令嬢達と仲良くですって?
せっかく我がバルデ公爵家が王太子殿下の交流を広げる手伝いをしているというのに。
それも王国にとって将来役に立つ、高位貴族達のお茶会に。それなのに男爵令息令嬢達と?
理解できなかった。
兄ベルドに、馬車の中で愚痴った。
「お兄様。王太子殿下は我が王国の国王になる気はあるのでしょうか?」
ベルドは肩をすくめて、
「あるのだろう。エレナ側妃様の影響だろうな。側妃様は王妃様を嫌い抜いていらっしゃるから」
ジュディアはそれでも、彼が王位継承権一位なのだから、彼を支えないとならないと、強く心に誓ったのだった。
だから口うるさく言ってしまうのだ。
翌日、教室でライト王太子に向かって、
「今週の末提出の課題、終わっていらっしゃるのでしょうか?もし、まだ途中でしたら、わたくしがお手伝い致しましょうか?」
ライト王太子は手でジュディアを追い払うように、払って、
「そんなの王宮の家庭教師にやらせている。だから気にしなくていい。お前は煩い。鬱陶しい」
「でも、わたくしは王太子殿下の事を思って」
「そこが鬱陶しいんだよっ」
バンと机を叩いてライト王太子は立ち上がり、
「いつもいつも口煩い。いくら婚約者といえども、私にくだらないことで口出しするな」
「ただ、わたくしは王太子殿下が心配で」
「はぁ?私の事が心配だと?冗談じゃない。お前は王妃にそっくりだ。私の大嫌いな王妃に。母上は王妃に気を使って、いつも疲れていて。まったく、なんでお前が私の婚約者なんだっ」
「それは、わたくしが王国内で力のあるバルデ公爵家の娘だからですわ。わたくしが王国の王妃にならなくて誰がなるのです?」
「ああああっ。まったく鬱陶しい女だ。私に愛されると思うな」
「これは政略です。愛なんてありませんわ」
ジュディアはきっぱりとそう言ったが、心が痛む。
本当はライト王太子と良い関係を築きたいの。
だから色々と心配しているのよ。
このままではいけない。高位貴族と交流しないといけない……
王妃様にライト王太子との関係が上手くいかないと相談したことがある。でも、
「まだまだライトも未熟なの。成長すれば国王になる自覚も出て来るでしょう。彼の未熟な点は貴方がしっかりと支えればいいのよ。それが彼の成長につながるの。いいわね?ジュディア」
と言われてしまった。
わたくし、支える事が出来るかしら……
ため息をついていたら、宰相子息ディアド・マシェル公爵令息と目があった。
黒髪碧眼の彼もライト王太子に嫌われていて、傍にいる事も許されていない。
数人の高位貴族の令息令嬢達と放課後、カフェの個室を借りて、話をした。
ジュディアが、優雅に紅茶を飲みながら、
「ライト王太子殿下にも困ったものだわ。高位貴族の令息令嬢達と交流を避けて、男爵家の令息令嬢とばかり交流して」
ディアドが紅茶に砂糖を入れて、かき混ぜながら、
「反抗したいのでは?王妃様の事を毛嫌いしておりますから、バルデ公爵家の事もよく思っていないのでしょう」
「そうね。伯母である王妃様の実家ですもの。うちの父は婿入りですから」
騎士団長子息が、
「しかし、このままではよくありません。特にジュディア様がいながら、マリーという女を傍に侍らせて」
他の令息令嬢達も、騎士団長子息に同意して口々に、
「どうしようもない」
「困ったものですわね」
ジュディアは、皆に向かって、
「わたくしからマリーという女に一度注意致しますわ。王太子殿下に言っても聞かないでしょうから」
集まりを終えて、カフェから迎えの馬車に乗ろうとしたらディアドから声をかけられた。
「何かお困りの事がありましたら、私は力になりたい」
「でも、わたくしは王太子殿下の婚約者。特定の男性と親しくすることは禁じられておりますわ」
「ジュディア……。どうかご無理なさらずに」
手の甲にキスをされた。
胸がどきりとした。
ああ、どうしてわたくしは王太子殿下の婚約者なのかしら。
ディアドがわたくしの婚約者だったらいいのに。
これも公爵家の娘として、生きなければならない定め。
悲しいわ。
ディアドは優秀だ。
勉強も出来て、さすがやり手の宰相の息子だと言われている。
