第七話:あなたを知りたい
ハイク様は、ここから猛勉強をするようになった。
ただ、ハイク様に限らずだけれども、オークは一度決めた事に徹底的にのめり込む傾向にある。猪突猛進という言葉がぴったりなその特性は、今ハイク様がやっている、王立国のマルチタスクな学習方法にはあっていないと私は判断し、一つ一つ、しっかりと形にするまで徹底的に学んでもらうことにした。
そのさい、何をはじめに学んでいただければいいかと考えていると、ハイク様は、まず私としっかり向き合いたいということで、私の母語である王立語の学習に専念したいとおっしゃった。
正直な所、オーク語と王立語は文法などの仕組みが大きく違う。文化も大きく違う。そのため、ハイク様の心が折れてしまわないかと心配したが、ハイク様を信じることにした。
そこからのハイク様の努力と成長は凄まじかった。
はじめは人間にはないバイタリティと集中力のおかげかと思ったが、ハイク様の勉強する姿を見てその考えを改めた。ハイク様は諦めないのだ。たとえ教科書のたった1ページ分の理解に何時間かかっても、不平も不満も言わず、ひたすらに学び続けるのだ。
そしてわからないことはそのままにしない。何度も何度も、わからなくてもわかるようになるために、ただひたすらに誠実に、学ぶ事をやめない。
オーク国にある王立語の教科書は、オークが学びよりも肉体の鍛錬を優先するためか、たった数十ページの本が1冊しかなかった。それも基本的な事しか書かれていない。そのため、私は同時並行して、ハイク様のための王国語教育プランを自作し始めた。使っている教科書は基本的なことしか書かれていなかったのはかえって良かった。1週間後、ハイク様は教科書を見ることなく、暗唱できるくらいになった。基礎は完璧。あとは実践あるのみ。
「ハイク様。その教科書はもう大丈夫です。次のステップに行きましょう」
「本当ですか! ヴァージニア様にそう言っていただけるととても嬉しいです! 次のステップ、とても気になります!」
「次のステップは、ハイク様。貴方が先生になるのです」
ハイク様は驚いた表情で私を見た。
「先生って、僕、まだ教科書一冊しか学べていませんよ?」
「大丈夫です。生徒は私で、教えるのはあなた自身のことだからです」
「僕自身、ですか?」
「はい。すべての異文化交流は、自己紹介から始まります。貴方は自分の人生を、私に教える先生になることで、言語だけなく、自己アピールを上手に他人に伝える素養と自信を身につけることが出来ます。それに」
「それに?」
「私が、貴方のことを知りたいのです」
「僕のことを、ですか?」
「はい。私は貴方がどのような人物か、とても興味があります」
「僕に興味がある。とても光栄です!」
ハイク様は私の言葉を噛みしめるように、嬉しそうな表情で笑みを浮かべた。