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1.幸せとエンド

 太陽を意味する“ソル”は、そのキャラクターにはピッタリで、自分にはあまりにも不釣り合いな名前だ。水面に映る赤髪の青年の姿を見たとき、優人はそう思った。

 だって本当の自分は、唯一の大切な友達すら守れず、いじめられ、引きこもり、そして親にも兄にも迷惑をかけて疎まれてきたのだから。だから沢山の友達に囲まれ、この物語のムードメーカーで、誰からも愛された“ソル”とは正反対だ。


 けれども、これからは“ソル”として生きなければならなかった。だってここは、優人として生きていた頃にやり込んだアクションRPG『リアンズ』の世界なのだから。そして、水面に映る自分の姿は紛れもなく“ソル”なのだから。

 そして、せっかく“ソル”に転生したのならば、優人にはやりたい事があった。この世界を本当のハッピーエンドにすること。特に『リアンズ』の主人公であるセレスは優人の最推しのキャラであり、優人は前世で彼女の幸せを何度も妄想した。


 そうして決めた作戦を実行すれば、ソルの目の前には不快な顔をして自分を見る仲間の姿があった。


「またあなたは相談もせずに勝手に動いて。あなたの行動が結果的に私達に多大な迷惑をかけていることを理解しているのですか? あなたの行動一つ一つに、どれだけこの旅に無駄が生じたか」


 そうソルに言ったのは、回復師であるレピオスだった。

 彼の見た目は眼鏡にアッシュグレーの長髪で、いかにも頭脳派なキャラクターだった。頭脳派ならではの理屈っぽい発言に最初は好き嫌いが別れたが、仲良くなった相手には理屈抜きに尽くすため、そんなギャップに人気が出たキャラだ。

 レピオスの隣で、格闘家であるカーラも口を開く。


「なにヘラヘラ笑ってるわけ? 結局何がしたいのさ。言いたいことがあるならハッキリ言いなよ! ほんとそういうのイライラするし、ムカつく!」


 そう言ってカーラはソルを睨む。彼女の見た目は茶髪のボブヘアーで、活発系のボクっ娘だ。たまに空気の読めない所もあるが、努力家で目標に向かってまっすぐ突き進む性格に前世では勇気を貰った人も多かった。


 本来なら『リアンズ』でレピオスとカーラがソルに罵声を浴びせることはない。けれどもシナリオにはなかった二人の言動に、ソルは思わず微笑んだ。そんなソルの表情に二人から気持ち悪いだのなんだの散々言われ引かれたが、それすら気にならなかった。

 だってこれは、作戦が上手くいっている証拠なのだから。


 『リアンズ』の大枠のストーリーは、四つの塔にある瘴気に侵された『マーシー・コア』を浄化し、最終的には魔王を倒す王道ファンタジーだ。そしてゲームでは、女戦士のセレス、魔道士のソル、回復師のレピオス、格闘家のカーラを操作しながらプレイする。

 そんな『リアンズ』のテーマは絆だ。そして、そのテーマに大きく関わってくる設定が、浄化による代償だ。

 コアの浄化は自分の体内に瘴気を取り込むことで完了する。そして、瘴気を取り込んだ者は周囲から嫌悪感を抱かれやすくなる。


 原作の四人は、それぞれの塔で一人ずつ瘴気を浄化し、そして大切な人に嫌われる。セレスは家族、ソルは友人、レピオスは恋人、カーラはライバル。けれどもそんな絶望を乗り越え、瘴気の影響さえ関係ない絆を作り上げ、魔王を倒すのだ。


 勿論、絶望とそれを乗り越える展開があったからこそ『リアンズ』は人気が出たことも優人はわかっていた。けれども、未来を知っているからこそ優人は思わずにはいられなかった。もし瘴気を取り込まなければ、彼らにはもっと幸せな未来が待っていたのではないだろうかと。

