上司 その1
ああ、あの人が新しい上司か…。異動してきた上司を初めて見た日、なぜか目が離せなかったし、"逃げられない"という言葉が頭をよぎった。
「これ、今からやり直しできる?」
上司が聞いてきた。俺の提出した書類だ。ただ、もう退社時間が近いている。
「あ、それ明日でも間に合う書類ですよね」
橫から、後輩が声を出す。
「すぐ終わるから、これだけやり直して欲しい。皆は時間来たら帰っていいからな」
後輩の声を無視するかのように上司がフロアの皆に向かい言う。
「僕なんか、さっき急にK商事に寄ってから帰るよう言われたんですよ」
後輩がコソッと俺に伝えて来た。そして、
「あの人異動してきてから、先輩と一緒に帰るタイミングがなくなって僕悲しいです」
と、泣くマネをしながら言う。その顔や、言い方が何とも可愛くて、つい顔がニヤケてしまうが、ふと視線を感じて振りかえると、上司が俺の方をじっと見ていた。
慌てて俺は、書類の直しに取りかかる。
※※※
すぐに終わると思った書類だったが、上司の直しが何度も入り、終わる頃には皆退社して、フロアには、俺と上司の2人きりだった。
「お疲れ、じゃあ帰るか。今日もあの店寄るぞ」
「いえ、今日は用事があるので」
「俺は残業に付き合わされたかわいそうな上司だろ?悪いと思うなら行くぞ」
そう言って、上司は俺の腕を取って歩いていく。この上司が異動してきてから、なぜか俺の微妙に皆より遅く帰る程度の残業は増え、なぜか上司と帰りにご飯を食べて帰る事が多くなった。居酒屋や洋食など一通り一緒に行ったが、最近は個室になっているアジアン風料理屋を気に入っているようで、必ずそこに行くようになった。
男2人では狭くて薄暗い個室に入る。横並びの座席に座ると、俺と上司の距離はかなり近くなる。
「前から思ってたんですけど、この店ってカップルがデートするような店じゃないです?」
「そうか?静かで料理も美味しいしから、俺は好きなんだ。いつもの注文していいか?」
そう言いながら、上司は店員を呼び注文していく。まあ、上司のおごりだし、いいか。
若いわりに仕事ができるから、引き上げられるスピードも早く、そのせいか年上の部下もいたり、同期から距離をおかれているらしい。容赦なく仕事も割り振るから、少し遠巻きにされている。そんな状況で、俺が話やすくて上司の息抜きになっているのかもしれないし、食事にいくくらいならいいと思っていた。




