2.消えた代償と光
『一人でコアの浄化に行ってきます』
そんな書置きとともにソルがいなくなった時、セレスはホッとした気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ここ最近、ソルが何かをするたびにイライラが止まらなかった。けれども、その理由を自分に問いかけてみても、理由を形にはできなかった。理由を形にできないような最低な心のまま、ソルに酷い言葉を浴びせたくなかった。
レピオスやカーラは直接ソルにイライラをぶつけていた。けれども聞いていれば些細なことばかりだった。そうわかっているのに二人を上手く止められず、それどころか自分の感情を制御することに必死で、つい先日も距離を取ると言ったばかりだった。
だから、ソルが一人でコアの浄化に行ったことも、ソルの気持ちを考えれば当然なことのはずだった。けれども、自分勝手な行動だとか、何の相談も無しにだとか、ソルに対するイライラした感情は止まらなかった。
何かが崩れる、大きな音がするまでは。
大きな音に驚いてセレスが顔を上げた瞬間、ずっと心に蔓延っていた黒い靄が一瞬にして晴れた。先ほどまでのイライラした感情は、一瞬のうちに消え去った。
「私達、どうしてこんなにもソルにイライラしていたのかしら」
思わずそう言ったセレスの言葉に、レピオスはムッとしたような表情をしてセレスを睨んだ。
「何故って、そんなの決まっているじゃないですか! 彼の普段の行動が……。あれ……? いや、でも、例えば……」
上手く言葉にできないレピオスは、焦ったように自分の手で髪を掻き乱す。そんなレピオスを見て、この変化が自分だけではなかったのだとセレスは確信した。
隣で、泣きそうになりながらカーラがセレスとレピオスを見る。
「それよりさ! さっきの音はなに!? ボク達、コアに行くたび四天王に邪魔されて来たよね!? 四天王からの攻撃だったらどうしよう……!? ソルは無事!?」
そんなカーラの心配もまた、仲間に対して当然の事だった。少し前までの自分達は異常過ぎて、一人で行ったソルが四天王に襲われる危険性すら頭に無かった。けれどもその理由を考えている暇がない事は、誰もがわかっていた。
「……塔に向かいましょう」
レピオスの言葉で、音のした方へ、そして塔のある方へとセレス達は急ぎ足で向かった。
「……は?」
目の前に広がった光景に、セレス達は一瞬思考が停止した。あるはずの塔が、瓦礫となり崩れていた。
「う、そ……。冗談、でしょ?」
ソルはこの中にいるはずで、けれども目の前に広がるのは瓦礫の山で、
「ソル!? どこにいるの!? 返事して!? お願いだから!! 今までのこと、謝るから!! ねえ!?」
どれだけ呼んでも、叫んでも、聞こえるのは風の音だけ。少しのうめき声すら聞こえなかった。
『セレス』
自分を呼ぶソルの優しい声が、頭の中にだけ響く。どうして今思い出すのだろう。どうしてずっと忘れていたのだろう。出会って間も無い頃の記憶がセレスの中に蘇る。
そこは少し薄暗い森だった。しかも悪天候で、遠くで雷も鳴り始めていた。だからセレス達は、雨宿りのために洞窟に入った。
セレスは雷が苦手だった。子供の頃、一人で大丈夫と強がって留守番した夜を思い出すから。けれども今だに雷が怖いなんて子供っぽくて、特に妹や弟の前では恥ずかしくて、家族にすら言えていなかった。
だから、ソル達の前でも普通に振る舞っていた、はずだった。
『セレス、大丈夫か? 雷苦手?』
そんなセレスに小さな声でそう言ったのは、ソルだった。
『へ、平気よ! 別にこれくらい……!』
『でも、震えてる』
そう言ってソルは、セレスの手を握った。
『俺とセレスは同い年なんだから、お姉ちゃんやんなくてもいいと思う。たまには甘えろよ』
どうしてソルが、自分が強がっていた理由を知っていたのか、セレスにはわからなかった。けれども自分の心の奥底を見つけてくれたソルに、そしてソルのくれた手の温もりに、いつの間にかセレスの震えは止まって安心していた。
けれども手を繋いで同じ空間にいれば、レピオスとカーラにもすぐに気付かれた。何をしているのかとレピオスに怪訝な顔で言われた時、セレスは恥ずかしさで思わず手を離しそうになった。
そんなセレスの手が離れないように強く握りながら、隣に座るソルは困ったように笑いながら言った。
『俺雷苦手でさあ。怖いっつったらセレスがこうしてくれたんだ。ほんと、セレスって優しいよな!』
ソルがそう言えば、洞窟にいる限りはどこに落ちても問題無いとかなんとか、レピオスらしい小言をソルに言い始めた。それでもソルは雨が止むまでセレスの手を離さなかった。
セレスがソルの事を意識するには十分過ぎる出来事だった。なのに、いつの間にかそんな感情ごと黒く塗り潰されたように、ずっとセレスは忘れていた。
ソルとの記憶が頭に蘇っていく中、セレスは、そしてレピオスとカーラも、必死に瓦礫の中にいるかもしれないソルを探した。
こんなに心配かけて、苦労して探させて、そんな自分達の気持ちなんて何も知らずに、何してんの? なんて、能天気に笑いながら、別の所からいつもの笑顔で出てきて欲しい。それでも誰も責めないから、もう一度出逢った頃のように、楽しく笑い合いたかった。
けれども、セレスが瓦礫の一つを退けた時、その僅かな希望すらも崩れ去った。
「あ……、う、そ……。いや……、そんな……、なんで……」
見えたのは、瓦礫の中から伸びる一つの手。その手に付けられた赤い手袋は、まさしくソルが付けていたもので、
「ソル、返事して……! ソル……! ソル……!」
まだ温もりの残る手を握りながらそう叫ぶセレスの元に、レピオスとカーラも慌てて駆け寄る。瓦礫を退かせてソルの体を取り出し、レピオスが必死に回復魔法をかけた。けれども、どれだけ待ってもソルはピクリとも動かない。
そうして回復魔法でソルを包んでいた光が消えた時、レピオスは悔しそうに唇を噛みながら首を振った。
「うそ、うそよ……! 信じない……! 絶対に、絶対に、信じない……! なんで……! なんで……! あぁあああ!!」
セレスはソルを抱きしめながら、声にならない声を上げて叫んだ。