15.許せないことと強さ
あれから誰も何も言わないまま、ソル達は家に戻った。ソル自身、あれからどんな言葉を紡げば良いのかわからなかった。
「ねえ、ソル……」
セレスが心配そうな顔で、ソルに近づいて来た。もしかしたら、先程のことを聞かれるのかもしれない。本当の自分がバレてしまうことが怖くて、ソルは思わずセレスに背を向けた。
「セレス、悪い。ちょっと行きたいとこあるから! 夜までには戻る!」
そう言ってソルは、セレスの返事も待たずに駆け出した。今は上手くソルになれそうにもなかった。せっかく好意を寄せてくれているのかもしれないセレスの前で、これ以上カッコ悪い優人の部分を見せたくなかった。
けれども、行くあてはなかった。適当にぶらついても良かったが、何をしていたのかと問われたとき、それらしい理由が欲しかった。
そうだ、と、ソルは広場へと駆け出した。トルサは普段、広場で本を読んでいると言っていた。どうせなら、トルサに冒険の事を話す約束をしていたことにすればいい。いつ話すかは約束していなかったが、実際に約束していたのだからいいだろう。
「トル……」
広場で本を読むトルサを見つけて、声をかけようとしたその時だった。
「いっつもボッチで何読んでんの?」
トルサの前に、ゼットとラクトがやって来た。二人と顔を合わせたくなくて、ソルは思わず立ち止まる。
「えっ、ええっと、小説……」
「ふーん。見せろよ」
そう言ってゼットは、トルサの読んでいた小説を無理矢理奪い取った。
「なになに? 勇者アーサーの冒険? ふーん、そういうのが好きなの?」
「ええっと、うん……」
ゼットの顔は見えなかった。けれども、前世の経験からも理解した。ゼットはトルサを馬鹿にするネタを探して、絡んできているのだ。そしてトルサの様子からも、トルサはそれを快く思っていないのは明らかだった。
もしかしたらトルサと仲良くなってしまった自分のせいかもしれない。ソルはそう思った。ああいうタイプは自分が優越感に浸れたら誰でもいいのだ。だから前世でも悟を庇えば、悟から優人に簡単にターゲットが移行した。
ソルは小さく息を吐く。そうして三人の元へと歩き始めた。
「三人とも、何してんの?」
ソルはそう言って、トルサの隣に立つ。
「おー、ソルじゃねえか! あれ、今日は他の奴らとどっかに出かけたんじゃなかったのかよ。あっ、それとも一人逃げ帰って来たとか?」
「別に。もう終わって帰って来たとこだけど」
ソルは真顔で、淡々とそう告げた。記憶の中のソルなら、そんなことないと言いながらもへらへら笑っているだけだった。そうしてまた、ゼット達にいじられる。
本物のソルはそれでも良かったのだろう。けれども、今はソルを演じる必要があったとしても、どうしてもそれだけは受け入れられなかった。
「なんだ、つまんねえの」
「それよりも、それ、トルサの本だろ? 返してやれよ」
「なになに? 英雄さんは突然のヒーロー気取り? 取り返せるものなら取り返してみろよ!」
そう言って、ゼットは持っていた本を高く上げた。隣でラクトもニヤニヤ笑っている。恐らく、身長の低いソルが届かなくて困る姿を見たいのだろう。
そんなゼットを見て、大きくため息をつく。ゼットとは仮にも同い年なはずで、けれどもまるで小学生レベルの言動に見えた。
「ガキかよ」
「は? やっぱりおまえ、昨日から調子乗ってんじゃないの? ソルの癖によ」
「馬鹿にすんな」
そう言って、ソルは手から炎を出す。そして二人を睨みつけた。本当に炎をぶつける気は無かったが、今までのようにやられるだけでは無いということは示したかった。
「は? 何マジになってんの? 冗談きついって」
「冗談じゃないって言ったら?」
「あー、はいはい。返します、返せばいいんだろ?」
そう言ってゼットは、ソルが手を出す炎に向かって本を投げた。
「おっと。手が滑った」
「……っ!?」
ソルはトルサが大切にしている本を燃やしたくはなかった。だから咄嗟に体を逸らす。その瞬間、ゼットはソルの顔面を思い切り殴った。その勢いに、ソルは思わずバランスを崩して尻餅をつく。
「ぷっ。やっぱ弱いじゃん。本当に英雄様? そのくせかっこつけてよ! あっ、昔みたいに泣いてもいいんだぜ?」
「……バランスを崩しただけだから」
「強がんなって!」
実際、殴られても僅かな痛み程度だった。ゲーム世界特有の、弱い相手からの攻撃はかすり傷程度となるという設定は、物理攻撃でも適用される。けれども二人は勝手に、ソルを弱いと勘違いをして笑った。
「街の奴らにも広めといてやるよ! 英雄のソル様は一般人にもやられるほど雑魚だったってな!」
本当に、少し痛い目に合わせてやろうか。回復薬があれば、なんとかなるだろう。そう思って炎を手にまとわせようとした、その瞬間だった。
「ソル君、もういいいよ!」
トルサが突然、大声で叫んだ。
「僕が意地悪されていた所を、助けてくれたんだよね! やっぱりソル君はヒーローだよ!」
その声に、広場で過ごしていた人達の視線がソル達に集まった。
「ちっ。俺らが悪もんかよ。もういいわ」
視線に気まずくなったのか、ゼット達は去っていった。その様子に少しほっとしながらも、ソルは立ち上がる。そうして、投げつけられた本を拾ってトルサに渡した。
「トルサ、ありがと。助けてくれたんだよな」
「あっ、僕こそごめん。余計な事したかも……」
「いやいや、そんな事ないって! 俺も変に喧嘩したくなかったし!」
そう言ってソルは困ったように笑う。
一瞬頭に血が上ったが、それでも攻撃を躊躇った理由は、レベルの差を考えると弱小魔法でも大怪我を負わせてしまう可能性があるからだった。そんなことになれば、悪者は間違いなくソルの方になるだろう。
けれども、だからといってトルサが言われっぱなしというのも不快だった。
「でも、何かあったら言えよ! 別のとこいても、転移してくれば一瞬だしさ! さっきはドジやらかしたけど、俺、絶対あいつらより強いし!」
「あっ、ええっと……」
「トルサ……?」
ソルの発言に、トルサはどうしてか目を逸らした。
「べ、別に、大丈夫。ああいうの、今回が初めてだから。それに、また僕のせいで別の人がいじめられたりなんかしたら……」
「また……?」
トルサの発言に、ソルは顔をしかめた。またということは、過去に何か似たようなことがあったという事だ。
「あっ、違う! また、ではない! 間違えた! 本当に、今回が初めてなんだ! でも、僕を庇ってソルがいじめられたりしたら、それこそ僕は自分を許せなくなるから……。だからお願い。僕と友達でいてくれるだけで、十分だから……」
あまりに必死なトルサに、ソルはこれ以上追求する事を止めた。
「わかった。トルサがそこまで言うなら、トルサの意志を尊重する。でも、本当にヤバくなったら言えよ。俺は強いから、あいつらぐらいなら何されてもなんとかなるし。何も言われず抱え込まれる方が辛い。俺達、友達だろ?」
「……うん、そうだね。わかった。何かあったら言うね」
トルサの言葉に、ソルはホッと息を吐いた。
前世では、力も無くてやられっぱなしだった。殴られてもやり返せなくて、寧ろ悟に危害が加えられないように離れるしかなかった。
けれども、今は違う。今は守りながらやり返せる。そして今度こそ、誰かを守れる人間になりたかった。




