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3.主人公と元通り?

 ソルは塔で意識を手放してから、温かく心地よい何かに包まれているような、そんな場所にいた。周りには何もなく、けれども不思議と不安も無かった。どうしてかそこは懐かしい感じがして、けれどもソルがここに来た記憶は無かった。


『はあ。面倒なことになった』


 と、どこからか声がした。


『まさかこのようなエンドを迎える者がいるとは。このような魂では、元の世界に再び生まれ変わらせることもできぬ。何の影響か悪役に転生を希望した者ですら、何かを倒したり、誰かと結ばれたりと、ハッピーエンドを迎えたものを』


 声の言う意味を、ソルは理解ができなかった。けれども頭はぼんやりして、口を動かす気にもなれなかった。

 ただぼんやりとこの心地よさに身を預けていると、再び声がした。


『ああ、なるほど。強制力はそう働いたか。かなり歪んでしまったが、問題ないだろう。そのような物語など、沢山ある』


 その言葉が聞こえると同時に、ソルの意識はどこかに溶けていく。そんな中、先程より鮮明に、ソルに直接語り掛けるようにその声は言った。


『優人よ。いや、ソルよ。今度はこの会話の記憶は消さぬから、ハッピーエンドで終われ。これが、主人公であるおまえの役目だ』


 主人公……? リアンズの主人公は、セレスなはずじゃ……。

 そんな疑問も、意識と一緒にどこかに溶けて行った。ソルは再び意識を手放した。





 次にソルが目を覚ましたのは、人工的に作られたような洞窟の中だった。少し体を動かすと、見えていた岩の天井を覆うように、セレスの顔がソルを覗き込んだ。


「ソル……! ソル……! 良かった……! 目を覚ましたのね……! 私の事、わかる!?」

「セレ……、ス……?」


 ソルがセレスの名前を呼べば、セレスは大粒の涙を流しながら、そしてそれを拭うこともなくソルを抱きしめた。


「良かった……! 本当に良かった……!」


 そう泣きじゃくるセレスに包まれながら、ソルはようやく意識が鮮明になっていく。そして何があったのかを思い出す。瘴気を全て取り込んで嫌われ役になって死のうとしたこと、その作戦は無事成功して崩れる塔に飲み込まれたこと、そして、夢のような世界で聞こえた声のこと。

 全てを思い出したソルは、良かったと泣きじゃくるセレスの違和感に、慌ててセレスから体を離した。そして起き上がって少しだけ距離を取り、セレスを見る。


「待って……! セレスは俺を見ても、その……」


 ソルはセレスに思わず質問しようとして、そして口ごもった。瘴気浄化によって嫌われ役になる作戦を、セレスにバレるわけにはいかなかった。現状が把握できない今のこの状況で、下手に知られれば全てが台無しになる気がした。


