C「ヌーン活」
目が覚めてすぐにインスタグラムを開いた。
昨日投稿した写真は、2,300いいねを超えていた。
コメントは100を超えていて、「素敵」「最高」「午後帝国、永遠」という同じようなメッセージが、昨日と変わらず、3年前からずっと、だいたい同じだった。
それが良いんだ、と自分に言い聞かせた。安定している、ということは信頼されている、ということなんだ。
今日も、ホテルのテラスに行く。
いつもの時間に、いつもの場所に、いつもの角度で。
光の入り方まで、もう計算できている。
朝日がテーブルの白いクロスに当たる時間、その時間が一番映える。
その時間が来ると、何も起こっていないはずの日常が、
不思議と光に包まれて、魔法のように見える。
実際には何も起こっていないのに、カメラを通すと、全部が魔法に変わる。
その変身の瞬間が、何よりも好きだった。
支度をしながら、頭の中で今日の投稿を作っていた。どんなキャプション? どんなハッシュタグ?
#午後帝国は、もう、昔ほど反応しない。
検索しても古い投稿ばかり浮かぶ。
3年前、2年前のインスタグラム投稿ばかり。
もう、誰も新しく使ってなかった。
でも続けないといけない。
何か新しい概念を作らないといけない。
何か、若い世代が「あ、これいい」って思うような概念を。
頭の中は、常に、次の流行りを探している。
移動中も、シャワーの中も、夜中に目が覚めた時も。常に。
テラスに着いた時、いつもの席が空いていた。
いつもの光が、テーブルに当たっていた。
ウェイターが、アフタヌーンティーを置いた。
白いカップ、銀色のポット、陶器の皿に乗った小さなケーキたち。全部が、綺麗だった。
正直なところ、もう、飽きていた。
何度も何度も、同じシーンを見ていると、その綺麗さも、次第に薄くなっていくんだ。
でも、飽きていることを、誰にも言えない。
だから、「今日も、午後帝国」と言う。
だから、笑顔で、スマートフォンを持ったまま、写真を撮る。
だから、「最高」とキャプションを書く。
スマートフォンを握ったまま、ケーキを食べた。角度を変えて。
光を調整して。何枚も、何枚も、撮った。
どの写真も、ほぼ同じに見えた。でも、違いがあるはずだ。
フォロワーたちは、その違いを見たいんだろう。
毎日、毎日、違う「午後帝国」を見たいんだ。
同じなのに、違う。違うように見える。その「見える」が、大事なんだ。
実は、その「見える」だけが、大事なんだ。本当のところは、どうでもいいんだ。
隣のテーブルに、若いカップルが座った。
女の子がスマートフォンで彼氏の写真を撮っていて、彼氏はケーキを食べていた。
二人とも、何のハッシュタグも付けていなかった。
ただ、楽しんでいた。ただ、笑っていた。
その自然さが、何か、羨ましかった。
いや、羨ましいじゃなくて、その「何も考えずに楽しむ」という状態が、もう自分には、できないんだ、ということに気づいた。
気づきました、みたいな感じで、心の中で、にっこり言った。
インスタグラムを開いて、投稿のドラフトを作った。
「午後帝国は、ずっと有効です。
なぜなら、君たちの心の中に、存在しているから。
毎日毎日、君たちが思い出す度に、新しく生まれ変わるから。」
いい文だと思った。でも、同時に、嘘くさいと思った。
これを投稿しないといけない。フォロワーたちは、これを待っている。
この「いい文」を。
この「新しい角度の午後帝国」を。
投稿ボタンを押した。すぐに、「いいね」が付き始めた。
「素敵です」「泣きました」「午後帝国、永遠」というコメントが増えていく。
その度に、心が、ふわり、と浮いた。でも、その浮いた感じが長く続かなかった。
すぐに、別の何かが、押し潰した。
投稿した直後の、その沈下感。
新しい、次のコンテンツを作らないといけない、というプレッシャー。
もう、無限ループだ。
インスタストーリーズを開いた。
今、ホテルのテラスにいることを、リアルタイムで投稿した。
すぐに、知り合いたちが、リアクションした。
「いいな」「最高」「私も行きたい」という反応が、快感だった。同時に、その反応が、鎖だった。
この反応がないと、どうしよう。
この投稿がスルーされたら。
この「午後帝国」が、誰からも反応されなかったら。
その恐怖が、常に、頭の片隅にあった。
ケーキを食べ終わった後も、テーブルには、いた。
もう一枚、写真を撮りたかった。違う角度で。
違う光で。何かが、新しく見えるような。
でも、もう、同じ写真しか、撮れないことに、気づいていた。それなのに、撮り続けた。
別のインスタグラマーの投稿を見た。
#午後帝国のハッシュタグは、もう、どこにもなかった。
検索しても、古い投稿ばかり。3年前の栄光。
もう、死んでいた。
でも、その死んだことを、誰も、言わない。
だから、自分も、言わない。
だから、毎日、「午後帝国は有効です」と、言い張る。
死んでいるものを、生きているように見せ続ける。それが、インフルエンサーの仕事なんだ。
テラスを出る前に、もう一度、写真を撮った。
夕方の光が、テーブルに当たっていた。昼間と違う、柔らかい光。
その光の中で、自分も、写真に映った。笑顔で。
そのうしろ姿を、投稿した。
「今日も、素敵な午後を、ありがとう」
そんなキャプションを付けた。
本当は、言いたかった。
「私も、死んでいますか?」
「この笑顔も、本当は、嘘ですか?」
「いつまで、これを続けるんですか?」
でも、言わなかった。
代わりに、「いいね」が付くのを、見ていた。




