37.見えないものと狙い
「さあて、どうしようかな」
楽しそうにそう言ったべへの声が洞窟の中に響いた。
入り口が完全に閉ざされた洞窟の中は、真っ暗闇で何も見えない。けれども、それは向こうも同じ条件ではないかと、忍び足でソルは一歩踏み出す。
「ロック メイク」
その声と共に、何かに足を掴まれた。その何かはソルの足を固定したまま徐々に伸びていき、体全体を固定される。その無機質な固く冷たいものに、これがべへの魔法によって作られたものだと理解する。
「なん、で」
「ざんねーん! ここは土と岩で作られた私のためのフィールド! おまえがどこに行こうとしても、あたしにはわかるから! あははっ! でももうどこにも行けないか!」
「くそっ」
何も見えない状況で、トルサの様子すらわからなかった。何もできない、ただセレス達の助けに賭ける事しかできない状況に、ソルは唇を噛みしめる。こんなだから、きっとセレスに頼ってもらえないのだろう。
「さあて、いつまで持つかな?」
そう言って、ベヘはソルに向かって攻撃を始める。
逃げられない状態での攻撃は、ダメージ量が多い。恐らくゲームで言うクリティカルヒットの扱いなのだろう。
大丈夫。ソルは自分に言い聞かせる。防御魔法のおかげで、クリティカルヒットの状態でもダメージ量はかなり軽減されている。痛みはあるけれども、意識を保っていられないほどではない。
けれども、可能な限り時間稼ぎをしたくて、苦しむフリをしながらソルは必死に頭を回転させる。と、攻撃の違和感に、ソルは疑問を口に出す。
「おまえ、おれ、を、殺すつもりじゃ、ないのか」
殺すつもりなら、動けない状態で洞窟を崩せば良かった。塔の時もそうしたのだ。べへができないはずが無かった。けれどもそれをしないということは、理由が何かあるはずだった。
そんなソルの言葉に、べへは笑う。
「そうだよ! おまえは交渉材料になるからね! だから一人にしたかったってわけ!」
「なん、の……」
「死者蘇生の方法が載ってる、禁術の本。あれが欲しいんだよね」
その言葉に、ソルは驚いて一瞬思考が追い付かなくなる。
「は? サマエルもパズもお前がやったんじゃないのかよ!?」
「何言ってんの? あたしがわざわざ復活させた仲間を殺すわけないじゃん」
「なっ、じゃあ誰が……」
「それより思ったより元気だね。もしかして、やられるフリでもしてた? もう少し威力上げてもよさそうだね」
しまったと思ったその瞬間だった。背後から、大きな音がする。
「グレア フラッシュ」
聞こえたレピオスの声に、ソルは咄嗟に目を閉じた。
「待って、目が! 痛い! 痛いって!」
恐らく暗闇で開き切った瞳孔に、眩しい光が入り込んだのだろう。目を閉じてても、眩しい光が少し目に入っていた。
と、少しの衝撃の後、ソルを固定してたものが崩れる音がする。
「ソル!? 大丈夫!?」
「今すぐ回復を……」
聞こえたカーラとレピオスの声に、ソルは叫ぶ。
「俺は大丈夫だ! それより奥にいるトルサを頼む! 思いっきり攻撃を受けてた!」
「わかった!」
カーラとレピオスが、トルサの元へ駆け寄っていく。そして岩で作られた檻は壊され、レピオスによって回復魔法がかけられる。
もうきっと大丈夫だ。そう思いながら、ソルはべへの方を見た。ベヘは、一方的にセレスから攻撃を受けていた。
「何度も何度も……! あなただけは絶対に許さない……!」
そう言いながら、ベヘの作った防御のための分厚い壁を、セレスも壊そうと剣で突き刺す。ベヘも受けることに精一杯で、目くらましの砂嵐を起こす余裕も無さそうだった。
今ならいけるか
そう思って、自分も加勢に行こうかとソルが思った瞬間だった。
「ウォーター プリズン」
その場にいなかったはずの声が、ソルの背後から聞こえた。そして、その魔法が何かを知っているソルは、慌てて後ろを振り向く。そこには、大きな水の塊が、逃げる場所の少ない洞窟の中で迫って来ていた。
『ウォーター プリズン』とは、レヴィアの即死魔法。一度捕まると水の塊に取り込まれ、何も動けないまま窒息死する。勿論水の塊の動きは遅く、ゲーム中では逃げに徹すれば捕まることは基本無い。
けれども今、逃げ場所が少ないこの洞窟内で、セレスに向かってそれが飛んでいく。
「セレス!! 後ろ!!」
そう叫ぶも、セレスはそれに気付かない。カーラも気付いてセレスに駆け寄ろうとするが、きっとカーラの場所からセレスをどうにかするには間に合わないだろう。
やるしかないと、ソルは手に魔力を込めた。
「ファイア ウォール!」
セレスに向かう水の塊を阻むように、ソルは魔力を強く込めた炎の壁を放つ。相性であれば、水に炎は最悪。でも、今回はセレスを守ることができれば良かった。
炎の壁に、水の塊が当たった瞬間、じゅわっと音がして水が蒸発し始める。勿論炎の勢いも弱まっていくが、ソルは可能な限りの魔力を注ぎ込み、壁を存続させる。少しずつだが、水の塊は小さくなっていった。
セレスもようやく後ろの状況に気が付いたのか、驚いてこちらを見る。
「セレス! 頼む! 逃げてくれ!」
その言葉に、セレスも壁を壊そうとしていた剣を抜き、水の塊の軌道から外れる。ソルもホッとして、炎の壁に込める魔力を弱めた、その時だった。
「狙うのは、あなたでも、いい」
姿が見えなかったレヴィアの声が、ソルの背後から聞こえた。その瞬間、少し気を抜いて無防備だったソルの背中が、何かの力で押された。気が付けば軌道が代わっていた水の塊が、ソルの目の前に迫っていた。
「なっ」
基本遠距離から魔法を放つ魔導士であるソルにとって、目の前に迫った攻撃を避ける反射神経など持っていなかった。やばいと脳が理解した時には、ソルは水の塊に飲み込まれていた。
ソルの体は水の塊の中の渦に飲み込まれ、身動きが取れなくなる。何とか水が口に入らないように息を止めるも、徐々に息が苦しくなって思わず口を開いた。
「彼を、助けたければ……」
そんなレヴィアの声をぼんやりと聞きながら、ソルは意識を失った。