「大丈夫よ、ソル。私、どうかしてたわよね。本当に、本当に、今までの事、ごめんなさい」


 けれどもセレスは、心から後悔しているかのように、ソルにそう言った。セレスがソルを見る目に嫌悪感は無く、まるで瘴気の影響など消えてしまったようにも見えた。


 強制力


 夢のような世界で、声が言った言葉をソルは思い出す。そして、その声はソルにハッピーエンドで終われと言った。

 この世界は、あくまでゲームの世界だ。そして、この世界はまだハッピーエンドでないらしい。ということは、シナリオがまだ続いているということだった。


 ソルがまた生きている理由も、そして瘴気の影響が消えた理由も、シナリオを進めるための“強制力”が働いているのだとしたら。

 ソルは小さく息を吸う。本物のソルならば、なんて言うだろうか。


「えっ、突然どうしたんだよ? そりゃ、なんかおかしいなって思ってたけど、俺としてはまたセレスと仲良くできるなら……」


 深く気にしていなかったと言うように、ソルはへらりと笑う。きっと、本物のソルならこう言うだろう。シナリオを円滑に進めるため、優人はソルを演じなければならなかった。


「そうね」


 セレスはそう言って、ソルに手を伸ばした。そして、ソルの頭を覆うように、ソルを優しく抱きしめる。

 ふに、と、ソルの顔がセレスの大きな胸に覆われた。突然の温もりのある柔らかさに、不謹慎にもソルは少し興奮してしまう。

 セレスからそうしてきたのだから、不可抗力だ。仕方ない。


「これで全部元通り。全部、何もかも。……ね?」


 そう言ったセレスがどんな顔をしていたのか、ソルには見えなかった。ただソルはセレスの言葉を深く考えることも無く、欲望のままセレスの胸に顔を預けた。





 結局、ソルは暫くの間セレスに身を任せ、推しキャラの胸に包まれるという幸福を堪能してしまった。ソルの年齢を考えると、本物のソルだってそうしていただろうと優人は自分に言い聞かせる。

 けれども、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。この世界がまだハッピーエンドでないのならば、現状を確認したかった。


 そうしてセレスに現状を確認すると、シナリオは思った以上に進んでいた。無事、ラスボスである魔王は三人で倒したらしい。

 元々ソルがいなくても、問題なく魔王は倒せるだろうとは思っていた。三人だけでも倒せるように、前世ではレベリングスポットと呼ばれる所に沢山行ったのだから。勿論強引に連れて行った事もあり不平不満は言われたが、瘴気の影響で言われ慣れていたから気にしたことはなかった。

 装備も勿論現段階での最強装備を入手していた。ある意味では強くなりすぎて、四天王戦では各々ソロ討伐すら可能なレベルまで引き上げたのだから、実際に戦った時は敵に同情するレベルだった。


 そうなると、この世界はエンディングを迎えているはずだった。そして、瘴気の影響を受けていないセレス達は、大切な人に嫌われる事も無いはずだ。

 けれども、夢の中の声が言うには、まだこの世界はハッピーエンドを迎えていないらしい。


「そうなると、裏ボスか……」

「裏……、ボス……?」


 ソルが呟いた言葉に、セレスは不思議そうな顔をしてソルを見た。裏ボスなんて言葉はこの世界にはなく、ソルは慌てて誤魔化す。


「えっ、あっ、いや、なんでも……。いや、まだ四天王のべへだけは生きてんだなって!」

「……そうね。生きているわね」


 セレスは、怒りを滲ませながら、冷たい声でそう言った。正義感の強いセレスの事だ。魔王の手先であるべへが生きている事を許せないのだろう。セレスらしいと、ソルは思う。


 そのべへが、エンディング後の物語の中心人物となるキャラだ。べへはある日、城に保管されている禁術の書を盗む。そこには、生きた物を生贄に死者を蘇生する方法も書かれていた。

 べへは各塔で、実験として四天王を死者蘇生させる。けれども不完全な蘇生であり、しかし前より強くなった状態で、セレス達は再び四天王と戦う。そして禁術をものにしたべへは、自身を生贄に魔王を完璧な姿で復活させ、セレス達は魔王と再び戦うのだ。

 その生き返った魔王が前世では裏ボスの役割を担っていた。


 イベントはそれだけでない。各塔の近くにあるセレス達四人の故郷に立ち寄れば、四人の過去も少し深堀される。四天王や魔王との再戦よりもそちらの方を好むプレイヤーも多数いた。


 どうしてか、取り込んだはずの瘴気の影響は消え、けれどもソルは生きたままだった。裏ボスを倒すのも、現時点で推測できるレベルを考えると、恐らく大きな問題はないはずだ。それならば、きっと裏ボスを倒せば、声の言うハッピーエンドを迎えられるだろう。

 そう考えると、裏ボス討伐を目指しながらエンディング後の世界を楽しむのもありか。ソルはそんな事を思いながら、外の様子が一つも見えないこの場所で、幸せな未来を思い浮かべた。

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