12.演者と恋心
それから四人は、ソルの家に入った。誰もいない生活感の無い室内はガランとしていて、ゲーム画面ではわからない寂しさがあった。
「親は不定期にしか帰ってこないから、自由に過ごしてくれ。どうせ何も言われない」
「ほんと!? じゃあ遠慮なく!」
そう言って、カーラはまるで自分の家のように入っていく。そんなカーラに、隣にいたレピオスが慌てて手を伸ばす。
「カーラ! 流石に少しは遠慮を……」
「いいじゃん! 誰もいないんでしょ!? ソルも良いって言ったもん!」
「まったく……。あまり散らかしてはいけませんよ」
そう言ってレピオスは、大きくため息をついた。ソルはそんなやり取りに二人らしいと笑いながら、何か出せるものでも無いかと食物庫を開ける。けれども中には殆ど何も入っていなくて、下手に何か使えば母親が困ってしまいそうだ。
「ごめん、もてなすもん何もねえや。飯は食いに行くでいいか?」
「それでもいいけれど、台所を使わせてもらえるなら、さっき買ってきた食材で私が何か作るのはどうかしら?」
「セレスの料理!?」
セレスの言葉に目を輝かせてそう言ったのはカーラだった。
「セレスの料理、久しぶりに食べたい! ボク、セレスの料理美味しくて大好きなんだよね!」
「わかる! セレスの料理だといくらでも食べれちゃうんだよな!」
カーラの言葉に、ソルも同意する。確かにゲームであった料理システムでも、セレスの得意料理の数は飛び抜けて多かった。そしてこの世界に来て初めてセレスの料理を食べた時は、こんなにも美味しい料理をこの設備と食材で作れるのかと驚いた程だった。
「でもいいのか? ここに来る前もずっとセレスに作ってもらってたから、無理してないか?」
「勿論よ。料理を作るのは本当に好きなの。しかも美味しそうに食べてくれる人がいると、余計に作り甲斐があるわ」
セレスはそう言いながら、買ってきた食材を眺め始める。そして作る料理を決めたのか、食材をいくつか取り出した。
と、セレスはソルの方を見て、少し残念そうに笑う。
「本当はソルのお母様にソルの大好物を聞きたかったのだけれども……。お母様、お忙しいようだし……」
「えっ? いや、俺、ほんとなんでも好きだぜ? セレスの作るものなら特に!」
「ソルに聞くといつもそう言うもの。だからお母様に聞きたかったのよ」
セレスはそう言って、ため息を付く。
確かに、セレスからそんな事を聞かれた記憶はあった。けれども、ソルの記憶を辿っても好きなものは母親がたまに買って来てくれた市販のゼリーとかで、栄養になりそうなものではなかった。優人としてはあるが、前世の食べ物もはこの世界とは少し異なるため、リクエストするのも難しかった。
「まー、母さんに聞いても分かんないとおもうぜ? 母さん仕事人間で、手料理とか作ってもらった記憶あんま無いし」
「そう……、なの……」
「あっ、でも、肉に甘辛いタレが付いたやつ! あれ、セレスの料理で一番好きかも! あっ、てことは、俺の大好物かもしれねえ!」
少し悲しそうな顔をしたセレスに、ソルは慌ててそう言った。その瞬間、セレスは一瞬驚いた後、嬉しそうな顔を見せた。
「そう……! 私の手料理が……、ソルの……。ふふっ」
「セレス……?」
「ううん。なんでもないわ。それくらいなら簡単だから、また作ってあげる」
「マジか!? 楽しみだぜ!」
ソルがそう言えば、セレスは鼻歌を歌いながら料理を作り始めた。
と、隣にいたカーラが、セレスとソルの顔を交互に見る。
「ねーねー、レピオスー!」
カーラはそう言って、少し離れた所にいたレピオスの所に走って行った。
「あのさー、もしかしてセレスって……」
「おや、鈍感なあなたでも流石に気付きますか」
「流石にあれはわかるもん!」
「いやあ、わかっていないと思っていましたよ。流石に私としては聞いていただけで胸焼けがしていたというのに……」
「……? なんで見てるだけで……?」
そんな会話を、ソルは聞こえないふりをして俯いた。少し赤くなった顔を誰にも見られたくなかった。流石に前世でも沢山アニメや漫画でこのような会話は聞いたことがあったから、二人が何を話しているかはすぐに察しがついた。
二人から見ても、そう見えるのだろうかとソルは思う。セレスが隣にカーラもいるのに自分の好物を聞きたがり、作ろうとするのは、そういう事なのだろうか。けれども彼女いない歴イコール年齢だったソルにとって、それがただの童貞が拗らせた妄想なのではないかとも思ってしまい、自信は無かった。
いや、おかしなことではないかとソルは思った。今は優人ではなく、誰にでも好かれるソルなのだ。セレスがソルを好きでもおかしくない。
そもそも、『リアンズ』のゲームが終わった後の未来は不明だ。実はセレスとソルが結ばれていたとしてもおかしくない。
あれ? でも、未来のソルがわからないなら、自分はどうやってソルを演じれば良いのだろうか。もし本当の中身は誰からも疎まれる優人だとバレれば、セレスがソルを好きだったとして、セレスはどんな反応をするのだろうか。
「ソル」
と、考え事をしていたら、セレスがソルを呼んだ。
「せっかくなら、味見してくれないかしら!」
「マジで!? いいの!?」
そう言えば、セレスはスープを小さな皿に少し入れてくれた。それを飲めば、野菜の味が染みた、温かくて優しい味が口の中に広がった。
「めちゃくちゃ美味いじゃん! やっぱセレスの料理は最高だな!」
「ほんと!? ありがとう! ソルにそう言ってもらえるの、とても嬉しいわ!」
セレスは幸せそうに笑う。そんな笑顔に、ソルは見惚れた。
ああ、駄目だ。セレスが惚れたのは“ソル”なのに。誰とでも仲良くなれる、元気で明るくて、太陽という言葉が似合う“ソル”なのに。もしかして自分の事が好きかもと思ったら、そしてそんな笑顔を見せられたら、本当の自分に向けられたのではないかと勘違いしてしまう。
勘違いしちゃだめだ。自分はソルじゃない。本物のソルにはなれない。なのに、こんな笑顔を見たら、ただの推しじゃなくて、好きになってしまう。
「あっ、えっと、俺暇だし食器とか用意するわ!」
自分の心の変化を悟られたくなくて、これ以上好きになりたくなくて、ソルは逃げるようにセレスから顔を背けた。




