愛される妹が真の聖女だと報われない姉は要領が悪いと勘違いされて婚約破棄されたので喜んで国を出てブラック労働から解放されましたからあとで泣きつかれても知るものか
王都の空がどんよりと曇っている日に公爵家の長女エリテス・ラングレーは、今日も今日とて執務室で書類の山と格闘していた。
「エリテス様、聖水浄化の決裁をお願いします」
「そこに置いておいて」
「エリテス様、南の村で発生した瘴気の報告書です」
「すぐに結界の補強術式を組みます」
休む暇はない。目の下にはクマができ、自慢の黒髪も手入れ不足でパサついている。前世、国で社畜と呼ばれる生き物だった。過労死して気づけば剣と魔法の世界に転生していたのだ。
だが、転生してもやることは変わらなかった。国には聖女という存在が必要だ。
魔物の発生源である瘴気を浄化し、作物を育てる力。力を持っているのは私だ。
しかし──。
「わあ! すごーい! お花が咲いたよぉ!」
窓の外から甲高い声が聞こえる。庭園では二つ下の妹のミレアが、キャッキャと愛想を振りまいていた。
ふわふわのピンクブロンドに、クリクリとした青い瞳。誰が見ても守りたくなるような容姿をしている。
「さすがミレアだ! 君が歩くだけで花が咲くなんて、やはり君こそが真の聖女だね」
ミレアの隣でデレデレと鼻の下を伸ばしているのは第一王子であり、婚約者でもあるヴァウド殿下。
誰の婚約者かって?己の婚約者だ。嫌だ嫌だ。大嫌いな人種なのだから嫌悪さえある。
(またやってる……あのアホ王子)
徹夜で組み上げた大規模浄化魔法の効果が、たまたま庭園に現れただけだというのに。ミレアは何もしていない。ニコニコして、成果を自分の手柄のように振る舞っているだけ。
だが、誰もそれに気づかない。愛想のない黒髪の姉より、可愛らしくて明るい妹の方が聖女らしいから皆思い込んでる。
「お姉様はまだ仕事? かわいそー。要領が悪いから終わらないんだよねぇ」
「ミレアは優しいな。エリテスが無能なせいで君に負担がかからないか心配だよ」
窓の外からの会話にペンをへし折りそうになった。限界だ。もう、辞めてもいいだろうか。イライラして寝不足に気絶した。
その日は学園の卒業記念パーティーだった。煌びやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑している。
壁の花として料理をつまんでいた。正直、帰って寝たい。その時、音楽が止まり、壇上にヴァウド殿下が上がった。横には当然のように妹のミレアが寄り添っている。
「静粛に! 今この場を借りて重大な発表がある!」
ヴァウド殿下の声が響く。嫌な予感がする。いや、予感じゃない。これマンガでよく読んだあれだ。
「ヴァウド・アルカディアはエリテス・ラングレーとの婚約を破棄する! 真の聖女であるミレア・ラングレーとの婚約を結ぶことを宣言する!これは真実の愛による選定だ!」
会場がどよめくと、冷静にグラスを置いた。やっぱり来たか、なんて辟易する。
「エリテス! 貴様は自分の無能さを棚に上げ、妹のミレアをいじめていたそうだな!」
「えっと……いじめる? 私がですか?」
「しらばっくれるな! ミレアのドレスを切り刻んだり、教科書を隠したりしただろう!」
ミレアがヴァウドの腕にしがみつき、嘘泣きを始める。わかりやすい。
「うぅ……お姉様、怖かった……でも、我慢すればいいと思って……ひっく」
いつそんな暇があったというの。私は二人が遊んでる間も、国の結界維持で寝る暇もなかったのに。頭打って額がまだ痛いのに?
嫌がらせするくらいなら寝る。全力でたっぷり寝る。
「冤罪ですね」
短く答えた。
「黙れ! 証拠はある!……と言いたいところだがミレアの慈悲深い心に免じて、罪には問わん。その代わり、貴様を追放する! 聖女の姉という立場を悪用した罰だ!」
ヴァウド殿下が勝ち誇った顔で言えば周りの貴族たちも「やはり地味な姉が嫉妬していたのか」「ミレア様こそ聖女にふさわしい」とひそひそ話している。ふぅ、と息を吐いた。怒りはない。湧き上がってきたのは歓喜。
追放? つまりは仕事をしなくていいってこと?