 そんな『リアンズ』の世界に転生できたと理解した瞬間、優人は本当のハッピーエンドを作りたいと思った。大切な人にも嫌われない、仲間の絆だけで終わらない、誰もが幸せな大団円。せっかく全てを知っているのだから、原作知識を使えばゲームでは見られないハッピーエンドを見られるのではないかと優人は思った。


 だから優人は、四つ全てのコアの瘴気を、ソルの体を使って自分一人で浄化することを決めた。そうすれば、瘴気を取り込まなかった他の三人は大切な人に嫌われることはないだろう。


 そうして物語が少しだけ書き換わっても、主人公のセレスだけは原作と変わらなかった。セレスは元々、正義感が強く、間違った事が大嫌いな性格だった。だからこそ、ソルがレピオスとカーラから罵声を浴びせられた時も、セレスはソルを守ろうと二人をたしなめてくれていた。

 けれども、それもコアの浄化が二つ終わった時の話。三つ目の浄化が終わった頃、セレスもソルに対して嫌悪感を隠しきれなくなっていた。


「……ごめんなさい。あなたを見ているだけで、どうしてもイライラしてしまうの。何を言ってしまうかわからないから、少し距離を置かせてくれないかしら」


 そう言って、一つにまとめ上げた金色に輝くストレートの髪を大きく揺らし、セレスはソルから目を逸らす。

 きっと正義感の強いセレスは、自分がソルに抱く感情すら許せなかったのだろう。表情には少し悔しさも滲んでいた。きっとその台詞は、セレスなりの一番ソルを傷付けない方法だったのだろう。


 けれどもどれだけ嫌っていても、三人はソルを手放せない。だって、瘴気を浄化する方法はソルしか知らないのだから。

 ソルは、ソルがいなければコアの浄化ができないと勘違いするように、こっそりと動いた。これでどれだけ嫌われても、ソルを旅に連れて行かなければならなかった。


 そんな日々も、もうすぐ終わる。とうとう四つ目の塔の近くまで来たのだ。

 四つ目のコアの浄化は一人で行かなくてはならない事を、優人は知っていた。そうでないと、三人を巻き込んでしまうだろう。

 だからこそ、ソルはその日の夜、書き置きを残してこっそりと抜け出した。そして一人でマーシー・コアのある塔の中に入った。


「絶対に、魔族が生き残ってみせるんだから……!」


 浄化を終えた時、ゲームと同じ台詞がソルの後ろから聞こえた。振り向けば、四天王の一人であるべへがそこにいた。他の三人は既に倒しているので、四天王で生き残っているのは彼女だけだった。


 本来のシナリオは、この塔に辿り着く前、セレス達四人が道中で大喧嘩をするイベントが発生する。そして仕方なく、セレスが一人でここに浄化に来るのだ。

 そんなセレスを、べへが大地の魔法を使って塔を崩壊させ、生き埋めにして殺そうとする。けれどもセレスを追って他の三人がやって来て、四人の力でなんとか生き延びるのだ。


 けれども、一人で瘴気を取り込み三人から完全に嫌われたソルに、助けは来ない。だからこそ、生き埋めになるのは確定事項。けれども作戦を考えた時から、ソルはここで死ぬ予定だった。

 元々、ソルの人生に未練は無かった。ソルにとって大切なはずの友人も、設定レベルに記憶にある程度。転生したのはゲーム開始と同時だから、一緒に何かをした記憶もない。そんな世界で嫌われながら生きるくらいなら、早々に死んだ方が良いだろう。


 けれども、優人としては幸せだった。前世で何度も妄想したハッピーエンドを、誰もが幸せな大団円を実現できたのだから。だから、まるで一つのゲームをクリアしたような達成感があった。

 唯一残念なのは、幸せなセレス達のその後を見れないこと。けれども、瘴気の影響が強く出るこの体では、見ることすら難しいだろう。


 べへが魔法を使うと、ソルの足元が崩れていく。沢山の瓦礫に飲み込まれながら、ソルは意識を手放した。


 ソルに取り込まれていた瘴気の影響が消える。セレス達は、ソルに抱いていた本当の感情を思い出す。

 その時のセレス達の叫びを、ソルは知らない。

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