68.優人とソル
「本当に馬鹿です」
そう言ったレピオスを、優人は恐る恐る見た。明らかに優人に対して呆れを示す言葉なのに、レピオスは優人を拒絶するようには感じなかった。
そんな優人に対し、レピオスは呆れた顔をしながら口を開く。
「念のため聞きます。あなたがソルの体に入ったのは、いつですか?」
「あっ、えっと、物語が始まる……、いや、えっと……、お城に呼ばれたとき……」
「それならば、少なくとも私たちに限って言えば、ソルではなく優人、あなたの事しか知りません。なので、私たちが怒る理由は無いと思うのですが」
レピオスの言葉に、優人は首を振った。
「でも、台詞も、振る舞いも、ソルの借り物だから……。だから皆が俺を好いてくれてるのは、皆から好かれてたソルの行動を俺が取ったからで……、本当の俺は皆に迷惑しかかけない……」
「そんなことないもん!」
優人の言葉を遮るように、カーラーは叫んだ。
「僕、いっぱいいっぱい優人に感謝してるんだよ!? オーディと今も仲良しでいられるのだって、ソルじゃなくて優人のおかげでしょ? そんなの物語に無かったって、悟君言ってたもん! なのに、僕が好きなのはソルの部分だけって言わないでよ!」
カーラはそう言って、優人に抱きついた。その隣で、レピオスも優しく微笑みながら口を開く。
「ラーレの時も……、まああの時は余裕がなく八つ当たりのように怒ってしまいましたが、まるで自分の事のように怒って悩んでくれた事、本当は嬉しかったですよ。これも悟さんから話を聞く限り、ソルではなく優人、あなた自身の行動だと思うのですが」
二人の言葉に、優人は恐る恐る二人を見た。
二人に言われた事は、ゲームの強制力が働いているようで、なんとかしたいと必死でもがいただけだった。あくまで、ソルらしく。そう気を付けてはいたけれども、演じ続けられていない事もわかっていた。
だから演じきれなくて、優人の部分がずっと皆に迷惑をかけていると思っていた。まさか二人から、優人の部分が肯定されるなんて思ってもいなかった。
「そもそもですよ? あくまで私の考えですが……」
レピオスが、何かを言おうと口を開いて、そして閉じた。もう一つの足音が、三人に近付いて来ていた。
「まあ、そうですね。少しは頭を冷やしたようですし、最後はあなたに任せますか。どうせ全部、聞いていたのでしょうから」
レピオスの言葉に、ピオスとカーラは優人から離れた。その瞬間、優人の目には涙を浮かべたセレスの姿が入った。
セレスはまっすぐ優人の前に座り、そして手を握った。
「優人」
セレスは優人の名前を、優しく、そして愛おしそうに呼んだ。
「それが、あなたの本当の名前だったのね。そして、私が告白した時、私に伝えたいと言っていた事」
セレスの言葉に、優人は頷いた。セレスの言葉は優しくて、けれどもセレスの事が好きだからこそ、セレスから拒まれるのではないかと優人の中の不安は消えなかった。
「一つ、聞きたいの。私はトルサ君に物語の事を聞いてないから。ねえ、私が優人を好きになった理由、覚えてる? 洞窟の中での、雨の日の話よ。その時言ってくれた言葉は、物語のシナリオだったのかしら」
セレスの言葉に、優人は慌てて否定した。
「それは違っ……! でも、ソルだったらどう言うかなって、ソルを真似して言っただけで、俺の言葉じゃきっと……。気付いたのだって、物語の設定で知ってただけだし……。寧ろズルみたいな……」
「そう……。料理の時も……?」
セレスの質問に、優人は再び頷いた。そんな優人を見て、セレスは困ったように笑う。
「馬鹿ね。ほんと優人は馬鹿」
そう言って、セレスは優人を強く抱きしめた。
「知っているかしら。この世の中には、どれだけ辛くてその辛さを訴えたとしても、助けてくれない人なんて沢山いるの。けれども優人は、前世の物語がきっかけだとしても、私を知って、そして助けたいと思ってくれた。そして誰の真似をしたとしても、きっと優人が思う、私の心に届く最高の言葉を私にくれたのでしょう?」
そう言って、セレスは優人の背中を撫でた。
「それってもう、全部優人としての行動じゃない。あなたのしてくれたことは、全部優人として私にしてくれたこと。全部全部、優人がそうしようって決めて、私に伝えてくれた言葉。ソルの中に入ったのが優人じゃなかったら、私は救われなかったかもしれないわ」
セレスは、少し体を離し、優人をまっすぐ見つめた。
「ソルの中に入ってくれたのが、優人で良かった。全てを知った上でハッキリ言えるわ。私が好きなのはソルじゃない。私が好きなのは、優人よ」
そんな事を言われるなんて、優人は思ってもいなかった。ずっと、自分はソルの被り物をして演じているだけだと思っていた。だから皆が好きなのはソルだと思っていた。まさか、ソルを演じていた行為すら、優人として愛されるとは思わなかった。
けれども、すぐには信じられなかった。ずっと自分は愛されない人間だと思って生きてきたから、信じることが怖かった。
「で、でもさ! セレスは俺の事、太陽みたいって……。寧ろ太陽は、ソルの方が似合う言葉で、俺の中身はこんなにも暗くて……。だからやっぱり……」
「そんなことないわ。ずっと一人で暗闇の中にいて、それすら気付いていなかった私の心に、光をくれたのは優人よ。ずっと色んな事に悩んでいるのも知ってたわ。それを優人は太陽らしくないと言うのかもしれないけど、優人が悩むのはいつも誰かのため。そんな優しさが、私にとっての太陽になったのよ」
セレスは、優人の頬をそっと撫でた。
「わかるまで何度も言うわ。私が愛しているのは、優人、あなただけよ」
セレスにそう言われた瞬間、涙が止まらなくなった。
ずっと、本当は自分は疎まれる存在だと思っていた。だから隠さなければ駄目なのだと。けれども蓋を開けてみれば、結局優人の部分が多くの人を苦しませていたのだと、自分の全てが嫌になった。
けれどもちゃんと、自分は愛されていた。ソルではない、優人という存在が愛されていた。
ああ、セレスを狂わせたのはソルではなかった。優人だった。
その事実に、どうしてか幸せを感じてしまった。自分でも、頭がおかしいと思ってしまう。けれども、自分自身が愛されていると知った今、ソルではなく優人が死んだからセレスがおかしくなったと知った今、それが嬉しくて、愛おしくて、幸せで仕方なかった。