そんなの、そんなの最高の手切れ金だ。
「んふふ、んふふ……わかりました」
「な、なんだその態度は! 泣いてすがるなら今のうちだぞ?」
「あ〜、いえいえ、とんでもない!謹んでお受けいたします。婚約破棄も国外追放もなんでも」
スカートの裾をつまみ、優雅にカーテシーをした。海外式ってめんどくさい。
「今までお世話になりました。ミレアあとはよろしくね。国の結界も浄化も、全部真の聖女であるあなたがやるんだよ?」
「え? あ、うん! 任せてお姉様! もっともっと素晴らしい国にするから!」
ミレアは何もわかっていない顔で笑ったが、気にせず振り返らずに会場を出た。背後で嘲笑が聞こえたが気にならない。
明日からは自由だ。誰にも邪魔されず、たっぷり八時間睡眠が取れる。
国を追い出されたあと、北にある隣国との国境地帯のノースガルド辺境伯領に向かった。
極寒の地であり、魔物が多く出る危険地帯として知られているが、あてがあったから行こうと決めたら即向かう。
「ようこそエリテス嬢。待っていたよ」
出迎えてくれたのは黒い毛皮のコートを纏った長身の男性。銀色の髪に氷のように鋭い灰色の瞳。
氷の魔王と恐れられている辺境伯、ラシード。
「お手紙をいただき感謝します。ラシード様」
「なに、君のような優秀な術師がフリーになると聞いてスカウトしない馬鹿はいない」
実は水面下でラシードとは手紙のやり取りをしていた。独自開発した簡易結界魔道具を高く評価してくれていた唯一の人物である。
「ですが、本当によろしいんですか? 偽の聖女として国を追われた身ですが」
「ハッ、王都の連中は目が腐っているらしい。君が国境を越えた瞬間、どうなったか知ってるか?」
ラシードはニヤリと笑い、窓の外を指す。顔を向けた。
「ここを見てみろ」
そこには見渡す限りの雪原……ではなく、淡く光る花々が咲き乱れる草原が広がっていた。極寒の地であるはずの領地が春のように暖かい。
「君が来てから領内の魔素が完全に浄化された。魔物も寄り付かなくなっている。魔力は歩くだけで大地を癒やすレベルだ……これでも偽物と言うつもりか?」
そう。今まで、王都全体の汚れを一手に引き受けて浄化していた。無意識に抑えていたリミッターが国を出たことで外れたのだろう。魔力は自分でも引くほど強大だった。隠していたけど。
「君にはここで好きなように研究をしてほしい。衣食住は最高のものを用意する。労働条件は決めていい」
「……八時間睡眠と三食おやつ付き、週休二日でも?」
「構わん。君がいてくれるだけで我が領の防衛費が九割浮く。安いもんだな」
ラシードは不器用に頭を撫でる。手は大きく温かかった。久々な感触。
「エリテス。君を歓迎する」
こうして、ホワイトなスローライフという研究三昧が始まった。よし、寝よう。
一方その頃、真の聖女である姉を追放したアルカディア王国は、地獄のような有様になっていた。
「おいどうなっているんだ! なぜ雨が降らない! 作物が全部枯れているぞ!」
王城の玉座の間で王子ヴァウドが叫び声を上げていた。エリテスがいなくなってから一ヶ月で、国は急速に腐敗し始めていた。
空は常に鉛色で井戸の水は泥のように濁り、街中にはドブのような臭気が漂っている。これまでエリテスが透明な結界で防いでいた瘴気が、一気に溢れ出したのだ。
「ミレアどうにかしろ! 君は真の聖女だろう!?」
「わ、わからないの! 祈ってもお花が咲かないのぉ……!」
ミレアは泣きじゃくっていた。元々、聖女の力などほとんどない。
今まで奇跡だと言っていた現象は、すべてエリテスが裏で展開していた魔法のおこぼれか、あるいはエリテスが妹のためにこっそり補助してあげていたもの。
「お姉様がいなくなったら何もできないなんて」
「は?そんな……じゃあ、今までのは全部嘘だったのか!?」
ヴァウドは愕然とした時、さらに悪い報告が入る。
「殿下! 国境付近の森からスタンピードが発生しました! 魔物の大暴走です!このままでは王都が飲み込まれます!」
「な、なんだと!? 結界はどうした!?」
「結界は……一ヶ月前に消滅しております!」
