61.悪の定義と緑の血
「俺が生き返るために生贄にしたのって、誰……?」
シナリオとセレスが同じ行動をしているならば、パズをレヴィアの生贄にしたはずだ。そして、パズの体は消えていた。他に消えている人を、ソルは知らなかった。
そもそも、法則を考えると、自分を生き返らせるためには、赤い血を持つ人間でないといけないだろう。つまりセレスは、ただの人間の命を失わせたというわけで……。
そんな事を思っていると、セレスはソルの方を見て笑いかける。
「ソル、それは心配いらないわ……! ソルが悲しむから、普通の人は生贄にしてないの……! 私が生贄にしたのは、この世に不要な人間なだけ……! 生贄にしたのは、カーラの村をめちゃくちゃにした盗賊団の生き残りよ……!」
そう言ったセレスの笑顔は、狂って見えた。セレスの目は、これは正しい事なのだと信じて疑わない目だった。
勿論、盗賊団はソルの手でも沢山殺してきた。ゲームだからと違和感は持たなかったが、それでもストーリー上は他の人に危害を加えることを防ぐ正義のためだった。そして国からの正式な依頼も受けての事だった。
けれども今回は、正義のためとは思えなかった。確かに、“ソル”がここまで愛されているとは思わず、意図せず悲しませてしまったのは自分の判断ミスだろう。けれども、あくまで禁術は禁術だ。どれだけ悲しくても、私利私欲のために使ってはいけないはずのものだった。それを正しいことと信じて使うセレスが恐ろしくも見えた。
と、それを見ていたベヘが静かに口を開いた。
「ふーん。セレス、あんたは悪相手なら何をしてもいいと思ってんだ」
ベヘは、冷たい目でセレスを見ていた。
「ねえ、知ってる? あたし達にとって、赤い血を持ったあんた達が悪なの。緑の血を持つってだけで、そして普通とは違う魔力を持ってるだけで悪として、何もしてなかった沢山の仲間を殺した。そして絶滅寸前まで追いやった。生き残れたのは、あたし達のような強い魔力を持つ者だけ」
原作にもなかった、ソルも知らない話だった。魔族の設定は、ほとんど描かれていない悪だったから。
何が正しいのかわからなくなっていく。そして、べへの言葉に気を取られ、ソルも、そしてセレスもレピオスも周りが見えていなかった。
「悪相手なら、何をしてもいいんだよね……! あんたらがあたし達にしたように……!」
べへの言葉が聞こえた瞬間、ソルの後ろに別の気配が現れた。振り向くと、レヴィアの姿がそこにあった。レヴィアはソルに、まっすぐ手を伸ばした。
頭が追い付いていないソルの後ろで、レピオスが叫ぶ。
「いけません……! セレス……! ソルに早く抵抗する魔力を流してください……!」
レヴィアの手が、ソルに触れる。その瞬間、ソルの視界は一瞬で別のものに変化した。最後に見えたのは、怯えたセレスの顔だった。
一瞬、今自分がどこにいるのかわからなかった。けれども、目の前に見えた瓦礫の山を見て、ああディーネンの近くの塔だと理解した。
「ウォーター プリズン」
と、レヴィアの声がどこからか響く。
逃げないと。
そう思った瞬間、地面に足を掴まれた。恐らく、べへの魔法だろう。
水の塊が、徐々に大きくなり迫っていく。せめてなんとか防がないと。そう思って、炎の壁を作ろうとした瞬間だった。
「ロック ショット」
「っ、ああああっ!?」
後ろから、鋭い岩がソルに直撃した。以前のように、防御魔法はかけていない。痛みで、頭がクラクラする。
流石に、四天王二人と同時に戦う術をソルは持っていなかった。抵抗する間もなく、大きな水の塊がソルを飲み込む。
周りには、誰もいない。助けなどなかった。まるで、この塔が崩れた時と同じ。
あの時は、それでも幸せだった。だって、皆を守れたと思っていたから。
けれども、今は違う。結局何もできないまま、自分だけが何も知らないまま死んでいく。
前世と変わってないな。ソルは思う。車にひかれた時も、意識が朦朧とする中、自分の人生はなんだったのだろうかと悔いた。
今もそう。思い出すのは、セレスの怯えた、そして辛そうな顔だった。どうしてセレスはあんな顔をしていたのだろうか。
わからなかった。わからないまま死んでしまうのかと、自分の人生は結局意味のないものに思えて空しくなった。
朦朧とする意識の中、ベヘとレヴィアの声が響いた。
「腕輪、付いてて良かった。抵抗されずに、彼を連れてこれた」
「レヴィアの情報網は流石だよね! 作戦も完ぺきだし、あたしもレヴィアも生き続けられる! あたし馬鹿だから、一人でここまで思いつかなかったもん!」
「役に立てて、嬉しい。でも、まだ。ここからが、大切。彼を……」
何をするのだろうか。そう思ったけれども、ソルは意識を保っていられなくて、意識を手放した。
一瞬、なんとなく懐かしい空間にいた。不安も感じない、温かくて心地よい何かに包まれているような場所。
ああ、そういえば、塔で瓦礫に飲み込まれた時もこんな所に来たのだっけ。それならば、ここは……。
けれども、考える間もなく、すぐに意識はどこかに溶けた。
次にソルが目を覚ますと、広い空が見えた。現実感のある光景に、ソルは飛び起きる。
なんで、どうして、俺は死んだはずじゃ……。
けれども目に入ったのは、見たことは無いけれど知っている、そんな場所だった。ここは、ゲーム中で魔王と対戦する場所。
「あー、起きた!」
と、ベヘの声が聞こえた。顔を上げると、べへとレヴィアが嬉しそうにソルを見ていた。
「一つ目の実験、成功。多分。まだ、試すことは、あるけど」
「あいつらが来てからのお楽しみって事で! 大切な仲間を実験台にされて殺された苦しみ、あいつの目の前で見せつけてわからせてあげないと!」
何を言っているのだろうか。そう思いながらも、どうして生きているのかわからなくて、ソルは自分の体を見る。
「……へ?」
と、自分の体を見て、ソルは目を見開いた。ソルの服を来た、けれどもまるで死者蘇生したサマエルのような、いくつかの魔物を組み合わせたような体。その体は、自分の意志で動かそうとすれば、まるで自分の体のように動いた。
ソルは自分の頬に触れる。頬もまた、人の肌ではない感触がした。
「なに、これ。嫌だ、嫌だ、うわああああ!」
もう、何が起こっているのかわからなかった。混乱して叫んでも、聞こえてくるのはべへとレヴィアの笑い声だけだった。




