7.計画と覚悟
原作でセレス達が瘴気浄化の代償を知るのは、序盤である。瘴気に関する情報を得るために、伝承が残ると言われる村に訪れ、そこでローレという老婆に会うのだ。
そこで、魔王と瘴気に関する伝承と共に、コア浄化の代償を聞かされる。その上で覚悟を問われ、プレイヤーが『はい』を選ぶと浄化の方法を教えてもらえるのだ。
勿論、ゲームでは『はい』を選ばないと、そもそもストーリーが始まらない。けれどもこの世界は、必ずしも『はい』か『いいえ』で決まる世界では無かった。
だからソルは、村に入る前の夜、こっそり抜け出して一人でローレに会いに行った。
自分は瘴気の浄化の方法も、そしてその代償も知っている。だからこれから来るセレス達に代償の事を伝えないで欲しい。この中で魔力の高い自分が浄化に適していることにして、自分だけに四つのコアを浄化できる方法を教える形にして欲しい。
ソルがローレにそう言った時、ローレは正気かとソルを見た。
『わかっておるのか? お主は生きている限り、誰からも疎まれる存在となる。それはお主が思っているよりも辛く、苛酷じゃ』
『わかってる。だけど俺は、他の三人が大切な人に嫌われて欲しくない。幸せになって欲しいんだ。覚悟もある』
それは、きっとソルらしくない言葉だっただろう。ソルは自分の意志があまり強いタイプではなかった。だからこそ、上手く皆にノリを合わせられるムードメーカー的存在だったのだ。
だからこれは、優人としての覚悟だった。そして優人の覚悟を、ローレは受け取ってくれた。
『一つだけ教えて欲しい。お主の覚悟の根底にあるものは何じゃ』
『詳しくは言えない。だけど、俺はこの世界に救われてきた。だから、恩返しがしたい。この世界を幸せにしたいんだ』
優人が『リアンズ』に救われてきたというのは事実だった。どんな絶望が待っていても、前を向き進んでいく世界。何があっても壊れない絆がある世界。そして、その絆が壊れそうになっても、仲間を信じ、向き合い、手を差し伸べようとした主人公のセレスにソルは救われた。
『リアンズ』が無ければ、自ら死を選んでいたのかもしれないとさえ、優人は思う。結局は交通事故で死んでしまったが、最期まで『リアンズ』のような世界を、そしてセレスのような存在を、諦める事はできなかった。
そして優人はソルとしてこの世界に転生した。勿論、優人が望んだ理想の世界をソルの体で堪能する選択肢もあった。けれども、優人はこれから起こることを知っていた。それならば、本当に自分の望む世界を作り上げたかった。そして、本物のハッピーエンドを見たかった。
ローレは、そんなソルの目を見て口を開く。
『お主の思いは理解した。いずれにせよ、誰かがやらねばならぬ。ならばそこまでの覚悟を持つお主の、望む通りにしよう』
そうして、優人の願いは叶えられた。ソルはセレス達がこの事を一生知らないまま、幸せな人生を歩むのだと信じて疑わなかった。
ソルの大きな誤算は、四つ目の瘴気封印後の原作とは異なる展開が影響して、セレス達がソルに抱いてた嫌悪感が一瞬にして消えた事だった。自分達の急激な変化に、セレス達がその原因を知りたいと思うのは当然の事だった。
そしてセレス達は自分達がおかしくなったのが、ソルが瘴気を浄化し始めてからという結論に辿り着いた。セレス達はすぐに、ローレの元を訪れた。
セレス達から話を聞き、ローレもソルの覚悟の本当の意味を知った。ローレは自分の軽率な判断に後悔しながらも、せめてソルの想いを遺したくて、セレス達に全てを話した。
真実を知った時に溢れ出た後悔と怒りを、セレス達はどこにぶつければ良いかわからなかった。
もしコア浄化の代償を知っていたら、ソルにあんな酷い言葉をぶつけなかった。そもそも一人で背負わせることなんてさせなかった。危険な場所にソルが一人で向かったなら、迷わず追ったはずだった。
そもそもどうしてソルは一人で背負おうとしたのか。一人で背負うにしても、どうして代償の事すら伝えてくれなかったのか。“この世界への恩返し”の意味も、出会って間もない自分達のために一人で背負おうとした理由も、セレス達にはわからなかった。ただ、あんな悲惨な結末を迎えない可能性があったという事実に、セレス達の心の中は後悔と怒りでぐちゃぐちゃになった。
けれども今、目の前にはソルがいた。吐き出せなかった怒りをどこに一番ぶつけたかったかと問われれば、間違いなくソルだった。あんな結末を望んでいなかったことを、そしてもう二度とあんな事をして欲しくないということを、ソルにわかって欲しかった。
「ボク達だってさ、嫌われるぐらいの覚悟はあったよ! なのに、相談もせずに勝手に決めてさ! 気付いた時、どれだけショックだったか、どれだけ後悔したか、わかる!?」
ソルに対して、真っ先に詰め寄ったのはカーラだった。そんなカーラの言葉に、ソルは困ったように笑う。
「ほんとごめんってば! 流石に俺も瘴気の影響が急に消えるとは思わなかったんだって!」
「消える消えないの問題ではありません!」
少しズレた答えをしたソルに、レピオスも詰め寄る。
「私達はあなたが何も言ってくれなかったことに怒っているのです! もしあなたが少しでも伝えてくれていれば、あなたがあんな危険な目に合うことなんて……」
そう言いながらレピオスは目頭を押さえた。そんなレピオスを見て、流石は“ソル”だとソルの中の優人は思う。
ゲーム本編で恋人と別れた時も、ここまで声を荒げていなかった。それなのに、親しくできた時間が短かったはずのソルがちょっと死にかけただけで、これ程までに感情的になっているのだ。前世では疎まれてきた優人にとって、新鮮な感覚だった。
とりあえず、ここはソルらしく前向きな方向に話題を持っていこう。そう思って、ソルは口を開いた。
「まあまあ! 無事俺は生きてんだし! おまけに瘴気の影響も消えて、寧ろラッキーだったってことで! 魔王討伐に協力できなかったのは悪かったけど、三人なら俺がいなくても問題無いって思ってたしな!」
けれどもその言葉を聞いた三人は、シンと静まり返った。何か言葉選びを間違えたのかと、ソルは焦る。
「……ねえ、ソル。ソルの計画って、どういうものだったの?」
ずっと黙って会話を聞いていたセレスが、口を開く。
「えっ? いや、皆の想像通り、普通に四つのコアを俺一人で浄化して、最後の塔で多分べへが来るだろから……」
そう言おうとして、ソルはしまったと口を抑えた。死ぬつもりだったということは、ローレにも言っていなかった。つまりは、目の前の三人も何も知らないわけで……。
「あ、あはは……」
目の前の三人の怒りを滲ませた表情に、ソルは目を逸らすことしかできなかった。