「ひっ……な、な」
ヴァウドは腰を抜かしてへたり込んだ。エリテスという守り神を失った王国は、無防備な赤子も同然。貴族たちも民衆もようやく気づき始めていた。無口な長女こそが国を支えていた本当の柱だったのだと。
「エリテスを……エリテスを連れ戻せ!連れて来い! 今すぐにだ!誰でもいい!」
*
ノースガルド辺境伯領での生活は快適そのものだった。ラシードと一緒に、領地の特産品である氷晶石を使った新しい魔道具を開発している。
「君のアイデアは素晴らしいな。これなら暖房費を抑えて野菜を栽培できる」
「ふふ、ビニールハウスの知識が役に立ちました」
ラシードとの距離も縮まっていた。見た目は怖いが、実は甘党で部下思いの優しい人だ。ヴァウドとは大違いである。
そんなある日、屋敷に泥だらけの使者がやってきた。厄介で呼んでないのに。見覚えのある王家の紋章。使者は土下座の勢いで手紙を差し出した。
「エリテス様! どうかどうかお戻りください! 国が滅びかけています!」
手紙にはヴァウドの文字で書かれていた。
『エリテス、追放を取り消す。ミレアは聖女ではなかった。やはり君が必要だ。今すぐ戻ってきて結界を張り直せ。そうすれば側室として迎えることを許してやろう』
「……は?」
思わず低い声が出た。横から手紙を覗き込んだラシードも、周囲の空気が凍りつくほどの殺気を放つ。
「許してやろう? 自分たちが捨てておいて、どの口が言うんだ」
「本当にそうですね。しかも側室って……あの、使者の方」
ニッコリと目は笑わずに使者に告げた。
「お断りします」
「なっ……なんと!? 国を見捨てるのですか! 多くの民が苦しんでいます!」
「民を守るための予算を削り、忠告を無視し、追い出したのは誰ですか? 私はもう国の人間ではないので。ノースガルドの領民ですし」
ラシードの腕に手を添えた。
「それに、とても幸せなので戻る理由がありませんからね」
「そ、そんな……そんな」
「お引き取りください……あ、それと」
最後に付け加えた。
「愚妹のミレアに伝えてください。真の聖女なら、自分の可愛さで魔物を魅了して止めてみては、と」
使者は青ざめた顔で帰っていったその後、アルカディア王国は甚大な被害を受けた。魔物の襲撃により国土の半分が荒廃。
他国からの支援を受けてなんとか存続はしたが、キラキラと輝いていた大国の面影はない。ヴァウドは廃嫡され、王位継承権を剥奪された。遅すぎる対処だ。
今は平民として荒れた土地を耕す毎日だと聞く。ミレアは偽聖女として国民の怒りを買い、修道院の奥深くに幽閉された。自慢の美貌も粗末な食事とストレスで見る影もなくなったという。
一方。
「今日のシチューは最高だ」
「おかわりもありますよ」
ノースガルド辺境伯領は、魔法とラシードの統治によって急速に発展し豊かな作物が実り、安全で美しい街並みには多くの商人が集まっている。
北の楽園と最近ではそう呼ばれているらしい。
「少しいいか……エリテス」
「はい?」
食後のティータイムにラシードが真剣な顔で見つめたと思っていたら跪いて手を取ってくる。
「客分として置いておくのはもう我慢できない。妻になってくれないか? 一生君を大切にする」
心からの笑顔で答えた。
「はい、喜んで。ただし、残業はしませんから」
ラシード様は吹き出し、優しく抱きしめた。
「ああ、約束するよ。愛しい聖女」
窓の外には魔力で咲いた満開の花と、美しいオーロラが輝いていた。元社畜の聖女は、ようやく本当の幸せを手に入れたのだ。
*
愚かな王子の転落 サイド
第一王子ヴァウド・アルカディアは人生の絶頂にいた。
目の前で愛しいミレアが涙ぐんでいる。向こうには、憎らしいほど可愛げのないエリテスが立っている。
「貴様との婚約は破棄する! これからはミレアこそが俺の隣に立つ真の聖女だ!」
卒業パーティーの会場に声が響き渡る。気持ちいい。最高だ。
ずっと我慢していた。書類仕事ばかりしていて、こちらの方を見ようともしない陰気な女。黒髪で可愛げのかけらもない。
それに比べてミレアはどうだ。明るくていつもニコニコしていて「ヴァウド様すごぉい!」と褒めてくれる。
