64.恐れと堕ちていく二人
息が出来なくて、苦しくて、優人は思わず手紙を落としてその場にへたり込んだ。けれども、優人は手紙の最後に書かれた文章から、目を逸らすことができなかった。無数に書かれたごめんなさいの最後に、少し落ち着いた文字で綴られた言葉。
『この命で、今度は僕が優人君を守るよ。僕がされてきたことを残して僕が死ねば、虐めてきた奴は罰を受ける。そしたら優人君が苦しむことは無いから。待っててね、優人君』
違う、違うと優人は手紙に向かって呟いた。何も変わらなかった。何も知らなかった。
ああ、だから先生は悟が死んだ時、悟の事を聞いてきたのか。そして馬鹿正直に、今は何もなかったはずだと言ったのを覚えている。そして先生は、どうしてかホッとした顔をしたのだ。
ああ、でも、今はそんな事はどうでもいい。そんな事、どうでも良かった。
ずっと、悟がどうして自ら命を絶ったのかわからなかった。自分の知らないところで、何かされていたのかと思っていた。だから悟を守り切れていなかったのだと、信じて疑わなかった。
でも違った。悟が死んだ理由は……。
「なんで、なんで、俺は、ただ、悟を、守りたかっただけで……」
頭から離れない、悟の不安そうな顔。自分が庇ったから、自分が虐められていたから、逆に悟を苦しませていたのだ。
悟を殺したのは……。
「俺の、せい……? 俺が、悟を殺した……?」
悟を庇わなければ良かったのだろうか。けれども、悟が虐められている姿を見るのは耐えられなかった。見ている方が苦しかった。
ああ、でも、悟の気持ちを知った今ならわかる。悟も同じように、苦しかったのだ。
何が正しかったのかわからない。どうしたら良かったのかわからない。けれども、もし悟の気持ちをちゃんと聞いていたら、何か変わったのだろうか。ああそうだ。いつも皆に叱られるように、もし誰かに助けを求めていたら。
もしこうしていればが、後悔が、ぐちゃぐちゃと頭の中を掻き回す。わからなかった。もう何が正しいのかわからなかった。
「うああああああああああ!!!」
叫んでも、叫んでも、悟はどこにもいなかった。
◆
「……っ」
悪夢から目が覚めたような感覚で、優人は再び目を覚ました。薄暗い空間に、ソルは飛び起きる。
ガチャリ、と、金属が擦れるような音がした。思わず自分の体を見ると、元の人間のソルの体で、足が鎖に繋がれていた。
同時に、今までの事を思い出す。魔物として蘇生され、そして魔王の生贄にされそうになったこと。けれども、今の姿は見慣れた人間の姿だった。
どうして元の姿に戻ってここにいるのかはわからなかった。けれども、良い状況でない事は理解できた。部屋も窓一つ無い、人工的な洞窟に作られたような場所だった。
とりあえず逃げないと。そう思って魔法を使おうとした瞬間、また電流が流れるような痛みがソルを襲う。痛みで地に伏せながらも、そういえばと首に触れると、まだあの首輪が付いていた。外そうとすれば、再び電気の魔法がソルを襲う。
逃げられない。そんな絶望に襲われるも、呆然とする暇もなく一つの足音が駆け足でソルに近付いてくる音がした。
恐怖で、けれども鎖に繋がれ魔法も使えない今、逃げるどころか対抗する方法すら一つも無かった。
「ソル……!」
けれども、現れたのはセレスだった。セレスは、ソルをぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい……! 目が覚める時に一人にして……!」
いつものセレスの温もりに、ソルはホッとする。それに、セレスが来ればきっともう自分は助かるだろう。
「あ、あのさ……! 悪いんだけど、どうしてか鎖に繋がれててさ。ベヘ達にはめられた魔法が使えない首輪も……。できれば、壊すかなんかして取って欲しくて……」
「駄目よ」
けれども、セレスは低い声でそう言った。
「駄目、絶対駄目。そんな事したら、またソルが死んじゃう。私が守らなきゃ。私が守らなきゃいけないの。大丈夫。ここにいたら、ソルを守れるわ。ここならもう、危険な目に合わない」
そう笑顔で言うセレスの目は笑っていなかった。まるで何かに取り憑かれたように、光のない目でソルを見ていた。そんなセレスに、ソルは震える。
「セレス、ちょ、なんかおかしいって……」
「安心して? 私は正気よ? ああ、そうね。ソルは優しいから、きっとあの後のことを気にしているのね。大丈夫よ、ソル。ソルを死者蘇生したら、魔王は消滅したの。ソルの体が生き返った時だから、それが関係しているのね。今頃あいつらは混乱してるんじゃないかしら。少しの間魔王を放置したから、世界はほんの少し混乱しちゃったけれども、ソルが生き返ったおかげで魔王も消えたから問題ないわね。流石ソルだわ」
「待って、それって……」
ようやく、自分に何が起こったのか理解した。セレスは、自分を再び禁術で死者蘇生したのだ。そう思った瞬間、別の不安がソルを襲った。
「待って、生贄にしたのって誰!? レピオスとカーラは無事!?」
今のセレスを見ていると、二人を生贄にしたのではないかと不安になった。けれども、セレスはソルを安心させるように頭を撫でた。
「大丈夫よ、ソル。仲間を生贄になんてしない。二人がどうなったのかはわからないけど、多分あの二人は強いからちゃんと生きてるわ。生贄にしたのは、ソルのために残しておいた盗賊団の仲間。ソルにまた何か起こってもいいように、そしていつでも生贄として連れてこれるように残しておいたの。本当は、二度と死ぬ苦しみなんて、ソルに味あわせたく無かったけれど……」
「待って、どうなったかわからないって、残しておいたって、セレス、なんだかおかしいって」
今すぐセレスから逃げたかった。けれども逃げる方法は無かった。きっと、自分を鎖に繋いだのもセレスだ。そして死者蘇生した体にこの首輪をはめたのも……。
震えの止まらないソルを見て、セレスは再びソルを強く抱きしめる。
「わかってるわ。ソルがそんな事望んでいないって。でも、無理なの……! ソルのいない人生なんて……! ソルが最初に死んでから、何度もソルが死ぬ夢を見たわ……! ソルが生き返ってからも……! 何度も何度も何度も何度も……! ずっと後悔が消えないの……! もしあの時違和感に気付いていたらって……! あの時の私は、何があってもソルは傍にいてくれるって、疑いもしなかった……! ソルの優しさに、甘え過ぎてたの……! そして、また、私のせいで……! ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……!」
セレスの言葉を聞いた瞬間、初めてソルはセレスの苦しみを理解した。前世と同じ、自分の行動がまた人を苦しませたのだ。セレスをおかしくしたのは、狂わせたのは自分だった。
セレスは、怯えた顔で何度も懺悔した。セレスの目は、ソルしか映していなかった。
「ごめんなさい……! ソル、本当にごめんなさい……! 私、ソルのために何もちゃんとできていなかった……! 失敗して、私のせいで、ソルをまた苦しめた……! 痛かったわよね……? 苦しかったわよね……? ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……! もうこんな守り方でしか、私はソルを……!」
ソルの中でセレスの姿が悟の手紙と重なった。悟は最期、優人を守るために自ら命を絶った。セレスもまた、自分のせいで死んでしまうのではないかと怖くなった。もう誰も自分のせいで失いたくなんかなかった。
ソルは思わず、セレスに手を伸ばした。




