65.共依存と歪んだ愛
やっと、理解した。最初から全て間違っていたのだと。瘴気を一人で取り込んで、一人で死んだ事が、セレスをおかしくするまで苦しませていたのだと。
考えればわかるはずの事だった。自分が逆の立場だったら、苦しいに違いなかった。悟が死を選んだと知っただけで苦しかった。悟が自分のために死んだと知った瞬間、息ができなくて狂いそうだった。
しかも、“ソル”はセレスにとって、大切な人だった。そんな大切な人なら、尚更苦しかっただろう。
「セレス、謝らないで。ごめんな。セレスの気持ち何も考えずに、死のうとして。そこから全部、間違ってたんだな」
「あっ……」
ポロポロとセレスの目から流れる涙を、ソルは優しく自分の手で拭った。どうしてか、ぐちゃぐちゃとしていたはずの頭の中はスッキリとして落ち着いていた。
「大丈夫。安心して。これからは、セレスが不安になることはしない。セレスが望むなら、セレスが安心するなら、ずっとここにいてもいい。鎖も首輪も腕輪も付けたままでいい。隣にいれないときは、俺の全てを聞いててもいい。セレスの望むことなら何でもするし、なんでも受け入れる。俺、馬鹿だから、何が正しいのかわかんないんだ。だから」
ソルの目もまた、セレスしか映さなかった。
「セレスも、どこにも行かないで。自分を犠牲にしないで。俺のそばにいて。大丈夫。どんなセレスも大好きだから」
本当はわかってる。ぐちゃぐちゃした感情を全て隅に押しやって見えなくしただけなのだと。
けれども、それは別に良かった。今大切なのは、セレスをこれ以上苦しめない事だから。
ソルの言葉に、セレスはようやく心から笑顔を見せた。ああきっとこれが、セレスが“ソル”に望んでいたことなのだろう。
セレスは幸せそうな顔をして、ソルをまっすぐ見た。
「ソル。好きよ。愛してる」
そう言って、セレスはソルにキスをした。ソルも、今度は拒否せず、セレスの体を引き寄せた。
「俺も、好き」
そう言って、ソルからもセレスにキスをした。そしてお互いを求めるように、何度も唇を合わせた。
わかってる。セレスが好きなのは太陽という言葉が似合う“ソル”だってこと。セレスが好きなのは、自分ではないという事。それでも良かった。だって今のセレスは、心から幸せそうな顔をしているのだから。
ずっと、自分がソルを演じていることを知られてしまえば、セレスを傷付けるのではないかと怖かった。けれども実際の所は、ただ本当の自分をセレスに拒まれることが怖かっただけなのかもしれない。それ程までに、セレスは幸せそうな顔をしていた。
セレスは唇を重ねながら、ゆっくりとソルに覆い被さるように押し倒した。足元で、ソルの足に繋がれた鎖がガチャガチャと鳴っている。
けれども、そんな事は少しも気にならなかった。これはセレスを苦しませたことに対する罪滅ぼし。セレスの望む事なら、なんだって受け入れよう。
怖い。
そんな叫びが、遠くから聞こえた気がした。けれどもソルは、聞こえないふりをする。
大丈夫。セレスが幸せならそれでいい。
ソルは自分に言い聞かせるように、心の中でそう言った。
ハッピーエンドにならなければいけない?
それなら大丈夫。だって主人公が重要だって、言ってたじゃないか。
大丈夫。今の自分は幸せだ。だってセレスが、傍にいてくれるのだから。
二人だけの世界で、二人は、ただお互いを求めあった。
◆
ここに来てから、どれだけの時が経っただろうか。ソルの時間間隔は、当の昔に無くなっていた。
目が覚めたら、セレスの作った食事を食べ、セレスと他愛のない話をして、時にはお互いの温もりを感じ合う、そんな日々だった。
足の鎖は、あれから暫くしたら、セレスが同じ空間にいる時だけは外してくれるようになった。けれども逃げる気も、そしてセレスから離れる気も起きなかった。体が自由になっても、セレスの隣にずっといた。
けれども、ずっとこの洞窟のような場所から出ずに暮らしていくことは難しかった。食料は無くなるし、水も減る。そういう時、セレスはソルを鎖につなぎ、外に出た。
本当は、セレスにどこにも行ってほしくなかった。けれども一緒に行こうかと聞いたとき、セレスは不安そうな顔を見せた。だから、ソルはセレスの望むとおりにここにいることにした。
自分の不安なんてどうでも良かった。セレスが安心してくれるなら、それで良かった。
そうして今日も、セレスはソルを鎖につないでどこかへ出かけていた。セレスのいない時間、ソルは何をするわけでもなく、部屋の隅で膝を抱え、ぼんやりとしていた。
自分一人で何かをすることが、ソルは怖かった。また何かをすれば、誰かを苦しませてしまいそうで怖かった。
カタリ、と、音がした。ああセレスが帰って来たのかと、ソルはぼんやりと思う。けれども、いつもならまっすぐソルの元に来るはずのセレスが、今日はなかなか来なかった。
ああもしかしたら、セレス以外の誰かかもしれない。けれども、何をしようとも思わなかった。何をすれば良いのか、わからなかった。
と、ソルのいる扉が開いた。
「ソル、いた……!」
と、聞き覚えのある声が、ソルの耳に届いた。頭がぼんやりする中、ソルはゆっくりと顔を上げる。
それからすぐに、二つの足音がソルの元に駆け寄って来た。
「大丈夫ですか!? ……私たちの事、わかりますか?」
「レピオス……? カーラ……?」
ソルの言葉に、レピオスはホッと息を吐く。隣で、カーラがソルの足に付く鎖を見つけた。
「これ、すぐに壊すね」
カーラの言葉に、ソルの体は一瞬震えた。
「あ、壊しちゃ、駄目、だ。セレスが、心配しちゃう……」
止めないと。そう思ったけれども、ソルの体は動かなかった。そしてどうしてか、安心したように体の力は抜けていた。