歩くだけで花を咲かせる奇跡の力まで持っている。どう考えても、国を救うのはミレアの方だ。エリテスは聖女の姉という立場にしがみついているだけの、無能だ。寄生虫。
「わかりました。謹んでお受けいたします」
エリテスは平然としていたが強がりだ。内心では泣き叫びたいに決まっている。次期国王を逃したのだから。
「はは!後悔しても知らんぞ。貴様など見たくもない」
エリテスは背を向け、会場を出て行った。これで邪魔者は消えたからこれからは、己とミレアの輝かしい未来が始まる、はずだった。
異変が起きたのは追放してからわずか三日後のこと。
「……なんか臭くないか?」
朝、窓を開けるとドブのような臭いが鼻をついた。いつもなら王都の空気は澄み渡り、バラの香りが漂っている。庭を見るとミレアが咲かせたはずの花壇が、茶色くドロドロに溶けていた。
「おい庭師! 手入れをサボったな!?」
使用人を怒鳴りつけたが庭師は震えながら答えた。
「違います殿下! ちゃんと水はやっています! でも、水が……井戸の水が濁っていて!」
「は? 水が濁るわけないだろ。王都は聖なる結界で守られてるんだぞ」
鼻で笑ったがその日の午後、事態は深刻になった。執務室に次々と報告が入ってくる。
『下水道からヘドロが逆流しています!』
『市場の野菜が一瞬で腐りました!』
『空が曇ったまま太陽が出ません!』
「うるさい! いちいち報告するな! ミレア! ミレアを呼べ!」
ミレアを呼びつけた。祈ればこんなトラブルなど一発で解決するはず。
「ミレア、ちょっと外の空気を浄化してくれ。カビ臭くてかなわん」
「えっ……?」
ミレアはきょとんとしていた。
「え、と……ヴァウド様?お花畑を作るのならできるけど……浄化ってどうやるの?」
「は? どうやるって……いつも庭でやってただろ? キラキラした光を出して」
「あれは、お姉様がこうやって魔力を流すのよって手伝ってくれてたから……私ひとりじゃ光らない」
背筋に冷たい汗が流れた。手伝ってくれてた? エリテスが?いやまさか。そんなはずはない。あの女は無能でミレアの邪魔ばかりしていたはずだ。
「じょ、冗談はやめろミレア。ほらやってみせろ。愛する俺のために!」
ミレアは顔を真っ赤にして唸った。
「んんっ!!」
しかし、何も起きない。 足元の草が少し枯れただけ。
「……おい、嘘だろ?」
一ヶ月後。国は終わっていた。王都はスラム街のように汚れ、国民は「聖女を返せ!」と暴動を起こしていた。父の国王は心労で倒れてすべての責任がのしかかる。
「北の森から魔物の大群が! スタンピードです!」
「結界班は何をしている! 防げ!」
「無理です! 結界を維持する魔力が足りません! エリテス様が抜けた穴を埋めるには、宮廷魔導師が百人いても足りないんです!」
玉座の前でへたり込んだ。エリテスは一人で百人分の仕事をしていたのか?寝る間も惜しんで? 文句も言わずに?それを無能と罵って追い出したのか?
「連れ戻せ……」
震える手で羊皮紙をつかんだ。
「手紙を書く! あいつは俺に惚れていたんだ。戻ってくれば許してやると言えば泣いて喜ぶ!」
そうだ、そうに違いない。あいつにとってここは故郷。急いで手紙を書いた。精一杯の譲歩として側室にしてやる、とも書き添えた。なら断るはずがない。
数日後。死にものぐるいで北へ向かった使者が帰ってきた。希望にすがって立ち上がる。
「どうだ! エリテスは来たか!?」
しかし、使者は一人。
顔面蒼白でガタガタと震えている。
「あ、あの……エリテス様は……あの」
「もったいぶるな!」
「お断りしますと……」
時が止まった。
「は? 断る? 側室だぞ? 次期国王の妻になれるんだぞ?」
「そ、それが……エリテス様はノースガルド辺境伯ラシード様と……はとても親密なご様子で……」
使者は言いづらそうに決定的な言葉を告げた。
「今とても幸せです。二度と関わらないでください……そうおっしゃっていました」
手からワイングラスが滑り落ちて割れた。幸せ?氷のような辺境伯のところで?王子を差し置いて?
