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67.作り物と偽物

 “優人”、その名前が出た時、優人は本当に心臓が止まるかと思った。この世界では、少なくとも目の前の二人からは、一生聞かない名前だと思っていた。

 優人が驚いて何も言えずにいると、カーラが申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。ソルを探してる時、トルサ君に聞いたんだ」

「トル、サ……? なんで……」


 トルサが優人という名前を知っている理由を、優人はわからなかった。“優人”という名前は、『リアンズ』というファンタジーの世界観では不釣り合いの、元の世界の名前であるはずだった。

 混乱する優人に、レピオスは優しく言う。


「彼も転生者、と言えばわかりますか? 前世の名前は、“悟”と言うそうです」


 その瞬間、優人は思わず立ち上がった。思い出すのは、謝罪を書き殴ったあの手紙だった。


「あや、まらなきゃ」


 けれども、突然立ち上がったからか、優人は眩暈がして思わずしゃがみ込んだ。そんな優人に、レピオスとカーラは慌てて手を伸ばす。

 けれども、二人の顔が目に入った瞬間、優人は怖くなって思わず体を引いた。違う。まず謝らなければいけないのは、この二人だ。


「ふたり、とも、ごめ、ん、なさい」


 ソルは震える声で、そう言った。ずっと騙していた。レピオスのことも、カーラのことも、そしてどこかでこの会話を聞いているであろうセレスのことも。

 そんな震える優人を、カーラは優人と目線を合わせながら、心配そうに見つめた。


「どうして、謝るの? 謝られることされた記憶、ボク無いよ?」

「だって、ずっと、騙してた。俺は、ソルじゃない。なのに、ソルのフリをして、皆と、一緒に……。本当は、皆から、好かれる奴じゃない……。色んな人から、疎まれて、唯一できた友達も、ずっと守ってたつもりで、気持ちなんか全然わかんなくて、苦しめて」


 思い出せば思い出すほど、心臓が誰かに強く掴まれたような感覚になって、息が出来なくなった。


「全部、俺のせいなんだ。俺が余計な事をしたから、皆を苦しませた。セレスがおかしくなったのも、俺がソルを殺したから。俺が……」


 そう言った瞬間、一つのことをソルは理解した。シナリオにズレが出たのは、セレスが自分を生き返らせたから。そのきっかけを作ったのは……、


「俺が、ソルになんかなったせいだ。ソルになって余計な事をしたせいで、この世界がおかしくなったんだ。本当は、『リアンズ』は、こんな世界じゃなかったのに」


 ああどうして、神様は自分をこの世界に転生させたのだろうか。自分さえいなければ、この世界は幸せだったかもしれないのに。


 二人とも、何も言わなかった。けれども、優人は、二人の目を見ることができなかった。

 怖かった。二人がどんな目をして自分を見ているのか知ることが。怖かった。ソルじゃない自分がこの世界をめちゃくちゃにしたのだと、大好きな二人に恨まれる事が怖かった。


「……それが、あなたがずっと、私達に隠してきたことですか?」


 レピオスが、静かにそう言った。ソルの体はピクリと跳ねる。そして、目を見れないままコクリと頷いた。

 レピオスは、大きくため息を付く。


「そんな事で私達が怒ると思われていた方が、私は心外ですけどねえ」


 レピオスの言葉に、ソルは驚いて顔を上げた。どうしてか、二人の顔は笑っていた。


「まあ、ボク達が、ゲーム? 物語の世界のキャラクターだって悟君に聞いたときはびっくりしたというか、複雑な気持ちになったけどね。なんかこう……、今までボク達が経験してきたことも、考えたことも、感じたことも、何がどこまで作られたものなんだろうって」

「私もカーラと同意見です。けれども、同時に辻褄も合いました。あなたがまるで未来を知っていたかのように振る舞い、けれどもたまに、驚くはずのない所で驚いた顔を見せていたことに対して。だから信じましたよ。そして、あなたがソルでない誰かだと知った上で、怒る理由なんてどこにもないと判断しました」


 怒る理由が無い。その言葉に、優人はすぐに頭が付いていかなかった。呆然としていると、カーラが困ったように笑いながら口を開いた。


「ソル……、優人は難しい事考え過ぎなんだよ! そりゃあ、一人で勝手に瘴気のこと抱え込んで死んじゃったのはムカついたし苦しかったけどさ。でも、そのムカつくとか、苦しいとか、そう思ったのは、ボク達が優人の事が大好きだったからだし! 優人がボク達の事を思ってやってくれたってのも、ちゃんとわかってるもん! だから、また一緒に旅したいって思ったんだよ! ボクは上手く嘘付ける自信無かったから、詳しくは教えて貰わなかったけど……。……まあ、だからさ! ボク達を苦しめたとか、そんな事思わないで! またこれからも一緒に馬鹿やってよ!」


 そう言ったカーラの言葉は温かくて、けれども優人は別の誰かに言われているような感覚だった。カーラの言った“大好き”は、自分の体を通り過ぎて別の誰かに向けられている気がした。


「でも、さ、その、大好きな“ソル”が、偽物だったら? 全部、演じてただけ、だったら……?」

「なるほど。それがあなたが本当の自分がどうのこうのと言っていた話ですか?」


 レピオスの言葉に、優人はコクリと頷く。そんな優人を見て、レピオスは大きくため息を付いた。


「あなたは私の思った以上に馬鹿ですね。本当に、馬鹿です」

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