10.本物と偽物
それからソル達四人は、ソルの故郷であるパシオニアに立ち寄った。転移魔法で直接塔に行くこともできたが、旅の支度の事もあり、その前にどこかの街に行く必要があった。
そしてソル以外の三人が買い物に出かけている間、三人の勧めもあってソルは一人自宅に戻っていた。
本当は、自宅に帰ることに興味などなかった。恐らく本物のソルにとっては、家族と大切な友人がいる場所だっただろう。けれども、優人からしてみれば、設定レベルでの記憶しかなかった。
前回コアの浄化でパシオニアに立ち寄った時も、適当に理由を付けて立ち寄らなかった。どうせ死ぬのだから、ソルになりきって苦労して会話などしたくなかった。けれども生きてしまったのだから、ずっと帰らないわけにもいかないだろう。
ありがたいことに、ソルが少し前までどのような状態だったかは、誰も知らない。セレスがタイミングを見て両親に伝えに行く役割を担っていたが、なかなか言えずにいたらしい。まずは家族からというセレスの強い思いから、レピオスとカーラも誰にも伝えていなかったという。
そもそも、家には両親とも働きに出ていなかった。そういえば、ゲームでもそういう設定だったなとソルは思う。街にいるモブに話しかけると、幼い頃から両親は仕事で一人で過ごすことが多かったという話を聞くことができるのだ。明るいソルの少しダークな部分に、一部の層から人気の設定となったのは間違いない。
そうして、ソルは特別誰かに心配される事もなく、家の前にある広場のベンチで平和になったパシオニアを眺めていた。
以前ここに来たときは、コアが瘴気に侵された影響で、植物は枯れ、沢山の魔物が現れていた。けれども本来のコアの目的は、恵みを与えるものである。瘴気が無くなった今は、枯れた植物も戻り、平和な時が流れていた。
「お、英雄じゃねえか!」
と、知らないはずなのに記憶にはある声が、ソルの耳に届く。ソルの友人である、ゼットとラクトだ。
ゼットは、ニヤニヤと笑いながらソルの肩に手を回す。
「まさか魔王まで倒しちまうとはなあ! その辺の雑魚にやられてすぐ死ぬと思ってたぜ!」
「それにしても、昔はその辺の犬に追いかけられてピーピー泣いてたソルが、魔王を倒すなんてねえ。他の三人が強いだけじゃねーのか?」
その言葉を聞いた瞬間ソルの中に沸き起こったのは、久々の再開に喜ぶ心ではなく、二人に対する嫌悪感だった。弄るという名の人を馬鹿にして優越感に浸る行為。前世の頃から、ソルはそういった絡みが大嫌いだった。
それでもゼットとラクトは、確かにゲームに出てくるソルの大切な友人の名前だった。そして記憶を辿っても、確かに二人はソルにとっての大切な友人だった。
なんで、どうしてと、ソルの頭は混乱する。
ゲームでも、『どんくさいんだからミスして死ぬなよ』とか『怖がりなんだから無理すんなよ』とか、二人がソルに言った台詞は確かにあった。その台詞にボイスなど無く、優人は純粋にソルの弱い部分を知りつつ励ましてくれているのだと思っていた。けれども違う。この台詞も、きっと今回のように馬鹿にするように言っていたのだろう。
そんなソルの動揺に気付くこと無く、二人は口を開く。
「感謝しろよ! 魔王討伐のパーティーに推薦したのは俺とラクトだぜ! まさか本当に行くとは思わなかったけどな! そのおかげで英雄の一人になれたんだ!」
「どうせ魔王討伐の報酬で良い思い沢山してんだろ? 何か御礼しろよ! そうだ! あの胸でかい女騎士もパーティーにいただろ? 紹介してくれよ! 俺達の仲だろ!? あっ、恋人とか既にいる? ワンチャンねえかなあ」
女騎士とは、きっとセレスの事だろう。セレスと二人が話す所を想像した瞬間、ソルは血の気がサッと引いた。
「……っ、セレスは駄目だ!」
思わずソルはそう叫ぶ。きっとセレスの事だから、友達だと紹介すれば会ってくれるだろう。そして、真面目なセレスだから、きっと何を言われても怒らずに受け入れてしまうのだ。
そんな優しいセレスに、こんな下品な事を言う二人を紹介したく無かった。そして、こんな二人が自分の友達だなんて、思われたくもなかった。
本気で二人を睨みつけるソルを、ゼットとラクトは馬鹿にしたように大きな声で笑う。
「えっ、何? まさかおまえと恋人同士ってわけじゃねえよな? もしかして好きなわけ? おまえみたいなチビ、釣り合わねえって! 身長だって変わんねえじゃん!」
「そうだぞ! あんま高望みするな! あっ、でも、そうだ! あんな美人で胸でかい女と一緒にいて、何かラッキーなこととかなかったのか!? 一緒に旅してたら何かあっただろ! せっかくなら教えろよ!」
ラッキーな事は、確かにあった。つい先日も、セレスの胸の中で良い思いをしたところだった。
けれども、その事を二人に言いたくはなかった。なんだかセレスが二人に汚されるようで嫌だった。そして、誰とでも仲良くなれる“ソル”は優人としても憧れのキャラであり、そんな“ソル”を貶す二人も許せなかった。
「……別に、そういうの、わざわざ言う事でもないだろ。気持ち悪い」
思わずソルが低い声でそう言えば、ゼットは舌打ちをする。
「おまえ、旅に出てからつまんなくなったよな。冗談も通じねえし。英雄になったからって調子乗ってんの?」
「……別に」
おまえはつまらない。それは前世でも言われた事があった。けれどもただこの馬鹿なノリに付き合いたくなくて、優人の頃は一人でいる事を選んだ。
「つまんねー。もう行こうぜ」
そう言って、二人はソルの前から去っていった。そんな二人の背中を見つめながら、ソルは拳を握りしめた。
なあ、ソル。あんなのが、本当におまえの大切な友達だったのか? あんな奴らのために、おまえは魔王討伐なんて危険な旅に出ることを決めたのか?
優人はソルに問いかける。けれども、本物のソルがこの世界にいるはずもなく、返事は返ってこない。
ソルの事がわからなくなっていく。ソルにとって一番大切な友達のはずなのに、優人にとっては一番嫌いな人種だった。
と、別の物音がする。顔を上げると、こちらをじっと見つめる同い年ぐらいの眼鏡をかけた青年がいた。
彼の名前はトルサ。名前はソルの記憶にだけあった、ゲームでは出てこないキャラだ。そもそもソルの記憶を辿っても、トルサとはあまり話したことは無かった。
「どうした?」
なんとなく、ソルはトルサに声をかけた。ソルの言葉にトルサは一瞬ピクリと震えたあと、恐る恐るソルに近付いて来る。
「あ、あの……!」
「ん?」
「冒険の話、聞かせて欲しくて……!」
トルサは先程の二人とは違い、目を輝かせながらソルにそう言った。




