76.願いと幸せ
優人が魔王の所に戻ったのは、魔王の体力が半分削られた時の大技が放たれた少し後だった。このペースなら、レヴィアがべへを死者蘇生するまでにあの大技は放たれるだろうと優人は思う。
と、優人の元にセレスが近付いて来た。
「……ねえ、レヴィアはどうなったの?」
「もう襲ってこないと思う。けれど生きてるから、物語は続くかもな。んでもって、魔王は倒しきれなくても、無事消える」
「そう、優人らしいわ」
想像以上に穏やかな声で、セレスは言った。そんなセレスに、優人は驚く。セレスは魔族を憎んでいたから、そんな事をしたらもう少し怒るかと思っていた。
「怒らないのか?」
「怒らないわ。私がベヘを嫌いだったのは、優人を殺したから。けれども優人がそれを選んだのなら、拒む理由はないわ」
「そっか」
あくまで自分基準であるセレスに少し苦笑いしながらも、少しだけホッとした。これでセレスが魔族を追い始めたら、どうしようかと思っていた。
「それに、そういうことなら、私も遠慮なく……」
そうセレスが言った時だった。魔王が紫色のオーラをまとい、四人から距離を取る。
とうとうだ。とうとう、あの大技が放たれるのだ。
「じゃあ、皆、後は頼む」
優人はそう言って、一歩前に出る。きっと即死技だから、苦しいのも一瞬だ。けれどもやはり、少し緊張した。
ああ、一人で神様を説得できるだろうか。優人がそう思った瞬間だった。
「待って!」
セレスの声がしたとおもったら、温もりが優人の手に触れた。それがセレスの手だと、気付くのには時間がかからなかった。
「えっ、ちょ、なんで……」
「私も一緒に行くわ」
戸惑う優人に向かって、セレスはほほ笑む。
「約束したでしょう? 優人の事、離すつもりはないって。もう二度と、約束を破るつもりはないわ」
そう言って、セレスは攻撃を受けないように構えているレピオスとカーラの方を見た。
「二人とも、頼んだわよ。絶対に神様とケリをつけてくるから、絶対に私達二人を生き返らせて」
セレスの言葉に、レピオスとカーラも笑う。
「駄目、と言ってもあなたは止まらないでしょう」
「大丈夫! 絶対に生き返らせるから、後は任せて!」
その言葉に、セレスは一旦優人から手を放し、そして優人に向き合うように立った。そして、抱きしめてと言わんばかりに手を広げる。
「優人、ずっと一緒よ。もう二度と、離さないわ。だから、優人も私を離さないで」
そんなセレスを見て、優人は笑う。セレスまで、あの世界に一緒に行ける保証なんてどこにもない。けれども、どうしてか一緒に行ける気がするのだ。
いや、違う。そうなるように、願えばいい。だってこの世界の主人公は自分なのだから。
優人はセレスを強く抱きしめた。強く強く、抱きしめた。その瞬間、二人は紫色の光に飲み込まれた。
◆
優人は、あの場所にいた。不安のない、温かくて心地よい何かに包まれているような場所。叶うなら、ずっとこの何かに包まれていたくなる。
でも、今だけは目を開けなければいけなかった。そして、あの声と話さなければいけない。けれども、なかなか目を覚ますことができなかった。
と、突然手を握られた。何度も握った、あの優しい手だ。ああ、無事セレスも一緒に来ることができたのだ。そう思った瞬間、なんとしても目を開かなくてはいけないと思った。
大丈夫。ここにはセレスがいる。そして、ここは自分の物語の一つ。
願え。願え。優人は強く願って、そして目を覚ました。
目を開いても、何もない真っ暗な空間だった。けれども手の温もりの先にはセレスがいて、その姿はくっきりと見えた。微笑むセレスに向かって優人も微笑み返し、そしてもう一度手を握り直した。
そうして、優人は何もない空間に叫ぶ。
「いるんだろ? でてきてくれ」
何もない静寂。けれども、いないはずはなかった。この世界に、あの声はいるはずだった。
「このようなことは初めてだ。まさか私を自らの意思で呼び出すものがいるとは」
良かった。いた。
急いで願いを伝えなきゃ。そう思って、優人がもう一度口を開いた瞬間だった。
「おまえの願いを叶えることはできない。おまえの予想通り、あの世界はおまえの魂を癒すための、おまえのための作り物の世界。魔王を倒せば、世界は消えておまえの魂は元の世界に戻る。安心せい、もう一人の魂と一緒だ」
もう一人の魂とは、悟のことだろう。けれども、悟と一緒ならそれでいいと、優人は思えなかった。
「俺はこの世界と、そしてセレスと一緒にいたい。せめて俺が年をとって死ぬまで、どうにかならないのか?」
「無理だ。この世界は長く留まるために作られていない。私の力では、どうにもならない」
その声の話す言葉に、優人は小さく息を吸う。大丈夫、胸騒ぎがし始めたことから、これはわかっていたことだった。
「じゃあ、物語が終わらなかったら?」
優人はセレスの手を握りながら、口を開いた。
「レヴィアが、敵がまだ生きてる。そしたら、エンディングは迎えられない」
「いや、終わっている。おまえもわかっているのだろう? 彼女が、幸せそうに笑っていたことを。あれも、一つの終わりの形だ」
その声の言った言葉に、優人はセレスと繋いでいない方の手を握りしめた。なんとなく、そんな気はしていた。物語が続くには、レヴィアは幸せな顔をし過ぎていた。
やっぱり無理なのだろうか。優人は思う。どうあがいても、物語はエンディングへと向かいつつある。綺麗な終わりを、迎えつつある。
優人が思わず頭を抱えた、その時だった。セレスが優人の手を引っ張った。
「大丈夫よ、優人。まだ方法はある」
「でも……」
「ねえ、優人は幸せ?」
セレスの言葉に、優人は言葉に詰まる。
ずっと幸せだと思っていた。こんな優しい仲間に囲まれ、悟とも再会できて、そしてセレスという素敵な恋人ができたのだから。
けれども、そうしてか今は、自信をもって幸せと言えなかった。きっと欲が出てしまったのだろう。そんな仲間と過ごす未来が無いのに、幸せだと言えなかった。
「そうね、今の優人は幸せじゃないわ。でも、優人は主人公なのでしょう? なら、きっと幸せになる方法があるはずなの。そうでないと、エンディングは迎えられない。そうでしょう?」
セレスの問いかけに、その声は何も答えなかった。何も返ってこない。その理由を、優人はすぐにはわからなかった。
「そうね。きっと、自分で答えを見つけなければいけないのね。じゃあ、こんな答えはどうかしら。私の魂を、優人の世界に送ることはできない?」