「ふ、ふざけるな! 俺を見捨てるのか! この俺を!俺を!?ああああああ!?」
叫び声は誰にも届かなかった。直後、王城の外壁が崩れる音がする。魔物の群れが王都に侵入した音だった。
その後、すべてを失った。王族としての地位を剥奪され、平民以下の身分に落とされ今は崩壊した王都の瓦礫を撤去し、荒れ果てた土地を耕す労働に従事している。
「新入り! 手が止まってるぞ!」
「は、はいっ! すみません!」
昔部下だった者に怒鳴られ、泥だらけの手で鍬を振るう。腰が痛い。腹が減った。昼食は固いパンと具のないスープだけ。ふと、北の空を見上げる。
噂では北の辺境伯領は、楽園のように美しい場所になったらしい。一年中花が咲き、美味しい食べ物が溢れ、領民は笑顔で暮らしているそうだ。中心には優しく微笑む真の聖女がいるという。
「……くそっ」
涙が滲んで視界がぼやける。あの時、彼女の手を離さなければ。努力を認め、労わっていれば今頃、楽園で彼女と笑い合っていたかもしれないのに。
「ミレアはどうなったんだ……」
真の聖女ともてはやした妹の方は詐欺罪で捕まり、どこかの修道院へ送られたと聞いた。あるはずのない幻を見て、自分たちの手で本当の宝物を捨ててしまったのだ。
「作業に戻れ、日が暮れるぞ!」
「……はい」
泥にまみれながら再び地面を掘り返す後悔だけが、残された唯一の財産だった。
*
お人形姫の誤算 ミレアサイド
ミレア・ラングレーはこの国で一番可愛くて、誰からも愛される公爵令嬢だ。
鏡に映る自分を見るたびにうっとりする。ふわふわのピンクブロンドに潤んだ青い瞳。物語のヒロインそのもの。
それに比べて姉エリテスは最悪。髪は黒くてボサボサだし、目の下にはいつもクマがある。性格も暗くていつも書斎に引きこもってブツブツ言っている。あんなのが姉だなんて信じられない。
「ミレア、今日も可愛いね」
「うふふ、ヴァウド様ったら」
第一王子ヴァウドはこちらの虜。当然だ。真の聖女なのだから。
例えば「綺麗に咲いてね」と願えばお花が咲くし「キラキラして」と思えば光が溢れる。
お姉様はいつも難しそうな顔で呪文を唱えているけれど、そんなの必要ない。可愛くお願いすれば世界は言うことを聞いてくれる。だから、断罪劇もただただ自分だけが楽しいイベントだった。
「エリテス・ラングレーとの婚約を破棄する!」
卒業パーティーでのヴァウドの宣言に扇の下でニヤリと笑った。やっとだわ。陰気なお姉様が王妃になるなんて、国の恥だもの。自分がヴァウドの隣に立つほうが絵になるに決まっている。
「うぅ……お姉様、怖かった……ああ」
ヴァウドの腕にしがみついて嘘泣きをした。ドレスを切られたとか教科書を隠されたとか、全部デタラメ。お姉様は仕事ばかりしていて、私になんて興味もなさそうだったから。
でも、そんなことはどうでもいい。ヴァウド様や周りの人たちが可哀想なミレアを信じて、とことん悪者にしてくれればそれでいいのだ。
「謹んでお受けいたします」
悔しがる様子もなく出て行った。負け惜しみね。本当は泣きたいくせに。
最後に「あとはよろしくね」なんて言っていたけれど嫌味のつもり?せいぜい田舎で野垂れ死ねばいい。これからは国一番の女性として輝くのよ。
お姉様がいなくなってからの数日間は、夢のように楽しかった。邪魔者はいなくなったし、ヴァウド様は毎日プレゼントをくれるし。次期王妃としてお茶会三昧の日々を送るつもりだった。けれど、何かがおかしい。
「あれ? お花元気ない?」
庭園に出るといつもなら通るだけで咲き誇るはずの花たちが、ぐったりと萎れていた。色はくすみ、花びらがポロポロと落ちている。
「咲いて! ほら、可愛く咲いて!えい!えい!え、え?な、なんで?」
いつものように念じ「えいっ」とポーズも決めてみた。でも、花は動かない。それどころか、ブチブチと音を立てて枯れてしまう。
「そんな……え」
どうして?いつもならここでお姉様が後ろから杖を振って……あ。ふと、昔の記憶がよぎり「えいっ」とやると必ずお姉様が近くにいて、小さな声で何かを呟いていたような気がする。
でも、まさかね。お姉様は魔力が少ない偽物のはず。あれは自分の力に共鳴していただけなのだから。はぁ、考えすぎて疲れた。
