ペロッとサキュバス
「卒業おめでとう」
今年も何人もの生徒が卒業をした。
校長である若い女性は微笑むと生徒達一人一人を抱擁する。
豊満な体と漂う香りは同性でありながら、心を掻き乱されるような気持ちになる生徒が多いという。
「あなた達は前線に出て敵を打ち負かすような力は持っていない」
その通りだ。
この学校に集まった者達は皆、腕力はおろか魔力も並外れているというわけでもない。
持っているのは人々を惑わす美貌だけだ。
「おまけに持っている魅了の魔法も最近は対策をされつつある――私達の種族には分かりやすく逆風が吹いているの。何度も伝えたようにね」
その通りだ。
だからこそ、生徒達は皆、本来は不必要である回復魔法だとか肉体活性化の補助魔法だとかも覚えなくてはならなくなった。
「だけど、それも受け入れなければならない。時の変化は残酷だけれど泣き言を言っても仕方ない――皆、研修先での体験はしっかり覚えてる?」
生徒達は一様に頷いた。
その様に校長は満足気に頷いた。
「――なら、何も心配いらないね。さぁ、皆! 頑張ってね!」
生徒達は力強く返事をして羽を羽ばたかせて人間界へと向かった。
「立派なサキュバスになりなさい!」
校長の激励を背に受けながら――。
***
夜の酒場。
パーティーの一員である屈強な戦士が回復術師に詰め寄る。
昼間ダンジョンでの出来事で諍いが起きているのだ。
「てめえ、ふざけんな! 昼間は何で前線に居る俺より後方に控えていた弓使いの回復を優先しやがった!」
「で、でも……怪我をしていたし……」
「後方に居たんだから命の危険は少なかっただろ!?」
「おいおい。お前を救ったのは俺の放った矢が敵の目に突き刺さったからだってのを忘れたのか?」
「馬鹿が! 俺を回復させてりゃ、俺はピンチにならなかったんだよ!」
「いい加減にしろ! 二人共! そんなことを言い出したらきりがないだろ!」
「いやいや! 今日という今日は言わせてもらうぞ! つーか、俺は知ってんだよ! お前らができてることくらい!」
最早収拾がつかない。
回復魔法や補助魔法――これらは戦闘を左右するが故に『かける順番』をちょっと変えるだけで、このようなトラブルは頻発する。
「……ごめんなさい」
そう言って回復術師は泣きながら部屋へと戻っていく。
「待てよ! 第一お前が――!」
「いい加減にしろって言ってんだろ!」
「そもそも前線に出るんなら死ぬことも覚悟を――!」
部屋の扉を閉めても未だ聞こえてくる怒声を聞きながら回復術師は――先日学校を卒業したばかりのサキュバスはペロッと舌を出す。
「いっちょ上がりと」
人とサキュバスが完全に共存する道を選ぶまで――あと百年。