19.望むことと望まないこと
「まったく、練習の時間になっても誰も来んと思ったら。そろそろ道場に来なさい!」
と、厳しい老人の声が広場に響く。一瞬で騒いでいた子供たちは静まり返り、逃げるように道場の方へ駆けて行った。中にはごねる子供もいたが、老人がギロリと睨むと諦めたように道場に向かった。
そんな老人を見た瞬間、カーラの表情がパッと輝く。
「師匠!」
カーラが師匠と呼んだ老人は、道場で子供達に武術を教えているマイター張本人であり、そしてカーラの育ての親だ。勿論、以前この街に来た時にソル達も顔見知りとなっていた。
「おう、カーラ。帰ってきておったのか」
「うん! ちょっと用事があって!」
「そうか。せっかくならご両親に挨拶でもしていきなさい。それから、道場には子供たちが騒がないように裏口から入ってきなさい」
「わかった!」
マイターの言葉に、カーラは元気よく返事をした。
両親に挨拶とは、あの設定の事だろうかとソルは思う。カーラからはまだ直接聞いたことは無かったが、カーラにもまたシリアスな過去の設定があった。
けれども、ソルはすぐに別の所に気を取られた。マイターの後ろにいる、群青色の髪をした青年だ。
彼がオーディ。マイターの実の息子であり、カーラのライバル。そして『リアンズ』でカーラの“大切な人”として位置づけられているキャラだ。
そんなオーディは、カーラの方を見ることも無く、目を伏せていた。
「あ、オーディ! 久しぶり!」
そんなオーディの様子を気にすることもなく、カーラは笑顔で話しかける。
「ねっ、ねっ! 久しぶりに勝負しようよ! ボク、前よりもっと強くなったんだよ!」
「……ああ、そうだな。でも、今日は忙しいから無理だ」
「そうなの? ボク、いつでも時間作るからね! オーディと戦うの、楽しみにしてたんだ!」
「……そう。ごめん、もう行く」
そう言って、オーディはカーラにくるりと背を向けた。そんなオーディの様子に、ソルの心はざわついた。
強制力
そんな言葉が、ソルの頭の中に響いた。
確かに、ソルがシナリオとは違う行動をしても、最終的にはシナリオ通りに進んでいた。そして、夢の中で聞こえた声も、確かに“強制力”と言っていた。
パシオニアでは、シナリオとは少し違うが、瘴気の影響が無くなったのにゼットとラクトとは仲が良いままとは言い切れなくなった。これもまた、“強制力”なのだとしたら。せっかく瘴気の影響が無くなったのに、カーラとオーディも同じ展開を迎えるのではとソルは怖くなる。
いや、違う。だってそもそも、瘴気の影響だけは明らかに無くなっているのだ。その証拠に、カーラは子供たちに好かれていたじゃないか。ソルはそう自分に言い聞かせた。ゼットとラクトも、理由はわからないけれども旅立つ前に謝ってくれた。だからきっと、原作のように無条件に嫌われるなんてことはないはずだ。
「うーん。オーディ、どうしたんだろ? 疲れてるのかな?」
カーラは不思議そうに、去っていくオーディの姿を暫く眺めていた。けれども、まあいいかとくるりとこちらを向き、三人に向かって笑いかける。
「両親への挨拶、せっかくなら皆にも来てほしいんだよね! ……いい?」
カーラの言葉に、三人は頷く。きっと、あそこに行くのだろうとソルは思った。
最推しはセレスとはいえ、『リアンズ』の主要キャラは皆大好きだった。だからできれば、カーラの笑顔がこれ以上曇らないで欲しい。ソルは一人、強く願った。
◆
「……ここ、ですか」
レピオスが、眼鏡をくいと持ち上げながらそう言った。
カーラに連れられ足を運んだ場所は、墓地。ソルも設定としては知っていたが、初めてゲームをプレイした時には驚いた記憶があった。
「あはは、急にごめんね。実はボクのパパとママ、もうこの世にはいないんだ」
「そう、だったのですね……。しかし両親ともというのは、何かの事故で……」
「ううん。殺された。実は昔、この街、盗賊団に襲われたんだ。その時は今程武術の街って感じでもなくて、戦える人も少なかった。パパとママも戦えなくて、ボクを庇って死んじゃったんだ」
その言葉に、隣で聞いていたセレスは何かに気付いたのか、ハッとした顔でカーラを見た。
「ねえ、もしかしてその盗賊団って……」
「そだよ。ボク達がやっつけたやつら。まさかこの旅が親の仇討ちになるとは思わなかったけど」
実際本編でも、メインストーリーに並行して盗賊団のイベントが定期的に発生する。本編時はやたらカーラが盗賊団討伐に積極的な台詞を言うなと思う程度なのだが、エンディング後にこの街で話を聞くことで、プレイヤーはカーラの台詞の本当の意味を知るのだ。
勿論ソルは前世の知識で全て知っていた。けれども流石に実際に一緒に過ごしてきた上でカーラ本人の口から聞くのは辛いものがある。
ソルはカーラに、聞いてみたいことがあった。ゲーム本編でもメディアミックス化された他の媒体でも、描かれることはなかった事だ。
「カーラは、仇討ちできて少しでもスッキリできたのか?」
ソルの質問に、カーラは困ったように笑った。
「どうだろね。倒しても、パパとママは生き返らないから。だけど、これできっと、もう二度とボクみたいな子供は現れない。そう考えたら、嬉しいかな。って、思ってたんだけど……」
どうしてか、カーラはソルをじっと見つめた。
「もしパパとママが生き返ってまた会えるならって、思っちゃうよね」
「カーラ……!」
セレスは、責めるようにカーラの名前を呼んだ。その理由をソルは一瞬理解できなかったが、べへの使ったであろう禁術を思い出してソルもハッとした。恐らくセレスも、同じ事を思ったのだろう。
「……カーラの親は、カーラのこと命賭けて守るほど大事だったんだろ? だったら絶対に、カーラが禁術に手を出すなんて望んでないと思う。きっとカーラの親は、カーラが幸せに生きてく事を望んでる」
その言葉に、カーラは動揺したように目を大きく見開いて、そしてソルから目を逸らした。
「……そうだね。ボクもそう思う。そもそももう十年以上も前のことだし、蘇ったとして何話していいかわかんないや。ボクにとっての親はもう師匠だし、オーディもいたし。それに、この事があったから、今度はボクが強くなって色んな人たちを守るって決めた。魔王も倒して、盗賊団も倒した。ここまでがんばれたのもパパとママのおかげだと思ってたし、パパとママみたいな誰かを守れる大人になりたいって思ってた。でも……」
カーラは一つのお墓の前で立ち止まる。そして、そのお墓の前でしゃがみこんだ。
「ねえ、パパ、ママ。守るって、何なんだろね」




