59.盗み聞きと疑心暗鬼
ディーネンの夜は、家の明かりもなく静かだった。ある意味では、夜に活動できるほど活気が無くなってしまっているのかもしれない。けれども、誰もいない、星明りだけの空間がソルの心を落ち着かせた。
レピオスの姿は見当たらなかった。その事に、ソルは少しホッとする。今は少し、一人になりたかった。
なんとなく、ソルはセレスに想いを告げられた公園に向かう。いつもなら悩んでいる原因に関係しているものからは避けたくなるが、信じて話すと決めたから、悩んでいる原因から逃げないで向き合いたい気分にもなった。
そして、公園の入口に付いたその時だった。
「分かってるわ……! でも……」
突然聞こえてきた声に、ソルは足を止める。それは間違いなく、セレスの声だった。
ソルはこっそり、公園を覗く。確かにそこにはセレスと、そして用事があると言って出て行ったレピオスの姿があった。
どうして、レピオスがセレスと話しているのだろうか。親しげに話しているようには見えなかった。気になりはするが、流石にこっそり聞くのは不味いだろうか。ソルがそう思った時だった。
「だってソルが……」
自分の名前を呼ばれて、ソルの体はピクリと跳ねた。どうして、自分の話をしているのだろうか。
聞いてはいけない。そう思いながらも、気になって仕方が無かった。
レピオスも何かを言っている。けれどもここからでは、良く聞こえなかった。思わずソルは自分に、気配を薄くする魔法をかけていた。そして、こっそり二人に近づき、近くの木の陰に隠れた。
この魔法も、決して万能ではない。存在を気付かれにくくするだけで、大きな音を出せば簡単に気付かれるし、姿を見られれば終わりだ。けれども、二人とも何かを言い合っているからか、一つしかない公園の入り口から入っても気付かれなかった。
と、レピオスの声がソルの耳に届く。
「あなたは先程の私とソルの会話も聞いていたと言っていましたが」
その言葉に、ソルの心臓は思わず跳ねた。セレスが聞いていたとはどういうことなのだろうか。出来れば、あのやり取りは知られたくなかった。そもそもどうやって聞いていたのだろうか。
「あなたもあなたです。ソルが大切な事を伝えようとしている時ぐらい、信じて待つ事はできなかったのですか? ソルに言った言葉と同じように、あなたもソルを信じていないでしょう」
「だって、もしベヘやレヴィアがソルを襲ってきたら……! それに気付かないままソルを失ったら……! 私は耐えられなくて……」
「私がいるでしょう。流石にあるていど防音性能のある宿屋の壁とはいえ、攻撃されたら音は聞こえますよ」
「そう、なのだけれど……! でも怖いの……! ソルの全てを知らないと、不安で不安で気が狂いそうなの……!」
セレスは本当に聞いていたのだ。ソルはそう察した。そうでないと、ここまでレピオスと話がかみ合うはずなどなかった。
セレスに本当の自分を知って欲しい。けれども、何もかも知られたいわけではなかった。今回の話だって、セレスに話す前に聞かれたくなんて無かった。
そもそもレピオスも、セレスが聞いていることを前から知っているような口ぶりだった。レピオスなら、当り前のようにあのやり取りをセレスに言わないと思っていた。けれども、最初から聞いている前提とは、どういうことなのだろうか。
「……セレス。世間一般では、恋人の証を告白すらしていない相手に付ける事すら引かれる事なのですよ? ソルは受け入れてくれたということですが、流石にソルでも、生活の全てをあなたに盗聴されていると知れば、絶対に良い気はしませんよ」
その言葉を聞いた瞬間、ソルの思考は止まった。ずっと、何かを使って盗聴されていたのだろうか。まるでセレスとは違う別の人の話を聞いているような気がした。
けれども、辻褄はあってしまった。いつもセレスは、何かがあると慌ててソルのもとに現れた。エフォールの時も、シレネと話していた時も。そしていつも、こっそり二人の話を聞こうとしたら気付かれた。
でも、あれ、今は……? ソルは思う。そうであれば、今も既に気付かれているはずだった。けれども、セレスが気付く様子はない。
そう思った瞬間、ソルはハッとして、今は外したお守りが付いていた場所に触れる。あの中には、綺麗な石が入っていた。最初、何かの能力を上げる装飾品かとも思った。けれどもセレスは、何の効果も無いものだと言った。もしあれが、そうだとしたら。
吐き気がする。気持ち悪くて、けれども気付かれたくなくて、必死に唾を飲み込んだ。自分の入って来て欲しくない所まで、強引に入って来られた感覚だった。好きだったはずなのに、嫌悪感の方が強くなっていく。
「セレス。せめて四天王の件が片付くまでと言っていました。けれども、もしソルと恋人になるのなら、私はあなたとセレスの関係が壊れる所を見たくない。ソルと結ばれれば、今まで以上にソルと一緒にいれますし、きっとソルもあなたに話してくれるようになりますよ」
「じゃあ、せめてそれがわかってから……。ソルを守れるって、わかってから……。それからは、もうしないから……」
レピオスの説得も、セレスはあっさり否定した。ああ、レピオスがラーレに対して言った、疑心暗鬼が先行するという意味が痛いほどわかる。もし仮に盗聴をやめてくれたとしても、きっと自分は、これから全てのセレスのプレゼントに、怯えてしまうのだろう。
と、レピオスが大きくため息をついて言った。
「セレス。以前私は、これ以上度が超えるなら味方は出来ないと言いました。確かに彼を助けられたという事実があった以上、せめて盗聴だけであれば四天王の件が片付くまでと許せたかもしれません。けれども、また増えてはいませんか? あの腕輪にも、何かありますよね?」
その言葉に、思わずセレスから貰った腕輪に触れる。セレスがいいと言うまで外さないでとお願いされた腕輪。これも、盗聴器のような何かがあるのだろうか。そう思うと、怖くなった。
必死に腕輪を外そうとする。けれども、外す方法はわからなかった。綺麗にソルの腕にハマっていて、留め具すら見つからなかった。
と、腕に力が入って、思わずソルの腕が、隠れていた木に強くぶつかった。
「誰かいるの……!?」
見つかってしまう。そう思って、ソルは咄嗟に転移魔法を使おうとする。けれどもどうしてか、上手く発動しない。何度魔力を流しても、何かに打ち消されるように転移魔法は発動しなかった。
そのまま、ソルはセレスと目が合った。




