29.気になることと難しいこと
「……とりあえず、この件はこのまま国に報告するとして、私達は帰りましょう。ソルもこんな所にいたくないでしょう?」
セレスはそう言って、ソルの手を取った。そして、手を引いて塔を下りようとする。
けれどもソルはまだすっきりとしないまま、振り向いて羽と深緑色の血だけがあるこの部屋を見つめた。
と、ソルに向かってレピオスが近付いてきた。自分より身長の高いレピオスに、その光景は隠れてしまった。
「ソル。まだ何か気になる事でもあるのですか?」
「あっ、いや……」
ソルは仕方なく前を向く。そしてセレスに引かれるまま歩き始めた。けれども、だからといって一度気になってしまった事に対して、考えをやめることはできなかった。
「これもベヘがやったとして、なんでそんなことしたんだろな。俺を狙ってきたこともそうだけど、死者蘇生した仲間を殺す意味なんてもっとわかんねえ」
「……ソル。ベヘは悪よ。悪の考える事なんて、わかるわけないわ。もしかしたら、パズを次の生贄に使ったのかもしれないし」
それは、きっとセレスの言う通りなのだろう。だってストーリーもそうなのだから。
もしかしたら原作と少し変わって、パズと揉めたのだろうか。けれども、原作でパズが生贄になったのは、パズからの頼みだったはず。だからベヘが強引にパズを生贄にすることも考えにくかった。そう考えると、ベヘはまるで別人のような……。
そう思った瞬間、ソルは一つの可能性が思い浮かんだ。原作と変化があるのは、だいたいソルが原作と違う動きをした時だ。けれども今回ばかりは原作と異なる動きはしていない。ならばベヘもまた原作を知り、敢えて原作と異なる動きをしていたのだとしたら。
別におかしなことではなかった。自分がこの世界に転生できたのだから、ベヘだって転生者の可能性もある。それならば、自分の死を回避するために動いていて、そこで原作が変わってもおかしくない。既にレヴィアの死者蘇生に成功しているのなら、ベヘ自身が生贄にならなくてもレヴィアを生贄にすれば魔王は復活する。
いや、でも、それもおかしいか。ソルはそう思う。ベヘがもし生きたいだけならば、何もしなければいい。転生者なら死者蘇生の原理もしっているはずで、サマエルの時点であんな失敗をするなんてありえない。
けれども一つの可能性が浮かんだ瞬間、ソルはベヘと話してみたくなった。少なくとも、自分が何かを知らないことにべへは驚いていた。セレスが来て聞けずにいたが、その知らない何かでシナリオが変わっている可能性は十分にあった。せめてそれを突き止めたかった。
「ソル。どうしたの?」
セレスが、ずっと考え事をして話さないソルに問いかけた。
「えっ!? あっ、いや、もしパズをレヴィアの生贄に使ったとして、それで死者蘇生が上手くいったら、今度はレヴィアを魔王の死者蘇生の生贄に使ったりするのかなー、とか、思っててさ」
その言葉に、セレスはピタリと立ち止まった。
「そうね。その方法があったわ」
「セレス……?」
セレスは前を向いたままで、ソルからセレスの表情は見えなかった。
「確かにそうね。魔王のためなら自分の命を犠牲にする、なんて選択も、彼らならありえるわね。……ソル、大丈夫よ。魔王なんて寧ろ逃げない分、簡単に倒せるわ」
◆
それからソル達はエフォールに帰り、次の街へ行く支度を始めた。ソル自身気になる所は沢山あったが、とりあえず次の塔を見に行くことが大事だろうと思う。
少なくとも、魔王はまだ復活していない。復活すれば、空の色がおかしくなるとか、強い魔物の量が一気に増えるだとか、そんな設定があったはずだ。
そんな事を考えながら支度をしていると、ソルの背中に何か大きなものが飛び付いてきた。見えた腕と背中に当たるものの小ささに、カーラかと理解する。
「カーラ、どうした?」
「オーディが言ってたんだ! ボクがオーディと話せるようになったのソルのおかげなんだって! 一緒に特訓してた時に何か言ってくれたの? 本当ありがとう!」
そう言ってカーラは、ソルをぎゅっと抱きしめた。けれども、そこまで感謝される事なのか、ソルにはわからなかった。
ソルとしては、カーラの事を苦労していない天才だと言うオーディに、カーラの努力を知ってもらいたかっただけだった。そして何か勇気を与えるキッカケになればいい程度に思っていた。けれどもオーディは、ずっと比較されていた劣等感すら乗り越えていった。前世で兄と比較されて劣等感を抱いたまま捻くれた自分とは大違いだとソルは思う。
「オーディが凄いだけだって」
そう言ったソルの言葉に、カーラは頬をふくらませる。
「そんなことないって! だって、オーディがそう言ってたんだよ!? だから絶対そうなんだって!」
「えっ、いや……」
「凄いったら凄いの! そしてボクも感謝してるの! ただそれだけの話なんだよ? なんでソルはそんな難しいこと考えてるのさ! 素直に受け取ってよ!」
その言葉に、ソルは何も言えなくなる。確かに素直に受け取らないのはソルらしくないか。そんな事を思いながらも、素直に受け取って良いのか不安になる。
これはソルを演じてやったことで、でも努力を知って欲しかったのも二人の仲を解決したかったのも優人の気持ちで、素直に受け取ると優人の部分まで褒められて気持ちになってしまう。優人の部分は褒められるはずなんかなくて、誰かの好かれてきたのはソルのおかげで、そう思っていたのに、自分も褒められて良いのだと期待してしまう。
「あはは、確かに。こちらこそ、そう言ってくれてありがとな!」
言えたのは、ソルならばこう言うだろうと思い付いた言葉だけだった。優人としては、まだ受け取って良いのかわからないままだ。
けれども少しだけ、優人の心は温かくなった。




