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5.鈍感と無邪気

 それから、ソルとセレスは簡単に食事を済ませ、ベッドの上で横になった。盗賊団が暮らしていた場所だから、ベッドの数には困らなかった。だからソルとセレスは別々のベッドで寝るものだと、ソルは思っていた。

 ソルがベッドに入ると、ギシリと音がしてもう一つの温もりが布団の中に入る。そうして自分よりも細い腕が、ソルの腰に回り込んだ。ふにゅとソルの腕に、柔らかい胸が当たる。


「あの……、セレスさん……?」

「なに、かしら……?」

「えっと、これは……」


 記憶にある限り、セレスが何かに抱きついて寝るという癖は無かったはずだ。だからこそ、まるでソルを抱き枕のように抱きしめるセレスの行動が理解できず、思考が止まる。

 そんなソルを、ギュッと強く抱きしめてセレスは言った。


「……ソルが生きていることを実感しながら寝たいの。だめ、かしら……?」


 セレスからそう言われてしまえば、ソルは何も言うことができなくなってしまった。セレスの目の下のクマを見る限り、セレスは寝る間も惜しんでソルを看病してくれていたのだろう。そんなセレスに離れろなんて言えなかった。

 けれどもソルは、17歳という思春期ど真ん中の男だった。セレスの行動は、きっと自分を信頼しているからこその行動なのだろう。けれども、それを頭で理解したとしても、眠れるかと言われると別なのだ。


「えっと、セレスさん……」

「なあに?」

「俺も、男なんで、その……、流石に眠れないというか……」


 意を決してソルがそう言えば、セレスはパッとソルの体から手を離した。


「確かに眠れないのは駄目ね」


 そう言ったセレスは淡々としていて、特に引かれた様子もなかった。そんなセレスの様子に、ソルは安堵する。

 けれどもそれだけでは終わらなかった。セレスはソルをじっと見つめて口を開く。


「ねえ、それなら手を繋ぐだけは、駄目かしら?」

「へっ!? あっ、そっ、それぐらいなら……」


 ソルがそう言えば、セレスは満面の笑みでソルの手を握った。


「ふふっ。ちゃんと温かい。ソルが生きてる……」


 そう幸せそうにソルの手を握るセレスに、ソルはやましい感情よりも、愛しさの方が勝る。生きているだけでこれ程までに喜んでくれる。それは、優人として生きていた時から経験した事のないものだった。


「ああ、もう……!」


 そう言ってソルはセレスの方を向き、自分の胸にセレスの頭を引き寄せ抱き締めた。そして優しくあやすようにセレスの頭を撫でる。ただ純粋に、ここまで心配してくれたセレスを安心させたかった。


「こ、これはいいの、かしら……?」

「……これなら俺も寝れそう」

「そう……、なの……」


 セレスはそれだけを言って、恐る恐るソルの服を掴む。そして、心臓の音を聞いた。


 セレスは、本当は自分がソルに抱きつけばソルが意識することはわかっていた。ソルが目を覚ましてすぐに抱きしめた時、ソルが少し顔を赤くしていた事をセレスは見逃さなかった。

 だからもっと自分を意識させたくて、無邪気にソルが生きていることに喜ぶ自分を演じて、ソルに抱きついた。そうして自分の事を好きにさせて、甘やかして、依存させて、自分の側からもう二度と離れないようにしたかった。


 けれども、これじゃあ私の方がもっと深く溺れてしまうじゃないの。


 そんなことを思いながらも、ソルが頭を撫でる手が心地よくて、セレスは目を閉じた。ソルの汗の匂いが、心臓の音が、ソルの生を実感してどうしようもなく安心した。しかも暫く眠れていなかったものだから、セレスはソルの腕の中ですぐに眠りに落ちた。





「ねえ、ソル。レピオスとカーラと会う約束をしたの。ソルも一緒に来ない?」


 ソルが目を覚ましてから数日後、セレスがソルにそう言った。

 待ち合わせの場所はパシオニアから少し離れた所にある橋。そしてパシオニアはソルの故郷であり、裏ボスに向けたストーリーが始まって最初に訪れる塔の近くの街だった。


「勿論! 俺も二人に会いたいからな!」


 ソルは二つ返事で承諾する。レピオスとカーラに会える事も勿論だが、見ることができないと思っていた裏ボスのストーリーを体験できる事も楽しみだった。


 待ち合わせの目的も、禁術に関する王からの依頼についてだろう。本来であれば、主人公であるセレスが王から依頼を受けるはずだった。そして、べへの使った禁術の痕跡を追うという名目で、各地を巡る。

 けれどもソルが原作と違う行動をすれば、大筋は変わらなくてもキーとなる行動を原作とは異なるキャラが行うというのは日常茶飯事だった。だから、セレスではなくレピオスとカーラが依頼を受けていても、不思議なことでは無かった。


 そうしてソルが出かける支度をしていると、セレスがソルの元にやって来た。


「あのね、ソルに渡したいものがあるの」


 そう言って渡されたのは、緑の糸で蔦の刺繍がされた、檸檬色の袋。その中には、セレスの瞳の色にも似たエメラルドグリーンの宝石が入っていた。


「これは?」

「お守りよ。ソルがもう二度と、あんな目に合わないようにって」

「マジで!? なんか悪いな。でも嬉しい!」


 ソルは少し照れくさくて頭を掻く。自分のためを思って用意してくれた女性からのプレゼントを、ソルは貰ったことがなかった。しかも最推しキャラからのプレゼントだ。嬉しくないはずが無かった。


 セレスはソルの表情をチラリと見た後、ソルの上着のポケットに付いていたボタンの穴に、袋に付いていたリングでカチャリと留める。


「これできっと、あなたを守れるわ」

「もしかして、何か効果でもあるのか?」

「……いいえ。ただのおまじないみたいなものよ」

「ふーん?」


 ソルはもう一度セレスから貰ったものを見る。この世界でも装飾品と呼ばれるアイテムはあったが、このようなものは前世の記憶を辿っても無かった。けれども、前世でも御守という文化がある世界にいたソルにとって、そういうものもあるという認識しかなかった。


「とりあえず、ありがとな! セレスからのプレゼントなんて、嬉しすぎるぜ!」

「ほんと……!? 私もそう言ってもらえて嬉しい……!」


 ソルの言葉に、セレスも嬉しそうに微笑んだ。

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