高位貴族の令息令嬢達と交流する時も、しっかりとした発言をする男性だ。
ジュディアは王立学園の校庭で剣を振るう、ディアドについ目が行ってしまって。
胸がときめいてしまう。
それでも、わたくしはバルデ公爵家の娘。
恋だの愛だの言ってはいられないわ。
マリー・デル男爵令嬢を放課後、教室に呼びつけた。
「困りますわ。デル男爵令嬢。ライト王太子殿下はわたくしの婚約者。王国を光で照らす国王陛下になるお方。高位貴族との交流を優先せねばならないというのに。これからは交流を控えて下さいませ」
マリーは大きな目を潤ませて、
「ライト王太子殿下が、私達と交流したいと言っておいでです。あの方は可哀そうな方なのです。王妃様からはきつく当たられて。だから私、あの方を慰めて差し上げたくて。そもそも、どうして大嫌いな貴方と婚約をしているのですっ。可哀そうです」
驚いた。
大嫌いな貴方と婚約だなんて。
ジュディアは毅然とした態度で、
「それはわたくしがバルデ公爵家の娘だからですわ」
「だからって。酷い。貴方の傍にいることを押し付けようとしているっ」
「わたくしが婚約者なのです。王妃様からも、ライト王太子殿下を頼むと言われておりますわ」
「ライト様はっ。鬱陶しいと言っていました。貴方の事をっ」
「鬱陶しくてもなんでも、わたくしは王太子妃、そして王妃になります。国王陛下になるライト王太子殿下の傍にいる必要がありますわ」
「でも、実際、私が傍にいるじゃありませんか。貴方は嫌われて。あああ、気の毒ですね。本当に」
頭に来た。
だから言ってやった。
「我がバルデ公爵家が本気になれば、貴方の家なんて潰す事も簡単ですのよ」
「えええっ。怖いっ。怖すぎるわっ。ライト様っーー」
ライト王太子が教室に入って来た。
「マリーどうした?」
「家を潰すって、ジュディア様がっ」
「マリーを脅すなんて。なんて悪い女だっ。お前なんぞ私と結婚する資格なぞない」
ジュディアは胸を張って、
「でも、貴方とわたくしは王命で結ばれた婚約者ですわ」
悔し気に顔を歪めるライト王太子。
せっかくの美男が台無しだわ。
マリーの手を引き部屋を彼は出て行ってしまった。
頭が痛い。
そしてこれから先、どうなるのか不安だった。
ライト王太子からは睨まれる日々。
交流を図ろうともうまくいかず、母に相談すれば、
「貴方がしっかりとしないと。王立学園を卒業も近いのですし、卒業すれば、王太子殿下も王族として自覚がでてくることでしょう」
と言われてどうする事も出来なかった。
一月後、王立学園を卒業した。
卒業パーティでは、兄ベルドがエスコートをしてくれて。
美しい銀糸をあしらったドレスで、出席したのだけれども。
ライト王太子殿下が、いらついたように、剣を抜いて斬りつけてきたのだ。
兄に手を引かれて一歩下がったが遅かった。
肩から胸にかけて痛みが走る。
血がドレスから飛び散る。
周りの男性達がライト王太子を取り押さえた。
「これ見よがしに、着飾ってっ。お前なんぞ、結婚なんてするものかっ。私はマリーと結婚するんだっ」
取り押さえられながら、ライト王太子は喚いていた。
意識が遠のく。
マリーという女が真っ蒼になって震えている。
兄ベルドの医者を呼ぶ声が聞こえて来る。
ああ、ディアドがこちらに駆け寄って来たわ。
手を思わずディアドに向かって、差し出した。
そこで意識が途切れた。
今回の事件を聞いて国王陛下と王妃は頭を抱えた。
ライト王太子は錯乱したと判断されて、離宮に隔離された。
ジュディアは一命をとりとめたが、傷が左肩から左胸にかけて残ってしまった。
ベッドで静養する日々。
ライト王太子との婚約は解消されて、ただただ悲しかった。
自分は公爵家の娘としてライト王太子の為に力になろうとした。
ただどうすることも出来なかったのだ。
ディアド・マシェル公爵令息が薔薇を持って見舞いに来た。
ベッドの中で会える状態ではないので帰って貰うように伝えた。
薔薇の花束の中にカードが入っていて。
― どうか、私と婚約を考えて下さいませんか。ずっと貴女の事を思っていました。お身体お大事になさって下さい ―
そのカードを手に涙を流した。
身体に傷が残ってしまった。
こんなわたくしでもいいの?
