26.疲れと安心
それから暫くして、三人は道場に向かった。カーラは自分の部屋に着くなり、倒れるように眠りについた。
自分ももう少し休もうか。ソルもそんな事を思った時だった。
「ありがとう」
オーディはソルに向かってそう言った。
「俺は何もしてない。ただカーラの事を、もっとちゃんと知って欲しかっただけ」
「ソルがいなかったら、俺はカーラの事を誤解したままだった。カーラは苦労なんて知らない、簡単になんでもできる奴だと思ってた」
ソルはカーラの方をチラリと見る。当の本人は自分の事を話されているとも知らずに、幸せそうに眠っていた。
「まっ、カーラ本人は苦労してるなんて思ってないだろけどな」
「だね。ある意味そこが、天才なのかもしれない」
オーディは、カーラの方を目を逸らすことなく見つめた。
「どっちにしても、一晩の練習で技を完璧に身に付けるカーラは凄い。きっとそれまで努力してきた土台が全然違うんだ。だから……」
オーディは大きく息を吸う。オーディは、何かを決心したような目をしていた。
「俺も一度、特訓の内容見直してみようと思う。そして少しでもカーラに追いつけるよう、俺も頑張らないと」
そう言って、オーディは道場の方に向かって行った。
そんなオーディの背中が見えなくなった後、ソルは気が抜けて壁にもたれかかり、座り込んだ。そして、ソルらしい笑顔を止めて楽な表情にする。
上手くソルになれていただろうか。きっとなれていただろう。上手く行ったのだから。
良かった。そうソルは思う。きっとこれで、二人はまた仲の良い関係に戻れるだろう。
せめてオーディに、カーラの努力を知って欲しいだけだった。だから、ここまでオーディの気持ちに変化があるとは思わなかった。
前世では努力を馬鹿にする人達の姿を何度も見てきた。だから、努力の姿を見て尊敬に変わるなんて、流石『リアンズ』の世界だ。そうソルは思った。
「けど、なんだか疲れたな」
ソルはぽつりと呟いた。
この世界に転生してから、なるべくソルらしい振る舞いになるようなるべく意識して行動してきた。
最初は楽しかった。何度もやりこんだゲームだから、キャラの台詞もある程度は覚えていて、なりきるのは簡単だった。明るくて元気でいつも笑顔なソルとして振舞えば、瘴気の影響が出るまでは皆からも好かれて、まるで別の自分になった気がして楽しかった。
けれども、本当の自分はここまで明るくない。後ろ向きな性格であることも自覚していた。エンディング後の世界になり、決められた台詞も少なくなると、真逆の性格であるソルを演じるのは少し疲れてしまう。
それでも、今回の事はソルの希望となった。もしかしたら、これからセレスやレピオスの住む街に行ったとして、二人は二人の大切な人と仲がこじれるかもしれない。けれども、なんとかなるかもしれないのだ。
瘴気の影響が消えた後の世界は想像と違ったけれども、瘴気が消えなかったらこの展開すら無かっただろう。もう少し頑張らなきゃいけないが、自分の手で大好きな世界をハッピーエンドにできるのだとしたら、こんな嬉しいことはなかった。
「ソル」
と、ソルを呼ぶ声にソルは顔を上げた。目に入ったセレスの顔に、ソルは慌てて笑顔を作る。
「セレス、どうかしたのか?」
「……いえ、何も。……カーラとオーディさんの件、解決したのね。さっきオーディさんが、スッキリした顔で歩いていくのを見たわ」
そう言って、セレスはソルの隣に座る。
「ああ、多分な。まあ、塔に行くのは一日伸びそうだけど」
「そうね。それはレピオスとも話してたわ」
ソルは、二人の会話など気にせず眠るカーラの姿をチラリと見る。カーラがこうなりそうだということは、事前にセレスとレピオスには話しておいた。そして、今回はそれを止めないで欲しいという事も。
そして、二人は了承してくれていた。
「ソルは流石ね」
と、セレスはソルを見てそう言った。
「えっ、何が……」
「二人が仲直りしたのは、ソルのおかげなのでしょう? だから、ソルは凄いなって思ったの」
「いや、俺は特に……。オーディがカーラの努力を見て、考えが変わっただけっていうか……」
「でも、きっかけを作ったのはソルなのでしょう? だから、ソルは凄いのよ。いつも、色んな人の心を溶かしていく」
きっとそれは、ソルだからだ。ソルの体で、ソルらしく振舞っていたから、上手くいったのだ。けれども、まるで優人の部分まで褒められた気がして、嬉しくなる。
「ありがと。なんだか、セレスに褒められると嬉しい」
「嬉しいなら、何度でも褒めてあげるわ」
そう言って、セレスはソルの頭に手を伸ばした。そうして優しくソルの頭を撫でる。
駄目だ。こんなに甘やかされたら、セレスのタイプの男にはなれない。そんな事を思いながらも、原作ではこんな風にソルを子ども扱いしていたのだから、今だけはそれを堪能しても良いのではないか。そんな気持ちが横から溢れ出てきてしまった。
「ソル。あなたも疲れてるのでしょう? 塔に行くのは明日なのだから、寝てもいいのよ」
「うん……」
気付けばセレスに抱きしめられていて、ソルは流石に寝不足だったためウトウトしてしまった。毎晩セレスと手を繋ぎながら寝ているからか、セレスの温もりが、いつのまにか緊張から安心に変わっていた。
あれ、疲れてるなんてセレスに言ったっけ?
そんな事を思いながらも、まあ夜中ずっといなかったから想像は付くかと思いながら、ソルは眠気に勝てず、目を閉じた。
「……疲れた、なんて、知らなかったわ。また、無理しているのかしら」
セレスは、完全に眠ってしまったソルの頭を自分の太ももに乗せ、そう呟いた。そしてソルの頭を優しく撫でる。
「ソルはいつもそう。見返り無く色んな人を助けようとするの。あなた自身がどれだけ傷ついても、辛くても。……わかってるわ。そんなあなただから、私は好きになってしまったって。せめて相談してくれればいいのに、きっとあなたは一人で動いてしまう。だから……」
セレスは決意のこもった目でソルを見る。ソルは、安心したような顔で眠っていた。
「私がソルを傷つける全てのものから守らないと。特にべへ。あなただけは絶対に許さない。しかもまたソルに接触しようとするなんて、どういうつもりなのかしら。どうにかして始末する方法を考えないといけないのに、何も手掛かりはない。ソルを守らなきゃいけないから、探しにも行けない。いったいどうしたら……」
セレスは、ソルに覆い被さるように抱きしめた。
「本物の愛を教えてくれたソルを、絶対に守らなきゃいけないのに……」




