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◯活

C「ヌーン活」

作者: 三田智
掲載日:2026/10/29

目が覚めてすぐにインスタグラムを開いた。

昨日投稿した写真は、2,300いいねを超えていた。

コメントは100を超えていて、「素敵」「最高」「午後帝国、永遠」という同じようなメッセージが、昨日と変わらず、3年前からずっと、だいたい同じだった。


それが良いんだ、と自分に言い聞かせた。安定している、ということは信頼されている、ということなんだ。




今日も、ホテルのテラスに行く。

いつもの時間に、いつもの場所に、いつもの角度で。

光の入り方まで、もう計算できている。

朝日がテーブルの白いクロスに当たる時間、その時間が一番映える。



その時間が来ると、何も起こっていないはずの日常が、

不思議と光に包まれて、魔法のように見える。

実際には何も起こっていないのに、カメラを通すと、全部が魔法に変わる。

その変身の瞬間が、何よりも好きだった。



支度をしながら、頭の中で今日の投稿を作っていた。どんなキャプション? どんなハッシュタグ?


#午後帝国は、もう、昔ほど反応しない。

検索しても古い投稿ばかり浮かぶ。

3年前、2年前のインスタグラム投稿ばかり。

もう、誰も新しく使ってなかった。



でも続けないといけない。

何か新しい概念を作らないといけない。

何か、若い世代が「あ、これいい」って思うような概念を。



頭の中は、常に、次の流行りを探している。

移動中も、シャワーの中も、夜中に目が覚めた時も。常に。



テラスに着いた時、いつもの席が空いていた。

いつもの光が、テーブルに当たっていた。

ウェイターが、アフタヌーンティーを置いた。

白いカップ、銀色のポット、陶器の皿に乗った小さなケーキたち。全部が、綺麗だった。



正直なところ、もう、飽きていた。

何度も何度も、同じシーンを見ていると、その綺麗さも、次第に薄くなっていくんだ。


でも、飽きていることを、誰にも言えない。

だから、「今日も、午後帝国」と言う。

だから、笑顔で、スマートフォンを持ったまま、写真を撮る。

だから、「最高」とキャプションを書く。



スマートフォンを握ったまま、ケーキを食べた。角度を変えて。

光を調整して。何枚も、何枚も、撮った。


どの写真も、ほぼ同じに見えた。でも、違いがあるはずだ。

フォロワーたちは、その違いを見たいんだろう。

毎日、毎日、違う「午後帝国」を見たいんだ。


同じなのに、違う。違うように見える。その「見える」が、大事なんだ。

実は、その「見える」だけが、大事なんだ。本当のところは、どうでもいいんだ。




隣のテーブルに、若いカップルが座った。

女の子がスマートフォンで彼氏の写真を撮っていて、彼氏はケーキを食べていた。

二人とも、何のハッシュタグも付けていなかった。


ただ、楽しんでいた。ただ、笑っていた。



その自然さが、何か、羨ましかった。

いや、羨ましいじゃなくて、その「何も考えずに楽しむ」という状態が、もう自分には、できないんだ、ということに気づいた。

気づきました、みたいな感じで、心の中で、にっこり言った。



インスタグラムを開いて、投稿のドラフトを作った。


「午後帝国は、ずっと有効です。

なぜなら、君たちの心の中に、存在しているから。

毎日毎日、君たちが思い出す度に、新しく生まれ変わるから。」


いい文だと思った。でも、同時に、嘘くさいと思った。


これを投稿しないといけない。フォロワーたちは、これを待っている。

この「いい文」を。

この「新しい角度の午後帝国」を。



投稿ボタンを押した。すぐに、「いいね」が付き始めた。

「素敵です」「泣きました」「午後帝国、永遠」というコメントが増えていく。



その度に、心が、ふわり、と浮いた。でも、その浮いた感じが長く続かなかった。

すぐに、別の何かが、押し潰した。



投稿した直後の、その沈下感。

新しい、次のコンテンツを作らないといけない、というプレッシャー。

もう、無限ループだ。


インスタストーリーズを開いた。

今、ホテルのテラスにいることを、リアルタイムで投稿した。

すぐに、知り合いたちが、リアクションした。


「いいな」「最高」「私も行きたい」という反応が、快感だった。同時に、その反応が、鎖だった。


この反応がないと、どうしよう。

この投稿がスルーされたら。

この「午後帝国」が、誰からも反応されなかったら。


その恐怖が、常に、頭の片隅にあった。




ケーキを食べ終わった後も、テーブルには、いた。

もう一枚、写真を撮りたかった。違う角度で。

違う光で。何かが、新しく見えるような。


でも、もう、同じ写真しか、撮れないことに、気づいていた。それなのに、撮り続けた。




別のインスタグラマーの投稿を見た。

#午後帝国のハッシュタグは、もう、どこにもなかった。

検索しても、古い投稿ばかり。3年前の栄光。


もう、死んでいた。


でも、その死んだことを、誰も、言わない。

だから、自分も、言わない。

だから、毎日、「午後帝国は有効です」と、言い張る。


死んでいるものを、生きているように見せ続ける。それが、インフルエンサーの仕事なんだ。




テラスを出る前に、もう一度、写真を撮った。

夕方の光が、テーブルに当たっていた。昼間と違う、柔らかい光。

その光の中で、自分も、写真に映った。笑顔で。



そのうしろ姿を、投稿した。

「今日も、素敵な午後を、ありがとう」

そんなキャプションを付けた。




本当は、言いたかった。


「私も、死んでいますか?」


「この笑顔も、本当は、嘘ですか?」


「いつまで、これを続けるんですか?」


でも、言わなかった。



代わりに、「いいね」が付くのを、見ていた。

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