傷が治ったらディアドに会ってみよう。
そう思えた。
一月後、ディアドが改めて会いに来た。
傷が治っていたので、彼と客間で面会した。
ディアドは赤の薔薇の花束を差し出して、
「私と婚約を考えて下さいませんか?私は以前、身体が弱くて、婚約者がおりませんでした。でも、今は健康です。私は父を見習って宰相を目指したい。でも、それには領地経営をしっかりしてくれる妻が必要です。貴女なら、私の妻として、マシェル公爵家を任す事ができるでしょう。どうか、ジュディア。私と婚約を」
嬉しかった。ずっと好きだったディアド。
彼に婚約を申し込まれたのだ。
でも……
「わたくしは身体に傷が残ってしまいましたわ。それでもいいの?」
「あの時、私は貴女を助ける事が出来なかった。貴女が斬られて倒れるのを見て、駆けつけることしか。今度、何かあったら貴女を守りたい。そんな男になりたい」
ジュディアは頷いた。
「家と家の話し合いになるでしょう。でも、父も母もこの婚約に反対はしないと思いますわ。ですから、わたくし‥‥‥貴方と婚約したいと思います」
ディアドに抱き締められた。
嬉しかった……やっと、心が満たされた。
そんな気がした。
離宮ではライト王太子、いや、現在は元王太子になったライトが閉じ込められていた。
一番上の姉が王太女になって、いずれ王国の女王になることに決まった。
ライトはぶつぶつと呟いていると、部屋の扉が開いて声をかけられた。
「どうしてあんな凶行に?自分の婚約者に斬りつけるなんて」
ライトは振り返る事もなく、窓の外をぼんやりと見ながら、
「マリーが怖がっていた。マリーが可哀そうだ。あの女の着飾った姿を見たら、殺さないとと思った。あの女の全てが鬱陶しかった。母上はいつも、王妃の顔色ばかりみていた。私達も同様だった。ああっ。あの女が王妃に見えたんだ……憎い王妃に。私は毒杯か?マリーはどうなった?」
「デル男爵家は潰された。バルデ公爵家の怒りを買ったんだろう。娘のマリーは?さぁ、どこかへ売られたか?男爵夫妻ともども、行方は知れないそうだ」
「あああ、マリー……マリー。マリーっ。彼女といる時だけが私は幸せだった。可哀そうなマリー」
泣き崩れるライト元王太子。
声をかけた男は扉をそっと閉めた。
彼は変…辺境騎士団員のアラフだ。
変…辺境騎士団は屑の美男をさらって正義の教育する変た…いや辺境騎士団なのだが。
ドアの外で待っていた変…辺境騎士団の仲間達にアラフは、
「どうする?」
「どうするって攫うしかねぇだろ?毒杯よりはマシじゃねえ?」
「尻がマシじゃなくなるけどな」
「人を殺しかけているからな。三日三晩みっちりと反省させないと」
簀巻きにしてライトは攫われて行った。
彼が泣いて反省したかどうかは定かではない。
ジュディアは今、幸せだ。
好きだったディアドと婚約を結ぶ事が出来て。
空は青空。
晴れ渡っていて、ジュディアはディアドと今日も会う為に、支度を張り切ってするのであった。