気を取り直して部屋に戻ろうとすると窓の外が妙に暗いことに気づく。空が灰色、お日様が出ていない。それになんだか臭い。生ゴミのような鼻が曲がりそうな臭いが漂っている。
「キャーッ! なにこれ!なにこれえ!?」
お風呂に入ろうとしたら蛇口から茶色い泥水が出てきた。真っ白な肌が汚れてしまう。
「ミレア! 大変だ!聞け!」
ヴァウドが血相を変えて飛び込んできた。
「街で疫病が流行りだした! 井戸水も腐っている! ミレア、早く聖女の祈りで浄化してくれ!早くやれ!ぐずぐずするなっ」
「え、え、じょ、浄化?」
彼は何を言っているの?可愛くニコニコしていればいいんじゃなかったの?難しい魔法なんて習ったこともないのに。
「早くしろ! 国民が暴れ出しているんだ!」
怒鳴られてビクッとした。あんなに優しかったヴァウドが鬼のような形相をしている。
「わ、わからない! お祈りしてるのに光が出ないのぉ!」
「ふざけるな! いつもいつもいつもいつもッ、や、やっていただろう!?」
違う。やっていない。咲いた花を見て「すごーい」と言っていただけ。浄化した水を見て「きれーい」と言っていただけ。全部、やってたのは……全部。
「あ、あれ……お姉様?お姉様だ」
その時漸く初めて気づく。存在感がなく地味で暗い背中が、どれだけ大きなものを背負っていたのか。奇跡は全部、お姉様が裏方で演出してくれていた手品だったのだ。
それからの毎日は地獄だった。
「聖女を出せ!」
「嘘つき女!」
王城の周りを怒り狂った民衆が取り囲んでいる。石が投げ込まれ、窓ガラスが割れる音が響く。部屋の隅で震えていた。
ドレスは汚れ、お風呂に入れないから髪もベタベタ。
ヴァウドはもう見に来てもくれない。どうやら、お姉様を連れ戻そうと必死らしい。
「お姉様……帰ってきて……」
帰ってきたら謝ってあげるから。ドレスも半分あげる。ヴァウドも……いや、ヴァウドはやっぱり私のがいいけど、少しなら貸してあげてもいい。
だから元に戻して。臭くて汚い世界をキラキラした世界に戻してよ。
けれど、お姉様は帰ってこなかった。風の噂によると北の地で幸せになっていると聞いてから、あんな怖い辺境伯と?
疑問が湧く。にわかには信じられない。でも、そこは花が咲き乱れる楽園なのだと皆は口を揃えていう。
「……ずるい」
可愛い妹がこんなに辛い目に遭っているのに。お姉様だけが幸せになるなんて許せない。
結局、国はめちゃくちゃになった。魔物が押し寄せ、逃げるように王城を出される。ヴァウドは王族じゃなくなったらしい。最後に見た彼は薄汚れた服を着て、虚ろな目でこちらを睨んでいた。
聞こえなくとも「お前のせいだ」という声が聞こえた気がした。王家を騙した罪で捕まり、遠く離れた修道院に入れられた。
「今日の食事はこれだけです」
目の前に置かれたのはカビの生えた固いパンと具のない薄いスープ。部屋は石造りで寒く、ベッドは藁。
「いやぁ! こんなの食べられない! 私は公爵令嬢なのよ!? 聖女なのよ!」
食器を叩き落とすとシスターに冷ややかな目で見下ろされた。
「働かざる者食うべからず。文句があるなら畑の草むしりをしてきなさい。
「草むしり……? 私が?」
「ええ。あなたの姉君であるエリテス様は国のために血を吐くような思いで働いておられたそうです……それに比べて、あなたは」
シスターはため息をつき、扉を閉めた。
ガチャリと鍵がかかる音が響く。暗い部屋に一人残された。
窓の外には鉄格子。鏡なんてないけれど、今の自分の顔がどれだけ醜いか想像するのは簡単だ。
寒くてお腹が空いて、寂しい。どうしてこうなったの?ただ可愛く笑っていただけなのに。みんながチヤホヤしてくれたのに。
「お姉様……助けて……お願い」
冷たい床にうずくまり、初めて本気で泣いた。でも、どれだけ泣いても誰も「よしよし」とは言ってくれない。
お花も咲かないし、奇跡も起きない。それが、ヒロイン気取りだった私が迎えた、あまりにも惨めなバッドエンドだった。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




